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#4・はじめての○○

 まず一つ。

 帰ってきてから早々、とんでもないものを見た。


「あ、お帰りなさいませ。お嬢様。ヒツギ様も、ありがとうございました」


 冷静に語る口調とは裏腹に、外見は異様としか言えなかった。


 いつもと同じロイの顔。

 と、血まみれになった手や服。

 あとなんだかよく分からない肉塊。


 思わずロイの大量虐殺シーンを想像してしまい、少し鳥肌がたった。


 彼は至って普通な老人なはずだ。きれいな白髪に老眼鏡、伸ばしたヒゲからも、その様子がうかがえる。


 さらに、少しだけ言葉をかわしたので分かることだが、とても温厚で、誰に対しても分け隔てなく接してくれる人だった。俺に対しても、素性を探ろうとせず、普通に話を聞いてくれた。


 なのに。


 今、ロイの周りには、不気味なまでの血臭と、真っ赤に染まったよく分からない物体が転がっている。中には昨日見かけた顔もあった。


「ただいま。……なに?またやっちゃったの?」

「すみませんお嬢様。あまりの非行に少し頭に血が上ってしまったので」

「まぁ、いいけどさ」


 おいおい。"また"って。日常茶飯事かよ。

 しかも笑顔が張り付いたままだぞ。

 恐ろしい。これからロイへの言葉遣いには細心の注意を払わなければ。

 そんなことを思っていると、ロイは辺りに散らばっていた肉片をかき集め始めた。


「すぐに片付けます。火玉(ファイアボール)


