#7・科学
「えー、本日は、お忙しい中集まっていただきありがとうございます。今からとっておきのマジックショーを行いたいと思いますので、どうぞお楽しみ下さい」
ちょっとふざけてみる。
オーガ達は呆気にとられたような顔をしていた。
別にいいじゃん。ずっと命懸けじゃ気が持たないって。
「まずは初級編です。ここに大きな石室がありますね?」
軽く魔法を唱え、"鋼鉄室"を発動させた。
現時点で俺が成せる、最も硬い技だ。
ここまで壁を硬くしたのには意味があった。
「中には三人のゴブリンさんがいます。ここに光の玉を入れると……?」
予め開けておいた穴に、ヒョイと"火玉"を投げ込んだ。
直ぐに穴を塞ぐと、間髪入れずに地が揺れた。
普通ならば何事かと思うが、俺は驚かない。
「はいはい。今、何か起きましたね。では魔法を解いてみましょうか」
パチンと指を鳴らすと、四角い鉄の壁が溶けるように無くなっていく。
中はすぐに見ることができた。
ーーこの場合、大抵のマジックであれば、中の物が無くなっている程度だろう。
だが、俺はそんなしょぼいマジックは嫌いだ。
「見てください。誰もいないでしょう?
これぞイリュージョン!」
どうせなら、地面を抉るくらいしないと。
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先に言ってしまおう。
これは超能力でもなんでもない。
かといって、魔法を使っていないわけでもない。
ではなぜ、あのゴブリン達はいなくなったのか?
答えは簡単である。
体が消し飛ぶほどの爆発を受けたからだ。
本来、今の俺に核爆弾級の威力を出せる力はない。
だがそれは、あくまで魔法単体の話。
組み合わせれば、いくらでも強くなる。
「……どうせ理解できねぇようだから教えてやるよ。
空気中に可燃物が漂っている時、そこに火が付くと大爆発が起こるんだ。さっきみたいに」
風塵爆発。
それが俺の起こした"科学"だ。
前の世界にいた頃、よくテレビで『小麦粉工場が大爆発』なんてやっていたのを思い出した。
あれもこれも、原理は同じ。
が、しかし、魔法は加減ができる。
「最大出力で爆発させたら、一体どうなると思う?」
実際、俺でも検討がつかない。
もしかすると、とんでもない惨劇になるのではないか。
いいね、惨劇。大歓迎だぜ。
事の重大さに気がついたようで、ゴブリン達は一斉にどよめきだした。いくらバカだとはいえ、自分の命の大切さだけは理解しているようだ。無論、オーガから見れば、彼らは捨て駒同然なのだが。
そんな間にも、俺は"粉塵炭"を唱え続けた。この技自体は初級程度だ。魔力の消費は無きに等しい。壊れた空気清浄機みたいに黒粉を生み出した。
「ヴォルアァァァ!!」
その時だ。
もやの向こうから怒号が聞こえたのは。
人ではないーーとなると、やはりオーガか。
辺りは一気に静まり返った。
一体何をしかけてくるのだろう。もしかすると、俺のねちっこい行動に腹が立っているのではないか。
それは心外な。俺だって、一応考えを持ってやっているのであって、何も考えていないのでは……
「ガウッ!」
「あぶねっ!」
いきなり噛みつかれそうになった。
恐いね。今のは。ギリギリだったよ。あと数センチ前に来ていたら、今頃俺の手は奴の腹の中だろう。
急いで身構えるも、敵はまたもやの中に姿を隠してしまった。
自分でやったことだが、少々厄介だな。黒い煙がかえっていい隠れ蓑になってしまっている。
あれ?
でも、それは相手も同じなんじゃないか?なんで俺の居場所が分かるんだ?条件は同じだし……。
そこまで考えて、ふと自分を見た。
ワイシャツも制服も、返り血でどす黒くなっていた。制服に至っては所々に焦げ跡がついており、とても学生の使っているそれとは思えない。
目は使えない。
あまり耳が良い訳でもない。
となると、臭いか。
どうやらこの血の臭いが目印代わりになっているようだ。
「だったら……」
ブレザーを脱ぎ捨て、手の届く所に投げた。
と同時に、多くのゴブリン達が飛んでくる。
奴らは完全に不意を突かれたようで、無防備な姿をさらけ出していた。
「ビンゴ☆」
当然、そんなチャンスをみすみす逃がすほどバカではない。
鋼鉄室で捕獲し、即座に消滅させた。
こうなってくると、もうなんか作業ゲー感覚だな。
「さて……と」
あらかた片付いた。
そろそろやるか。
相手も、また仲間を生み出すのには時間がかかるに違いない。少しは時間稼ぎができたはすだ。
手に魔力を込め、また"火玉"を作った。本来であれば、ここで投げれば大爆発だが、それでは俺が逃げられない。
できる限りの魔力で小さく作ろう。
以前、ロイとの特訓で、誤って魔法を暴発させてしまうことがあった。
あの時は本当にヒヤリとしたが、今は違う。慎重に、限界まで小さくする。
バスケットボールくらいの大きさから、ピンポン玉ほどの大きさにした時、相手側に変化が起こった。
オーガがまたゴブリンを生み出したのだ。
しかし、まだだ。
もう少し。もう少しで出来上がる。
そして、ついに線香花火のような大きさになった。
もうこの状態を維持しているだけで精いっぱいだ。
と同時に煙の中から数多くの口が飛んできた。
ここまで来たのに、今更やめられるか。
「ウオォォォォ!」
天に吠え、駆けた。
大きさ、強さ、どれも間違いない。
今までで最高の魔法が生まれた。
大きく跳躍。迫り来る攻撃を避け、一気に投げ飛ばす。
火の玉は黒を切り裂き、一直線に前へ飛んで行った。
高速で飛んでいった炎は、まだ形を留めさせたままだ。今あれを解放すれば、俺も粉微塵になってしまう。
が、そこまで集中できるほど時間はない。"火玉"が膨張する前になんとかーー
ガシッ。
背中に大きな衝撃。
ゴブリンだった。
仲間を踏み台にして噛みついて来たのだ。
空中でバランスを失った体は、不格好に落ちていく。
全てがスローモーションに見えた。
視界の端で、真っ赤な光が見える。
闇を引き裂きながら、こちらへと迫ってくる。
当然、防御などとれるはずもなく。
こんな状態でも眈々と考えられる自分に、ほんの少しだけ恐怖を覚えた。
氷川継太、死亡。
骨のかけらすら、残らない最期だった。