はじめてのダンジョン作成
ベリルは助手席側の窓から顔を出して辺りを見回しながら、僕に話しかけてくる。
「あまり他のダンジョンと近過ぎると、マナを生み出す効率に悪影響があるんじゃが……明るい星は近くに無いし、ここは大丈夫のようじゃな」
「じゃあ、さっそく始めようか」
「その前に、トトよ。ひとつ言っておくがの」
秘本を開こうとした僕を遮って、ベリルは申し訳無さそうに言葉を続ける。
「わっちのコアの中に残っておるマナは多くない。それに加えて、能力が制限されておるゆえ、お主のために共有できる魔力もほとんど無いのじゃ」
「うん。でも、それについては大丈夫かもしれない」
「む、そうなのか?」
ダンジョンをどうやって作っていくかは、シバ様から簡単に聞いていたし、《奇跡》の使い方は《秘本》のおかげで大体理解できている。
ダンジョンマスターは自身の魔力とコアの魔力、ダンジョンから生み出されたマナを費やして《奇跡》を行使し、「形あるもの」を作り上げることができる。
《魔力特化》によって僕の魔力が強化されているのなら、ダンジョンコアからのマナや魔力の供給が無くても、ある程度はなんとかなるんじゃないだろうか。
左手を前に差し出して《秘本》を開き、《奇跡》に費やせる魔力とマナを確かめる。
【魔力残量 11065 + 14 / マナ残量 820】
ふたつ並んでいる魔力の数値は、僕とベリルのものだろう。……桁が三つも違うことについては後で考えるとして。
「生成」
視界に現れるいくつもの情報を意識の外に追いやって、一番最初に作り出すべきものを考える。
「一から十まで、ぜんぶ自分で考えて作るのは面倒じゃし、時間もかかる。雛型を使うのが現実的、という話じゃったが……」
どうかの、と銀色の髪を揺らしながら伝えてくるベリルに頷いて、情報を絞り込む。
「洞窟、寺院、要塞。どれも適正なしで、必要魔力十倍」
元々四桁の魔力を必要とするそれらを作るのは無理として、適正のあるものを探してみる。いくつもある雛形を次々に排除していって、残ったものを確かめる。
「……ユニークテンプレート、農場。これひとつだけかな」
「どんな雛形なのじゃ?」
木の柵に囲まれた広い土地。その名の通り、野菜や果物を育てられそうな様相ではある。
「植物系の《奇跡》、《技能》、配下などに有利な補正あり。だってさ」
ふむ、とベリルはしばらく考え込む。
「それだけが適正ありというのはかなり特殊なんじゃが……わっちが《植物操作》の《技能》を持っているからか、お主が兎人であったからか、かのう」
「その両方かもね」
何にせよ、他に選択肢は無いらしい。
僕は窓から顔を出して、眼下に見える《虚海》の上に狙いを定めた。
【《雛形:農場》、サイズ:1000×1000、生成開始。完了まで12時間。】
【魔力残量 9065 + 14 / マナ残量 820】
頭の中に聞こえてくるメッセージと共に、視界の端に残り時間が示される。僕が指定した範囲が淡い緑色の光に囲まれて、少しずつ変化し始めた。
いくつもの岩や土の塊が《虚海》から浮かび上がり、小型運搬艇の下に寄り集まっていく。もう少し経てば、ひとまずしっかりした地面に降り立つことはできそうだ。
「当面の目標は、ダンジョン内でマナを生み出せるようにすること、でいいんだよね」
「そうじゃの。しかし、その前に休める場所を用意するべきじゃろう」
確かにそうだ。僕ひとりなら運搬艇の仮眠室で寝てたって構わないんだけど、ベリルはそうもいかないだろう。
何か無いかと《秘本》を開く。《黄金都市》の宮殿みたいな大掛かりなものでなくても、拠点にできそうな建物を用意したい。
「ねえ、ベリル。守りを考えるなら、地下の方がいいのかな」
「地下に領域を広げるのも時間がかかるし、ひとまずは地上でよかろう。わっちとしては、見晴らしのいい方が好ましいのじゃが」
「じゃあ、その方向で」
どうせなら補正のかかる植物系がいいだろうと考えて、ひとつの物件を選択する。完成まで六時間も待たせるのは忍びないので、試しに時間を短縮させてみる。
「生成、《収穫者の樹上小屋》。高速顕現、十倍」
【《収穫者の樹上小屋》、生成開始。完了まで36分。】
【魔力残量 4065 + 14 / マナ残量 820】
少しずつ広がっていく地面の上に、小さな芽がひとつ、生えてくる。それは見る見るうちに成長し、大樹へと変化し始めた。
《雛形:農場》
基本消費マナ:500 所要時間:12h
500メーテ四方の肥沃な地面。
植物系の《奇跡》《技能》、配下などに有利な補正あり。
《収穫者の樹上小屋》
基本消費マナ:500 所要時間:6h
メーテ:距離単位。1メーテ≒1.5m




