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#10・魔人

 

 最初に感じたのは、穏やかに降り注ぐ太陽の光だった。どこからか吹くそよ風が頬を撫で、とても心地いい。

 洗いたての服のような、甘く優しい香りが鼻を刺激する。いい匂いだ。


 ここはどこだろう。その疑問が頭に浮かんだ途端、まるで海の底から浮かび上がるように意識が覚醒していった。

 死んでもなお、自我を保っていることに少し驚きを感じる。


 目を開けようとするが目蓋が重く、二、三度目を瞬かせる。目を開けてからしばらくすると、ぼやけていた視点が合わさり、白い天井が目に映った。

 そこまできて、今自分がベッドに寝かされていることに気づく。


 死んでなかったのか。


 ふと顔を横に向けると、こちらを覗き込むニーナが映りこんだ。肩まで伸ばした髪が、太陽の光で白銀に輝いている。二つの瞳は、やや潤んでいるように見えた。後ろにはロイの姿もあった。


「……そんな顔して、みんなで葬式ムードですか」


 未だ朦朧とする頭で、できるだけ穏やかにそう絞り出す。

 ニーナは一度ぎゅっと目を瞑り、何か言いたそうな顔をしていたが、やがて懸命に一言。


「バカ。どんだけ無茶してんのよ!」


 と呟いた。


 無茶。無茶か。そうだよな。

 たった一人であの数を相手にしたんだ。そんなの無茶無謀としか言えない。

 おまけに最後は大爆発。俺はとんだ大バカ野郎だ。


 無理矢理上半身を起き上がらせ、ニーナに尋ねる。


「あの後、俺はどうなった?」

「魔法の暴発で山吹き飛ばしたの!ホント、今生きてるだけで奇跡よ。ロイが助けてくれなければ、あんたチリも残さず星になってるんだから」

「山吹き飛ばしたかー。……ははっ、そりゃ大惨事だな。ロイさん、ホントありがとうございます」

「いえいえ、とにかく、無事でよかったです」

「リッツんとこで待っててビックリしたわ。いきなり地震が起きるんだもの。まぁ、町の人たちの被害は出なかったけど、当分噂話が尽きなさそうね。一体何したらあんな事になるのよ?」

「いや、ちょっと、ね。

 あ、いや、聞かなくてもわかるけど、一応ゴブリンたちは……?」

「爆心地は陥没。おっきな穴ができた。当然、奴らほとんど消し飛んじゃったわ」

「そうか。じゃとりあえず依頼は終わったわけだな」


 ほっとした。

 と同時に、今まで忘れていた倦怠感が体を襲う。体位を保っていられず、そのままベッドに倒れこんでしまった。


「あんた、本当は絶対安静なんだから、ちょっと寝てなさい。さっきも言ったけど、無茶し過ぎなんだから」


 ニーナさん、あんたぁ……。


 初めて出会った時も思ったが、こいつは変なところで気が利く。いつもは何だか冷たいのに、こういう時だけは優しいのだ。


 あれだ、きっとツンデレなのだ。


「……」

「な、なによ。じっとこっち見て。あんまり見つめてるとぶっ殺すわよ!」

「あ、すいません」


 ほらな。

 ほんの少し見つめてただけで顔が真っ赤だ。


 ふふふ、案外ちょろいぜ。


 と、後ろに立っていたロイがこちらに来た。


「お嬢様、少し外していただいてもよろしいですか」

「え、なんでよ?」

「ヒツギ様と話したいことがあるので」

「私がいたっていいじゃない」

「大事な話なんですよ。ほら、例の話また盛ってあげますから」

「……五分で終わらせてよね」


 俺の隣に腰掛けていたニーナは、そう言うと名残惜しそうに部屋を出た。


 にしても、彼女をここから追い出してまでする大事な話とは、一体なんなのだろうか。別に悪いこともしてない(だろう)し、思い当たる節がまるで見当たらない。


「ヒツギ様、落ち着いて聞いてくださいね」

「は、はい」


 改まった表情で俺を見るロイ。

 自然と俺も身が引き締まる。

 しかし、ロイが発した言葉はあまりに突飛で、予想しえないことだった。


「貴方は、もう既に死んでいます」

「……え?」

「貴方は爆発から生き残っていません。ゴブリンと一緒に消し飛びました」


 耳を疑った。


 ーーもう既に死んでいますーー


 その言葉を頭で何度も反すうしても、理解できなかった。

 死んでいる?

