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#5・開戦

「ようこそ。お待ちしておりましたよ」


 依頼人の家を訪ねると、でっぷりと太った男が出迎えてくれた。

 服装を見るに、この家の主人らしい。


 汗をかいているせいか、日光に照らされてさながら肉汁が染み出ているようだ。

 脂の乗った肉が頭をよぎった。

 あの感じだと、A4ランクはくだらないだろう。

 下手をするとA5ランクに届くかもしれない。


「……ぷっ!」

「どうかなさいました?」

「い、いや……」


 いかんいかん。

 思わず吹き出してしまった。


「ささ、ご案内致しますので、こちらへ」

「あ、ちょっと待ってくれ。あとから連れの奴らが来るんだよ。そっちの方が強いし、確実だろ?」


 そう言うと、男は少し唸ってから、


「仕方ないですね。では、中に入ってお待ちください」


 と不満げに言った。


 ……それにしても、この男身につけているものが派手過ぎる。

 金のブレスレットに、金のネックレス。おまけに巨大な宝石のついた指輪まで。

 よっぽど金が有り余っているようだ。

 もしかすると、家の中もこんな感じなのかもしれない。

 ずいぶんといい趣味をしているもんだ。

 成金の客人にはウケるのかね。

 俺にはよくわからんが。






 □■□■□■□■□■□






 依頼人の家に上がらせてもらい、まず目に飛び込んできたのは、莫大な量の金だった。


 金である。

 GOLDである。

 よくテレビで見た金の延べ棒がゴロゴロ転がっている。


 いや、まぁ確かに予想はしていたよ。

 でも、流石にここまでとは誰も考えられないだろ……。


 床も金。

 柱も金。

 天井までもが金。


 この家全てが金で覆い尽くされているのだ。

 何が「家の中もこんな感じなのか」だ。

 服装よりも全然酷いじゃないか。


 おまけに、俺が「いい家ですね」などと抜かしたおかげで、俺は延々と金の素晴らしさを説かれた。

 もちろん、何を言っているのかなんてさっぱりわからない。


 一時間ほど経って、ようやく彼の熱弁が終わった。


「そういえば、申し遅れました。私、この辺りで鉱山経営をやっております、リッツ・マデルと申します。以後お見知り置きを。

 あなたは……ロイ・クリムゾン様ではございませんね?失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ヒツギ。名字は無しでいいよ」


 リッツは、名字がないことにとても驚いたようだ。


 当然だな。


 確かに名字が無いのはおかしい。俺だって、もしそんな奴が現れたら怪しむと思う。


 これからもこうやって名を尋ねられる時が来るかもしれない。その度に怪しまれては、少なくともメリットは無いだろう。


 ……後で考えておこっと。




 それにしても、鉱山経営か。

 道理で金ピカなはずである。

 聞くところによると、このトルフの町は鉱山資源が豊富らしい。マデル一族はそこに目をつけ、何もなかったこの場所を、自分たちで山を切り崩し、町を作り、そして人を呼び込んだ。

