終焉
座り込むとどっと疲れが押し寄せてきた。そして、肩で息をして一息ついている久斗にエレインとアルム、リンが駆け寄る。
「お兄ちゃん!」
「久斗様」
「久斗君」
三人の声に久斗は軽く手を挙げる。そんな久斗に向かって一番乗りで駆け寄ったリンは駆けた勢いのまま抱き付き、久斗と一緒になって地面に転がった。
「お兄ちゃん、すごい、すごいよ」
「ちょっと、リンちゃん。さすがにしんどいよ……」
久斗が上に乗っているリンに言うと、その首を掴み横に投げ捨てる者がいた。
「もう、久斗様はお疲れなのですから離れなさい」
その人物――エレインはリンをどけ、久斗の手を取って起き上がらせる。
「エレインさん、ありがとうございます」
「いえいえ、久斗様のためですから喜んで致しますわ」
そう言って久斗に抱きつく。久斗はいつものエレインの感触に顔を赤くしつつ苦笑いをする。エレインが久斗の感触を堪能しようとしたところでアルムがエレインの頭に拳骨を落とす。ゴチンという音が辺りに響く。
「いったー。いつもはターシャさんだから誰もしないと思いましたのに……」
久斗を放してその場に蹲るエレインが恨みがましい目でアルムを見上げる。しかし、アルムはエレインの視線を何とも思わず、逆にエレインに厳しい目を向ける。
「あなたまでリンと一緒になって久斗君に抱きついてどうするの。魔物はあそこに倒れているけれど、まだ油断は出来ないのよ」
アルムのもっともな言い分にぐうの音も出ないエレインは、せめてものの抵抗として反論する。
「でも、それなら久斗様が気付くはずですわ。その久斗様が座ってらっしゃるのですから危険はないはずでしてよ」
それを聞いたアルムは呆れ顔になり、エレインに注意を促す。
「久斗君であっても何でも知ってる分かるという訳にはいかないのですよ。何でもかんでも久斗君に頼ることはやめましょう」
「そうですよ。さすがに今は探知結界は張ってないですから魔物が近寄ってきても分かりませんよ」
アルムに続いて久斗も苦笑しながら言うと、エレインはがっくりと項垂れた。
「あう、ごめんなさい久斗様」
エレインが素直に謝罪すると、横にどけられたリンが声を大にして責め立てた。
「ふん、自分で言ったことなのに守れないなんてエレインおばさんらしいわね」
「なんですって! 大体私はおばさんではありませんわ」
その後、口論しだした二人に久斗とアルムが呆れて苦笑していると、ターシャ達が近付いてきた。
「うーん、やっぱり数が合わないんじゃないかしら?」
「だが、切り飛ばされた腕はあれだけしか見つからなかったのだ。やはり数え間違いだろう」
首を捻るターシャをジャマンが宥めている。それでもターシャは腑に落ちないのかしきりに首を捻っていた。
「どうしたんですか?」
「ああ、久斗君。いえね、あなたが倒したあの魔物の腕なんだけど、数が足りないのよ」
「数、ですか?」
「そう、久斗君は四本すべて切り飛ばしてたでしょ? それを蛇みたいに嫌な動きをされないように始末してきてたのよ。ただ、三本は始末したんだけど、四本目がまだで……」
「だから、数え間違いではないのか途中で二手に分かれもしたしな。それでずれているだけかも知れん」
ターシャが久斗に説明していると横からジャマンが意見を主張する。久斗はターシャの言い分とジャマンの言い分のどちらが正しいかは判断しかねて首を振った。
「僕は見ていませんから何とも……。ただこの魔物のことは詳しい事は分かりませんからもしかしたら腕だけで逃げている可能性はありそうですね」
魔物の死体をもの凄く嫌そうな顔で見ながら言う久斗にターシャは同意を示した。
「全くね。まぁ腕だけで何ができるとはいいたいけれど、ね。それはそうと」
久斗同様に魔物にやっていた視線を久斗に移し、ターシャは妖艶な仕草で久斗を抱き上げる。
「よくがんばったわね。結局久斗君頼りになっちゃったのは悔しいけれど、でも倒したことにはさすが、という思いもあるわ。ほんと、昔から凄い子よね」
抱き上げたまま久斗の頬に口付けをする。
「あっ!」
口論していたエレインとリン、そして横で見ていたアルムがその瞬間を目撃したために驚きと非難の声を上げる。久斗はそれらの声を聞くことなく、ターシャの柔らかな肢体にどぎまぎしているところに来た口付けに感情が飽和し、目を回してしまうのであった。
「きゅう」
「あら? くすくす」
ターシャは自分の腕の中で目を回している久斗に慈愛の目を向けながら小さく笑ってしまう。それを横で見ていたジャマンがその様子を呆れ顔で見ながらぼそりと呟いた。
