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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
二章 諸国巡遊編
54/69

治療

「俺の名はジャマン=シェパードだ。噂に名高い『彷徨(さまよ)い人の泊まり木』に出会えて光栄に思うよ」


 司令塔の役割を担っていた男が頭を上げるとすぐに名乗った。それを受けて久斗も再度挨拶をする。


「えっと、『彷徨い人の泊まり木』代表のヒサト=アンドウです。よろしくお願いします」


 久斗は挨拶をすると手を差し出した。男――ジャマンは「代表」という文言に一瞬驚いた顔をするも、すぐに表情を緩めて差し出された手を握り、握手を交わす。


「こちらこそよろしく頼む」


 そのやり取りを見ていたターシャが、久斗と握手をすぐに終えさせるように話しかけた。


「そちらは何人生き残っているのですか?」


 ジャマンは握手を止めると沈痛な顔で答える。


「俺と依頼人を含めて四人。死んだのは五人だ」

「……そんなにですか? 言っては何ですが貴方の技量であればもう少し被害を防げたのではありませんか?」


 ターシャはジャマンの腕前をその佇まいからある程度予測した上でそう問いかける。それに対し、ジャマンは静かに首を振り、否定した。


「俺はそこまで有能じゃないよ。多分、依頼人の側にいなければ真っ先に死んでいただろうさ」


 ターシャはジャマンに否定されて首を傾げたが追求することはなかった。その代わりにこれからのことを確認する。


「……この後はどうするのですか?」

「依頼人に相談することにはなるが、俺としては行き先が同じなら同道したいところだな」

「僕たちとしては構いませんが、こちらもその辺りは依頼人に確認しませんと判断できません」


 ジャマンの言葉に久斗は申し訳なさげな顔を見せる。ターシャは久斗の軽い判断に頭を痛めながら一度お互いに戻ることを提案する。


「お互いに依頼人への確認があるようですし、一度自分の馬車に戻りませんか?」


 ジャマンはその提案に頷くと、最後に久斗とターシャに問いかけた。


「行き先が逆だと無駄足になる。お前さんらは何処に向かってるんだ?」


 それにすぐ久斗が答えようとしたところでターシャが止める。


「あたし達に聞く前に、自分達の目的地が何処かを言うべきだと思いますが?」


 久斗はターシャの物言いに少し焦り始めるが、ジャマンは嫌な顔をするどころかニヤッと口角を上げて謝罪した。


「そちらのお嬢さんの言う通りだな。すまない。俺達はサンツブルグに向かっている。同じ方向であることを祈るよ」


 そう言って手を上げると、久斗達の目的地を聞かずに馬車に戻っていった。


「え、あの。……聞かなくていいのかな」


 久斗が少し困った顔をして呟くと、それを聞いたターシャがぶっきらぼうに答えた。


「良いのよ。選択権があるのはこっちなんだから選択権があるのはこっちなんだから。そ、れ、よ、り」


 久斗を睨みつけて、その頬をつまみ上げる。


「勝手に依頼人の情報を漏らしたら駄目でしょう」

「そんふぁきょとひぃったっへ、ふぅこうほほほってたふだし(そんなこと言ったって、向こうは困ってたんだし)」

「だからって勝手に情報を漏らしたら危険なのよ。それに彼が追い払った盗賊の仲間なのかもしれないのよ」


 ターシャの指摘に久斗は目を見張る。自分が思っていた通り、久斗はそのことに思い至っていなかったことにため息を吐くと、厳しい口調で告げる。


「いい? もう王都から出発して三年が経つけど、未だにその辺りの甘い感覚が抜けてないのは危険なのよ。それが久斗君の良いところだというのは知ってるけど、こういった場面ではその甘さは捨てなさい」


 言い終えると、(つね)っていた手を放して頬をばちんと一叩きする。思いの外に良い音がしたことで、ターシャは慌てて久斗に謝ることとなった。


「いたた。ターシャさんの言うことは分かりますけど。会う人会う人を疑っていたらきりが無いですよ」

「誰も会う人全てを疑えなんて言ってないわよ。……とりあえず、戻りながら話すわ」


 そう言ってターシャは自分達の馬車に向かって歩き出す。それに久斗は慌ててターシャを追いかけ横に並ぶ。自分の隣に久斗が来たことを横目で確認したターシャはゆっくり歩きながら話しだした。