 自分たちはリーダーとなって、古くからこの辺りを仕切っていたそうだ。

 おかげで、今では国内でも有数の栄えた都市になっている。


 初代から数えて十五代目のリッツは、この町の町長なんだとか。

 外観だけを見れば、そんなにすごい一族とは思えないが……。

 まぁ、経営者として成功しているということは、きっと一族の血から来ているんだろう。彼もその力を持っているに違いない。


 ぐるりと頭を巡らすと、壁には歴代マデル一族の肖像画が飾ってあった。

 皆そっくりである。まるで、顔をそっくりそのままコピーしてあるようだ。

 マデル一族はよほど血が濃いらしい。


 奇妙な冒険とか無いのだろうか。

「俺は人間を辞めるぞォー!」みたいな名台詞は無いのだろうか。





「ささ、そちらへおかけください」


 言われたとおり椅子に座らせてもらうと、メイドさんらしき人が紅茶らしきものを持ってきてくれた。

 一緒に持ってきたカップに紅茶(らしいもの)を注ぎ、一礼して部屋の隅へ控えた。


 もちろん、カップにも金箔があしらえてある。


 おそるおそるカップを持つと、中の液体を飲んだ。


 ……。


 うん。

 紅茶だ。

 色から匂いから全て同じだ。

 まさかこっちの世界に紅茶があるなんて思わなかった。


「気に入っていただけましたか?それはこの地方原産のティアという葉から作られた飲み物です。町にも出回っていると思いますよ」


 そうか。

 帰りに買っていこう。


 こんなに紅茶を好きになったのは初めてだ。

 もしかすると元の世界に戻れるきっかけになるかもしれない。


 そんなことを思っていると、玄関の戸をノックする音が聞こえてきた。


「おや、到着されたようですね」


 ドアの向こう側から、見覚えのある二人が歩いてくるのが見えた。

 白髪の老人と、両手に大量の荷物を抱えた少女。


 ロイとニーナだ。間違いない。


 喜色満面のニーナとは反対に、ロイは疲れ気味だった。


「お嬢様、いくらなんでもこれは買いすぎでは……」

「いいの!折角の町探検なんだから、楽しまないと!」


 ふふんと鼻を鳴らすニーナ。

 その買った物の量に、流石のリッツも口が塞がらない様子だった。


「……もしかしてまだ買うつもりですか?」

「決まってるでしょ!この町の商品全部買い尽くしてやるわ!」

「分かりました。ではお嬢様のお小遣いから今日の分を引いておきますね」

「ちょっと待ってごめんなさい!」


 自分の金ではないのに、まだ買うつもりだったのか。


 一体何をどう間違えばそこまでの買い物ができるのか知りたいが、とりあえず今は放っておこう。


「お待たせして申し訳ございません。

 今回、依頼を受けさせていただく、ロイと申します」

「あぁ、いいですよ、自己紹介なんて。

 あなた様の噂は常々耳にしておりますので」


 ロイも一通り社交辞令が終わったらしく、話の内容もいつの間にか仕事についてのことになっていた。

 一通り荷物を片付けると、屋敷を出て目的地へ向かった。


 荷物を片付けていたメイドさんが先ほどのリッツのようになっていたのは、見なかったことにしよう。





「本日お呼びしたのは、先日掘削を行っていた鉱山からゴブリンが大量発生いたしまして。それを駆除してほしいのです。

 古い坑道なんですが、最近また再開発を始めましてね。その時偶然湧き出してしまいまして……。とても私どもには手が付けられない状況なんですよ」


 話を聞きながら道を進む。

 舗装された道が、段々と獣道へと変化していった。

 森の中に入ると、一層道幅も狭くなり、いつの間にか周囲には木が生い茂っている。

 どうやら、件の鉱山はこの森を越えた先にあるらしい。トロッコか何かのタイヤの跡がまだ地面に残されていた。

 ここでもニーナは全てのものに興味を示し、町に居た時と同様目を輝かせていた。


「ねぇヒツギ!あれ何!?」

「レールだよ。トロッコのな」

「じゃああれは!?」

「ピッケル。洞窟を掘る時に使うんだよ」

「それじゃあれは!?」

「廃坑……って、いちいち聞くな!俺はお前の執事じゃねえって!」


 そんな話をしながら、十分程歩いただろうか。辺りにはボタ山が目に付くようになってきた。


 テレビやマンガでは見たことのある風景だったが、いざこうやって廃坑に来てみると、何だか違う世界に誘われたような気になる。


 ……まぁ、実際に誘われてるんだけどね。


「そろそろ到着しますよ」


 そんな事を思っていると、おもむろにリッツが言った。


 その時。


 ザザザザザ……


 茂みの中から何かが走りよる音が。


 一匹ではない。