「魔物に対しては超一流だが女相手にはまだまだ子供だったか」
久斗が気を取り直すのを待って、ターシャはこれからの行動について語りだした。
「とりあえず、あたし達の第一目標であるシオンの確保はできなかったわ。そこで次善の目標であるこの赤い膜を何とかしないといけないと思うの」
ターシャの言葉にその場にいた全員が頷く。しかし、そこではたと気がついたかのようにリンが質問する。
「ジェシカお姉ちゃんやキーラお姉ちゃんはどうするの?」
その質問に答えたのはターシャではなく、久斗であった。
「とりあえず、ジェシカ姉さんは魔力も尽きているから戦う事は出来ないし、ルーアさんの容体もきになるから後方に下がってもらう。既に連絡も入れているよ」
その答えにリンは少し寂しげな表情を浮かべたがすぐに緊張を湛えた顔を見せた。久斗や他の団員達はそれに気付いていながらも指摘することはなかった。
そうして話しが進んでいく。
「じゃあ、この赤い膜を破壊するとしてだ。術者を逃がした時点で不可能のようにも思えるがどうするんだ?」
ジャマンが目下の疑問を投げかけると、久斗は神妙に頷いて自身の考えを口にする。
「それについては僕に考えがあります」
「ほう」
驚きを口に出すジャマン同様に他の団員達の顔にも驚きの表情が浮かんでいた。
「まず、前提としてはこの赤い膜が召喚陣の役目を果たしているという事です。だからこそ対処のしようがあります」
「具体的には?」
ターシャが方法を問うと、久斗は少し考える素振りを見せて話し出した。
「そうですね……。皆さんは僕がフォクシを召喚したのを知っていると思いますが、実は召喚する陣には核となる部分があるんです。それでその核となる部分を破壊すれば陣を壊すことができます」
「つまりはこの赤い膜にも核があるからそれを見つけて破壊するという事?」
「そうです」
久斗の説明を聞いたターシャが要点を挙げると久斗は頷きを以って肯定する。
「でもお兄ちゃん。核なんてどこにあるの? それにどれくらいの大きさになるの?」
リンが横から質問すると久斗は難しい顔になって答えた。
「それが、場所は未だに分からないんだよ。核自体は陣に埋め込まれているから赤い膜の何処かにあるのは確かなんだけど場所まで……。それと大きさなんだけど、多分これくらいかな」
これくらい、と言いつつ手で50センチほどの大きさを見せる。それを見た団員達は呻き声を出した。
「この馬鹿でかい膜でその大きさ……」
「手分けしようにも俺たちでは分からんだろうしな」
「ううーん」
それぞれが難しい顔になる中、久斗は覚悟を決めた表情で話を続ける。
「その核なんですが、僕なら破壊できると思います」
おお、とどよめきが走る。
「ただ」
「ただ、なんでしょうか?」
アルムが聞き返すと久斗は申し訳なさそうな顔でその代償を明かした。
「その方法を取ると、まず間違いなく僕は数日間動けなくなると思います。その間は守ってもらわなくてはいけなくなりますし、ここの知事を捕まえることにも参加できなくなると思います」
もっと恐ろしい代償があると思っていた団員達は久斗の言葉にほっと胸を撫で下ろした。久斗は目の前にいる団員達が怒るのでもなく、呆れるのでもなく、安堵していることに首を傾げた。そんな久斗にターシャが一同を代表して苦笑しながら思いを伝える。
「馬鹿ねぇ久斗君は。そんなの別に構わないに決まってるじゃない。今ここにいるのは誰だと思ってるの? 皆久斗君におんぶに抱っこされる人達じゃないのよ。ほら肩の力を抜いて、後は任せなさいな」
「そうですわ。この女の言う通りなのが癪に障りますが、久斗様はもっと私達を頼りにして下さいな」
ターシャに続いてエレインも懇願するように言う。その団員達の様子に自分がいかに思いあがりをしていたのかを悟ったのであった。そして、表情を緩めると、後を任せるように頭を下げた。
「じゃあ、お願いしますね」
「任せなさい」
ターシャは胸をどんと叩き、また他の団員達もそれぞれの仕草で受け合うのであった。
久斗は団員を自分から遠ざけ、詠唱に入った。
「其は悠久に世を統べしもの、世を二分しそれぞれを司るもの、其の力は無限にして永劫、相反せし理ながら両義として成り立つもの、今我の全ての力を糧に其らの力を顕現し、我の願いを叶えたまえ、テンペストアークレイ!!」
