スキルの話
それから何日か、僕はサンゲン──他の猪人たちからは「親方」と呼ばれていた──の仕事場で宝石の加工を見学したり、「居住区」の中を見て回ったりしていた。
「それで、聞きたいことがあるんだって?」
何日か振りに顔を見せたシバ様と僕は、食堂の片隅でテーブルを挟んで座っている。テーブルの中央では、白い毛並みが綺麗な狐が、猪人たちの喧騒を余所に丸くなって眠っている。
僕はキノコサラダのボウルをテーブルに置いて、シバ様の顔を見つめ返す。
「はい。《技能》についてなんですけど」
「《技能》、ねえ」
大きな肉の塊を食い千切っていたシバ様が、手を止めて僕の方を見る。何日か一緒に過ごしていても、やっぱり怖いものは怖い。
「知ったところでどうにかなる話じゃないぞ?」
「はい。それでも、詳しく教えてほしいんです」
僕が魔法を使えないのは《技能》が無いからだ、と聞いたことはある。けれど、《技能》とはいったい何なのか、根本的なことは良く知らないのだ。
《七色鉱山》に生息しているらしい「何か」の肉をまた頬張って、シバ様は少しばかり思案する。
「どこから説明したもんかな。基本的なところからだと、まず三系統からか」
左手の指を三本立てて、説明が始まった。
「戦闘系、魔法系、技術系。すべての《技能》はこの中のどれかに属している。戦闘系なら武器習熟や流派体得。魔法系なら火炎術とか治療術とか、な」
「はい」
頷きながら考える。僕が習得している《機体整備》や、昨日オークの親方が見せてくれた《武装強化》は、技術系ということになるんだろう。
「で、《技能》というのは種族によって、系統ごとに覚えられる数が決まってる。兎人なら技術系を最大三つ、だな」
「ええと、戦闘系と魔法系は……?」
「ゼロだ。元々、職人系の種族だしな」
確かに《黄金都市》に住んでいた兎人たちはみんな、「工房区」で働いていた。
「……でも、長老は魔法を使えたんですけど」
「いくつか方法はあるな。例えば、トト君にあげた《片眼鏡》のように、《技能》が無くても特定の魔法が使える道具を装備する」
「それっぽいものは持ってなかったです」
「あるいは、習得できる《技能》数の上限をダンジョンマスターに増やしてもらう。しかし、メロウの姐さんのことだからそれも無いな」
「そうですか……」
「まあ、そっちには期待しないことだ。他に考えられる可能性は、突然変異だな。百人中、ひとり居るか居ないかの確率で、本来は持っていないはずの能力を生まれつき持っていることがある。トト君もその部類に入ってるわけだが」
綺麗になった白い骨を皿の上に放り投げてから、肩を落とす僕に向かって、シバ様はにやりと笑った。
「しかし世の中、何が起きるか分からんぞ。俺だってダンジョンマスターになる前は魔法なんざ使えなかったわけだしな」
「ダンジョンマスターに、なる前、ですか?」
「ああ。俺がテオに出会って、契約する前だ」
そう言って、シバ様はテーブルの上で眠る狐を撫で始めた。揺れる尻尾の毛の間から、白銀色に輝く宝石が見え隠れする。
《七色鉱山》のダンジョンコアは、テオという名の銀色の狐だった。




