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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
二章 諸国巡遊編
59/69

入門

 ふさふさの赤絨毯が敷かれ、調度品も一級品が揃っている執務室で男は部屋の主を前に背筋を伸ばして一切の気遅れなく報告していく。


「ふむ、ではいつもより遅れているのだな?」

「はい。ブルーノからの連絡を踏まえますと些か時間が掛かりすぎていると思われます」

「事故とかではないのかね?」


 部屋の主は優雅に朝食を食べながら尋ねる。その声には一切の心配の色は見えなかった。


「密かに潜ませておいた連絡員も音信不通ですので、何かがあったのは確かかと」

「お前はそんなことをしていたのか」


 誉めるのではなく呆れている部屋の主に男は落胆することなく報告を続けていった。


「……ということです。如何いたしましょうか?」

「ふーむ。そいつらのことは気になるが下手につつくと藪蛇か」

「それは間違いないでしょう」

「うーむ」


 部屋の主は食べ終えたことで膝にかけていたナプキンで口を拭きながら悩む素振りを見せた後、つまらなさそうに指示を出した。


「現時点では情報も足らん。本当に遅れてるだけかもしれんしな。もし、そいつらが通報してきたら知らぬ存ぜずで対応しておけ。……ああ、そうそう。その時は()()にも伝えておいてくれ」

「了解いたしました」


 男は静かに一礼すると音を立てることなく扉を開けて退室して行った。それを見送ることなく、部屋の主は自らの蒐集品を眺めだしていた。

 男は扉の向こう側にいる自分の主のことを意識の外へと追いやり、自分の執務室へと移動した。コツコツと靴音を響かせて歩く男にすれ違う人々は皆一様に軽く一礼していく。男も会釈だけ返しながら目的地へと歩き続けた。

 そして、執務室に入るなり手をぱんぱん、と二度叩く。すると、何処からともなく男の声が響いてきた。


「どうしたんだい? こんな時間に。しかも()()だなんて」

「例の彼らについて調べてきてもらいたい。今どうなっているか、何処で何をしているのかを」


 無表情で淡々と言う男に、声は拍子抜けした感じで答えた。


「うん? それならもう終わっているよ」

「話しが早いですね。では早速ですが報告してください」

「ふむ、本当なら金をせびるところだが、まぁお得意様でもあるし、今回は特別に無料(ロハ)にしてやるよ」

「それはありがたい事です。で、彼らはどうなっているのですか?」


 全然感謝の気持ちを感じさせない声で礼を述べ、情報を催促する。


「全滅だよ」

「……もう一度お願いします」

「くくく、だから全滅だと言っているだろう」


 男は思いもしなかった言葉に聞き返していた。それに含み笑いを乗せて声は同じ内容を繰り返した。男は疑わしげな眼を窓の外へと向けて確認を取る。


「それは確かですか?」

「ああ、この目で見ていたからな」


 見ていた、という言葉に男は眉を顰める。しかし、その疑問を口にすることはなく、全く別の疑問を投げかける。


「しかし、あの優秀な男の指揮がそれを許すとは思えませんが」

「ああ、あの男なら真っ先にやられていたぞ。それで、何をとち狂ったのか、残った連中が仇打ちと称して夜襲をかけてあっさりと返り討ちにあって全滅だ」

「なんと……」


 あまりの内容に男は無表情のまま絶句してしまう。そうして数秒硬直していたが、すぐに気を取り直して再確認した。


「それで、彼らに生存者はいないのですね?」

()()()連中にはな」

「ひっかかる言い方ですね。襲わなかった者がいるのですか?」


 無感情だったその声に初めて苛立ちの色が混じる。それを敏感に察して声はすぐさま白状した。


「そうカッカしなさんな。襲わなかった奴は一人。すでに返り討ちにした奴らに確保されている。ついでに言うならそいつらは二手に分かれて片方はここザルツブルグに、片方はその襲った連中、盗賊の根城に向かっていったぞ」


