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#2・ニーナの家

 異変が起きたのは、その直後だった。


 意識がーーある。


 考えなくなった脳内が。


 止まったはずの心臓が。


 動き出した。


 傷口に触れてみると、まだ痛みはあるものの、ほとんど血は出ていなかった。


 何が起こったのかは分からない。

 刺さりが浅かったのかもしれない。

 急所に当たらなかったのかもしれない。


 が、どちらにしろこれはチャンスだった。

 奴らの視線は全て少女に向けられている。俺は誰にも見られていない。


 近くにあった木の棒を握りしめる。これを本気で叩きつければ、いくら屈強な大人とて、ただでは済まないだろう。


 しかし、チャンスは一度切り。それを逃せば、俺は今度こそ殺されてしまう。


 呼吸を整える。


 棒を持っている手がブルブルと震えているが、これは武者震いだ。決して怯えから来るものではない。

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせ、静かに立ち上がった。


 相手との距離、約五メートル。

 目標、切り傷の男。

 今だ。


「うるぁぁぁぁ!!!」


 雄叫びをあげて地面を蹴る。そして、そのまま棒を相手の脳天めがけて振り落とした。

 ゴスッという鈍い音。

 男は二、三歩よろめいたが、やがてその場に倒れこんだ。


 成功だ。


 すぐに男の持っていたナイフを奪い、残党に突きつける。

 奴らは、リーダーの戦闘不能により為す術もなく逃げていった。

 ざまぁ見やがれ。


 さて、撃退したのはいいが、いずれ奴らは帰ってくるだろう。それも、援軍を連れて。

 そうなる前に、あの少女を助けなければ。


「だ、大丈夫か……?」

「ひっ……来ないでっ!この化け物!」


 だが、少女の反応は、俺の予想を大きく裏切るものだった。

 少女は、俺を極端に怖がっていた。

 化け物、と。

 何がそんなに怖いのか?

 血にまみれているとはいえ、これは俺のだし……。


「あなたは確実に死んでたはずよ!どうして生き返ったのよ!」


 生き返った?

 いや待て。どういうことだ。


「なぁ、俺って死んだのか?」

「とぼけないで!私は見てたんだから!」


 確かに、あの状況の中、生きているというのもおかしい。

 俺の服も、首元が真っ赤に染まっていた。

 とすると、やはり、俺は死んだのか?


「俺は違う!化け物じゃない!」

「嘘よ!どうせ私を襲って取って食おうとか考えてるんでしょ!?」

「食うか!俺は人間だ!」


 そう言うと、彼女は押し黙った。

 しばらく疑うような目で俺を見ていたが、彼女はようやく俺を信用してくれたようだ。厳しかった目つきが心なしか柔らかくなった気がする。


「ほんとに……?」

「本当本当。大丈夫だから。」


 俺は五体投地で無抵抗さを必死にアピールしている。少女はそれを仁王立ちで見下していた。

 おいおい。ここまで来てまだ信じられないって言うのか。


「……私、ニーナ。ニーナ・アストレア。さっきはありがとう。貴方は?」


 名前を聞かれた。

 というか、やはり偽名の方がいいのか。本名を教えても、言葉は通じたようだが、こちらの文字が分からないので、うまく表現できない。


「俺か?俺は……。

 ヒツギ。そう、ヒツギだ。」


 小学校の頃のあだ名だった。

 氷川継太だから、ヒツギ。


「ヒツギ?珍しい名前ね。やっぱりゾンビなんじゃない?」


 ニーナは、長い茶髪をかき上げながら、やや嘲るように笑った。

 少しは弱まったものの、相変わらず見下すような視線だ。口調もトゲトゲしい。かなりのS属性だろう。


「それにしても、見ない格好ね。あなたどこから来たの?」


 確かに、俺とニーナの服を見比べると、俺は学生服だが、彼女の身につけている服は、日本ではあまり見かけないものだった。

 あ、でもこの場合は俺が異質なのか。


「どこって……日本だよ。」

「日本?聞いたこともないわね。それはどこの大陸にあるの?」


 大陸?

