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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
二章 諸国巡遊編
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楽園

 天球状の赤い膜の中心に位置する公園の真ん中で詩音は鼻歌を歌いながらガーゴイルにもたれていた。暫くして久斗達が立てる物音を聞き取り、顔を上げる。そして、公園の入り口で立ち止まった久斗に待ち合わせしている 恋人のような気軽さで話しかけた。


「あら。やっと来てくれた。もう大分待ったわよ」


 ぷんぷん、と自分で言う詩音とその横にいるガーゴイルに久斗以外の団員達は警戒して臨戦態勢を整える。しかし、詩音はそれを全く意に介さずに久斗ににっこりと微笑みかけた。


「でも、きちんと来てくれたし許してあげる。会いたかったよひーちゃん」

「……やっぱり、しーちゃんだったんだね」


 詩音は怒っていた振りを止めて久斗が来たことを心の底から歓迎している顔を見せる。しかし、それとは対照的に久斗は事件の中心人物が詩音であることに苦い顔をする。


「ふふふ、どうだった? あたしのこのブラッドパラダイス(血の楽園)は」

「この赤い膜のことかな。これは君が張ったんだ」


 久斗が問いかけると詩音は長く真っ直ぐに伸ばした髪を揺らし、二コリと無邪気な笑みを見せて自慢げに胸を反らした。


「そうよ。このブラッドパラダイス(血の楽園)の凄いところはね、なんと人の魂を」

「そんな御大層な説明はいらないわ。今すぐそのブラッドなんちゃらを解除しなさい」


 詩音が嬉しそうに説明しようとしたところで、ターシャが嫌悪感を剥き出しにして言う。それに詩音は表情をガラッと一転させて苛立った表情で言い返した。


「ちょっと、おばさん。今はあたしとひーちゃんの愛の語らいの時間よ。邪魔をしないで」

「なっ!!」


 詩音の言い草にターシャはもとより、エレインやアルム、リンといった面々も色めき立つ。それを久斗は手を挙げて押さえて詩音に言い放った。


「悪いけれどしーちゃん、ううん、詩音にはターシャさんの言う通りそのブラッドパラダイスを解除してもらう」


 詩音は久斗の言い様にピクリと眉を動かす。


「それは一体どういう事? ひーちゃん()()あたしの敵に回っちゃうの?」


 詩音の言葉にかすかな疑問を抱きつつ久斗は首を振る。


「それは違う。でも、そのブラッドパラダイスが街の人々を脅かしているんだ。それは見過ごせない。さ、今すぐ解除して罪を」


 償おう、と言おうとしたところで詩音の様子がおかしいのに気付く。詩音は俯き髪で表情を隠した状態で肩を震わしていた。そして、怨嗟の籠った声で絞り出したように小さく言葉を紡いだ。


「ひーちゃんまで敵になっちゃうんだ。やっぱりこの世界はひどい。ひどすぎるよ」


 久斗は詩音の様子にただならぬものを感じ取り、駆け寄ろうとするが、その手をターシャに掴まれる。反射的に後ろを振り向いたその時、詩音が大きな声で叫び出した。


「もういい! こんな世界なんて無くなっちゃえばいい、無くなっちゃえばいいんだ。みんなみんな死ね死ね死ね!!」


 そうして、詩音は久斗達の方へぎょろりと目を動かし、ニタリと笑う。


「ふふふ、もう遠慮はいらない、いらないよね。さぁ始めようよ! ブラッドパラダイス(血の楽園)の名に相応しい血と死の狂乱を、狂騒を、狂宴を!!」


 言うや否や、詩音の周りに魔物が十体ほど赤い膜から落ちてくる。それぞれ、人型、猪型、蝶型など様々な体型であったがどれも数メートルの大きさで、久斗達に対して敵意を放っていた。ターシャ達は死も覚悟して武器を構え、魔法を詠唱しだすが、そこに久斗がゆっくりと歩いていく。


「……どうあっても止めないというなら」

「ギャオオオオオオオオ」

「ガアアアアアアアアア」


 魔物達が近寄ってくる久斗に威嚇の声を放つ。しかし、久斗は気にせずにどんどん歩み寄っていく。


「どうしても止まらないというなら」


 残り数歩というところで止まると抜刀の構えを見せる。魔物達は自分達の威嚇に怯えない小さな獲物の構えに警戒の色を見せ始める。


「僕が止める!!」


 久斗が意志を込めた言葉を放つと同時に居合の要領で刀を抜き去る。そして、その結果に詩音はもとより、仲間であるターシャやジャマンなど傭兵団の面々までもが目を丸くした。