 男はそれを聞き黙りこむと、顎に手を当てて考え込んだ。そして、すぐに結論を出して声に依頼を出す。


「では、その返り討ちにした人達の情報をお願いします。できればこの街に来る前が望ましいです」

「それはちょっと難しいな」

「? 得意分野でしょう」

「いや、単にこの街に来る前というのが無理だ。そいつらの片方、ここに向かっていた奴らはもう今日中には到着する。流石に一日もないのは()()でも無理だ」


 男は声の内容に考え込み、数秒後依頼を変更した。


「では、彼らの情報を出来るだけ早く、でお願いします」

「了解了解。まあ、情報を隠しているわけでもなさそうだし一日だけ待っていてくれ。報酬はいつも通りに頼むぞ」

「より詳しければ色をつけます。頼みましたよ」

「ほう、それは嬉しいね、俄然やる気が湧いてきた」


 それだけを言うと声の()の気配は消え、執務室は静寂に包まれた。その中で男は、何事もなかったかのように黙々と政務に取り掛かるのであった。






「ウォカ。少しは休んでおきなさい。流石に魔力を酷使しすぎよ」


 声をかけてきたジェシカにウォカは振り向いた。その顔は全体的に青く、目の周りには隈が出来ており、頬は少しこそげ落ちていた。明らかに体調を崩した様子にエレインも声をかける。


「あなたはよくやりましたわ。(わたくし)達も今日中にはザルツブルグに着けるのですから、休んでいても大丈夫ですわ」

「でも」

「でもも、何もないわよ。ほら振動も少しは和らぐように毛布を重ねておいたから、そこで寝てなさい」


 ウォカがエレインに反論しようとするとその後ろからコニーが首元を掴んで引っ張った。ぐえ、と小さな呻き声を上げて、ウォカはコニーに引き摺られていく。それを苦笑して見ていたジェシカとエレインはお互いに顔を寄せ合って、暇潰しに雑談を始めた。


「ウォカの頑張りでどうにかこうにか今日中には辿り着けるけど、多分本隊のほうが到着は早いはず。相手に情報が渡っていないことを祈るばかりだわ」

「それはどうしようもありませんわ。ですが大丈夫ですわよ」


 ジェシカが少し目を見張り、そして自然にわいてきた疑問を口にした。


「どうしてよ? 相手の情報網が上かもしれないじゃない」


 しかし、エレインは胸を張って自信満々に答えた。


「それは確かに分かりませんわ。ですが、あちらには久斗様がいらっしゃるのですから何かありましても対処できますわ」

 

 その答えに納得がいかないジェシカはエレインにもの言いたげな目を向ける。


「あなたはあの子を神聖視し過ぎじゃない? あの子は一応団長を務めているけどまだ十三歳の子供よ」

「それでしたら後二年もあれば成人ではありませんか。なにも問題ありませんわ」

「問題大有りよ。あの子は今も団長という重圧に耐えてるのよ。それなのに、あなたやターシャが更に期待を寄せるから余計に気を張ってるの!」


 エレインが軽口をたたくと、ジェシカはカッと頭に血が上りつい声を張り上げていた。それにびっくりしたウォカは起き出し、コニーは避難の目を向ける。また御者のキーラは馬を止めて中を覗きながら声をかけた。


「あの、どうかしたんですか?」


 ジェシカは慌てて、声を取り繕ってキーラに何でもない事を伝える。


「なんでもないわ。こっちの話。ごめんなさいね」

「いえ、何もないならいいですよ」


 朗らかな声でキーラはそう言い、鼻歌を歌いながらまた馬に鞭を入れる。そして馬車がゆっくりと動き始めると、ジェシカが小声でエレインに注意した。


「とにかく、あなたやターシャ、それにアルムはちょっと期待し過ぎ。確かに三年前の王都防衛の時や今までの旅でだって活躍してきてはいるけど、だからと言ってその心まで強くはないのよ」

