入団
「さてと、それじゃあ依頼は秘密裏に処理しておく。まだ、暫くは証拠集めに時間が掛かるからゆっくりしててくれ」
カーロイスはそう言うと盗賊に近付き。そして、連れていこうとした。盗賊はそれに逆らうことなく従順にカーロイスの後をついていっていたが、ジャマンの側を通るときに立ち止まった。カーロイスも何も言わずにその場に立ち止まり、盗賊の用事が終わるのを待つ姿勢を見せた。団員達は二人の、特にジャマンの様子を固唾を呑んで見守っていた。
「……」
「……」
ジャマンも盗賊も何も言わずに見つめ合う。片方は睨み付けるように険しい眼差し。もう片方は申し訳なさそうに瞳を揺らしていた。しかし、すぐにジャマンが口を開いた。
「俺はよ、俺も含めて冒険者なんてやってる連中は必ずどこかで死ぬと思ってる。そういう意味ではあいつらに運がなかった、それだけなんだよ。でもな、それでもあいつらがあそこで死んだ原因はお前にあるんだよ!」
ジャマンは拳をぎゅっと握りこむ。そしてそれを胸の所まで持ちあげると、盗賊を今まで一番鋭く睨みつけた。
「だからな、正直団長殿に任せるにしても俺自身のけじめだけだけはつけようと思う。さあ、歯ぁ食いしばれよ!!」
次の瞬間、ジャマンは握りこんでいた拳を大きく振りかぶった。団員が驚きの声を上げる間もなく、ジャマンは拳をそのまま盗賊の頬へと叩きこんだ。盗賊は殴られた勢いのまま後ろへと倒れ込み、そこに置かれていた机や椅子をなぎ倒していた。
「ちっ。後は団長殿の言う通り、生きて償うんだな。もし逃げたりしたら地獄の果てまで追ってやるから覚悟しておけよ」
「おいおい、俺が見張ってんだぞ。逃げられるわけないだろうが」
ジャマンが盗賊を指差しながら宣告すると、横合いから軽い調子でカーロイスが反論する。それをジャマンは無視して外へ出ようとした。
「ぐ、ま、待ってくれ」
その時、倒れていた盗賊が起き上がりながらジャマンを呼びとめた。ジャマンは足を止めはしたが振り返ることはしなかった。そして、盗賊への気持ちを清算したかのように澄んだ声で問いかけた。
「なんだ」
「す、すまない。あんたにした事は、その、許されないと思うが、それでも言いたい。すまなかった」
盗賊は途中から鼻声になり、最後は泣きながら頭を下げていた。ジャマンはその声に答えることなく入口へと再び歩き出した。盗賊はがっくりと項垂れ小さく呟いた。
「すまない、本当にすまない」
そんな盗賊にカーロイスは肩をポンと叩く。それに盗賊はゆっくりと顔をあげる。
「お前の気持ちは伝わっているさ。ただ、今はこれ以上何をいっても駄目さ。これからのお前を見せて今日のあいつの思いが無駄じゃなかったことを見せるしかない。さ、行くぞ」
そして、二人は周りに配慮して入り口とは別に設けられていた勝手口から出ていった。一方、ジャマンは入口にいたターシャに声をかけていた。
「後で話がある。すまないが団長殿と一緒に来てくれないか?」
「それは構わないけど。変なことじゃないでしょうね」
ターシャの険のある声に、ジャマンは薄く笑い、そしてターシャの問いとは全く別の事を口にした。
「最初にあった頃と比べて遠慮が全くなくなったな」
「当たり前でしょ。久斗君に要らないことを吹き込む人なんかに丁寧に話す必要を感じないわ」
「おいおい、根に持つな。あれはほんの冗談だろうが」
ジャマンは辟易した顔で答えるが、ターシャは全く取り合わなかった。仕方なくジャマンは真摯に謝り、場所を指定してから宿を後にした。
「それじゃあ、俺らもお暇するよ。おら、行くぞ」
「団長さんに挨拶だけさせてもらえないか?」
「あーん? まあいいや。さっさとしろよ」
カーロイスが怪訝な顔を見せるが、盗賊の顔を見るとまた壁にもたれかかった。そして盗賊は久斗の前まで来るとさっと頭を下げた。
「ありがとう。俺、きちんと罪滅ぼしするよ。団長さんに助けてもらったこの命。きちんと他の人のために役立てるから」
それだけを言うと、またさっと頭を上げて久斗が何か言おうとする前にカーロイスの元へと向かった。そして、カーロイスに待っていてくれたことの礼を言い、二人はそのまま部屋を後にした。その後は団員達も三々五々に部屋に戻っていった。
「久斗君、ちょっといいかな?」
「別に構いませんけど。どうかしましたか?」