詠唱が終わると同時に久斗は手を開いた状態で両手を天に突き上げる。すると、その開いた掌から片方は全てを純白に染め上げるようと輝く白い光、片方は全てを漆黒に吸い込もうと煌めく黒い光が溢れだし、一瞬で赤い膜へと突き刺さる。それぞれの光は膜に突き刺さるところで重なり合うようになっており、光が当たっているところは全てを消滅させていた。光はそのまま空に向かって伸びていき、その先にあった雲も軒並み消し飛ばしていた。
「すご……」
「リンちゃん、あの片方の黒いほう、あれだけでもできますか?」
「ううん、あれは無理」
傍で見ていた団員達はその光景に唖然としていたが、更に驚くべき光景を目にすることとなった。
「なっ」
「ええ!?」
「嘘でしょう」
白と黒の光は赤い膜に向かって伸びている光の柱から更に拡散して周りを照らしだしたのであった。それぞれが流星雨のように空に、赤い膜に向かって伸びていく。そしてその白と黒の光が着弾したところは一瞬で蒸発するように消えていく。そうして赤い膜は虫食いみたいな形で穴が空いていく。時間が経つ毎にその穴はどんどん増えていき、赤い膜を浸食していく。
手を天に掲げている久斗は自身の魔力がどんどん失われているのを感じ取っていた。
――まだ、核が見つからない。一体どこに隠しているんだろう。もう僕の方も魔力が尽きかけてきている。このままだと……。
焦る心を見せまいと必死に押し殺していた。そこに久斗が待ち望んでいた結果が表れる。公園を中心に広がっていた赤い膜が一瞬震えたかと思うと霧散したのである。赤い膜が取り払われ、その先の空を埋め尽くしていた雲にも穴が空いていた事により太陽の光がさんさんと降り注ぐ。それはあたかも久斗の成功を祝福しているかのようであった。そして、その次の瞬間団員から歓声が上がる。
――やった……。
久斗は赤い膜が消え去ったのを見届けると、魔術を解除した。そして、天に手を突き上げたまま仰向けに倒れた。
「久斗君!」
「久斗様!」
「お兄ちゃん!」
それぞれがその瞬間を目撃し、急いで久斗に駆け寄る。久斗は暖かい日差しを感じ、自身の誇れる仲間達の声を聞きながら気を失うのであった。
その後、街に残っていた魔物は全てSS級冒険者であるカーロイス率いる冒険者、傭兵達が討伐し終えた。すぐにカーロイスは街に安全宣言を下し、市民の不安を払拭した。この事件により死亡した市民は百を超え、街の機能に大打撃を与えることとなる。この事態に際して、軍を動かすなどの行動に全くでなかった知事に対しカーロイスが市民を代表して責任を追及。山賊の件と合わせて冒険者ギルドで逮捕という形になった。その時、知事の右腕として暗躍していた男が姿を消していたのには誰も気付くことはなかった。
「お体は大丈夫なのですか?」
「あは、ありがとう。もう大丈夫」
男が話しかけた少女はにこにこした笑顔で礼を述べる。しかし、直後にその笑顔は憎しみを彩った顔へと変化する。
「……あの魔物もあたしに逆らうどころか攻撃に巻き添えるなんて何を考えてたのかな。仇はひーちゃんが取ってくれたみたいだけど、もう一度会う事があったら今度はあたしが八つ裂きにしてやるんだから」
男は少女の呪詛に近い呟きを気にせずに眼下に広がる空に視線を移す。
「しかし、まさかこのような移動手段を確保されているとは思いませんでした。ブルーノに来られた時も情報が一切入って来なかったものですから不思議に思っていたのですが、いやはやこれでしたらそれも理解できるというものです」
男は自分を乗せて飛行している超大型の竜の頭に目をやる。竜は自分が見られていることに気付きながら一切意に介していなかった。悠然と大空を飛ぶその姿は王者の貫禄が備わっていた。その竜の背に設置されている鋼鉄製の籠の中に男と少女がいた。
男の言い分に対して少女はふっと表情を切り替えて男に言い放った。
「これくらいで驚いていては主様にあった時に驚きすぎて死んじゃうわよ。ウフフ、アハハ」
そうして、少女――詩音はブルーノの街に振り返り、独白する。
「ひーちゃんも、今はさようなら。また会いましょうね。ウフフフフ、アハハハハ!」
少女の哄笑は青空に響き渡るでのあった。
「ふう、ようやっと歩けるくらいまで回復したかな」
事件から五日後、久斗はようやくのことで歩けるところまで回復していた。それを確かめるために宿の外へ出ようと廊下を歩いていると、エレインの驚いた声が木霊した。
「あー、久斗様! もう、勝手に出られては困りますわ。幾ら回復してきているからと言いましても誰かが付き添わないと危険ですわ」
「エレインさん。別に街中を少し見ようとしたところですから危険なんて」
