スターライト・ファーム
目を覚ました後、僕たちは《野菜椀》と《収納鞄》の中の保存食で簡単な食事をとることにした。
「調理場が無いのはちょっと不便かな」
「それよりも、肉は無いのかの……」
生憎、ベリルの要望にはすぐに応えられそうにない。肉よ魚よと呟く彼女はそっとしておこう。
それよりも今は、ようやく完成した広大な《農場》の整備を始めなければ。
まず、大樹の四方を広い水路で囲んで、橋をかける。その外側の八方を柵で区分けして、それぞれに水源を用意する。
僕の魔力で維持できる《農夫人形》を十六体作り出して水路の前に並べたところで、ようやく諦めがついたらしいベリルが窓の外を見て小さく唸った。
「わっちの知っておるダンジョンとちょっと違うのじゃ……」
「これはこれでアリなんじゃない? 野菜を育てて収穫するだけでも、マナは手に入るんだよね?」
「そのハズじゃがの」
ダンジョンの中での何らかの生産、消費に関する行動が、《虚海》の混沌に影響を与えてマナを発生させる。その原理はまだよく理解できていない。
大掛かりな試練とその褒賞を用意して、他所から挑戦者を募ったりするのが効率的にはいいらしいのだけれど、今のところそんな余裕はない。だから、手始めに一番単純な生産活動から手を付けていくことにしたのだ。
「侵入者対策の罠とか見張りの櫓とかは、もうちょっと後でもいいかな」
「うむ。その辺は猶予期間中に準備できれば問題ないじゃろ」
渋々といった様子で頷いたベリルに、一枚の紙切れを手渡す。
「なんじゃ、これは?」
「現状で生成できる種と苗を書きとめてみたんだ。何か希望があったら、優先して育てるようにするけど」
「ほほう」
リストに目を向けてすぐ、彼女は顔をしかめて僕を見た。
「ニンジン、じゃと」
「うん、いいよねニンジン。大丈夫、一区画はニンジンにしようって考えてるから」
「……そう、であるか」
成長促進の照明設備も用意するべきだろう。なるべく早く新鮮なニンジンを手に入れたい。
そんな僕の考えがどう伝わったのか、ベリルは無言でメモに視線を戻した。
「肉が駄目じゃから、ひとまず豆は欲しいかの。果物もあるといいのう」
ベリルが挙げていく品目の種苗を次々に作成して、《人形》たちに指示を出していく。
ようやく一区切りついた頃、木の椅子に腰かけ、頬杖をついて足をぶらぶらさせていたベリルが、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえばお主、まだ《車輪》は回しておらなんだか?」
何のことだろうかと首を傾げていると、彼女はひょいと椅子から降り立って、僕の方に近づいてくる。
「右手の《車輪》はの、一日に一度だけ、運試しに回すことができるのじゃ」
「運試し?」
「うむ。運に任せて、混沌から何かを生み出せる、という話であったはずなんじゃが。確かの」
その口振りから察するに、どうやら不利益になるようなものではないらしい。物は試しにと、今までろくに意識を向けていなかった右手に集中してみる。
「こう、かな」
ゆっくりと回転している車輪の端に、左手を添えて滑らせる。それだけで車輪は勢いよく回り始めた。
車輪の回転が少しずつ遅くなってくるにつれて、中心に銀色の光が集まってくる。やがて、回転が完全に止まると同時に、銀色の塊が右手の上に落ちてきた。
【ランダムギフト《逆転の懐中時計》を生成。】
鎖の付いた懐中時計。よく見ると、鏡写しの文字盤の上で、針が逆方向に進んでいる。
「トトよ、それは何か特殊な効果でもついておるのか?」
「他の装備品の効果を反転させる、だってさ」
「なーんじゃ、また変なモノが出てきたのう」
詰まらなさそうに首を振って、ベリルは椅子へと戻っていく。仕方なく懐中時計をポケットに突っ込んで、僕は作業を再開した。
彼女のために、肉か魚か、なんとか手に入れる方法は無いだろうか。
《星光農園》
兎人のダンジョンマスター「トト」が管理する農場型ダンジョン。
鋭意製作中。
ダンジョンカラーは緑。ダンジョンコアは汎人の少女。
《農夫人形》
基本消費マナ:100 所要時間:1h 維持魔力:10/日
ダンジョンマスターの命令に従って単純な作業を行うゴーレムの一種。
食事を必要としないかわりに、生命維持のためにマスターの魔力を必要とする。