「そ、それは確かにジェシカの言う通りかもしれませんが……」

「が、何? つまらない事言ったら馬車から放りだすわよ」

「うう……」


 ジェシカの剣幕にエレインは言葉を出すことも出来ず、押し黙ってしまう。それを見てジェシカは溜め息を一つ吐くと、ウォカの様子を見てくる、と言い残し馬車の奥に移動した。エレインはウォカの看病の様子を見ながらジェシカの言ったことを考えた。


――(わたくし)は確かに久斗様に期待していますが、ジェシカの言うように期待し過ぎているとは思えませんのよね。実際に(わたくし)は命を救われたのですから。でも、それでも、ジェシカの言うように重荷に感じているなら……。


 エレインは一人思考に耽るのであった。

 その後、御者をウォカを除く四人で交代しながらジェシカ達分隊は何事もなく馬車を進め、無事にザルツブルグに到着した。しかし、既に日は落ちていて、ザルツブルグの城門はぴったりと閉じられていた。


「なんとか辿り着いたけど、結局は入れるのは明日になるかな」

「ウォカがちょっと可哀相だね……」


 キーラとコニーがそれぞれ感想を述べあう。それを苦笑しながらジェシカが指示を出す。


「気持ちは分かるけど、今は野営の準備をしましょう。幸い、街の方で野営できる場所を用意してくれているし、明日の朝一で街に入るためにも今日は早めに休むわよ」

「はーい。じゃあ、天幕組み立ててきます」

「あ、そっちはエレインとウォカがしてくれているから火をおこしておいて」


 二人はジェシカの言葉に驚き、そして感心した。


「ウォカあれほど疲れていたのに良く頑張るわね」

「コニーに良いところ見せようとしてるんじゃない?」

「ちょっ! あたしとあいつはそんな関係じゃ」


 にんまりとしながら揶揄するキーラにコニーが声を荒げて否定しようとしたところで、パンパンと手のひらを打つ音が響く。その音の発生源であるジェシカが困った顔で言う。


「そういう話が楽しいのはあたしもそうだけど、今は口より手を動かしましょ、ね?」


 明らかに目が笑っていなかったことに、二人はしゃんと背筋を伸ばす。


「は、はい! 今すぐ動きます」


 声を揃えて答える二人はすぐに回れ右をして早足で立ち去っていった。


「もう、あなたのせいで怒られたじゃない」

「そんなの、コニーだって同罪でしょ。それより、ウォカとはどうなの、実際?」

「どうって……」

「馬車の中でも献身に介護してたじゃない」

「そ、それは単に可哀想だから」


 二人はそんなことを喋りながら松明を掲げて火をおこしにいった。


「あの子達はいつまでも。まあ、きちんとするべきことはしているし、大目にみるかな」


 ジェシカはそう言うと自分も野営の準備に取りかかるのであった。





「開門!!」


 朝日が大地を照らしだし空も青く澄んだ色を見せた頃、城門の横の尖塔にいた衛兵が叫んだ。すると城門がゴゴゴ、と重厚な音を辺りに轟かせて街の内側に向かって開いていった。

 既に城門前に並んでいた人々が、衛兵から問答を受けた後に入門料を支払い順に街に入っていく。

 ジェシカ達はその人の列を眺めながら野営の後片付けを行っていた。


「おいおい、入門料なんて取るのかよ」

「ここの知事が悪どいのは知ってるでしょ。変に監視とかもされたくないし素直に払うわよ」


 ウォカがその様子に驚きの声をあげる。しかし、すぐ横にいたジェシカが声を小さくしながら宥めた。


「ジェシカ、あの盗賊はどうしますの?」


 ウォカとは反対側で後片付けをしていたエレインが尋ねる。盗賊は周りの目を気にして馬車から外に出していなかった。しかし、衛兵達は荷物検査もしていたため、見つかるのは避けられなかった。


