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狭間のトト  作者: 時雨煮
第三章
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収穫

 数日後。僕はベリルと一緒に、ニンジン畑の区画へとやってきていた。

 辺りをきょろきょろと見回しながら少し前を歩いていたベリルが、僕の方を振り返って戸惑い気味に話しかけてくる。

「……のう、トトよ。わっちの知っておるニンジンは、もう少し控え目な大きさだったハズなんじゃが」

「照明設備のおかげかな。それとも途中でやった肥料が原因かな?」

「相乗効果という奴かの……」

 左右の畝に並んで生えているニンジンの葉は、僕やベリルの顔の辺りまで伸びている。少し背伸びをしないと、遠くの様子を見ることもできない状態だ。

「これならもう収穫しちゃってもいいんじゃないかな」

「というか、もしかすると遅すぎかもしれぬの」

 それが本当なら、早く人形たちに指示を出さないといけない。

 まずは試しに一本抜いて確かめてみるべく、すぐそばのニンジンに近づいていくと、長い葉が少し揺れたような気がした。

「今、何か動かなんだか?」

「ベリルもそう思う?」

 様子を伺いつつ慎重に手を伸ばす。すると、僕の手を避けるように葉が動き、回転の勢いを乗せて僕の顔に向かってきた。

 慌てて飛び退こうとしたものの、葉の動きは僕よりも速かった。迫ってくる緑の葉に対処することもできず、思わず目を瞑る。

 ……けれど、覚悟していた痛みはやってこなかった。恐る恐る目を開くと、ニンジンの葉はすぐ目の前で小刻みに震えていた。

「トトよ、さっさと離れるがよい!」

 言われるままに数歩下がって、ベリルの方を見る。両手をニンジンの方に突き出していた彼女は、大きく息を吐いて手を下した。途端、長い葉が暴れ回り始めた。

「わっちの《植物操作コントロール・プラント》も抵抗されて上手く効かぬ。お主、本当にニンジンを育てておったのじゃろうな?」

「もちろんだよ!」

 反論しつつ、暴れる葉の根元を睨み付ける。浮かび上がる「能力値」を見れば、確かにニンジンだとわかるはずで、

「……変異種、《人精草(マンドレイク)》?」

「なんで畑からミニオン発生させておるんじゃ、お主は……」

 どうやらただのニンジンではなかったらしい生き物を前に、僕は収穫を後回しにせざるを得なくなってしまった。


 僕たちを近づけまいと威嚇してくる緑の葉っぱを宥めるべく、離れた場所から声をかける。

「もう触ったりしないから、暴れないでくださーい」

「お主、ダンジョンマスターじゃろ? もっと威厳を持たぬか!」

 そう言われても、今も鞭のように振り回されている長い葉に当たったら、かなり痛そうだ。

「お主のミニオンなんじゃから、命令すれば言うことを聞くはずじゃぞ」

「そうなの? ……動くな! 止まれ!」

 試しに大声で呼びかけてみたものの、反応はいまいちだった。それどころか、僕たちの会話が癇に障ったのか、根元の土がじわじわと盛り上がり始めた。

「なんで、命令を聞かんのじゃ?」

「僕が聞きたいよ!」

 変な特性でも持っているんじゃないかと、マンドレイクの「能力値」に意識を向ける。

「特性は《巨大化(グロウス)》だけ。スキルは無し、か」

「他に気になる情報は無いのかの!」

「そう言われても……」

 土くれを跳ね上げて、橙色の塊が現れる。途中で折れ曲がり、地面に叩きつけられたそれは、大きな片腕だった。

 ひ、と息を呑んで、ベリルは僕の背後に隠れてしがみついてくる。

 続いてもう一方の腕が現れて、地面の下に隠れている胴体を引き上げ始めた。ベリルと一緒に少しずつ下がりながら、もう一度「能力値」に目を向ける。

「名前、未設定。種族、変異種、マンド──」

「あー!」

 ベリルが僕を揺さぶるけれど、それどころじゃない。

 土中から這い出してきたお化け人参は、僕たちが見上げるほどの大きさで、こちらに一歩踏み出してくる。顔の部分はわずかに凹凸があるだけで、その表情は判然としない。

「何だよ、ベリル。僕も君も弱いんだから、早く逃げないと」

「いや、じゃから、名前を」

「名前?」

 巨大な人型のニンジンが、頭の天辺から長く伸びる葉を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。

「ついてないけど」

「つけるのじゃ! 変異種は名前つけんとミニオンとして扱えんのじゃー!」

 もうちょっと早く思い出して欲しかった。目の前で拳を振り被るそいつに向かって、とりあえず頭に浮かんだ名前を宣言した。

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