洞窟
「急に動くと、傷口が開くかもしれませんから気を付けてくださいね」
誇らしげにしていた久斗であったが、すぐに真面目な顔に戻ると注意を呼び掛けた。それに男達の動きがピタリと止まる。ジャマンがその男達の気持ちを代弁するように眉を顰めて問い質した。
「それはどういうことだ? 見たところ完治しているようだが」
久斗は首を振り、ジャマン達の勘違いを正した。
「いえ、先程も言いましたが、二回に治療を分けています」
「なぜだ? 別に一度で十分だろ」
二回に分ける理由が思いつかず、詰問するように聞く。それに久斗は気分を害することなく説明を続ける。
「それが、いきなり完治させると逆に体調を崩しやすくなったりするのです。今は大きな傷は塞いでいるだけで小さいのを治療した状態なんです」
ジャマンは久斗の説明を聞き、小さく唸る。しかし、すぐにあることに気付き、久斗に確認する。
「二回目はいつだ?」
「明日です」
自分が思っていたより早いことにジャマンは驚く。その様子に久斗は苦笑しながら理由を述べた。
「単に一気にするのが良くないだけですから。今日一日きちんとご飯を食べて、安静にしていれば問題ありません」
「ということは、今日はここに野営するつもりか?」
危ないのではないか、という思いを顔に出して問いかける。それに久斗はまたもや首を振った。
「盗賊のこともありますので移動します。今日だけは僕達が前後を警戒します。ジャマンさんはこの馬車の御者をお願いします」
「分かった。すまんが今日の所はそちらに甘えさせてもらう」
久斗の頼みにジャマンが頷くと久斗は一礼して自分の馬車に戻っていった。それを見送りながらジャマンが呟いた。
「なんともまだ幸運の神様は俺達を見捨ててなかったんだな」
「兄貴、どうしました?」
呟きが聞こえなかった男達が聞く。ジャマンは手を軽く振り、何でもないことを伝えると冗談を飛ばし返した。
「いやなに、お前達よりあの坊主の方が余程大人びているなと思ってな」
「ひでぇな」
「でも、強ち間違ってないのが悔しい」
馬車の中は襲われたときのような悲壮さはなくなり、笑いが満たされるのであった。
「ま、それが久斗君の決定なら仕方ないわね。リーダスさんに聞いたのだけど、ここから少し行った先に昔から旅人が使っている建物があるらしいわ。木造じゃなくて、元々あった洞窟を改修したそうよ。とりあえずそこまでいきましょ」
久斗は自分の馬車に戻ると、すぐにこれからのことを伝えた。それを聞いたターシャは素早く手配を行い、割り当てが決められていった。その結果、先頭を行くのは馬に乗った久斗とジェシカ、次にジャマンが御者を務める馬車、そしてドゥーオ商会の馬車、最後に傭兵団「彷徨い人の泊まり木」の馬車となった。
「なぜ、久斗様とジェシカがまた馬なのです? 休ませるためにも馬車で良いではありませんか」
その決定にエレインが異議を申し立てるが、ターシャは全く取り合わなかった。そのため、エレインは久斗自身に泣き付いたのであるが、久斗の対応も変わることはなかった。
「別に僕もジェシカ姉さんもそれほど疲れていませんし大丈夫ですよ」
「でも、久斗様に万が一のことがあったら」
「あはは、エレインさんは心配性ですね。大丈夫ですよ、ね」
久斗はエレインを軽く抱きしめて頬に口付けをする。その時の久斗は顔を真っ赤にしていたが、エレインは夢見心地でふらふらと持ち場へと戻るのであった。
「あの可愛かった久斗もいつのまにか女たらしか……」
「……ジェシカ姉さんもきつい事言うよね。あれが一番楽だからやっただけですよ」
「それが女たらしだと言ってるのよ」
からからと笑うジェシカに、久斗は不貞腐れて頬を膨らますのであった。そんなやり取りの後、久斗はジェシカと共に馬上の人となり、すぐにジャマン達の馬車へと近付いた。
「……ということですが、大丈夫ですか?」
「分かった。とにかく俺たちが出来ることは少ない。今はあんた達の指示に従うさ。先導頼んだぞ」
久斗が自分達の意向を伝えると、ジャマンは異論を唱えることなく指示に従い粛々と御者を務めるのであった。
そして、一行はその後、盗賊や魔物に襲われる事もなく無事にリーダスの言っていた建物へとたどり着いた。既に太陽は天頂を通り過ぎていたが、まだ没するには早い時間であった。そのため、もう少し先に行くべきでは、との声も上がったが怪我人のことを考慮して、そこに泊まることとなった。