「まず、久斗君は気付いてなかったみたいだけど、あのジャマンという男は少し怪しいのよ」

「どうしてですか?」


 心から不思議そうに尋ねる久斗。久斗は彼自身が襲われていて、盗賊を何人も殺していたことから疑う必要がないと考えていた。しかし、ターシャは小さく首を振ると指を立てて講釈をたれる。


「まず、あの盗賊の数が問題なのよ。久斗君はあれを見てどう思った?」

「全滅しているか、若しくはそれに近い状況か。そうなってはいるなと思いました」


 実際そうでしたし、と疑わしい点はなかったと主張する久斗に、ターシャは自分の経験から導き出した考えを返す。


「それは正しいけれど、だからこそあの()()()()()が引っ掛かるのよ」

「どういうことです? 血まみれでしたよ」

「あたしが言いたいのは、彼に傷一つ無かったことよ。残りの二人はちらりと見えたけれど、二人とも腕や足など全身に切り傷が見受けられたわ。でも彼だけはその傷が全くなかったのよ」


 久斗はターシャの言われたことを思い出し、そして彼女が言わんとしていることを考えた。ターシャもそれに気付き、持論を述べるのを止めて久斗の答えを待った。そうして、数メートル歩いたところで久斗はよし、と頷き、ターシャのほうを振り向いた。


「ターシャさんはあのジャマンという人が盗賊の仲間で、襲撃前に護衛として雇われておいて土壇場で裏切る。そう言いたいのですか?」

「そうよ。だから凄腕だって鎌をかけたのよ」

「で、それを否定したから怪しいと?」

「そう、そうなのよ。やっと久斗君も分かってくれたのね」


 ターシャは自分の本意が伝わったことでにこやかに笑った。しかし、久斗はそんなターシャに自分の疑問をぶつけた。


「でも、それってターシャさんと同じで自分の情報を隠したってことにはなりませんか?」


 軽やかな足取りだったターシャが不自然に止まる。そして、久斗を涙目で睨んだ。


「何でそんなこと言うのよ。久斗君はあたしの言うことが信じられないっていうの!」

「ええ! なんでそうなるんですか。もう」


 久斗は困った顔でターシャに抱きついた。久斗の思いもよらない行動にターシャは動きを一切止めて、口をパクパクさせた。


「僕がターシャさんをどれほど信頼しているか分かってもらえませんか?」

「え、あ、うえ」

「こうやって隣にいてもらってるだけで僕は安心できるんです。ターシャさんの存在は本当に心強く思います」


 ターシャは顔を真っ赤にして久斗に抱きつかれた状態のまま身じろぎ一つ出来なくなっていた。そして、久斗はどれだけ自分が信頼しているかを訥々(とつとつ)と語りだしていった。ターシャはそれを聞きながら夢見心地になっていた。


――久斗君に抱きつかれてる。今までこうしたことは一切してこなかったのに。それってつまりあたしのことが……。嘘、そんなことがありえることは。でもでも、今だってこうしてあたしのことがどれほど大切か教えてくれてるし。ああ、もう駄目……。


 久斗の信頼の言葉にターシャはどんどんぼーっとしていき、何も考えられなくなっていった。そうしたターシャにとって幸せな時間は、しかしそれほど長く続くことはなかった。馬車の近くまできていたことから二人のしていることが馬車にいた人物に見咎められたのである。


「ちょっと! そこの二人。一体何をしていますの!」


 エレインは二人が抱き合っているように見えたため、急いで馬車から飛び出していた。続いて、リン、アルムも飛び出し、二人の元へと駆けよる。


「あ、エレインさん。馬車で待っててくれればよかったのに」


 久斗はエレイン達が近づいたことで自然にターシャから離れて笑顔で出迎えた。それにエレインはすっかり威勢を失くし久斗に抱きついていた。


「ああ、久斗様。そんな寂しい事を仰らないでくださいな。(わたくし)はいつでも久斗様のお傍にピキ」

「ピキ?」


 久斗はエレインが奇声を発したことで目線をエレインの後ろにやる。そこには手刀をエレインの頭に落としているアルムと、拳をエレインの背中にめり込ませているリンの姿があった。久斗はその二人から鬼気迫るものを感じ、冷や汗を流しながら確認の意味も込めて尋ねる。