「いーえ、久斗様は分かっていらっしゃりませんわ。この街を御救いしたのですのよ。もう、街娘やらがきゃーきゃー騒いだ挙句に久斗様にその不浄な手で触ったり、抱きついたり……」
「あ、あのエレインさん?」
「さらにはその大切なお心を奪おうと接吻を求めてくる者まで……」
「あの、だから、エレインさん?」
「最後には、そのお体を求めよぶぎゃ」
久斗に近付いて注意しながら妄想の世界へ旅立っていたエレインを別の所から来ていたターシャが引き戻す。
「あなたねぇ。いい加減にしなさいよ。妄想癖までつけちゃったらどうしようもなくなるわよ」
握りこぶしをそのままにターシャが注意すると、エレインは久斗に抱き付いた。
「久斗様ー、見捨てないでくださいまし、どうか、どうか見捨てピギ」
今度は久斗の後ろから来ていたリンがエレインの脇腹を抓りあげる。その力は手加減されず、エレインはあまりの痛みにその場にしゃがみ込むのであった。
「全くもう、お兄ちゃん油断してちゃ駄目だよ。このおっぱいお化けはすぐ抱きついてくるんだから」
リンが憤慨しながら言うと、立ち上がったエレインが反論する。
「少しは手加減くらいしなさい、この小娘。私の脇腹にはぜい肉などないのですから」
「え? ちょっとつまめるくらいにむっちりと……」
「いやあああああ。聞きたくありませんわ聞きたくありませんわ」
エレインはリンの指摘に耳を塞いで再度しゃがみ込んだ。それをリンは更に追い打ちをかけるように色々と囁いていく。エレインはそれにイヤイヤしながら耐え抜いていたが、暫くするとリンの頬を抓み上げていた。リンも抓まれたことで仕返しに抓み返し二人はふがふがと言葉にならない言葉の応酬を繰り広げていた。
「もう、またあの子たちは」
呆れを多分に滲ませた声で言うターシャに久斗はくすっと小さな笑いを漏らす。それを聞き咎めたターシャは久斗に胡乱気な目を向ける。
「何を笑っているの?」
「ああ、いえいつもの光景だなぁと思いまして」
ターシャに問いかけられ、慌てて思ったことを述べる。するとターシャも同意と言わんばかりにおおいに頷いた。
「そうね。いつもの光景だわ……。頭が痛くなるけれどね」
そこにターシャ自身が含まれていることに感づいていないのに、久斗は内心ほっとし話しを切り替えた。
「それはそうとどうしてここに?」
久斗の切り替えにターシャは一度だけちらりとエレインとリンを見つめるがすぐに視線を久斗に戻し自分の用件を話し出した。
「大体のことは終わったからいつでもこの街を出ることが出来る、という事を伝えに来たの。それで、どうするの?」
どうする、という抽象的な聞き方ではあったが久斗はターシャの真意をしっかりと汲み取っていた。
「勿論、詩音を捜し出します。理由は前と一緒ではありませんが、その目的は変わりません。それに」
「それに?」
「……いえ、なんでもありません。とにかく詩音を捜そうと思います」
――詩音をあんな風にした主とやらをぶちのめしたい、なんてまだ言えないかな。
ターシャの聞き返しに首を横に振ってなんでもないと言う久斗。それを少し怪訝な面持で見つめていたターシャであったが、すぐに気にしないことにした。
「ん、分かったわ」
そこで、久斗は急にあることに気付き、おずおずとターシャに切り出した。
「あ、あの」
「何?」
「また付いて来てくれますか?」
久斗の突然の質問にターシャは目を丸くする。そして、すぐに満面の笑顔に変えて久斗を抱きしめた。
「当り前じゃない。こうなったらとことんお付き合いしちゃうわよ」
「あー、また抱き合ってる!」
「人に偉そうに言っておきながらそれはないと思いますわよ、ターシャ」
言い争いをしていた二人はターシャが抱きしめているのに気付き、大声を張り上げる。それにターシャは舌を出して見せつけるかのようにより強く久斗を抱きしめた。更に激しく問い詰めるエレインとリンに反抗するターシャ。そんな三人にもみくちゃにされながらも久斗はあることを決意する。
――詩音、必ず君を捕まえる。だから、それまでずっと待っていて……。
久斗の旅はまだ始まったばかりであった。
一応今回で完結という形にさせていただきます。
最後の方は自身の執筆力の足りなさを実感することになり、読者様方にも読みづらい思いをさせてしまい申し訳ありません。
また最後までお付き合いして頂き誠にありがとうございました。お気に入り登録、評価をして下さった方々には感謝の念が絶えません。
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