「ここが、リーダスさんの言っていた建物ですか?」
「はい、天然の洞窟を上手に手直ししたそうで、中は意外と快適なのですよ」
それは山の麓にある切り立った崖にぽつんと口を開いていた。見た目からは旅人達が使うとは思えない天然の洞窟のようにしか見えず、久斗は三年前にこの世界へと飛ばされる切っ掛けとなった洞窟のことをつい思い出してしまっていた。
「久斗君、大丈夫? 顔真っ青だよ」
「本当ですわ。ささ、すぐに中でお休みください」
ターシャが指摘し、エレインが引っ張るが久斗はその場から動くことはなかった。
「久斗様?」
手を引っ張っていたエレインは不思議に思い、首を傾げる。しかし、久斗は顔を俯けるだけで何も答えなかった。そこにジャマンの声が掛かる。
「取りこんでいるところ悪いが、とりあえず仲間を中に運びたい。何人か手を貸してくれないか?」
「あ、じゃあ俺いきますよ」
「俺も行く。コニーもこいよ」
「なんであたしが……。まぁ仕方ないか」
ウォカがすぐに手を挙げてジャマン近寄り、次いでルーアも手を挙げる。その際に誘われたコニーも久斗をちらりと見やると渋々といった顔でジャマンに近付いていった。人数は足りると判断したジャマンはターシャに礼を述べる。
「すまんな。団員を借りていく」
「こき使ってやってください」
ターシャがにこやかな顔で言うとウォカ達から、ひでぇ、横暴だ、と声が上がる。それに苦笑しながらジャマンはウォカ達を連れて馬車へと入っていった。そして、まず怪我をしていた男たちが出てきて、次に彼らの荷物を持ったジャマンやウォカ達が出てきた。ジャマン達が護衛していた商人――ザラックも馬車に置いておけない貴重品を手に外で出てきた。
「じゃあ、すまないが先に入って休ませてもらう。何かあったらいつでも言ってくれ」
「ターシャさん俺たちは運び終わった後どうしたらいいですか?」
ジャマンがターシャに一声かけてから洞窟内に入っていくと、ジャマンの後ろにいたウォカが荷物を持ったまま今後の指示を確認する。ターシャは柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「あなた達ももう休んでおいていいわよ。部屋割りとかは何も決めてないからそれだけ先に割り振っておいて。リーダスさんもどうぞお休みください」
指示を出した後、手持無沙汰なリーダスにも声をかける。
「それではお言葉に甘えまして先に休ませてもらいますね。夕飯はどうしましょうか?」
洞窟に着いたのはまだ太陽も煌々と輝いている昼時であったが、リーダスは大所帯になったことを鑑みて先に確認できることをしておこうと思ったのであった。
「それは……こちらで準備させてもらいます。リーダスさんの物資で足の早い物がありましたら買い取って使わせてもらいます」
「そうですな……、野菜類は大丈夫ですが、肉の類は少し心配ですな」
「肉類ですか。干し肉にされてないのですか?」
ターシャが不思議そうに尋ねるとリーダスは苦笑してから答えた。
「なるべくそのままがいいと仰るお客さんもいますので、全部が全部干し肉には出来ませんよ。ですが、これで予定が一日ずれてしまいましたからね。向こうに着くまで持つとは限りませんので、折角ですから使ってください」
リーダスはそう言うと馬車の中から幾つかの羊肉や鶏肉を取り出すとターシャに渡した。ターシャはエレインに声をかけて勘定を頼んだ。
「こちらの勝手で申し訳ありません。エレイン財務担当、これをよろしく」
「はあ、全く勝手に決めないでくださいな。リーダスさん、私どももそれほど裕福というわけではありませんのでお手柔らかにお願いしますわ」
「ほっほっほ。私も商人のはしくれですが、今は持ちつ持たれつの関係ですからね。勉強させてもらいますとも」
エレインが相手を誘惑するように微笑むと、リーダスも負けじと好感のもてる笑顔を見せた。しかし、両者ともその目は相手の隙を窺うように鋭かった。
そんな二人のやり取りを尻目にジェシカは顔の青くなった久斗の介護をしていた。
「久斗、今日の所はどうするの? 皆は中で休むことになってるけど」
「いえ、僕は不寝番も兼ねて入口にいます。何かあったら呼んでもらえればいいと思います」