 抜き放たれた刀は虚空に円を描いただけであった。が、その刃先の延長線上に位置していた魔物全てが綺麗に切り裂かれていたのであった。


「秘剣、一の太刀『虚閃(こせん)』」


 久斗が血払いを行うと、魔物達の上半身がずれていき重い音を響かせて地面に落下する。ターシャ達はあまりの光景に呆然としていたが、すぐに歓声を上げた。逆に詩音はプルプルと肩を震わせて、久斗をキッと睨みつける。


「ふん、いい気にならないでね。ここにはまだ人の魂が何百と溜めこまれているんだから!」


 詩音の台詞に久斗が反応する。


「人の魂? どういうこと?」

「ふふん、そういえば、そこのお、ば、さ、んに邪魔されたから説明できてなかったよね。いいわ、冥土の土産に教えてあげる」


 そう言うなり、手を挙げる。すると赤い膜から先程の魔物と同じように魔物が落ちてくる。今度は久斗と他の団員達を別々に囲むように配置されていた。久斗は刀を抜き身のままだらりと下げて魔物の存在など無いかのように詩音だけを見つめていた。他の団員達はお互いに背を預け合い、円形に陣を組んで対応する。


「ふふふ、これで邪魔は入らないわね。さ、ひーちゃんにもこのブラッドパラダイスの凄さを教えてあげる。そうすればさっきみたいなことは言わないはずだもんね」


 怒りの表情を一変させて恋する乙女のように目をトロンとさせ、頬を紅潮させながら詩音は語りだした。


「このブラッドパラダイスはね、なんと吃驚! 死んだ人の魂を(いざな)って溜めこむように出来ているの。凄いでしょ」


 自慢のおもちゃをひけらかすかのような態度で話す詩音に団員達が顔を(しか)める。けれども、団員は眼中になく詩音の視線はずっと久斗に向いたままであった。


「それでね、それでね、もっと凄い力があるの。それはね、溜め込んだ魂を使って魔物を召喚出来ちゃう事なのよ」

「なっ!?」


 そして、続けざまに言われた言葉に久斗も含め全員が絶句してしまう。その様子にしてやったりとばかりに舌を出しておどける詩音。


「あは。吃驚した? 吃驚した? ちなみにね、その魂って召喚する魔物に食べられちゃってなくなっちゃうんだって。でもでも、召喚して魂が減っても呼んだ魔物でどんどん殺していけば問題ないんだから凄いよね、凄いよね」


 さらに続けられた言葉には誰もが何も言い返せない状態になっていた。その中で、久斗がようやっとのことで言葉を紡ぐ。


「ほ、本当なの? この魔物達が街の人々のなれの果てだなんて」

「なれの果てってひどーい。死ぬ前よりもずっとずっと(あたし)の役に立ててるんだからとってもとっても良い事なんだよ。そ、れ、に」


 小悪魔のように三日月を描く目で久斗の後ろの団員達を見やる。


「後ろの人達も全員魔物にしちゃえばひーちゃんも寂しくないし、今よりももっともっとひーちゃんの、そしてあたしの役に立つんだよ。だからだから無駄に抵抗しないで殺されちゃえばいいんだよ」


 ()()()に言い放つと、詩音はけらけらと笑いだす。あまりに笑いすぎてお腹を抱えて悶えだしてすらいた。


「詩音」

「うふ、うふ、あはは。な、何、ひーちゃん? 前のように『しーちゃん』て呼んでよ、ね、ね」


 久斗は詩音のお願いを無視して質問する。


「それって僕は魔物にするつもりはないってこと?」

「あはは、あは、あは。うーん、あたしとしては嫌だけど、ひーちゃんも言うこと聞いてくれないならしちゃうかもね」


 その言い草に魔物を警戒しているターシャがぼそりと呟く。


「狂ってるわ……」


 詩音はそれを聞き咎め、言い返す。


「何でそんなこと言うの? ひーちゃんは昔からずっとあたしのお願い(言うこと)を聞いてくれていたんだよ。ずっとあたしの味方だったんだよ。だからだからずっと一緒にいるの。うふふふ、あははは」


 ターシャは(かぶり)を振ると武器を構え直し、久斗に向かって叫ぶ。


「久斗君! あたし達のことは気にしないでその子を止めて。大丈夫、誰一人死なないから」


 久斗がその声に振り向くと、そこには青い顔をしながらも指を立てる者、気丈にも無理をして笑顔を浮かべる者、ただ頷くだけの者など反応はいろいろであったが誰一人としてターシャの声を否定する者はいなかった。久斗は団員達のその様子を受けて一つの決心をし、詩音に再び振り向いた。