 そう呟きながら軽く手をかざす。

 丸い火の玉ができたかと思うと、瞬く間に肉片を灰へと還した。

 本当に、ただ手をかざしただけである。火が出る要素などどこにもない。

 やはり、改めて見るとどうにも理解できなかった。


「どうしたんですか?何か珍しいものでも?」


 その様子をまじまじと見ていた俺に、ロイは、さも当然のように聞いてきた。まるで、魔法を知らないのか、とでも言うような感じで。

その通りです。私魔法を知らないの。


 話して、大丈夫だろうか。

 信じてもらえるだろうか。

 作り話だ、と笑い飛ばされるかもしれない。

 だが、ロイやニーナ達は信じたい。

 二人だって見ず知らずの俺を助けてくれたのだ。

 にわかに葛藤はあったものの、俺は彼らに全てを打ち明けることに決めた。


「あ、えっと……

 と、とりあえず、中に入りません?ここじゃ少し……」


 外で話すのは気が引ける。

 家の中に入ってから、俺は、これまでの経緯を簡潔に説明した。


 自分はこの世界の住人ではないこと。

 気がつくとこの世界にいたこと。

 自分の世界では、魔法というモノ自体が存在しないこと。


 予想通り、はじめは信じてもらえなかった。

 だが、訝しげな目で見ていたニーナも、話が進むに連れてなんとなくは分かってくれたようだ。

 あまりに突飛な話だが、なんとか飲み込んでもらえて良かった。


「魔法がない……って事は、魔法を知らないの!?」

「うん。全く。俺らの世界じゃファンタジーの話だからな」


 特に、魔法を知らないことに酷く驚いたらしい。ロイも、さすがに驚きが隠せないようだった。

 きっとこの世界は、魔法によって発展してきたのだろう。俺の世界は電気によって発展してきたから、少し似てるな。

 と、ニーナは何かを思いついたのか、屋敷の奥から分厚い本を持ってきた。そして、


「しょうがないわ。魔法について説明するわね」


 と語り始めた。

 持ってきた本を降ろす。まるで六法全書だ。いや、その倍はあるか。

 ズンッという地鳴りのような音が家に響いた。

 パラパラとページをめくり、真ん中辺りのページで止まった。そこには、複雑な紋章やよく分からない文字が書かれていた。


「魔法には、火、水、土、風の属性魔法と、回復や補助の白魔法、あとは、どの分類にも属さない黒魔法があるの。

 この世界のほとんどは属性魔法が元で作られているわ。


 その強さにも階級があって、下級、上級、賢級、剛級、神級に分かれるの。

 一般的に出回っているのは、下級や上級だけね。たまに賢級を使える人もいるけど。

 剛級や神級は、一生かかってやっと手にできるかどうかなのよ」


 ここまで分かった?と聞かれ、短く頷く。


「魔法を発動させるには、魔力が必要よ。魔力総量は個人差があるの。でも、総量は訓練を積めば増えるわよ。

 で、技級が上がれば、それに比例して魔力消費量も増えるわ。大抵の人が剛級や神級を諦める理由はそこね。自分の魔力が足りなくて諦めるのよ」

「魔力が足りなくなるとどうなるんだ?」

「魔欠症という病気になって、軽症なら頭痛やダル気、症状が重くなると体の器官が無くなっていき、最終的には死に至るわ」


 頭痛やダル気。

 それには思いあたることがある。一度死んで、目覚めた時だ。

 あの時は血が足りないだけだと思っていたが、きっとあれが魔欠症とか言うやつだろう。

 だが、問題はその次だ。

 たったそれだけのことで手足や内臓が無くなるわけがない。そんなのだったら、俺は今頃ここに存在すらできなくなってしまっているはずだ。


「体の器官が無くなる?どういうことだ?」

「本来、この世の生物は全て魔力で形をとっているの。そして、その魔力は常に一定にならなくてはいけない。その魔力が無くなると、体の器官を使って、魔力を回復させようとするのよ」


 えーっと。

 ようするに、足りなくなったら腕とか足とか使って魔力を取り戻そうとしますよって話?

 なんとも恐ろしい。


「まずは魔法を使えるようになること!なんとなくはこの本に書いてあるから、自分でなんとかして!魔力総量を上げるのはその後よ!」


 ニーナが強い口調で語った。

 本を借り、文章を読もうとしたが、如何せん文字が読めない。考えてみると、この世界のことはほとんど理解できていなかった。明日から世界を学ばなければ。




 しかし、異世界か。まだ少し信用できないが、ここまで来るともう信じるしかないのかもしれない。


 元の世界に戻らなければ、という気持ちももちろんある。だが、高校生にもなって、俺はワクワクしていた。今の今までこんな気持ちは感じたことが無かったので、何だか不思議だ。