「今のはお二人がしたことですか?」


 黙ったまま頷く二人。それと同時にエレインが崩れ落ちる。久斗が慌てて抱きとめるが、すぐにターシャが引き離した。久斗は自身を取り巻く人間関係に頭を悩ませたが、一つため息を吐くと何事もなかったかのように振る舞った。


「じゃあ、馬車に戻りましょうか」


 にこやかに促されたことで、不満たらたらではあったがリン、アルム共に久斗に従った。ターシャもエレインの肩を取って連れていくのであった。





「うーん、正直ターシャの言うことは疑りすぎではないかと思いますが」

「そうですよねぇ。実際に返り血を浴びてるのですから盗賊を殺してますし、対応に出てきたということはあちら側の指揮官みたいなものではないでしょうか?」


 馬車に戻った久斗達は依頼人であるリーダスを呼んで、向こうからの提案を検討していた。そこでまず久斗がターシャの推論を話し、それにエレイン、アルムが否定したのであった。


「でも、あえて言い方は悪いですが口減らしのために切り捨てたと考えることもできますよね」

「確かに、あの盗賊どもは数だけはいたよな」


 そこにキーラがターシャの援護に回り、それにウォカが賛同する。そうして意見は色々と出されていったが、結局どちらとも言えない状況になり一同は頭を悩ませた。


「実際にどうするかの最終的な判断は依頼人であるリーダスさんに決めてもらうことになりますが、どうしますか?」


 話を向けられたリーダスは慌てて首と手を振り答えた。


「そんなのはとても私どものほうでは決められませんよ。そういったことは商人の管轄外でございます。ですので私と致しましては団長である彼の決定に従うつもりです」


 リーダスがそう言うと視線が久斗に集まった。久斗は話し合いが始まった直後こそ参加していたが、途中から腕を組み目を瞑ってずっと考え込んでいた。そして、無言の時間が流れた後、久斗は全員の視線を感じながら答えを口にした。


「僕としては一緒に行くのは構わないと思います。僕が見てきた事と皆が言ってくれたことを加味した上での判断です」

「では、あちらと一緒に行くということですな。また詳しい事が決まりましたら教えてください」


 リーダスは久斗の決定を受け入れ連れて来ていた腹心を連れて自分達の馬車へと戻っていった。残った傭兵団の面々は久斗とターシャを見ていて中々動こうとはしなかった。そこに()()()であるターシャが手を打ち鳴らし指示を出す。


「ほらほら、ボーっとしている訳にもいかないわよ。まず見張り担当はすぐに戻る。もしかしたら盗賊が戻ってくるかもしれないし、それ以外の脅威もあるのだからよく確認しておいて。何かあったらすぐに連絡! エレイン、アルムは馬の世話などをして出発の準備をしておいて。向こうに伝えたらすぐに出るわよ」


 一瞬呆けた顔になった傭兵団の面々であったが、指示されたことをこなすために迅速に動き出した。内エレイン、アルムの二名は不満顔になっていたが、久斗に目をやるとため息を(こぼ)して作業に入っていった。そして、まだ座ったままの久斗は吃驚した顔でターシャを見つめていた。


「ん? どうしたの、久斗君。そんなお化けでも見たような顔をして」


 クスクス笑いながら問いかけるターシャにおずおずと答える。


「いえ、てっきり怒ったかなと思ったので」

「そんなことあるわけないでしょ。あたしの意見をきちんと汲んだ上での判断なんだから文句はないわよ。さ、あたし達もあちらさんに決定を伝えに行くわよ」


 そう言いながら差し出された手を取り、立ち上がる久斗はホッとした顔になっていた。それにまたクスクス笑いながらターシャは久斗の手を引っ張って相手側の馬車へと向かうのであった。