「詩音」

「くすくす、(なぁに)ひーちゃん。もうお別れはすんだの? じゃあじゃあ、そろそろ遊ぶ?」

「……とりあえず、詩音を拘束する。処分については後で決めるよ」


 久斗が決定事項のように淡々と言うと、詩音はムッとして久斗に食って掛かる。


「出来るものならやってみなさいよ。絶対ひーちゃんの子分は全員魔物にしてやるんだから。それとひーちゃんにはこれの相手をさせてあげる」


 手を空に掲げると、手のひらから天球上の膜と同じ赤い光が膜に向かって伸びていく。そして膜全体が顫動(せんどう)しだす。久斗は警戒するように刀を構える。


「この子はね、魂を百人分捧げてやっと呼べるの。だから、これでブラッドパラダイス(血の楽園)に溜めこまれた魂はおしまい。とりあえずそこの人達を殺した後にまた街の人を殺さないと……」


 百人分の魂を捧げて呼び出された魔物は赤い膜から少しずつ出てきていた。しかし、久斗はそれを待つことなく、団員に号令をかける。


「皆さん、今です!!」


 そして、自らと団員達に魔術「オールアップ」を瞬時に掛けると、前に立ちふさがる魔物に向かって飛び出した。


「さぁ、腕の見せ所よ。人々の魂がなくなった今、こいつらを倒せば終わり。気合を入れなさい!!」


 続くようにターシャが叫び魔物に向かっていく。またその横にいたジャマンも大声を張り上げた。


「絶対死ぬな! 死んだら更に仲間を苦しめることになるぞ。いいか、お互いに連携を取り合うんだ。数が多くても基本は変わらん」


 そして、ターシャの後に続いて飛び出していく。その二人を援護するようにリンが土属性の魔法を詠唱しだす。

 

「絶対死ねない! コニーと一緒に帰るんだ!!」

「ウォカ、そう言うと危険だよ」


 また逆側ではウォカが剣に風を纏わせて斬りかかり、その隙を埋めるようにルーアがボロボロになった、しかし未だ頑丈な盾を突きだす。


「もう、恥ずかしいから大声で言わない!」

「いやいやお似合いよ、あんたら」


 更にはその後ろから二人を支援するためにキーラが風で速度を上げた矢を飛ばし、コニーが投石器を使って鋭く硬い氷の礫を弾いていく。

 ターシャ達とウォカ達の間、久斗の真後ろではアルムが大剣で以って魔物を斬り飛ばしていき、フォクシが爪で、牙で魔物を傷つけていく。


「さぁ、いくらでも掛かってらっしゃい! 全て斬り伏せてあげる」

「グウウ、ガアアアアアアアアア」


 その後ろからはエレインの炎の魔法、そしてジェシカの氷の魔法が魔物を穿っていく。


「久斗様の邪魔はさせませんわよ。さぁ、お行きなさい、フレイムランス!!」

「全く、みんな元気ね。でも、確かにこの悲しい魔物達を倒さないことには明日はないものね。フリーズランス!!」


 団員達は三つの塊となってそれぞれ魔物を(ほふ)っていく。魔物の群れは団員達を取り囲み、威嚇するように唸ってはいた。が、逆にそれだけしかしておらず、ターシャ達団員が攻撃を加えてもずっと唸って威嚇するだけであった。そうして、魔物達は見る見るうちに数を減らしていった。百人分の魂を使って召喚している魔物が下りてくる前の突然の動きに呆然となっていた詩音は、ハッと気を取り直すと魔物に反撃を命じる。


「な、何をしているの! 早くそいつらを殺しなさい」


 詩音の命令に魔物達がようやっとのことで動き出すが、既に取り囲んでいた数は半減し、包囲は崩れ去っていた。さらには詩音に近付く久斗も魔物を刀で斬り伏せ、魔法で消滅させていっていた。


「ひーちゃんまで……。なんで、なんで、なんで!! なんであたしの言う事に逆らうのよ!!」


 詩音が叫ぶ間も久斗を初めとする「彷徨い人の泊まり木」の団員達は見事な連携で魔物を確実に屠っていく。

 久斗もどんどん倒していき詩音との間を塞いているのは目の前にいる三体の魔物だけとなっていた。

 その内、虎型の魔物が久斗に突進をかけるが、すっと横に動くことで避ける。そして、逆にその突進の力を利用して刀で虎型を切りつける。しかし、その途中で人型の魔物が殴りかかってきたことで、刀を手放し前方へと躍り出る。それを予測して待ち構えていた蟷螂(かまきり)型の魔物の鎌による攻撃を手放した刀を再召喚しぎりぎりで受け止める。その後ろでは人型に殴られた虎型が悲鳴を上げる。