頑なに中に入ることを拒否する久斗にジェシカとアルムは顔を見合わせた。そこにターシャが思い当たることを口にする。
「もしかして、また異世界に飛ばされると思った?」
久斗の肩がピクッと震える。それを見逃さなかったターシャはどうするべきか思案する。
──今までも洞窟が関係する依頼を避けていたけど、ここまであからさまに嫌がるとは思わなかったわ。説得して中に入れても精神安定に悪いわよね。だったら本人のさせたいようにさせるべきかしら? 洞窟であるとはいえ、盗賊や魔物がいるのは確かだし見張りもいるもんね。……よし、決めた。
「じゃあ久斗君は入り口で盗賊達の警戒をお願いするわね。それと、後もう一人」
「はいはいはい。私が致しますわ」
ターシャが久斗の不寝番を認め後もう一人付けようとしたところで、交渉を一時中断したエレインが目を輝かしながら立候補する。その様子にターシャ、アルム、ジェシカは溜め息を吐き、久斗と交渉相手であったリーダスは苦笑いをしていた。
「エレイン、絶対久斗君にちょっかい掛けたら駄目よ。それが分かった時点で見張りは交代させるからね。久斗君にも確認するからね、いい?!」
強い口調でターシャが注意を促すと、エレインは頬を膨らましてプイと横を向いた。
「分かっていますわ。見張りなのですからターシャが考えているような事は致しませんわよ」
そう言いながらも、エレインは久斗に飛びつき、その頬に頬ずりをしていた。ターシャ達のこめかみに青筋が浮かぶ。
「そういう事をしているから注意してるんでしょうが! ねえジェシカ、今すぐ交代させたほうがいいかな?」
エレインに怒気を飛ばし、すぐに横にいたジェシカに提案する。エレインはそれを聞いてぱっと久斗から離れるが、ジェシカは楽しげに腕を組んで思案する。
「どうしようか。確かにこれだと見張りなんて出来ないもんね」
「い、今のは、その、あの」
良い言葉が思い浮かばずに慌てふためくエレインに助け船を出したのは当の久斗であった。
「別に僕は構いませんよ」
「久斗様……。やっぱり私の愛が届きましたのね」
エレインが感激のあまり飛びつこうとする。
「だって、声を上げれば中に届くと思いますし」
しかし、次の久斗の一言で飛びつこうとした姿勢のまま地面に倒れ伏した。そしてガバッと勢いよく起き上がると久斗に抗議した。
「久斗様まで私が見張りの邪魔をすると思っていますの?!」
「ううん。それは思ってないよ」
「でしたら、何故ですの」
エレインが物凄い形相で迫ると久斗は苦笑してエレインに近づき、耳元で囁いた。
「だって、ああ言わないとターシャさん達が納得しないじゃないですか」
その一言で、エレインはピタリと止まり、次いで出てくる笑いを堪えようと不自然な表情になっていた。それをターシャ達は怪訝な顔で見ていたが、久斗自身が許可したこともありこれ以上異論を唱えようとはしなかった。
「じゃあ、見張りは久斗君とエレインで。私達は中で彼らを見張っているわ」
「見張るのはどうかと思いますが。中のことはよろしくお願いします」
久斗が頼むと胸をドンと叩き、任せなさいと一言言ってから中へと入っていった。それに続くようにジェシカ、アルムも久斗へ一礼してから中へと入っていった。リーダスも貴重品だけを持って入っていくのであった。
「じゃあ、エレインさん。ここの警戒網を作りますので協力お願いしますね」
警戒網という言葉にエレインは不思議そうな顔を見せた。
「協力するのは構いませんが、一体何をなさいますの?」
「えっとですね。考えとしては魔法で結界を張ろうと思うんです」
エレインは久斗の考えを聞くと難しい顔になった。
「久斗様、それは確かに出来れば素晴らしいのですが、結界は並の魔法師では発動どころか構築すら出来ませんわ。それをするぐらいでしたら普通に警戒していたほうが遥かに効率が良いでしょう」
しかし、久斗はエレインのその説明を聞いても落胆することはなかった。逆に、エレインに自分の理論を一つ一つ説明していった。
「エレインさん、僕のやり方を聞いてからそれで判断して下さい。まずですね、入って来れないようにしちゃうとこの洞窟の利用者が困ると思いますので探知結界にするつもりです」
「探知結界、ですか? 確かその領域に入った時に結界の登録者に魔法での知らせが来るという物でしたわね。ですが、あれは複数属性が……あら」