 ……よし。


 向こうに戻っても、「いい思い出だった」と言えるように、、本気で生きていこう。

「そんな話、あるわけない」

 そう笑ってもらって結構だ。

 ゆっくりじっくり確実に、この世界を謳歌していこう。

 大丈夫だ。帰る方法はきっとある。なんたって、魔法のある世界なんだから。






 □■□■□■□■□■□






 それからは、瞬く間に日々が過ぎていった。


 まず、魔力総量を上げる練習に、土魔法と火魔法を使用した。組み合わせれば鍋とか作れそうだからだ。

 土魔法では様々な鉱物を生み出すことができるらしい。俺はまだ鉄しか生み出せないが、そのうちできるようになると信じていたい。


 火魔法は火力の調節が難しかった。

 こちらの世界の火おこしと火魔法では、原理が違うらしく、コツを掴むのに時間がかかった。


 何せ、少し間違えれば大爆発だ。


 一度訓練中に火加減を間違えたことがあった。

 手のひらの上に小さな火の玉を燃やし続けるという単純な作業だったが、張り切り過ぎてどこかのサ○ヤ人が作りそうな元気玉が出来てしまった。

 すぐに消したが、あれを落としていれば、目の前は焼け野原と化していただろう。

 それ以来、あまり気合を入れ過ぎてないようにした。


 どの魔法も、最初は辛かったが、魔法のコツをロイに教えてもらい、それからは自分でも分かるほどメキメキと成長していった。

 おかげで、大量の魔力が必要とされる土魔法の細かな動きや、火魔法の一点集中の炎など、難しい動作が少しはできるようになってきた。

 階級で見るならば、まだまだ上級程度らしいが。


 しかし、魔法を発動するときに唱える、あの呪文は辛かった。我ながら何を言っているか今でも理解できない。今度は無詠唱にチャレンジしてみたいと思う。




 魔法だけでなく、勉学もはかどった。

 この国の城には巨大な図書室があり、図鑑から小説、果てには青少年には見せられないようないかがわしい本まで、ありとあらゆる本が置いてあった。

 俺はそれを、とりあえず片っ端から読み続けた。一語一句、全てを暗記するつもりで。


 もちろんいかがわしい本には手をつけていない。


 理解力や記憶力には全く自信の無い俺だったが、魔法の練習と食事など以外は、ほとんどこの図書室に引きこもっていたので、並大抵の知識は身につけた。


 本によると、この世界には二つの人種が存在するそうだ。


 一つは人族。

 そしてもう一つは、大陸を渡った遥か彼方にいる、妖族。


 昔からこの二つの人種は仲が悪いらしく、たびたび戦争を起こしてきたらしい。

 一番新しいのは、今からおよそ百年前の「新世紀世界大戦」。血で血を洗うような戦争で、最も被害が大きかったと書いてあった。

 妖族は魔物を生み出し、人族に壊滅的な被害をもたらした。

 しかし、大賢者と呼ばれる人間がふらりと現れてからは、妖族はどんどんと劣勢に追い込まれていった。

 結局勝ったのは人族だった。負けた妖族は、環境の悪い外の大陸へと押し出されてしまったらしく、また人口もどんどんと減っていっているようだ。




 ……そんなこんなで、俺は今日も魔法の鍛錬に勤しんでいた。

 こちらに曜日の感覚は無いが、あの日からだいたい一ヶ月ほど経ったある日のことだった。


「はい、では今日はここまで」

「ありがとうございました!」


 魔法については、ロイに指導を頼み込んでいる。さすがあの王女の執事をやっているだけあって、教えるのがうまい。

 俺がここまで魔法を使えるようになったのも、ほぼロイのおかげかもしれない。


「そうだ、ヒツギ君。今日は少し実戦にでも行ってみませんか?」


 と、唐突にロイが切り出した。


「この近くの洞窟に、ゴブリン達が巣を作っているんです。少し数が増えてきたので、依頼が来ているんですよ」


 妖族の他に、この世界には魔物も生息している。

 基本的には害獣だが、中には人間と共存関係にある魔物もいると本に書いてあった。


 ゴブリンとは、この世界にいる魔物の一種だ。強さで言えば最下位だが、群れで行動するので、少し厄介な敵だ。

 基本的には山に住み着いているらしいが、近くの町に降りてはよく悪さをして人々を困らせている。




 ……と本に書いてあった。

 討伐経験がないのでなんとも言えない。


 にしても、魔物退治か。そろそろ魔物とか出てきてもいい頃だとは思っていたが、ついに来たようだ。


「行かせていただきます!」

「分かりました。では、明日の朝、隣町のトルフに行きますのでしっかりと準備を整えておいてくださいね」


 はじめての討伐。

 某有名お使い番組が頭をよぎったが、たまたまだ。

 途中で泣いたりはしないぜ。子供じゃないし。






 城に帰ると、既に夕食の準備が始まっていた。

 魔法が使えるようになってからは、俺は主に火の当番をしている。召使いの中には火魔法を使える者がいないらしく、大変重宝された。

 今日は前もって留守にすると報告しておいたので、大丈夫だとは思うが、一応見に行ってみるか。


 調理室のドアを二、三度軽くノックする。


「すいません、ヒツギです。遅くなりました」


 だが、返事がない。どうやら誰もいないようだ。

 ドアノブを捻り、ドアを開けた。

 中を見渡すが、やはり誰もいない。

 入れ違ってしまったのか。

 ふと火元を見ると、人間が入ってしまいそうな鍋の下、こちらの世界で言えば、薪をくべる辺りに、人が倒れていた。


 ニーナだ。


 顔がススで真っ黒になっていた。


「おーい、大丈夫か?」


 声をかけても無反応。目を回して気を失っている。

 近くにはかまどに空気を入れる、あの棒が転がっていた。

 だいたい酸欠で倒れたのがオチだろう。

 というか、一体何なんだこの王女様は。本当に王女か?

