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狭間のトト  作者: 時雨煮
第一章
3/59

ダンジョンマスター

 その後、広間に魔物(モンスター)が現れることはなく、採掘作業は無事に完了した。

 他の人たちが休憩している間に、僕は作業に使った道具を《収納鞄(バッグ)》へと収めていく。ナラカが放り出したつるはしもちゃんと回収して、見落としがないことを確かめる。

「ナラカ」

「終わったか? じゃあ、そろそろ出発するぞ」

 リーダーである彼女の指示を受けて、僕たちは隊列を組み、やってきた経路を引き返し始めた。

 戦力にならない僕を中心に、ナラカと戦士(ウォリアー)が前に並び、斥候(スカウト)治癒術士(ヒーラー)が左右に立つ。もうひとりの戦士が最後尾を歩き、背後からの不意打ちを警戒している。


 ダンジョンの内部では、六人一組の集団(パーティ)で行動することが暗黙の了解になっている。祝福(ブレス)魔歌(ソング)による支援の対象が七人を超えると効果が半減してしまうだとか、《転送装置(トランスポーター)》の定員が六名であるとか、理由はいろいろあるらしい。


 不規則に曲がりくねった暗い洞窟をしばらく歩くと、分かれ道へと辿り着く。視点が変わっただけで、一度通っているはずなのに初めて訪れる場所のように感じられる。

 斥候が正しい帰り道の目印を探し、治癒術士が手書きの地図を確かめている間も、戦士たちは緊張を緩めない。僕もまた、灯りを手に耳をすませて魔物の接近に備えていた。

「トト」

「異常なし、です」

 小声の問いかけに、同じく小声で返答する。立ち上がった斥候が帰路を指し示したところで、静かな移動が再開された。


 道中、何度か《鉄団子虫(アイアンローラー)》や《大牙蝙蝠(ファングバット)》との戦闘になったものの、前衛たちの頑張りのお陰で僕にまで攻撃が届くようなことはなかった。

 考えてみれば当然のことだ。ここで僕の体力が尽きて死んだりなんかしたら、僕の装備品である《収納鞄(バッグ)》の中身も失われてしまう。誰だって汗水流した時間と労力を無駄にはしたくないだろう。


 通路を歩き、広間を抜け、階段を登って、気を張り詰めながらの移動を二時間ほど続けた頃。ようやく探索の出発地点である《転送装置》が視界に入って、僕は耳の力を抜いた。

 ナラカは《装置》の手前で振り返って、僕たちを一人ひとり確認していく。鬼人(オーガ)がひとり、汎人(コモニア)が四人、それから兎人(ラパニア)がひとり。

 六人全員の無事を確かめて、ナラカは「よし」と頷いた。


 他の人たちが周囲に注意を向けている間に、非戦闘員である僕が《装置》を起動する。少しばかり魔力を流してやれば動き始める仕組みは、運搬艇(キャリア)の動力機関と似ている。

 無機質な黒い円柱だった《装置》が、白く発光し始める。しばらくして、光は少しずつ周囲に広がっていき、やがて僕たちを包み込んだ。

「行きます」

「ああ」

 ナラカの承諾を受けて、僕はさらに魔力を流し込む。次の瞬間、《装置》が強く輝いて、僕たちは第零層(エントランス)へと運ばれた。


 《七色鉱山(レインボウマイン)》の第零層。複数の《装置》が距離を置いて配置されている広い空間には、僕たち以外の人影がいくつも動き回っていた。

「他の連中も戻ってるようだな」

 今回の遠征隊は、四つの班に分かれて行動している。一班と二班はより深い階層の調査。三班は猪人(オーク)の居住区での取引を行い、ナラカ率いる四班は、浅い階層での素材の採掘を担当していた。

「隊長に報告してくる。お前らは先に戻ってな」

 そう言い残して、ナラカは行ってしまう。他の人たちは早速知り合いと雑談を始めてしまって、僕はひとりぼっちになった。


 ナラカの誘いで遠征隊に参加できている僕に、他に親しい人がいない。薄暗い鉱山の中で誰かと話す気にもなれず、僕は外へと通じる階段をひとりで上り始めた。

 僕の父さんの親友だったナラカは、遠征隊の班長を任されるくらいには強くて、そして面倒見がいい。僕よりも強い、ちゃんと魔法が使える魔術士(メイジ)辺りを選んだ方が探索が捗るだろうに、こうしてちょくちょく僕を連れ出してくれる。