 どういうことだ?


 呼吸をしていないーー否、しっかりと我が胸は上下している。

 鼓動が聞こえないーーそれも違う。力強いリズムを刻みながら、心臓は元気に活動中だ。


 死。

 死亡。

 死亡死死死。死死。

 死亡死亡死死死死。死死死亡死死亡死亡死死亡死死死死死死亡死亡。死死死死。

 死死死死死死。死死死死亡。死亡。死亡死。死亡死死死。死死死。死死亡死亡死死死。

 死亡死亡死亡死亡死亡死亡死亡。


 死んでるって、何だよ。それ。


「もしかしたら、薄々貴方も気づいているのではないですか?」

「……」


 記憶を辿る。

 俺はあの時、火の玉を維持することで精一杯だった。記憶なんてない。

 が、爆発に飲み込まれたことは覚えている。

 やっぱり助からなかったのか……。


 そうすると、初めてニーナに会った時も?

 頭が混濁してきた。


「なぜですか?もし死んでいるなら、俺はもうここにいないはずだ。一体何が起こってるんです?」


 必死にロイに問うも、ロイは俺の問いには答えない。代わりにあることを語り始めた。


「……この世界にはごく稀に、人の身を持ちながら魔物の魔力を持って生まれてくる子どもがいます。魔力を生まれ持った子どもは、その魔物特有の力を得ることができるんですよ。例えば、ほら」