 ペチペチと軽く頬を叩くと、すぐに目を覚ました。


「はっ……私一体何を……」

「馬鹿。酸欠でぶっ倒れてたぞ」

「わはは、やっちゃったねー」


 倒れていたと言うのに、子供のように無邪気に笑っている。

 俺は、少しだけこいつの将来が心配になった。


「……なに見つめてんの?」


 などと心配をしていると、無邪気な笑顔から一転、ニーナに蔑んだ目で見られた。


 やめて。

 そんな趣味はございませんから。


「あ、いや、なんでもない」


 そう言うと、足早にその場を立ち去った。

そういった(ドM)業界では今のはこの上ないご馳走だと思うが、あいにく俺は興味が無いのだ。


「お嬢様ー!ヒツギ様ー!夕食の用意が整いました!」


 と、食堂の方から侍女の声が聞こえてきた。


「ほ、ほら、夕飯できたらしいぞ!」


 未だ冷たい視線を送ってくるニーナを連れて食堂へ向かった。






 食卓には、彩り豊かな料理が盛られていた。

 さすが王宮。食ってるものが違うな。

 食べ物は、基本的に前の世界と同じだった。名前が違うので全ては把握し切れていないが、肉やら野菜の名は覚えた。


 目の前の肉をナイフで切り取り、そのまま口に放り込む。


 うん。うまい。


 さすが王宮。


 もういいこと全てが王宮のおかげに思えてしまいそうだ。というか、そう思えてしまう。




 ……さすが王宮。






 □■□■□■□■□■□






 翌朝。

 いつもより早く目覚めた俺だったが、ロイはもう自分の支度を終わらせ、俺の分の支度までも終わらせてくれていた。

 この人には本当に頭が上がらない。


「さて、行きますか」

「ですね」


 朝食のパンらしきものを咥えて、隣町トルフへ向かった。


「…………」


 誰かがこちらを見ているとも知らずに。




 移動は馬車だった。

 道中、何度か周りの景色が見えたが、その一つ一つが驚きの連続だった。


 動物や機械を使わずに耕す畑。

 川を凍らせて漁をする漁師。


 魔法の世界ならではだ。

 だがしかし、最も驚いたのはそこではない。


「んふふ〜♪」


 ロイと俺。

 この馬車に乗っているのは二人だけのはずだ。


「なんで乗って来てんだよ……」

「いや、だっておもしろそうじゃん!」

「そういう問題じゃなくてだな……」

「お嬢様、今回限りですよ?」

「やたー!」


 荷物に紛れて、ニーナが乗り込んでいた。

 それも、誰にもこちらへ来ることを知らせずに。

 きっと侍女の皆さんや執事の皆さんは、またもニーナが失踪してとても慌てていることだろう。

 帰ったらこっぴどく怒られるだろうが、自業自得である。




 どんなハプニングがあろうと、馬車内でも魔法の鍛錬は欠かせない。

 目的地までまだ少しかかるようなので、暇つぶしに土魔法で猫を作ってみた。

 茶色の素朴な人形だったが、何かを生み出すのは初めてだったので、なんだかとても達成感があった。


「なにしてるのー!」

「魔法の鍛錬。時間もあるし暇もつぶせるしいいかなーって」


 ふーん、と言いながら、ニーナは俺の手元にある猫の人形をじっと見つめていた。


「それなに?」

「猫だよ。こっちにはいないのか?」

「猫……あぁ、フタマタの事ね。

 いるにはいるけど……上位系の魔物よ?見た目も少し違うし」


 ニーナは、俺の持っている人形を見て軽く考えた後、ドヤ顔でそう言った。


 猫なんているのか。

 フタマタ。なんだか浮気でもしそうな名前だ。


 前の世界では、自宅の庭に大量の猫が住んでいた。

 よく夕飯の食べ残しをこっそりあげたもんだ。

 おかげでうちの庭はいつしか猫屋敷になっていたのを覚えている。


「その人形、いらない?」

「ん?別にいらないけど……」

「じゃ、私にちょうだい!」


 彼女はこの人形がかなり気に入ったようで、俺はこの後大小様々な猫人形を作らされた。






 □■□■□■□■□■□







「大丈夫ですか、ヒツギ様」

「し、死ぬ……」

「だらしないわね!男なんだからピシッとしなさい!」

「お前のせいだよ……」


 あれから約二時間。

 依頼のある町トルフへ到着した。

 途中で人形作りにほとんどの魔力を消費した為、俺は干物寸前になっていた。


「しかし広いな」

「この国では指折りの発展した町ですからね」


 見渡す限り、人、人、人。

 あちらこちらに店があり、客を呼び込む声で通りはお祭り状態だった。だが、ロイ曰く、今日はまだ人が少ない方らしい。

 どれだけ活性化してるんだよ。俺たちの世界にもその気力分けて欲しい。


 王女様も初めての町探検に大興奮のご様子で、子供のようにそこらじゅうを走り回っていた。


「ねぇ見て!野菜が売ってる!」

「分かってるっつの!分かったからもうちょっと落ち着け!」


 彼女はすっかりここに来た理由を忘れてしまっている。

 仕方なく、ロイに彼女を見ていてもらい、自分が依頼人の元へ向かうことになった。

 地図を見るとこの大通りの先に依頼人の家はあるそうだ。

 まだ太陽は本調子ではないが、早めに仕事を終わらせてしまった方が後でゆっくりと楽しむことができる。


 と言うか、先ほどからニーナを見ていると、俺も少しだけ遊びたくなってきた。

 無邪気に遊んだことなんて、高校に入学してからは一度もない。


 急ごう。




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