来襲
特に目的が定まらないまま、数日が過ぎた頃。
樹上の小屋の中に鳴り響いた鈴の音を聞いて、僕はベッドから飛び起きた。
ダンジョンの外側を見張らせていた《監視人形》が、何かを見つけた合図だ。警報の罠を調整して、見張りの櫓から小屋に報せが届くようにしておいたのだ。
視点を借りて、《虚海》の上を近づいてきている大型運搬艇の姿を確認する。
「トトよ、敵襲か?」
「そうみたい。上から攻められることはないんだよね?」
「うむ。ダンジョンの上を通るには、マスターの承認が必要になる。それでも無理に侵入しようとすれば、運搬艇の支配権はお主のものになるはずじゃ」
「だったら、もうすぐ接岸して乗り込んでくるんじゃないかな」
外周を囲っている柵は、シバ様や親方の助言を元に乗り越えにくい高いものに取り換えてある。常識的な相手なら、四方に用意した門から入ってくるはずで、どの門から入るかも方角からほぼ特定できる。
ベリルは立ち上がり、大きく欠伸をして表情を引き締めた。
「では、対応は予定通りじゃな?」
「予定通りだね」
僕たちは小屋を出て、僕の小型運搬艇が挟まっていた隙間に入っていく。隠された内部には、地下へ転移するための《転移装置》を設置してある。
《装置》を起動して、最深部である地下四層目へと移動してから、僕は改めて状況を確認する。
外周部分に接岸した運搬艇から、甲殻に覆われた虫人たちが降りてきている。その数は十数人といったところか。
「ちゃんと門から入ってくるみたいだ。看板の注意書きも読んでくれるといいんだけど」
「あー、畑を無暗に荒らすことなかれ、じゃったか? そもそも荒らしに来た連中に、それは無理というものじゃろう」
ベリルは呆れたように首を振る。僕もそうは思うけれど、修復する手間はなるべく減らしたいのだ。
【警告。《星光農園》表層に侵入者あり。】
僕の願いも空しく、侵入してきた虫人の一団は、収穫間近だった作物を切り払いながらゆっくりと前進している。途中に仕掛けていた罠は、ほとんどが発動する前に見つかって解除されるか、回避されている。
《農夫人形》たちも善戦しているものの、地上を進む虫人たちは今のところひとりしか減っていない。
「《人形》は後で再生できるし、マナが手に入るから損はしてないんだけど……」
「表層を制圧されるのは織り込み済みであろう。羽根つきの輩はどうじゃ?」
「そっちは終わったよ」
畑と水路を飛び越えて大樹へと向かおうとした数名は、案山子に偽装した《射手人形》による集中砲火で撃破されるか、あるいは無力化されている。
そうこうしている間に、地上の一団は水路まで辿り着いてしまったけれど、橋は事前に撤去しておいた。水路沿いに進み始めた虫人たちを、《人形》が対岸から攻撃する。
業を煮やした何人かが水路に入ったところを、隠れていた《人形》たちが足を掴んで水中に引きずり込んだ。
このまま進むのは得策ではないと判断したか、虫人たちは体制を建て直すべく水路から離れていく。
ほっと一息ついて、破壊された《人形》の《蘇生》を試みる。
【魔力残量 12740 + 14 / マナ残量 9622】
【警告。敵対勢力が一定距離内に存在するため、コストにペナルティが発生します。】
不利益と聞いて、必要な魔力をもう一度確かめた。一体につき五百。通常時の五倍か、十倍だったはずだ。仕方なく、法外な倍率が適用された分の魔力を費やして、《人形》たちを再配置していく。
「食虫植物みたいなのでも、作れたら良かったんだけどな」
僕が魔力で自由に召喚できる配下は、最初から作ることのできた何種類かの《人形》と、カロッテが狩ってきた《大長虫》だけだ。他にも小さな虫や魚は現れていたけれど、それらを作成することはできなかった。
「またやられた。蘇生、《農夫人形》二体、再配置」
「トトよ、魔力の使い過ぎではないか?」
「まだ大丈夫。半分以上、残ってる」
じっと待っていれば、《紳士帽》の効果で一分につき五十は回復する。続けて三度、虫人たちの逃げ込んだ果樹園に《人形》を送り込む。
「これで……」
諦めて引き下がってくれれば。
なんて考えていたところに、新たな侵入者を知らせるメッセージが聞こえてきた。