久斗もウォカやルーアと共に部屋に戻ろうとしたところをターシャに呼び止められる。一緒に戻ろうとしていたウォカやルーアには先に戻るよう手で示し、ターシャに近寄る。するとその横合いから別の人の手が伸びてきて、久斗を抱きしめた。
「うわ、うわわ」
「ターシャ。今晩は久斗様をお借りしていきますわね。それでは失れ、ぐえ」
久斗を抱きしめたまま颯爽と去ろうとしたエレインであったが、すぐにターシャに首根っこを掴まれる。その反動で首が閉まり、蛙の鳴き声のような変な声がでたエレインは顔を真っ赤にしてターシャに食って掛かった。
「ちょっと、ターシャ。あなたは毎回毎回私を邪魔して! 一体何の恨みがあるというのですか!?」
「んー、色々とあるけれど、今回は別件よ」
色々あるんだと驚きの表情を見せる久斗を余所に、エレインは憤慨してターシャに詰め寄る。
「別件とはなんですか。私との愛の語らい以上にどんな大切な用事があるというのですか。いえ、あり得ませんわ。ですから邪魔をしないで」
くださいませんか、と言う前にターシャは久斗の腕を引っ張って外へと向かっていた。それに気付いたエレインは咄嗟に久斗のもう片方の腕を掴み取り引っ張った。
「いっ」
久斗の小さな悲鳴にターシャは振り返った。そして、現状を認識すると、久斗の腕を強く引っ張りながら声を低くしてエレインに手を放すよう告げる。
「エレイン、これからあたしと久斗君は大事な用があるの。手を放しなさい」
しかし、エレインもターシャに負けじと腕を強く引っ張り、声を張り上げる。
「私だって、非常に重要な用事があるのですわ。ですからそちらこそ手を放しなさい」
ぐぬぬぬぬぬ、とお互いに一歩も譲らず、腕を強く引っ張り合う。その結果、両側から引っ張られた久斗は涙目で悲鳴を上げる。
「ふ、二人とも、は、はなし、てくださ、いた、いたい、痛いですから!」
久斗が大声で悲鳴を上げても二人は一切力を緩めることなく睨み合う。そこにジェシカが溜め息を吐いてから、呆れ声で指摘する。
「二人とも、久斗が痛がってるでしょ。さっさと放しなさい」
「だってエレインが」
「だってターシャが」
二人は同時にジェシカの方を向いて声を上げる。声が重なったことで再度お互いに睨み合う。その間にいる久斗は痛みのせいで顔色は青くなり、ぐったりとしていた。それを見て、ジェシカは二人の頬を抓りあげる。
「いた、いたい、いたいわ」
「ちょ、あ、いたたたた」
二人は頬の痛みに久斗の手を放してしまう。それを確認してから指を離し、二人を厳しく叱った。
「いい? あなた達が争うのは今に始まったことじゃないけれど、久斗に被害が行くようなやり方はやめなさい。そのうち本当に愛想がつかれるわよ」
ジェシカの言葉に顔を青くして、二人は急いで久斗に抱き付いた。ほっと一息ついていた久斗は両側に突然発生した柔らかな感触に目を白黒させる。そして、その感触の正体が分かると顔を真っ赤にして俯いた。
「ごめんなさい、許して」
「久斗様ー。見捨てないでくださいましー」
久斗は顔を赤くしたまま、二人を手でそっと押し退ける。そして、それぞれに優しく声をかけた。
「ターシャさん、次はなるべく穏便にお願いしますね。エレインさん、少しターシャさんの用事に付き合いますのでその後で用件を聞きますから、もうしないでくださいね」
二人はコクンと頷く。その後、エレインはそのまま自室へと向かっていき、ターシャは久斗と共に宿の外へと向かっていった。その場に残っていたジェシカは出ていった久斗の背中の幻影を見ながらぼそりと呟いた。
「うーん。あの子、どんどん対応が紳士になっていってるわね。リンちゃんやアルムも大変だな」
そして、ジェシカは自分に宛がわれた部屋に戻ると、さっさと就寝するのであった。
久斗とターシャはジャマンに指定された場所へと向かっていた。そこはザルツブルグの中でも空が良く見える公園であった。家々の灯火もほとんどない月明かりが優しく照らす闇の中、ジャマンはその公園の長椅子に座って星をじっと眺めていた。
「遅れてすいません。少し出るのに手間取りまして」
「ん、ああ、いいんだ。ずっと星を見ていたからな」
ジャマンがそう言うと、久斗とターシャも天上に煌めく星達に目を向けた。久斗はその壮大な星の海にしばし見惚れてしまっていた。
