《七色鉱山》第三層
err.log
3904.06.20 00:00:02
【メッセージID:24003は宛先不正のため送信に失敗しました。8時間後に再試行します。】
どこからか、硬いもの同士が打ち合わされているような、高い音が聞こえている。カン、カン、と一定の調子を保ちながら続く音に、少しずつ意識がはっきりしてくる。
音の出所はそう遠くなさそうだけれど、まだ寝ぼけた頭では、その正体を推測できなかった。状況を把握しようと耳を動かしつつ、思考を巡らせ始める。
鐘の音を聞いた覚えはないけれど、もう起床時間だろうか。今日は午前中に狩りを済ませてしまって、昼からは──
いや、違った。今は《七色鉱山》探索の真っ最中のはずで。
「目が覚めたか? そろそろ出番だぞ、トト!」
ナラカの大声がすぐ傍から聞こえてきて、僕は慌てて飛び上がった。声の方に向き直って、まっすぐ耳を立てて気をつけの姿勢をとる。
薄暗い洞窟の中、開けた場所の片隅で、僕はひっくり返っていたらしい。角灯の淡い光が壁面に反射して、鉱脈の存在を主張している。
仁王立ちで僕を見下ろしているのは、赤銅色の肌をした鬼人の女僧兵だ。短く揃えられた金髪の生え際に、小さな角が二本生えている。鬼人らしい筋肉質な体の上に、最低限身を守るための軽い革鎧を纏っている。
担いでいたつるはしを肩から下ろして、彼女──ナラカは少し屈んで顔を近づけてきた。じろじろと僕を観察する視線に、居心地の悪さを感じて、つい明後日の方を見てしまう。
「お、起きましたよ」
「んなこたァ見りゃ分かる。それより、どこか痛むところは無いか?」
呆れたようなナラカの言葉を聞いて、ようやく何があったのかを思い出した。確か、この鉱脈を見つけた後すぐに敵が現れて、戦闘になって。
転がってきた《鉄団子虫》を彼女が避け、その後ろにぼさっと突っ立っていた僕が跳ね飛ばされて、壁にぶつかったところまでで、記憶が途切れている。
ようやく調子を取り戻し始めた神経が、全身の痛みを知らせてくる。ふらつく僕を見て、ナラカの表情がわずかに曇った。
「《治癒功》で応急処置しただけだからな。我慢できないようなら《回復薬》飲んどけ」
「いえ、大丈夫です」
萎れた耳を立て直して、ナラカに心配させないように視線を合わせてはっきり答える。
支給品とはいえ、貴重な《回復薬》を無駄に使いたくない。幸い、打ち身と擦り傷だけで骨や内臓に異常は無さそうだし、遠征隊から外されるような大げさな行動は避けておきたい。
ナラカの目をじっと見返していると、彼女は諦めたように姿勢を戻した。
「ここまで来ておいて、一発で死んじまったら元も子もないからな」
「……気をつけます」
死んだときの不利益は大きい。探索で手に入れたものは失われ、費やしたものは戻らない。復活した体に慣れるまで、しばらく安静にしている必要もある。
「鉱石は目標分まであと少しってとこだ。《収納鞄》は大丈夫だな?」
僕は頷いて、採掘の音が響いている方を窺い見た。汗を流しながらつるはしを振るっている人たちの背後に、掘り出された鉱石の山が積み上がっている。中に収納した物の大きさと重さを無視できる《収納鞄》が無ければ、外まで持ち運ぶのは困難な分量だ。
ふと、つるはしの音とは別の異音が聞こえた気がして、僕は広間から繋がる通路へと耳を向けた。それに気づいたナラカが、小声で問いかけてくる。
「新手か?」
「多分、一体か二体だと思いますけど。他の人、呼んできます」
「そうだな、ひとり頼む」
鉄を仕込んだ小手を確かめながら、ナラカは通路の方へと向かう。放置されたつるはしのことを記憶に留めておいて、僕は反対方向に走っていく。
僕たちの様子に気づいていたらしい戦士のひとりが、剣と丸盾を拾い上げて僕の方へとやってくる。
「どうした、白ウサギ。応援が必要か」
「ひとり、来て欲しいそうです」
わかった、と頷いて、戦士は僕の頭をぽんと叩いて走って行った。
遠くで始まった戦いの音に注意を向けながら、掘り出された鉱石を腰の《収納鞄》へと放り込み続ける。適材適所とはいえ、今回の探索でもまったく戦闘には貢献できていない。むしろ足手まといになっている状況に、耳が萎れていく。
そもそも打たれ弱い兎人の中でも、《魔力特化》の突然変異。であるにも関わらず、役立つ《技能》はひとつも持っていない。
かろうじて扱える《収納鞄》で大量の素材を運搬するくらいが、遠征隊の中で僕ができる唯一の仕事なのだ。
《消費アイテム:回復薬》
種類に応じて、体力、魔力、気力のいずれかを一定割合だけ回復する。
《装備アイテム:収納鞄》
中に入れた物の大きさ、重さを無視する鞄。鞄の口より大きい物は入らない。
収納している品物の分量に応じて、所持者の魔力を恒常的に消費する。
形状は様々。トトが所持しているものは肩掛け鞄タイプ。
兎人
兎の頭を持つ長い耳の種族。
他の種族に比べて聴力に優れ、手先が器用であるものの、身体能力は低い。
総じて小柄で、耳を含めても1メーテ(約150cm)程度の背丈である。
鬼人
角を持つ大柄な種族。近接戦闘、特に肉弾戦に高い適正を持つ。
反面、魔法は不得手である。
汎人
平均的な適正を持つ種族。成長が早い以外に、種族的な特徴を持っていない。