 おもむろにロイは床に指を当てる。

 何をするのかと思えば、突然その指で穴を穿ったではないか。


「今、私は魔法を使っていません。純粋な力だけで穴を開けたんです」

「いや、でもそんな……」


 そんなことありえない、と言おうとしたが、つい先ほどの会話を思い出す。

 ロイは、何かの一例としてここに穴を開けたのだ。嘘だと思われないように。


 まさか。


「私の魔力は巨人アトラスのモノです。アトラスは片手で山を砕くほどの怪力なんですよ。


 分かりましたか。これが私の言う『魔物の力』です」


 驚いた。

 ロイが自身の言う『魔物の力』を持った人間だということに。


 そして疑問に思った。

 なぜそんなことを俺に言うのか。別に、特段重要な情報ではないはずだ。

 ……いや、もしかすると、自分の中では気づいているのかもしれない。だが、たとえ分かっても信じられなかった。信じなくなかった。


「ヒツギ様。そうです。貴方も私と同じ混合種(まざりもの)です」


 今までの会話が、一度に脳へ叩き込まれるような衝撃。

 視界は捻じ曲がり、動悸も早くなる。

 頭に鋭い痛みを感じ、思わず手を当てた。

 平衡感覚がなくなり、今自分がどんな状態なのかも確認できない。


 嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。

 信じるもんか。


 俺は冴えない普通の男子高校生で。

 特段目立つようなこともせず、平凡に暮らしてきた。

 家庭も、父はサラリーマン、母は専業主婦と、漫画のような『特別』は紛れ込んでいない。

 ここに来た時だってそうだ。他とは何ら変わらない修学旅行に行く予定だった。


 それが、どうして。


「落ち着いて下さい。別に貴方が何だろうと私は構いません。ニーナお嬢様もきっと同じはずです。だから、安心して下さい」


 ロイは俺の肩にポンと手を置いた。


 しかし。

 疑問、疑問、疑問だらけ。

 頭には答えのない問いだけが浮かんでいる。


 なぜ俺はこんなになったのか。


 ロイが俺を受け入れてくれる理由は何か。


 なぜ俺はここにいるのか。


 なぜ俺はこんなことにならなければいけないのか。


 呼吸が浅くなる。


 気がつけば、俺は嗚咽まじりに呟いていた。


「俺は……俺は一体どうすりゃいいんですか。もう何も分からないんです」


 目が覚めるとそこは異世界だったなんて、誰が予測できるだろうか。

 何も知らない世界で、一人突っ走ってきたのだ。

 踏み込んでしまった非日常。

 世の中の汚い部分に目を伏せて生きてきた俺にとって、それはかなりの冒険だった。


 はっきり言えば、怖かった。


 そんな俺に、ロイは変わらず続ける。


「簡単なことですよ。そのままでいいんです。別に変わる必要なんてありません。私たちがいるんですから」


 慈愛に満ち溢れた、温かい言葉だった。


 そうだ。この人たちにとって、誰かを助けるために損得の感情はない。

 ニーナは、見ず知らずの俺を受け入れてくれた。

 ロイは、こうして今も、俺を支えてくれている。


 なんと優しい人たちだろう。


「悩みも考え事も、一人よりみんなで考えた方がいいじゃないですか。

 だから、もっと頼って下さい」


 現実に追いつけない俺と、現実を受け入れようとせず走り続けた俺。

 両方とも、どちらかに気付こうなど考えもしなかった。

 だが、ロイやニーナはそれを気付かせてくれた。


 ポロポロと涙が溢れる。

 ロイは、何も言わずに優しく俺を見つめるだけだった。


 涙もろくなってしまったのも、きっとこの世界に来たせいだ。

 今はそうしておこう。


 必死に笑顔を作ろうとするが、視界がぼやけてよく見えない。今までこんな感情を抱いたことがなかったので、もちろん止められる方法などなかった。

 でも、しばらくはこうしたい。

 素直にそう思った。






 □■□■□■□■□■□






 それからは、リハビリの毎日が続いた。

 多大な魔力消費により、俺は立ち上がることすら困難だったのだ。

 なんでもこの『魔物の力』というのは、バカみたいに魔力を使うらしく、並大抵の人では扱うことすらできないらしい。


 あと、混合種(おれたち)の存在が、世間でどう呼ばれているかも聞いた。


『魔人』、だそうだ。


 最初に聞いた時は、随分率直だなぁ、と思った。

『魔』物の力を持つ『人』間で『魔人』。


 ボキャブラリーが少ないのかね。


 魔人も、使い方によっては、一国を滅ぼすこともできるらしいが、詳しいことは聞けなかった。

 俺はともかくとして、ロイならば本当に国を滅ぼしかねない。




 時折、ニーナやロイが見舞いに来てくれた。ロイはこの世界の勉強を、ニーナは……特にはないが、彼女の笑顔からはたくさんの元気を貰った。

 リッツが姿を見せることもあった。相変わらずのゴージャス装備で。


 見舞い品?

 金に決まってんだろ。

 リッツの持ってくるもんはみんな金ピカだよ。

 医者も驚いてたよ。


 腕が動くようになってからは、ひたすらに魔力を練り続けた。

 馬車の中でやってたアレだ。


 布団の上にいる時でも、できることから始めなければ。


 ーーなんてことをしていたら、医者にしこたま怒られた。

 いや、言い方が合わないな。どちらかと言えば殺気丸出しで静かに怒る感じか。

「別に勝手に死のうが何しようが構わないが、私に迷惑はかけるなよ?」なんて言われた。


 めちゃめちゃ恐かった。本当に殺されるかと思った。




 一ヶ月経った今では、やっと杖を使って歩くことができている。

 しかし、まだ医者からは退院の許可が出ず、俺は庭をブラブラしていた。


 暇だ。

 第一やることがないし、院外にも出られないから、散歩くらいしかできない。


 よいしょ、と端にあったベンチに腰掛ける。顔を上げると、いつもと変わらない青空が見えた。


 ーーこうして空を見ていると、いまいち自分が化け物になった、という実感が湧かない。

 見えている色も、感じている温度も、以前となんら変わらないはずなのに、一体どうしてこうなったのだろう。


「ま、もういいけどさー……」


 両手を組んで、大きく伸びをした。


 あれから一ヶ月。俺の心境は随分と変わった。

 最初はまだ受け入れられない自分がいたが、途中からどうでもよくなってきたのだ。

 きっと何とかやっていける。

 そんな考えだった。

 ロイだって「そのままでいい」と言ってくれた。


 嗚呼、一人じゃないということは、なんと心強いのだろうか!

 彼らの顔を頭に浮かべると、自然に笑みがこぼれた。


「よし、気分転換終わりっと!」


 ベンチから立ち上がり、ゆっくりと病室へ向かう。

 まだまだ俺は力不足だ。

 何も知らないし、大して強くもない。

 これからもっと学んで、もっと鍛えなければ。


 ……なんか少年漫画みたいだな。

 燃えるぜ。





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