「あいつらとはいつもこの星を見ながら語り合った。そして、嫌なことがあると揃ってこの星空を眺めたもんだ」
ジャマンは昔を懐かしむように語りだす。それを聞きながら久斗も日本にいた頃に友達とよく星空を見上げて夢を語り合ったことを思い出していた。
教師を目指す者、サッカー選手を目指す者、医師を目指す者、様々な夢を語り合っていた。その時の星空とは違ったが、久斗は少し郷愁の念に駆られていた。
その久斗の想いとは別にジャマンの話は続いていく。
「喧嘩だってした。だが、やはり、この星空の下で仲直りをしたもんだ」
そう言うと、フッと自嘲の笑みを浮かべる。
「こんなおっさんが過去に思いを馳せてもかっこ悪いだけだな」
その発言には久斗もターシャも苦笑いしか出来なかった。そして、ジャマンは気を取り直すためにパンと両頬を叩くと、視線を星から久斗に移して真剣な表情になった。
「団長殿に来てもらったのはお願いがあるからだ」
久斗も星からジャマンに視線を移して、真剣な表情になった。
「お願いとは何でしょうか? その内容によりますよ?」
「くくく、そりゃそうだな。まあ、簡単な話だ。俺をお前さんの傭兵団に入れてくれないかというお願いさ。簡単だろう?」
「冒険者でなくなりますよ?」
久斗は驚きもせずに問い返す。自身の三年間の経験から冒険者と傭兵の仲が悪い事は知っていた。それ故に転向する者はほぼ皆無であるために、久斗は問い返していたのであった。
「構わんさ。もう冒険者にしがみつく理由はないからな。それに」
「それに?」
「俺は新しい生きがいをなんとなくだが、見つかった気がしてな。そのために入団するのさ」
それは盗賊の件を頼みこむときに言った久斗の言葉への答えが込められていた。久斗は顔を明るくして、ジャマンに駆け寄る。
「ジャマンさん!」
「ああ。それでどうだい? 団長としての判断は?」
久斗に頷きを返した後に是非を問う。久斗はターシャに振り返り、意見を求めた。
「ターシャさんはどう思いますか?」
「そうねえ、あたしとしては歓迎するわよ。腕も経験もある人材だもの。ここで断る理由も特にないしね。ただ、きちんと聞いておかないといけないことがあるのだけど、いいかしら?」
ターシャがそう聞くと、ジャマンはどうぞ、と頷いた。
「まず、その生きがいって何か教えてもらえるのかしら?」
「はっはっは、流石にそれは言えないな。まあ、あんたらに何か悪い事を考えている訳じゃないのだけは信じてくれ」
「そう。不穏なものでないのだったらいいわ」
ジャマンは朗らかに笑うと、回答を拒否した。しかし、ターシャは不満に思うことなく次の質問をぶつけた。
「じゃあ、あなたは久斗君の下につくことに不満はないのかしら? あたし達は彼を旗頭に結束しているわ。もし彼の指示に従えないというのであれば、受け入れることは出来ないわ」
「ああ、それなら別に構わないさ。もっとも意見は言うとは思うがな」
「それはあたし達もしているから別段問題ないわ」
そして、ターシャは久斗に自分の判断を告げる。
「さっきも言ったけれど特に拒む必要はないと思うわ。久斗君に任せる」
ターシャに任された久斗はジャマンに近付くと手を差し出した。
「僕は既に決めています。どうかこれからよろしくお願いしますね」
「ふふ、よろしくな」
ジャマンはそう言って差し出された手を握り、握手を交わすのであった。
「くすくすくす」
久斗がジャマンと握手を交わしていると、笑い声が聞こえてきた。その突然のことに久斗やターシャ、ジャマンは咄嗟に周囲を窺う。
「くすくす、あはは、あははははは!」
すると、笑い声はどんどん大きくなっていき、。しかし、周囲を見回しても笑っている人物は見つけられなかった。
「久斗君、闇に隠れているとかは?」
ターシャに小さい声で問われた久斗はすぐに頭を振る。
「いえ、暗視魔術は使っています。でも、どこにもそれらしき人が見当たりません」
「あはははは、まだ見つけられないの?」
声は久斗達を馬鹿にするかのように再度かけられる。久斗やターシャは悔しげに再度周囲を確認するが、見つけることは叶わなかった。しかし、ジャマンは目を閉じ、じっと聞き耳を立てていたことでその笑い声のする方向を掴んだ。
「上だ!」
