天の光はすべてダンジョン
黒の天蓋と灰色の地平の間に、僕たちの住む世界、《狭間》は存在する。
見渡す限り、果てしなく続いている灰色を、僕たちは《虚海》と呼んでいる。うっかり《虚海》に落ちてしまったが最後、命の保証は無い。ゆっくりと混沌に溶けていって、やがては《虚海》の一部に成り果ててしまうのだ。そうなってしまったら、《蘇生》の奇跡で復活することも不可能だという。
絶えず波打つように揺らいでいる《虚海》をずっと眺めていると、段々と遠近感や平衡感覚がおかしくなっていく気がする。灰色に吸い込まれそうな錯覚に襲われて、耳がぴんと立ってしまう。幼い頃に、父さんが家に持ち帰ってきた、半分溶け崩れた《火吹蜥蜴》の標本を思い出してしまって、僕は身震いした。
手すりから一歩下がり、腰のベルトに取り付けられている命綱を恐る恐る引っ張ってみる。手応えあり。ちゃんと運搬艇と繋がっているのを確かめて、ようやく、詰まっていた息を吐くことができた。
「ナラカ、遅いな……」
見張りの当番は二人一組で行わなければならない。それは居眠り防止のためだったり、監視の死角を減らすためだったり、たとえ片方に「うっかり」が起きても、もう片方が引っ張り上げられるようにという保険のためだったりする。
……だというのに、もうひとりの当番であるナラカは「腹が痛い」と船内に戻ったきり、かれこれ三十分は経とうというのに戻ってくる気配が無かった。
陰鬱とした灰色から少しばかり目を逸らしたくなって、僕は視線を上に向けた。頭上には、一面の黒。
黒い天蓋のあちこちに、色とりどりの星々が輝いている。僕たちを乗せた大型運搬艇は、その中のひとつ、銀色の星を目指して《虚海》の上をまっすぐ移動している。
といっても当然、《星天》の遥かな高みまで飛んでいこうなんて無茶な話じゃない。この機体に備わっている四対八枚の長い浮揚翼も、《虚海》から離れてしまえば唯の板切れに成り下がってしまうのだし。
運搬艇の針路に双眼鏡を向けて、黒と灰色の境目を覗きこむ。銀の光に照らされて、僕たちの目的地が小さく見え始めていた。《虚海》に溶けることなくその存在を主張しているのは、険しい鉛色の岩山だ。
言うまでもない常識だけれど、すべての星の下には「ダンジョン」があるのだ。