#1・目覚めの朝
……。
………。
何だか、酷く頭が痛い。後頭部を金槌で強く殴られたような感じだ。もう少し寝ていたい。できることならこのままずっと……。
「って、ここどこだ?」
目を開けると、まず飛び込んできたのは、果てしなく広がる空と草原だった。青と緑のコントラストが美しい。
だが、辺りを見ても、目に映るのは本当にそれだけ。他には、文字通り何もなかった。
頬を撫でる風は微かに湿気と熱気を含んでいる。空を見上げると、聞いたこともないような鳥の鳴き声がした。
おかしい。俺は修学旅行に来ていたはずだ。その辺りから記憶が曖昧になっているが、少なくともこんなところへ来た覚えはない。
まずは人だ。何とかして人間を見つけなければ。
と、その時、タイミング良く、向こうの方から人の声が聞こえてきた。
「てめぇ謝っただけで済むと思ってんのか!?あぁ!?」
「やめてください!離してっ!」
近くにあった木に隠れ、そっと覗き込む。すると、数人の男に一人の少女が囲まれていた。
「てめぇのせいで俺の服は台無しだよ!どう落とし前つけてくれんのかねぇ!」
「だからそれはあなたたちがわざとなったことでしょう!?私は何も悪くないです!」
賊のリーダーらしき奴はナイフを片手に脅しをかけている。
折角誰かに会えたと思えばこのザマか。どこの世界でもこういう面倒な奴らは存在してしまうようだ。
しかし、全くたちの悪い連中だ。寄ってたかって一体何がしたいのか。
すぐ近くまで行って思いきり罵倒してやりたくなる。
無論、俺にはそんな勇気も無いし、面倒事はできるだけ避けたいのだが。
だが、見ず知らずの少女とはいえ、このまま見捨てるわけにもいかない。スキを見つけて助けられればーー
パキッ。
しまった。まさかこんなところに枝が落ちているとは。
「誰だ!」
まずい。気付かれた。どうにかしてこの場を切り抜ける方法を考えよう。
姿を隠そうと、後ろへ走り出すと、ドンっと何か大きな壁にぶつかった。
「てっ……あれ、こんなところに壁なんて……」
だが、それは壁ではなく、賊のメンバーだった。
「てめぇ……何見てんだよ……」
俺は、軽々と持ち上げられ、なすすべもなく、そのまま賊どもに捕まってしまった。
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おそらく、このナイフを持った男がリーダーだろう。右頬に大きな切り傷がある男は、いかにも悪の権化のような奴で、日々どんな事をしているのか、大体の予想はつけることができた。
「盗み見とはいい度胸じゃねぇかよ。どうなるか覚悟はできてんだろうな。」
脅しをかけられ、情けないことに恐怖で喉がカラカラになってしまっていた。
冷や汗が止まらない。
自分の心拍音も、やけに大きく聞こえる。
「まずは腕からだ」
そう言うと、切り傷の男は、おもむろに俺の腕を掴んだ。そして、関節とは真逆の方向へ折り曲げた。
「うわああああっ!!」
腕に走る激痛。マッチ棒のように曲がったそれは、現実を見せるには十分な刺激だった。
目蓋の裏には黄色と黒の警告色がチカチカと点滅している。脳内ではサイレンがひっきりなしに鳴り響いていた。
逃げろ。逃げろ。このままじゃ殺されるぞ。
と、先ほどの少女が目に映った。
俺は瞬時に連想した。
自分だけ逃げ出せば、残ったこの子はどうなる?
きっと、脅され嬲られ辱められ、散々オモチャにされた挙句、最期にはきっと殺されるだろう。誰にも看取られず、一人寂しく。
そんなことは、あってはならない。
「……なせよ……」
「あぁ?なんだ?聞こえねぇなぁ?」
「離せって言ってんだろ!このクソ野郎!」
思いきり膝を相手の顔面に叩き込む。敵がよろめいたスキをみて、すぐに駆け出した。
リーダーの異常事態に、お仲間さんたちも酷く狼狽えている。
「ほら、捕まって!早く!」
そして、すぐに少女を担ぎ上げると、そのまま走り出した。腕のことなど気にしている余裕はない。まずは逃げる事が最優先だ。
幸い、ここはなだらかな丘になっているようで、スピードがつきやすかった。奴らも未だに姿を見せない。
逃げ切れるーーそう思った矢先だった。
「危ない!」
突然、目の前に巨岩が降ってきたのだ。それも、一つや二つなどという生易しいものではない。
岩の雨。
そのような表現がふさわしい程の降岩量。
常人では理解できないその現象は、俺の頭をまた錯覚させた。
彼女の言葉が無ければ、確実に俺はひき肉になっていただろう。
だが、どうやら奴らは、俺たちに安心する暇など与えてはくれないらしい。
馬だろうか、何だかよくわからない動物に乗って、必死に追いかけてきた。
「待てぇ!ぶっ殺してやらァ!」
それも、ものすごく怒っている。
まぁ、自分たちのリーダーが顔面に膝蹴りを入れられたのならば、当然といえば当然か。
しかし、やはり人間と馬(?)では足の速さに絶対的な違いがあった。今まであんなに遠くにいた賊どもが、今ではもうすぐ目の前まで迫ってきているのだ。
もう、振り返っている余裕などなかった。
ただひたすら、走り続けた。
だが、頭で思っていても、身体はなかなか言うことを聞いてくれないようだ。
ついに足がもつれ、転んでしまった。それも、折れた腕の方から。
痛みに気を取られたその一瞬で、すぐに囲まれ、またも捕まった。
皆、目には怒りの炎が燃えていた。
切り傷の男は、乱暴に俺の頭を掴むと、片手で俺を持ち上げた。
そして、硬く握りしめた拳を、俺の腹、主に鳩尾当たりを、執拗に殴り続けた。
何度も。何度も。
意識が飛びかけるが、その度に痛みが俺を引き戻す。
そのうち、俺はほとんど反応を示さなくなり、飽きてきたのか、懐から先ほど使っていたナイフを取り出した。
薄れかけの意識の中、俺は思った。
あぁ、俺、死ぬのか。
まったく、女の子を助けようと下心丸出しで行くからだよ。
「お仕置きだ!恨むなら自分の運命を恨め!」
きっと、俺が主人公気質なら、ここで誰かが助けてくれるのだろう。
「大丈夫!あなたをここでは死なせない!」
とか言って。
でも、生憎俺にそんなスキルは無かったようだ。
刃は綺麗に俺の皮膚を引き裂くと、俺の首筋に、真紅の華を咲かせてくれた。
こうして、俺は呆気なく死んでしまったのだった。