表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狭間のトト  作者: 時雨煮
第二章
21/59

船出の日

 桟橋に立って、数日振りの《星天(ステラ)》を見上げる。

 そういえば、青い甲冑のダンジョンマスターは何処へ行ったんだろう。ぐるりと見回してみたものの、それらしき青い星を見つけ出すことはできなかった。

 ポケットから《先見の片眼鏡フォアサイト・モノクル》を取り出す。左目に取り付けて魔力を流し込むと、透鏡(レンズ)はすぐに曇ってしまった。

「やっぱり、見えないなあ」

「俺が近くにいる間は無理だろうな。ダンジョンマスターの力は、周囲に与える影響が大きい」

 背後からの声に振り返ると、シバ様も腕を組んで《星天》を見上げていた。

「お世話になりました」

「いいってことよ。ボウルはちゃんと持ったな?」

「はい、助かります」

 一日に三回、山盛りの野菜を呼び出すことができる《無限の野菜椀インフィニティ・サラダボウル》は、もう運搬艇(キャリア)の仮眠室に運び込んである。出てくる野菜の種類はどうやら無作為(ランダム)ではあるものの、それなりに新鮮なのは有り難かった。

「よし、終わったぞ」

 工具箱を担いだ親方が、運搬艇の操縦席からのそりと出てきた。片眼鏡をポケットに仕舞って、親方にも頭を下げる。

「きっちり整備しといたからな。これで倍くらいは速度出せるはずだ」

「ありがとうございます」

 僕は運搬艇に乗り込んで、機体の最終チェックを始めた。親方たちにあちこち弄繰り回されて、見た目が何だか凶悪になってはいるものの──正面に取りつけられた衝角(ラム)は、体当たり攻撃でも想定しているんだろうか──確かに、調子は良くなっているようだった。

「親方、この赤いボタンは何ですか?」

「おっと、押すんじゃないぞ。そいつは最後の手段だ」

 笑顔で親指を立てる親方には、何でそんなものを取り付けたのか聞けなかった。

「《猛獣牧場(ワイルドファーム)》のマスターにはメッセージ送ってある。問題は無いと思うが、道中気をつけろよ」

「はい」

 結局、僕は《黄金都市(エル・ドラード)》に戻らないことにした。とはいえ、ずっとここに居候している訳にもいかない。

 同じ《氏族(クラン)》に所属している、他のダンジョンに行ってみようと考えたのは、つい昨日のことだ。

「じゃあ、達者でな」

「シバ様もお元気で」

 桟橋にぶつからないように、小型運搬艇をゆっくり浮上させていく。シバ様と親方に手を振って、目的地へと針路を向けた。


 片眼鏡が使えるようになったのは、出発してから三日目のことだった。目指していた赤褐色の星はまだ遠く、暇を持て余していた僕は早速、運搬艇の上から《星天》の観測を始めた。

 右目と左目を交互に閉じて、今と数日後の未来を見比べる。八方ぐるりと見終えたところで、片眼鏡に魔力を注ぎ足してもう一度《星天》へと目を向ける。

 何度かそれを繰り返して、視界の片隅の数字が十日後を超えても、見える景色は変わらなかった。


 もしかしたら、という期待は萎んでいき、その分だけ諦めが膨らんでくる。

 十日ほど前、あの青い星を見つけたのは間違いなく偶然だった。あんなのはもう二度と期待できない。

「そんなこと、わかってる」

 だからこそ、ここで止めたりはしない。偶然に期待できないなら、今の僕にできることを限界までやってみるしかないのだ。


 そして、どれくらい経った頃か。理解よりも先に、耳が動いた。

「……あった」

 運搬艇の右前方、《星天》と《虚海》の境界すれすれの遠方に、かすかな緑色の輝きがひとつ。右目では見えないその星は、片眼鏡の透鏡(レンズ)を通して見た、十五日先の世界に存在している。

 片眼鏡が白く曇らないということは、それは誰にも変えられない、確定した未来だ。


 見間違いじゃないことを何度も確かめてから、操縦席に飛び降りた。

 制御球(コントローラー)に右手を置く前に、深呼吸。

 未だ遠く、未だ現れてはいない緑色の星に、僕は運搬艇の進路を向ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