 とするとやはり……。


「なぁニーナ。ここってどこだ……?」

「何を寝ぼけたこと言ってんのよ。

 ここはヴィネー大陸。デカラビア王国よ。」


 ヴィネー大陸。

 デカラビア王国。

 どちらも聞いたこともない名前だ。

 では、知りもしないこの場所に、一体どうやって来たのいうのか。

 思い出せない。というか、そもそも来た記憶が無い。

 来た道が分からなければ、帰る方法も無いのでは……。


 マジかよ。


 たちまち恐怖が脳を支配し尽くしていく。

 誰も知らないこの異世界で、俺は一体どうすればいいのか。

 行くあてもなく放浪し、何処かで野たれ死にするのではないか。

 不安に駆られている俺を助けてくれたのは、ニーナだった。


「帰るとこ……ないんでしょ。

 だったらうちに来なさいよ。帰り道が見つかるまでは面倒見てあげるわ。」


 女神か。

 あんた女神かよ。


「おおお!ありがとう!はじめて会ったってのに、優しいな!」

「かっ……勘違いしないでよね!さっき助けてくれたお礼を返すだけなんだから!」


 女神は女神でも、ツンデレ女神様だったようだ。


 この世界の事、先ほどの事、聞きたいことは山ほどある。どこから手をつければいいか分からないが、まだ絶望するには早いらしい。


 空を見上げると、キャーキャーと鳥の声が聞こえていた。






 □■□■□■□■□■□







「着いたわよ」


 しばらくして、ニーナの家に辿り着いた。

 なのだが……。


「でかっ」


 俺の身長の二倍ほどはあるかという石塀。

 庭と呼ぶにはあまりに広大すぎる庭園。

 あと何だかよく分からない置物。


 東京ドーム何個分だろうか。

 もはや城である。これは家とは呼べない。


「何してんのよ。早く入んなさい」

「お、おじゃましまーす……」


 中に入ると、相当な数の執事が出てきた。本当に大丈夫か?この家。


「お帰りなさいませ。お嬢様」

「ただいま。

 あ、あと、今日からこの家で生活してもらう人が増えるから。よろしく」

「ひかw……じゃなくて。

 ヒツギです。よろしくお願いします」


 俺が軽く挨拶をするだけで、執事全員が頭を下げてくれる。

 しかも、俺とは初対面だというのに、誰も疑問を口にしない。

 もう、すごいを通り越して怖くなってきたぞ。


「ヒツギ。ついて来て」


 と、ニーナが誘導をしてくれた。

 しかし、どれも同じように見えてしまい、全くよく分からなかった。まるで迷路のようだ。


「ここよ。あなたの部屋。何かあったら教えて頂戴。じゃあね」


 ニーナは説明を終えると、すぐに自室へ戻ってしまった。

 ……って、ニーナの部屋隣じゃん。覚えとこ。


 部屋はとても広かった。ベッドからクローゼット、本棚まで置いてある。

 俺はまず、本棚に入っている本を適当に手に取った。

 文字が分からないため、なんと書いてあるかは読めないが、明らかにこちらの世界には存在しない文字だった。


 ………。


 いや、やめよう。まずはこの世界を学ばなければ。

 とはいえ、文字が読めなければ何もできやしない。賊が使っていた妖術についても何も知らない。

 様々な事を学ぶため、俺はニーナの部屋を訪ねた。


「ニーナー。入っていいか?」


 ノックするも、返事が無かった。寝ているのだろうか。そっとしておいてやろう。

 仕方なく、執事に聞いて見ることにした。

 白髪の、いかにも執事って感じの人だ。


「あの、すいません……」

「はい?何でしょうか?」


 私、異世界から来たんです。だから何も知らないんです。教えてください!

 ……そう言ったところで、鼻で笑われて終わるのがオチだろう。

 なので、ここは少し話を盛ってみた。


「僕、他の大陸から来たので、この世界のことよく分からないんですよ。なので、教えてもらってもよろしいですか?」

「あぁ、そういうことなら全然OKですよ。」


 やったー。


 あ、補足だが、嘘はついてないぞ?


 他の国から来ましたーー。


 ただ、次元(、、)が違うだけだ。

なに、細かいことは気にするな。気にしたら負けだ。





「えー、では説明を始めたいと思います」

「お願いします!あ、その前に、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「私、ロイ・クリムゾンと申します。お願いしますね、ヒツギ様」


「様」だそうです。ヒツギ様。






 □■□■□■□■□■□







「ーーといった感じでしょうか」


 勉強を頼んでから三時間。ロイの教え方が上手かったからか、とても分かりやすく学ぶことができた。

 と同時に、この世界の仕組みも分かってきた。

 この世界は、全てが王国で成り立っているらしい。

 その領地の一部を、貴族が所有しているのだとか。


「ところで、デカラビア王国の王様は誰なんですか?」

「オーディン・アストレア様です」


 あれ?

 アストレア?

 その名前どこかで……。


「アッ!!」


 通りで家が大きい筈だ。

 ここはアストレア邸。いわゆる王宮である。

 ニーナが王女だった事よりも、俺みたいな部外者が王宮に住まわせてもらっていることの方が驚いた。


「俺、王女様にだいぶ失礼な口聞いてました……」

「ニーナ様は寛大ですからね。大丈夫ですよ」


 まさかあのツンデレ女神様が王女だったなんて……。


「そういえば、ニーナ様はまだ寝てるんでしょうか?魔力について色々と聞きたかったんですが」

「お嬢様なら先ほどから外出しておりますよ?」


 外出?昼間あんな事があったのに?

しかも、隣の部屋にいても部屋を出て行く気配が無かった。


 嫌な予感がする。

 時計を見ると、短針は既に六を超えていた。


「ロイさん。ちょっと僕見てきます」

「は、はぁ……」


 玄関を出ると、すぐに走り出した。


 昼間の明るさからは一変。闇が全てを飲み込んでいる。

 こんな夜道を少女一人で歩くなど、考えられなかった。


「何も起こらないでくれよ……!」


 ニーナの無事を祈りつつ、俺は全速力で駆けていった。

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