ダンジョンコア
格納庫の中身を全部放り出してきたおかげで、中盤までの飛行は順調で、僕の小型運搬艇は中ほどの順位を保っていた。
レースが終盤に差し掛かり、運搬艇は「上層区」の高い塔が立ち並ぶ区画へと入っていく。塔の間にあるチェックポイントへと直進する針路をとった途端、運搬艇が横風を受けてがたがたと揺れ始めた。
「《風精霊》、何体か待機してるな」
「そんなあ」
《魔力特化》のおかげで有り余る魔力を持っていても、針路の細かい調整は得意じゃない。
落ち着いてくれない制御球を必死に操作して、乱気流の回廊を通り抜けることだけに集中する。その甲斐あって、運搬艇は無事にチェックポイントを通過して──
「トト! まだ終わってないぞ!」
狭い塔の間を抜けて、気を緩めかけたところで、ナラカが声を張り上げた。一度は落ち着いた揺れが、再び激しく襲ってくる。
「も、もう限界──」
「まだ行けるだろ、踏ん張れ!」
そう言われても、僕自身の姿勢が安定しない。身体を支えていた左手が滑って、僕の身体は宙に浮いて。
助手席から手を伸ばして僕を受け止めたナラカは、残念そうに首を振った。運搬艇は完全にコースを外れて、「上層区」のはるか上をゆっくりと旋回する。こうなってしまったら、リタイアするしかないだろう。
「しゃーねえ、なあ」
「すみません」
このレースはダンジョンマスターも見ているわけで、いいところを見せたかったんだとは思うけれど、父さんが持っていたような操縦技能は、僕には無いのだ。
《黄金都市》の中心にそびえ立つ宮殿の天辺にはいつも、緋色に燃える大きな鳥が止まっている。「下層区」からは小さな火の玉くらいにしか見えない鳥が、今はとても近くではっきり見ることができた。
「《不死鳥》なんでしたっけ」
「そうだな。額に宝石が埋まってるの、見えるか」
制御球を操作して、運搬艇を少しだけ宮殿の方に接近させる。眩しさを我慢しつつ目を凝らせば、確かに黄色の宝石らしきものが備わっているのが分かった。
「あれが、ダンジョンコアですか?」
「親父から聞いてたか」
宝石の輝きに目を奪われながら、僕は黙って頷いた。
「ダンジョンコア」。《虚海》から生まれ、ダンジョンマスターに強大な力を貸し与えるもの。《星天》に輝く星と同じ色の宝石を持ち、それが壊されない限り死ぬことは無い、らしい。
「そろそろ降りるぞ」
「はい」
名残惜しいけど、いつまでも飛んでいたら邪魔になってしまう。僕とナラカを乗せた運搬艇は、宮殿を離れて外周の方にゆっくり降下していく。
「なあ、トトよ」
ナラカを見上げると、真面目な顔がまっすぐ僕を見下ろしていた。少しだけ言い淀んだ後、彼女ははっきりとした声で僕に告げる。
「どうやらな、こんど、攻略隊に配置換えになりそうなんだわ」
「あー、はい」
言わんとすることは大体理解できた。そうなると、僕はもう、遠征隊に参加できなくなりそうだ。
「こればっかりは何ともならなさそうでな。お前さんさえ良ければ、うちの家政婦とかよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
僕は首を振る。さすがに、そこまでナラカの世話になる訳には行かなかった。
《黄金都市》
ダンジョンマスター「メロウ」が管理する広大な都市型ダンジョン。
各所に食糧供給用のジェネレータが設置され、住人の多くはそこから現れる魔獣を狩って生活している。
特に能力の優れた市民は中心部に住み、ダンジョンの探索を行う遠征隊や都市の防衛隊に所属する。
地下にはオーソドックスな「迷宮」が存在する。
ダンジョンカラーは金色。ダンジョンコアは不死鳥。