 父さんの遺言なんて、そんなに気にしなくてもいいと思うのだけれど、それを口にしたらさすがに失礼だろう。だから、せめて足手まといにならないように頑張るしかない。


 途中の踊り場で休憩を挟みながら、五分ほどかけて出口に辿り着く。

 《虚海(ラウム)》に浮かぶ巨大な岩の塊、《七色鉱山》の頂上には桟橋があり、僕たちをここまで運んできた定員三十名の大型運搬艇が横付けされている。

 誰も居ない桟橋で立ち止まる。鱗のかわりに鉄板で覆われた、ずんぐりとした魚のような外見の運搬艇は、左右に張り出した六枚の浮揚翼(フロート)の働きで空中に停止していた。


 顔を上げれば、真上に輝く銀色の星が視界に入ってくる。ぼんやりと星を眺めていると、僕の隣にいきなり大きな人影が現れた。

 さっきまでまったく気配は無かったし、僕の耳には何も聞こえていなかった。開いていた口を閉じて、慌てて視線を向けると、そこには狗頭の偉丈夫が立っていた。

 赤黒い毛並みは整っていて、《星天(ステラ)》に輝く銀色の星の光を反射している。

 手ぶらで簡素な装いではあるけれど、鬼人のナラカよりも背が高く、その口からは鋭い牙が覗いている。僕を見下ろす鋭い眼光に気圧されて、意図せず耳が垂れてしまう。

 視線を逸らすことができず固まっている間に、目の前の人物が何者であるか、ようやく思い至ることができた。

「ダ、ダンジョンマスター、さま?」

「如何にも」

 慌てて桟橋に膝をついて、頭を下げる。《七色鉱山》を支配している狗人(ノール)のダンジョンマスターは、時折こんな感じに、ふらりと人前に姿を見せるのだ、と風の噂に聞いたことがあった。もちろん、僕が実際に会うのは初めてだ。

「災難だったなあ、トト君」

「い、いえ。僕の不注意でしたし……」

「そうかい? まあ、ほら、頭を上げて」

 一体どうして、こんなところに現れたんだろう。恐る恐る姿勢を戻すと、狗頭のマスターは黙ったまま、顎に手を当ててじっと僕を検分しているようだった。


 昔、父さんから聞いた話を思い出す。ダンジョンマスターたちは、僕たちの知らない「何か」を見る力を持っている。それは僕たちの能力を数値化したものであったり、それぞれが持つ《技能(スキル)》の詳細であったりするらしい。初対面で、名乗ってもいないのに僕の名前を知っていることも、その力の一端なのだろう。

 何もかも見透かされているような気がして、ぶるりと身体が震える。震えが耳の先まで行き着いたとき、目の前のダンジョンマスターが口を開いた。

「変な状態異常(バッドステータス)は付いていないようだし、怪我の方はすぐ治りそうだな。心配要らないぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 どうやら僕の身体の状態を調べていたらしい。頭を下げて礼を言いつつ、この場から退散した方がいいだろうかと考えていると、小声の呟きが聞こえてきた。

「しかし、《魔力特化》の兎人とは珍しい。普通なら魔法スロット解放するところだろうに、また姐さんの気まぐれか……?」

 顎に手を当てたままの格好で考え込むダンジョンマスターを、僕は黙って見上げていることしかできなかった。

名前: Thoth / 種族: Rapania / レベル: 2

体力: 5.5(8.0) / 膂力: 8.0 / 耐久: 8.0

魔力: 70.0(90.0) / 精神: 12.0 / 抵抗: 8.0

気力: 12.0(12.0) / 手先: 15.0 / 敏捷: 15.0


《先天特性:「魔力」特化》

 魔力に+400%(5倍)、その他の能力に-50%(半減)の補正。成長速度半減。

 ※能力補正に関する他の特性や装備効果にも影響する。


《技能:機械整備》

 技術系スキル。運搬艇や各種装置の整備に有利な補正。


--------


大型運搬艇

三対六枚の細長い浮揚翼(フロート)を持つ、魚に似た形状の運搬艇。定員三十名。

胴体部分には乗員用の四人部屋が八つと、船長室、食堂、倉庫などが存在している。

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