その声にはっとして、すぐに上を向く久斗とターシャ。そこには静かに宙に浮かぶガーゴイルの背に乗っている少女の姿があった。
「あちゃ、ばれちゃったか。でもあの慌てぶりは最高だったわよ」
少女はけらけらと笑いながら久斗達を見下ろしていた。
「誰よ、あなた」
ターシャが久斗を庇うように前に出て少女を詰問する。すると、今までずっと笑っていた少女は急に不愉快そうに顔を歪めて低い声で問い返した。
「貴女こそ誰よ。あたしとひーちゃんの逢瀬の邪魔よ。どっかいきなさいよ」
「そうはいかないわよ。そのガーゴイル。何処かで見たと思ったら三年前の王都で襲ってきた奴と同じじゃない。そんな物に乗って来ている人を前にして団長を一人に出来ないわ」
「三年前……、その気色悪い耳に尻尾。思い出したわ。あの時もあたしとひーちゃんの邪魔をした女ね」
二人は互いに険悪な雰囲気のまま睨みあう。少女はガーゴイルに乗ったままだったが、ターシャは護身用の短剣を取り出し構える。ジャマンは二人の言っていることこそ分かることはなかったが、少女が敵であると判断し、腰に提げていた剣を構える。
「そこの小父さんも邪魔するの?」
少女は目敏くそれを見咎め、低い声のまま聞く。ジャマンは答えることなく、剣を構えたまま摺り足で久斗を庇える位置に動いていった。
「そう、邪魔するのね。ひーちゃん、もう少し待っててね。この人達をすぐに殺すから、その後で一緒に家に帰ろう」
少女のその言葉と共に、辺り一帯に異様な気配が発生していく。その気配を感じ取ったターシャとジャマンは動揺を抑え込んで平静を装い、相手に付け入る隙を与えまいとしていた。
――この気配だと、魔物。それもミノタウロスとかその辺りの強さを持つ奴ね。ひ、ふ、み……。合計で七体かしら? 一匹でも厄介そうなのに。
――入団したいと言った途端にこれは驚きだな。この調子だと命がいくらあっても足りないかも知れんな。まあ、だからこそ遣り甲斐があるんだろうが……。数は、七つか。しかも、こいつは……。
二人は周囲に発生した気配の数を正確に読み取り、そしてその気配から実力を推察していた。結果、自分たちだけでは厳しいことを理解し、相手の目的である久斗に逃げてもらおうと、警戒しつつちらりと見やる。
そこで、二人が見たものは驚き固まっている久斗の姿であった。敵を前にする姿勢としては考えられない状態の久斗に二人は思わず警戒を緩めてしまう。その隙を突いて久斗に襲いかかろうとした気配の主達であったが、次の瞬間にぱん、と乾いた音が響いた。
「待ちなさい。あなた達は誰を狙っていたのかしら? あまり悪戯が過ぎるようなら殺すわよ」
拍手を打った姿勢のまま、少女は気配の主たちに尋常ではない殺気をぶつける。その殺気の余波にターシャとジャマンの顔色が悪くなる。
気配の主達が怯えて足を止めると少女は殺気を霧散させて、態度を豹変させる。
「さ、ひーちゃん。いつまでもそこにいると危ないわ。こっちに来て」
ガーゴイルは少し離れた所に降りると、そのまま膝を着いて背中に乗せていた少女を降ろす。少女はにこにこと笑いながら手を差し出した。久斗はその手をじっと見つめていたが、やがてポツリと言葉を漏らした。
「しーちゃん、なの?」
その声は普段の落ち着いている久斗とは全く別人のように震えていた。ターシャは「しーちゃん」という単語に眉を顰める。
「ふふ、ひーちゃんはどう思っているの?」
久斗はその少女に三年前に生き別れになった詩音の面影を見出していた。特にその目元は記憶にあるものとそっくりであった。久斗は恐る恐る頷いた。
「しーちゃん、だよね?」
「くすくす、三年もたったもんね。あたしも成長したもの、すぐには分からないよね。でも、あたしはすぐにひーちゃんだと分かったわよ」
嬉しそうに笑い、差し出していた手を使って胸を盛り上げ、もう片方の手を腰に当てて体をくねらせる。その肢体は三年前と大きく変わり、ひどく蟲惑的に成長しており、同年代のリンと比べると成長という点では大きく引き離していた。
「久斗君、『しーちゃん』ということは……」
「はい、ターシャさんの考えている通りです。彼女が僕の捜しているシオン=ヒノです」
久斗は絞り出すような声で少女の名前を告げるのであった。
読んで下さりありがとうございます。