 二匹、三匹……いや、それ以上いる。

 俺たちはとっさに身構え、背中を合わせて敵がどこから出てくるかを待った。


 冷や汗が頬を流れ落ちていく。

 あれほどテンションが高かったニーナも、今では怯えて震えている。


 全く、この王女は気が強いんだか弱いんだか分からない。

 いつもはとんだドS女王様なのに、いざ危機的状況に置かれると小動物のようになってしまう。


「大丈夫だよ。んな怯えんなって」


 微笑みながらニーナに囁いた。


 ……そんな僅かな変化を、相手は感じ取っていたのかもしれない。

 近くの草むらから突如黒い影が飛び出してきたのを、俺は見た。


 長く伸びた爪。

 禿げあがった頭。

 そして、醜く歪んだ顔。

 最も印象的なのは、その大きな鼻だった。


 人鬼ゴブリン

 人間になり損ねた鬼である。

 中年のオッサンがもっと醜くなった感じだ。

 イメージとしては、日本神話に出てくる天邪鬼かなんかが一番似ているかもしれない。





「危ねえ!」


 それまでリッツが立っていた場所に、数匹のゴブリンが噛み付いてきた。

 すぐに彼の手を引いたため、幸い怪我は無かったが、判断が数秒遅れていれば、たちまち肉が抉り取られていただろう。

 ゴブリンの強力な顎は、地面に大きな穴を開けていた。


「野郎ッ」


 反撃の回し蹴りを繰り出すが、すんでのところで避けられてしまった。


 元々喧嘩が強いわけでもない俺に、肉体戦は不利だったかもしれない。


 奴らは知能指数こそ低いものの、仲間と連携して複数で相手を攻撃するのが特徴だ。

 おまけに、人間の何十倍もずる賢い。

 その辺の脳みそは大きく発達しているらしい。

 攻撃の仕方も、下手に飛び込んでは来ず、遠距離からゆっくりと弱らせていく戦法だそうだ。

 奴らは石や木の枝を投げてくるおかげで、全く反撃できず、防戦一方になるだけだった。


 ロイは、傷一つつけさせまいと自らの体でニーナを守っており、反撃などできそうもなかった。

 リッツは……うん。

 論外だな。

 もうどこにいるかすらわからない。

 でも、きっとそこらの物陰に姿を隠しているんだろう。


 ということは、俺がやるしかないのか。


「……よし」


 息を一つ吐き、意識を集中させる。

 時折物が当たるが、今更そんな事に気を取られている暇はなかった。


 魔法とは、すなわち想像らしい。

 イメージを頭に浮かべ、それを形として具現化させる。

 それが魔法だそうだ。




 材質、土。


 幅五メートル、高さ三メートル。


 俺たちを囲むように壁を作り出す。


 訓練通りやれば大丈夫。何とかなるはずだ。

 カッと目を見開き、手を地に叩きつけた。


「偉大なる大地の神よ、我を護る力を与えたまえ!

 "防御壁ブロック!"」


 呪文を唱えると、地鳴りと共に目の前から壁が作られ始めた。

 俺たちを囲むようにどんどんと壁は生み出されていく。

 数秒もしないうちに、大きな壁が周囲を覆っていた。

 出来栄えを見るが、特に目立った点は見られない。


 イメージ通り。

 成功だ。


 ゴブリンたちの攻撃も全く通しておらず、びくともしない。

 下級クラスの魔法だが、しっかりと出来たようだ。


「おお、上手く作れていますね」


 ロイも褒めてくれた。


「もう上級まで使えるようになったのですか。日頃の訓練の成果ですね」


 ……へ?


「い、いや、僕が使ったのは下級の魔法ですよ?」

「下級でここまでの強度は得られません。しかもあのスピード。あれは上級以上でもなければ無理です」


 わぉ。


 いつの間にか俺は上級の魔法を取得していたらしい。

 自分でも気づかなかった。

 確かに、土魔法は物を作ったり穴を掘ったりしてしょっちゅう使っていたが、まさかもう上級まで行っているとは。

 こっちに来てまだそこまで経っていないので、色々と力のバランスが崩れてしまいそうな気がするが、とにかくやったぜ。




 ……いや、待て。


 この速さで上級まで進むことが出来たならば、魔力もそれなりに上がっているのではないのだろうか?


「……」


 初めての討伐。

 やはり来て良かった。






 ゴブリンたちの攻撃が止むのを待ってから、魔法を解除した。

 不思議なことに、魔法で生み出したものを消し去るためにも、魔力が必要らしい。


 まぁ、ほんの一瞬だが。


 俺がいた世界でいえば、機械が動作を起こす時に使う電気信号みたいな感じだな。


「おや?そういえばリッツ様が見当たりませんが、一体何処に行ったのでしょうか」


 ロイがポツリと呟いた。


 辺りを見渡すが、どこにもいない。

 怖気付いたか?