「キシャアアア」

「この!」


 久斗と蟷螂型は鍔迫り合いをしていたが、久斗がわざと力を抜くことで蟷螂型はガクンと体勢を崩す。その隙を利用し蟷螂型に向けて刀で突きを放つ。刀は蟷螂型の頭部へと吸い寄せられるように突き刺さり、蟷螂型の魔物を絶命させる。その時、絶命の間際に切り裂こうと蟷螂型が両腕の鎌を久斗を抱きしめるように交差させる。しかし、久斗はそれをまたもや刀を放し、しゃがんで避ける。その際、その鎌が近寄っていた人型の魔物を切り裂いていた。


「グオオオオオオオオ」


 人型が苦悶の声を上げ数歩後退する。そこに久斗は蟷螂型から人型へと振り向き手を掲げ魔術を詠唱、射出する。


「……我の糧を用い、我が敵を消し去らん、アークレイ!」


 黒と白の光が人型に真っ直ぐ突き刺さり、魔物の体を消滅させていった。

 そうして、詩音を守る魔物はガーゴイルだけとなっていた。瞬きするほどの間に形勢が逆転したことに、詩音は信じられない気持ちで一杯であった。


「さぁ、残るはそのガーゴイルと詩音だけだよ。後ろの戦いももうすぐ終わる」


 久斗の言葉通り、団員達は全身に傷を負い、魔力を欠乏寸前まで消費し、武器も欠けていたり折れていたりしていたが、全員が生き残り、最後の一体と向き合っているところであった。


「僕たちは負けない。必ず君を捕まえて見せる」


 静かに言い放つ久斗に詩音は悔しげに歯噛みする。しかし、ふと空を見上げた時、あることに気付き、表情を明るくした。


「うふふ、あはは、あはははは! 確かにひーちゃん達は強いね、強かったね。でも最後に勝つのはあたし、あたしなの」


 久斗が眉を顰めると詩音は天を指差した。


「ほら、あれがもう落ちてくるの。そうしたらあなた達は全滅ね。全員魔物になったら可愛がってあげる。うふふ、あーははは」


 詩音の言葉が終わると同時に赤い膜から湧き出ていた魔物が全貌を露わにしてゆっくりと落ちてきた。

 全体像は上半身は人型、下半身は馬型であった。しかし、その上半身の背には三対の純白の翼が生えており、また腕も二対存在しそれぞれ右に剣、槍、左に斧、弓を手にしていた。頭には角が三つ生えており真ん中のものは他の二本よりも大きく尖っていた。下半身も足先は蹄ではなく、大きく爪を備えた虎のものであり、尻尾も蛇となっていて別個に意識があるようにきょろきょろと辺りを見回していた。


「どう、すごいでしょ。さすがは百人分の魂をつぎ込んだだけのことはあるよね。うふふ、形勢逆転とはまさにこのことよね」


 詩音が自慢げに言うと、魔物が首を捻り詩音を睨みつけた。


「コムスメ、我ハ貴様ニ従ウ者デハナイ。貴様ハ後デ我ノ慰ミ者トナッテモラウ故、覚悟シテオケ」

「な、なんで!?」


 詩音は魔物の言う事に混乱してしまう。その混乱を余所に魔物は今度は団員達を睥睨し、好色な顔を浮かべた。


「ナルホド、ナカナカノ上玉ガイルデハナイカ。ククク、我ノ相手ヲサセルノニ相応シイゾ。フム、一匹イラヌモノガオルナ。セッカクノ獲物ガ減ルノモヨクナイ」


 そう呟くと二対の腕のうち弓を構え、逆側に持っていた剣を(つが)える。そして、力の限り引き絞ると、あるものに照準を定め射かけた。射かけられた剣は豪速で団員達と対峙していた魔物に突き刺さり、小さな爆発を引き起こす。


「キャア」

「うわ」


 囲んでいた団員達は突如発生した小爆発に吹き飛ばされ周囲に転がる。しかし、怪我はなかったためにすぐに起き上がり、魔物を警戒した。

 だが、魔物がいたところは小さな窪みとなっており、魔物の姿はどこにもなかった。そして、くぼみの中心には剣が突き刺さっていた。団員達は久斗の支援かと思い振り返り、硬直してしまう。


「フフフ、感謝シロ。貴様ラガ死ナヌヨウニ加減ヲシタノダカラナ」


 魔物が好色な視線をそのままに声を張り上げる。女性陣はその蛇のように絡み付いてくる視線に身の毛のよだつ思いをし、それぞれ反射的に武器を構えた。それを見た魔物は不敵な笑みを見せる。


「フン、我ニ歯向カウカ。ソレモマタ一興。ドレ、ソコノ坊主ト一緒ニ相手ヲシテヤロウ」


 久斗が放っている殺気を楽しげに受け流し、魔物は久斗達「彷徨い人の泊まり木」に襲い掛かった。

読んで下さりありがとうございます。


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