翠星の下で
3904.08.04 16:00:03
【メッセージID:24003は宛先不正のため送信に失敗しました。8時間後に再試行します。】
見渡す限りの灰色、混沌の《虚海》の上に、苔むした岩が浮かんでいる。人ひとり立つのがやっとであろう岩の上には、小さな人影があった。
小型運搬艇を岩に近づけていくにつれて、その姿がはっきりと見えてくる。
腰の辺りまで伸びた長い髪はくすんだ銀色で、黒いワンピースから真っ白な手足が覗いている。岩に腰かけ、頭上に輝く緑色の星を見上げているらしい少女の前に、ゆっくりと回り込む。
少女の顔がこちらに向けられた。幼い顔立ちで、右目は黒い眼帯で隠れている。操縦席に座る僕の姿を見つけて、彼女は驚いたように左目を見開いた。
運搬艇を岩に近づけて、窓から顔を出したところで少女の口が開かれた。
「なんじゃ? 子ウサギ風情が、こんなトコロで何をしておるのじゃ」
「子ウサギって……君こそ子供じゃないか」
それも、何の特殊能力も持っていない汎人のようだ。彼女の方だって、どうしてこんな場所に居るのか不思議に思える。
《片眼鏡》の《未来視》で緑色の星を発見して、運搬艇の針路を変えた後。
僕は片眼鏡を何度も使って、その星がどうやって現れるのかを確かめようとした。
緑色の星は別の場所から移動してきたわけではなく、何もない《星天》の一角に突然出現していた。
《星測儀》の計測では、寄り道せずにまっすぐ飛んで行っても、十五日後にぎりぎり間に合うかどうかの距離だったので、僕は運搬艇の速度を目一杯に上げた。
結局、僕がこの場所に到着したのは、緑色の星が現れてから数時間が経った後だった。
果たして間に合ったのか、それとも間に合わなかったのか。弱々しい星の光の下に「ダンジョン」らしきものは無く、そこにあったのは丸い岩と、片目を隠した銀髪の少女だけ。
「ねえ。もしかして、君がダンジョンマスターだったりするのかな」
「わっち、が?」
そう答えて首を傾げた少女だったけれど、すぐに納得したように頷いた。
「ああ、成程のう。星があればダンジョンがあり、ダンジョンマスターも居て当然、ということであるな」
「その感じだと、違うみたいだ」
「うむ。あの星にはまだ、契約しているマスターは居らぬのじゃ」
それきり口を閉ざし、目を細めて、少女は試すようにこちらを見つめてきた。
──彼女が満足するであろう答えを探して、僕は思案を巡らせ、言葉を紡ぐ。
「君がマスターでないとしたら、僕に考えられる可能性はひとつしかないんだけど」
「言うてみるがよい」
「ダンジョンマスターは、ダンジョンコアと契約することで力を得るんだって聞いた。それから、ダンジョンマスターは生まれつきのものではなくて、後から「なる」ものなんだってことも」
「ふむ?」
「僕がこれまでに見たことがあるダンジョンコアはふたつだけだけど、どちらも宝石を持った魔物だった。他のダンジョンコアも、多分そうなんだろう。だけど……」
銀髪の少女の口の端が、わずかに上がる。彼女の右手が眼帯に触れる。
「君の、その右目にあるのはもしかして、緑色の宝石なんじゃないかな」
ほんの少しだけずらされた眼帯の隙間から、淡い光が漏れ出すのが見えた。