エレインは自分で説明しているところではたと気付いた。それを理解した久斗はニコリと笑うと頷いた。
「そうです。僕なら複数属性が使えますから問題ないですよ。実は以前にこっそり使ってまして実証済みだったりします」
エレインはしかし、久斗を褒めたりはせず鋭い目つきで質問した。
「久斗様。それはもしやブルーノ到着前の夜のことですか?」
「ええ、そうですよ。もしかして実は知ってたんですか?」
久斗はエレインの様子に気付かず、肯定する。エレインは首を振り、知らなかったことを示すと低い声で呟いた。
「ということは、あの日ターシャに抱かれて眠っていたのはそれが理由という事ですわよね」
「え、ええ。ですので性能は保障しま」
す、と言い切る前にエレインがその豊満な胸に久斗を埋める。そして久斗を抱きしめたまま体を回転させた。
「素晴らしいお考えですわ。ぜひ、今日もそれをお使いになってくださいな。そうしましたら……うふふ」
不敵な笑みを浮かべるも、当の久斗はエレインの胸の中で息も絶え絶えの状態になっていた。そこに中で一通り指示を出し終えたターシャが様子を見に洞窟の外へと出てきた。そして二人の状態を目にすると、肩をいからせ大股で近寄り、そしてエレインに拳骨を落とした。その拳骨は非常に良い音を響かせるほどであった。
「いったー。一体何をしますの」
それでも久斗を抱きしめたまま放さずに振り返り怒鳴るエレインに、ターシャは背筋が凍るような声で答えた。
「仕事をほったらかしにして自分の欲求を満たそうとしている雌牛に躾をしただけよ」
びくっと震えるエレイン。ターシャが心の底から怒っていることが分かり、冷や汗をだらだらと流し出す。それでも大事な人を手放さないエレインにターシャは告げる。
「あなたが抱きしめている久斗君、なんだか痙攣しているわよ」
ターシャに指摘され、はっとなってエレインは久斗を放した。久斗は目を真っ白にして、うわ言のように意味のない言葉を呟いていた。
「ひ、久斗様~、しっかりしてください。まだ逝ってはだめですわ」
首ががくがく揺れるほどに久斗の体を揺するエレイン。揺すられている途中で気が付いた久斗はそのまま止める間もなく、がくがく揺らされてしまっていた。
「ちょ、え、エレ、イ、イン、さん。ま、まって」
しかし、それは慌てているエレインに聞こえることはなく、暫く揺すられ続けるのであった。
その後、落ち着いたエレインにターシャが再三注意を行い、久斗にも気を付けるように言う。エレインはしゅんとなり、久斗は無理じゃないかなと思いつつターシャに感謝の念を送った。
その後、久斗は空属性と地属性、さらには無属性を混ぜた、自分を起点として半径一キロメートルの探知結界を構築する。魔力にはエレインのものも使い登録者に指名する。それが終わった辺りで夕飯の時間となった。夕飯は手伝うと言って聞かなかったジャマンと担当であったウォカ、ルーアが作ったのであったが、特にジャマンが作った料理は絶品の味であり皆が舌鼓を打った。
「いや、これはうまい。素晴らしい腕前ですな」
「本当。これほど美味しいのが作れるなんて素敵よね。何処かの誰かさんと違って、ね」
「やい、コニー。そのどこかの誰かさんとは誰だよ」
「あれ? ウォカ。もしかして自分のことだと思った?」
そんな風に和気藹々とした雰囲気で食事は進んでいった。その後は明かり用の燃料がもったいないということで洞窟組はすぐに就寝し、久斗とエレインは洞窟の外に建てた天幕で待機するのであった。
「お頭、あいつら二人ほど残して全員あの洞窟に入りやしたぜ」
「おお、そうかそうか。その二人の様子はどうだ?」
「へい、それが近づいた途端に片方がきょろきょろとあたりを見渡していたので近くまで寄れませんで、詳しい事はさっぱりでさ」
「ふん、大方、何か動物とかがそいつらの近くで物音でも立てたんだろ。ようし、具合の良い事に月も隠れてきている。今のうちに準備を整えておけ」
「へい、わかりやした」
子分は、指示を聞くなり皆にそれを伝えるためにすっ飛んで行った。
「あいつらのせいで、俺らの兄貴が殺されたんだ。落とし前は必ずつけてやる。首を洗ってまってやがれ」
お頭と呼ばれた男はそう言うと、ぎらついた目で舌なめずりしていた。その様子はまさに飢えた狼そのものであった。
読んで下さりありがとうございます。