「……仕方ないけど、あたし達の一員として扱うしかないわね」

「でも、それですと衛兵に突き出すことが出来ないのでは?」


 苦虫を噛み潰した顔で言い切るジェシカにエレインが疑問をぶつける。ジェシカは呆れ顔で突っ込む。


「エレイン、もう忘れたの? 彼の処遇はジャマンさんが決めるってこと」

「……そう言えばそうでしたわね」


 恥ずかしさから顔を赤くしたエレインが呟く。それに触れることなくジェシカはウォカに後を頼むと馬車に乗り込んだ。盗賊は前の晩に渡されていた一枚の毛布を足でゆっくりと、しかし丁寧に畳んでいるところであった。そこにジェシカが声をかける。


「おはよう、良く眠れたかしら?」


 盗賊はジェシカのほうに顔を向けると器用に足で畳みながら挨拶を返した。


「ああ、おはよう。まあまあの寝心地だったよ。俺の短い人生でも体験したことのなかった、ね」


 少し皮肉を交えて言葉を返す盗賊にジェシカは無感情に言葉を紡ぐ。


「これからザルツブルクに入るけどその時に検査があるの。あなたを役人に突き出す訳ではないから、その手枷を外すわ。そしてあたし達の一員として扱うからそのつもりで」


 役人に突き出さないという言葉に目を見開き、わなわなと震える。そして、ジェシカに問いかけた。


「お、俺を助けてくれるっていうことか?」


 ジェシカは盗賊の期待に少し罪悪感を感じたが、すぐにそれを打ち払い真実を伝えた。


「違うわ。あなたの処遇は貴方もよく知っているジャマンさんが決めることになっているの。だから彼に引き渡すためにも役人に知られたくないの」

「ジャマンだと……。そ、そんな。それだとあいつに殺される。頼む! あいつだけはやめてくれ!」


 しかし、ジェシカはその盗賊の頼みに首を振った。


「無理よ。既に決まっていることよ」

「あ、あああ」


 その場に崩れ落ちた盗賊に同情することなくジェシカは盗賊に近寄り手枷を外した。


「逃げようとしたら、さすがにこっちもあなたを殺すしかなくなるから止めておいてね。街の中でも手枷は付けないけれど、馬車からは出れないからその積もりでいてね」


 未だ項垂れている盗賊にそう言うと、馬車から顔だけを出してキーラを呼ぶ。


「キーラ、ちょっとこっち来て。してもらいたいことがあるの」

「はーい、これを片付けたら、すぐにそっち行きます」


 元気な声に笑みを浮かべながらジェシカは顔をひっこめた。そして盗賊のほうを見ると、ぶつぶつと哀願を繰り返している姿があった。それを暫く眺めていると、キーラがやってきた。


「ジェシカさん、何の用ですか?」

「ああ、キーラ。あれを監視しておいて欲しいの」


 あれとジェシカは盗賊を指差す。それを確認したキーラは少し引きながらジェシカに訴えた。


「なんだかあれ、すっごい怖いんですけど。大丈夫なんですか?」


 キーラの心配ももっともなことだと思いつつも首を縦に振る。そして注意点を付け加えた。


「あれは既に手枷を外されてるから、もし危険な行動をしだしたら躊躇なく攻撃して構わないから。まあ、あの様子だと問題ないとは思うんだけど」


 二人して盗賊の様子を窺う。盗賊はキーラが来る前から続けていた哀願を未だに繰り返していた。さすがに気の毒になったキーラがジェシカに尋ねた。


「ジェシカさん、なんであの人ずっとブツブツ言ってるんですか?」

「あー。話しのはずみでジャマンに引き渡すことを伝えたらずっとあんな感じになってしまったの。ちょっとあたしもあれは想定外だったわ」


 困ったように答えるジェシカにあはは、と乾いた笑みを返すキーラ。


「とりあえず、あの人を見張ればいいのは分かりましたけど、検査の時はどうするんですか?」

「うーん。立ち直ってくれてる事を祈るばかりだけど、もしまだだったら、病気か何かにしておきましょうか。向こうもさすがにあれには触れたくないでしょうし」

「それもそうですね。じゃあ見張りがんばります」


 ジェシカの答えに納得したキーラはいつものように元気よく言うと盗賊に近付いていった。それを見届けたジェシカはまた片付けのほうに戻るのであった。

 そうして一行は片付けを終えると、入門するために並んでいる人々の列に混ざるのであった。検査の時には盗賊が正気に戻ることはなかったため、ジェシカは仕方なく病気と偽って衛兵に報告。衛兵も盗賊の様子から何かあったことは理解し、早めに休ませるように、とだけ言い追及することはなかった。