 依頼人なのに。

 でも、それも仕方ないか。


 リッツはぽっちゃり体型で、金持ちのイメージを具現化したかのような風貌だ。戦闘などできるはずもない。と言うか、まず戦闘に首を突っ込むはずがない。

 ああいった輩は大抵臆病なのだ。

 魔物に襲われそうになると、「ゆ、許してくれ!俺は何もしていない!悪いのはあいつらだ!」やら、「か、金か?金なら好きなだけやる!宝だって女だってやる!だから命だけは!」などと死亡フラグを吐くのだ。


 その先は……うん。

 言わずともわかるだろう。

 ファンタジーではお決まりの結末だな。

 もしかするとこの世界でも死亡フラグの法則が適用されてしまうのかもしれない。


「おーい。もう大丈夫だぞー。出てこいよー」


 とはいえ、彼がいなければその鉱山の場所もわからない。まだ生きている可能性も否定できないので、三人で手分けしてリッツを探した。

 魔法を使えば楽に見つけられるんじゃないか、と思ったが、すぐにその考えは捨てた。

 範囲が広すぎるのだ。しかも、どの魔法を使えばいいのかもわからない。

 結局、人力で捜索することになった。




 意外と簡単にリッツは見つかった。

 木の影からずっとこちらの様子を伺っていたようだ。

 表情が暗くなっているが、魔物に襲われた恐怖によるものだろう。やや顔色も悪いが、それもきっと恐怖のせいだ。


「無事だったようですね。よかったです」


 ロイはニーナだけでなく、依頼人の安全にもしっかりと気を遣っているようだった。

 さすがベテランである。仕事の質が違う。

 俺だったらそこまで気が回らないな。自分のことで精一杯だ。


「よし、先を急ごう。時間も限られてるし」


 依頼人の安否も確認できたので、いよいよ目的の鉱山へ向かった。






 □■□■□■□■□■□






 鉱山に着いた。


 絶景である。

 人の手が加わっているとはいえ、その壮大さは全く失われていなかった。

 目の前には剥き出しになった岩肌が、俺たちの行く手を阻むかのように佇んでいる。

 そんな光景が、自然の素晴らしさを実感させた。

 周りには運搬用のトロッコや、錆び付いたレールが敷かれており、いかにも鉱山という感じだ。


「さて、問題の場所というのは?」


 ロイはリッツに問いかけるが、何も答えない。先ほどからずっと俯いたままだ。

 まだ先ほどのことがショックだったのだろうか。


「声に出さなくてもいいんです。指で示してもらえれば、あとは一掃してきますので。リッツ殿はここでお嬢様とお待ちください」


 優しく、なるべく刺激しないようにロイが言った。

 すると、リッツは俯きながら目の前の大きな洞窟を指差した。


 ここにはアリの巣のようにたくさんの坑道がある。

 リッツが指差したのは、その中でも最も大きな洞窟だった。


 中からは少し冷気が出ている。

 辺りには微かに腐卵臭も漂っていた。

 どうやら、ここは掘削の最中にガス溜まりを掘り当ててしまい、封鎖になっていたようだ。

 入り口を支える木材も、ほとんど腐り落ちており、今にも崩れてしまいそうだった。


 近くに寄ると、ちょうど人の子供くらいの大きさの足跡が幾つも付いていた。そして、その全てが洞窟の中へと繋がっている。

 よく見ると、この足跡が付けられたのはごく最近のようだ。


 先ほどの奴らだろうか。

 だとすれば既にこのグループには俺たちが来ていることがバレているかもしれない。

 急がなければ。


「ロイさん」

「えぇ、早めに終わらせましょう」


 向かうはゴブリンの砦。

 敵の数、未だ未知数。

 手強い敵ほど燃えてくるのは昔からだ。


 たいして喧嘩が強いわけでもない。

 でも、こんな状況を打開できたら、カッコいいだろ?


 気がつくと、いつの間にか笑っていた。


 こんな時にカッコ良さを求めてしまう俺は、いよいよどうかしてしまったようだ。

 しかも、わざわざ敵の本拠地へ身一つで乗り込むなど、常人の考えではない。


 しかし、今はそれさえも快楽へ変わっていた。


 俺が音を立てて首を回すと、ロイも真っ白な手袋をパチンと鳴らした。


 何故だろう、共闘などしたこともないのに、ロイと居るとどんな敵でも倒せてしまう気がする。


「さぁ、開戦だ」


 荒ぶる心を必死に鎮めながら、俺たちは洞窟へ、一歩足を踏み入れた。

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