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狭間のトト  作者: 時雨煮
第三章
30/59

ストレージ

「カロッテ、お座り」

 銀髪の少女の命令を受けて、隆々とした八頭身のニンジンが片膝をついて(こうべ)を垂れる。頭と思しき部分の上には、雄鶏のトサカのように刈り揃えられた緑の葉が揺れている。

「お手。おかわり」

 右手、左手と恭しく差し出して応える「カロッテ」から目を逸らして、僕は収穫の状況を確かめることにする。

 どうやら他に変異種は現れなかったようで、《農夫人形(パペット・ファーマー)》たちの作業は順調だった。収穫物を収めた木箱が目の前にどんどん積まれていく。やはり収穫には少し時期が遅く、品質の方は芳しくないけれど、僕のダンジョンでの最初の成果には違いない。

「のう、トトよ」

 上の方からベリルの声が聞こえたような気がして見上げると、カロッテの肩の上に彼女が座っていた。銀の髪と黒いワンピースを揺らしながら、上機嫌の様子である。

「どうじゃ? こやつ、見た目に反して可愛い奴じゃと思わぬか」

「ベリルって、」

 そういうのが趣味なの? という質問が口から出そうになるのを堪えて、改めてカロッテを上から下まで眺めてみる。胸毛やすね毛のように生えている白いのは細い根っこなんだろうけど、やっぱりこいつ服を着せた方がいいんじゃないだろうか。

「それで、そのニンジンの山はどうするのじゃ?」

「マナに還元しても品質悪くて大した量にならないみたいだし、地下の倉庫に入れとこうかと思うんだけど」

「ふむ」

 この数日の間に増設していた地下階層への入り口は、畑の中に何箇所か隠してあって、それぞれ内部で繋がっている。収穫作業を終えた人形たちに指示を出していると、ベリルが横に飛び降りてきた。

「カロッテ、お主も手伝ってくるがよい」

 御意、といった風に腰を曲げて一礼すると、カロッテは木箱を両腕にふたつずつ抱えて軽やかに走って行った。


 そんなこんなでニンジンを地下へと運び終え、樹上の小屋へと戻る途中。

 しばらく鳴りを潜めていた頭痛にいきなり襲われて、僕は何も無いところで足を引っ掛け、前のめりに蹲った。


 【魔力残量 11065 + 14 / マナ残量 822】


 【マナの蓄積を確認。コアクリスタルとのリンク確立。ストレージ機能を開放します。】


 後ろを歩いていたベリルが異変に気付いて声をかけてくるけれど、それに答える余裕は無い。

 契約のときと似た痛みにしばらく耐えていると、耳鳴りに重なって「メッセージ」が聞こえてくる。


 【《権能:阿羅耶識アラヤ・ヴィジュナーナ》を付与。成功。】


 それを境に、少しずつ痛みが退いてくる。新たに付与された感覚で、目に見えない空間を掌握したことを認識する。

 《秘本(ルールブック)》と《車輪(ルーレット)》だけでも手一杯だというのに、さらに《保管庫(ストレージ)》まで管理せよ、ということらしい。

 シバ様がやっていたことを思い出しながら、あまり頭を動かさないようにしつつ立ち上がる。ポケットに左手を突っ込んで、中身に手を触れてから、《保管庫》への流れを意識する。

「収納」

 ポケットに入れっぱなしだった《先見の片眼鏡フォアサイト・モノクル》の重さが消えて、その情報が《保管庫》へと書き込まれる。

 手を前に出して、今度は逆の流れをイメージしてみる。

「……よし」

 左手の上に無事出現した片眼鏡に安堵しつつ顔を上げると、頬を膨らませたベリルと目が合った。

「その様子なら、大丈夫そうじゃのう?」

「ごめん。いきなり頭痛だったもんだから」

 片眼鏡をもう一度《保管庫》に収納して、僕は彼女に頭を下げた。

 ふん、とむくれたまま、カロッテを引き連れて歩くベリルの後を、今度は僕が追いかける。


 水路の橋を渡り、大樹の幹に沿って階段を上っていく。階段の終点、トンガリ屋根の小屋のすぐ隣で木の枝に絡みつかれている小型運搬艇(キャリア)を見て、もしかしたらと思いついてしまう。

 太い枝を伝って運搬艇に近づき、左手で触れて目を閉じる。

「──っと」

 片眼鏡より遥かに大きな情報が、鈍い痛みと共に《保管庫》に書き込まれていく。数秒かけた処理が滞りなく終わったのを感じて目を開くと、運搬艇はすっかり消え失せ、同じ大きさの空洞が出来上がっていた。

 運搬艇は、後で広い場所に移しておこう。上々の結果に満足しながら振り返った途端、いつの間にか真後ろに立っていたベリルに額を叩かれた。

「あいたッ」

「何を無茶しておるのじゃ。頭が痛いのなら、さっさと休むが良い」

「あー、うん。ほんとごめん」

 さらに機嫌を悪くしたベリルは、それっきり丸一日口をきいてくれなかった。

権能:阿羅耶識アラヤ・ヴィジュナーナ

 超越感覚(オーバーセンス)。虚空領域の操作。

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