 そして、無事にザルツブルグに入門した一行は門から少し離れたところで待っていたターシャと合流し、本隊が泊まっている宿屋へと向かうのであった。





 男が自分の執務室で黙々と仕事をしていると、いきなり部屋に独特の気配が充満する。そして何処からともなく声が響いてきた。


「旦那、お望みの情報を持って来たぞ」


 すると、男は静かに持っていた筆を置くと、肘をついて手を組んで聞く姿勢を整えた。


「聞きましょう」

「まず連中は傭兵団だ。名前は『彷徨(さまよ)い人の泊まり木』。ここから七日ほど離れた所にあるブルーノから商人の依頼でやってきている。もともとは南にあるゲイルフォルク王国からやってきたみたいだ」

「ゲイルフォルクからですか。珍しいと言えば珍しいですが……。続きを聞きましょう」


 男が次を催促すると声は淡々と報告していく。


「連中の目的はとある少女を捜すことらしい。年齢は十三歳くらい、似顔絵も書いていたらしいが三年前の物みたいだ。これがそうだ」


 声はそういうと天井より一枚の羊皮紙を男の机の上に落とした。男はそれを拾い上げて似顔絵を確認する。


「ふむ、さすがに三年前でこれでは今では分からなくなっている可能性がありますね。おや? 名前も書いてあるのですか。これは……」

「ああ、それはここと違う言語だからな。読み方はシオン=ヒノだそうだ」

「今なんと?」


 男の眉がピクリと動く。声はそれに構うことなく繰り返した。


「シオン=ヒノだ。知っているなら連中に情報を流してやったらいいんじゃないか?」

「それより、他の情報はどうなんですか?」


 からかうように言う声に応えることなく、男は更なる情報を促した。声は少しつまらなさそうに報告を続けた。


「団長はヒサト=アンドウ。十三歳。複数の筋から情報を確認したが複数属性の使い手であり、相手取るなら最要注意人物だ。十三歳とはいえ……」


 そうして声は「彷徨い人の泊まり木」の団員達の詳細を全て報告していった。男は黙ってそれを全て聞き取っていった。そして声は終わりを告げると、似顔絵と同様に男の机に三枚ほどの羊皮紙を落とした。


「それは今行った報告を書いた紙だ。再度確認したい時に使ってくれ」

「御苦労さまでした。先日も言いましたが、情報はなかなかのものです。報酬には色をつけておきましょう」

「くくく、ありがたい上客だよ、ほんと。ではな、またご利用があればお呼びくださいってな」


 声は最後に笑い、そして部屋に充満していた独特の気配が消え去っていった。男は三枚の羊皮紙をくるくると丸めて、自分の机の中の隠し棚に放り込んだ。そして机の上に備え付けられていた鈴を取り鳴らす。暫くしてから下男がやってきた。


「どうなさいましたか?」

「至急、衛兵長を呼んで来て下さい」

「衛兵長は只今城門のほうに出ておりますので時間がかかりますが」

「至急、と言いました。時間がかかるのは承知の上です。早く行きなさい」


 確認を取った下男を静かに威圧する男。それに怯えたかのように下男は急いで頭を下げると退室し、廊下を走っていった。そうして男は筆を取ると政務に戻ろうとしたが、筆を持ったまま一言呟いた。


「しかし、シオン=ヒノですか。まさかとは思いますが……」


 その呟きを聞きとった者は誰もいなかった。

読んで下さりありがとうございます。

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