「こちらで話し合った結果、同道を許可します」


 ターシャがそう言うと、ジャマンは心から安堵してその手を掴んだ。


「ありがとう。こちらは残りは四人と言っても怪我人も含めてで、とてもサンツブルグまで行くことが出来なさそうだったんだ。本当に助かる」


 ジャマンは掴んだ手を大きく振って感謝の度合いを示した。それに少し困惑しながらも次の問題点を挙げる。


「で、では、隊列をどうしましょうか?」


 ジャマンは掴んでいた手を離して、考え込む。


「そうだな……、本当なら俺たちが前を歩いて恩に報いるべきなんだろうが、いかんせん人手が足りてない。怪我さえしていなければいけそうなんだが」


 悔しげに呟くと、久斗が手を挙げてある提案をする。


「その傷ですが、深いのですか?」

「それほど深くはないんだが、さすがに戦闘できるほどではない。特に利き手を怪我している者もいるのでな」


 久斗の問いかけにジャマンは素直に答えた。それ聞いた久斗は少し考えるそぶりを見せてからターシャに振り向いた。それにターシャは頷きを以って返した。


「では、僕達のほうで治せるだけ治しましょうか。そうすれば先頭を歩いてもらえますよね?」

「いや、しかしそれは……」


 ジャマンはその提案に恐縮して断ろうとしたが、ターシャがそれを遮った。


「あたし達としましてもそちらに前を行ってもらえたほうが言っては悪いですが安全ですので治療に見合うだけの価値はあります。それに高価な傷薬といった類ではなく、治癒魔法ですので元手も掛かりませんしね」

「治癒魔法だと! ふー……さすがは高名な傭兵団なことはあるな。そこまで言われたなら断ることも無粋だろう。よろしく頼む」


 ジャマンは治癒魔法の希少さを知っていたが故に驚いた顔を見せた。そして、すぐに冷静さを取り戻し申し出を受け入れるのであった。


「じゃあ、そちらの馬車に行きましょうか。案内をお願いしますね」


 しかし、その後に久斗が気軽に言った事は理解できなかった。目を点にして固まってしまった。


「た、団長自ら治療してくれるのか」

「ええ。僕が一番適任ですから」


 ようやっとのことで出た言葉に、久斗は屈託のない笑顔を見せるのであった。


「と、いうことで、こちらがお前達を治療しに来てくれた、かの高名な『彷徨さまよい人の泊まり木』団長のヒサト殿だ。失礼のないようにしろよ」


 久斗はジャマンの紹介に照れながら馬車内に乗り込んだ。そこには四肢欠損こそないが、身体中傷だらけの男達が横になっていた。一つ一つの傷はジャマンの言う通り深くはないが早く治療しなければ命に係わる状態であった。


「これはひどいですね。一気に治療すると代謝がすごいことになりますので二度に分けます。いいですよね?」


 怪我人達ではなくジャマンに問いかけると彼は異論はないと頷いた。


「構わんさ。動けるようになればあとは大丈夫さ」

「分かりました。ではいきますね」


 久斗は一人一人に掛ける時間が勿体ないと魔術による治療をに決めた。


「清浄なる流水よ、浄化の光明よ。今、我は願わん。、彼の者達に癒しの救いを与えたまえ、ハイヒーリング」


 直後、青色に染まっていながら白く感じられる光が眩いほどに馬車内を満たした。その眩さにジャマンは思わず目を閉じる。その光は約一分ほど続き、そして、徐々に掻き消えていった。

 光が収まり、目も馬車の暗さにようやく慣れた時、ジャマンは絶句していた。そこには殆ど健常な状態と変わりのない男達の姿があった。男達も自分達の状態に驚いていた。


「な、治ってる、治ってるぞ!」

「やった。助かったんだ。団長さんありがとう、本当にありがとう」


 男達が生き残れるということから泣いて喜ぶ横でジャマンはポツリと呟いた。


「これはすごいな。治癒魔術なんて初めて見たぞ」


 久斗は誇らしげに鼻を擦るのであった。

読んで下さりありがとうございます。

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