援護
太陽が地平の果てに顔を出した頃、久斗達を乗せた馬車は依頼人との待ち合わせ場所に既に待機していた。しかし、その馬車の中ではウォカやルーア、それにコニーやリン、キーラといった面々はまだ夢路を旅していた。
「あまり良い天気とは言えないですね」
唯一青少年組で起きていた久斗は馬車にもたれ掛かりながら、同じく馬車にもたれているジェシカに話し掛けた。
「一概にそうとは言えないわよ」
話しかけられたジェシカは自分の言葉に首をかしげる久斗に微笑み、理由を説明した。
「この時期日中はそれなりに暑くなるのよ。だから少しお日様が隠れるくらいが丁度良いの。分かった?」
ジェシカの説明になるほど、と頷いた久斗は自分達に向かって近付いて来ている馬車の音に気付いた。そして、馬車にもたれるのを止め出迎えの姿勢をとった。ジェシカも気付いたため、久斗同様にもたれるのを止めて久斗の背後に控えた。
「来たわね。指定時間通りなのは商人としてさすが、ね」
荷物の点検をしていたターシャがジェシカの隣に控えて、そう呟いた。
「仕入れは無事終わったんですね」
「そうね」
そんな他愛ないことを話していると馬車が二台、久斗達の前に止まる。すぐに前の一台からターシャと交渉していた男性が降りてきた。そして、久斗達を見るやいなや顔を輝かせて挨拶してきた。
「おお、おはようございます。お早いですな、まさか私共より先にいらっしゃっているとは思いませんでした」
そこまで挨拶したところで商人はある疑問を抱き、眉を潜める。それに反応したターシャがにこやかな顔で説明した。
「こちらが当傭兵団『彷徨い人の泊まり木』の首領ヒサト=アンドウになります」
商人はその説明にぎょっと目を剥き、次いで慌てて頭を下げた。
「これは知らぬこととはいえ、申し訳ありません。私はドゥーオ商会代表リーダス=ドゥーオと申します。今回は護衛の依頼を受けて頂き誠にありがとうございます」
久斗はその挨拶にリーダスと同じく慌てて挨拶を交わした。
「あ、えっと。傭兵団『彷徨い人の泊まり木』代表のヒサト=アンドウです。サンツブルグまでよろしくお願いします」
その腰の低い挨拶の仕方にターシャはあちゃーと言いたげに額に手を当て空を仰ぎ、ジェシカは大きな溜め息を漏らした。
背後の二人の反応に久斗は全く気付かなかったが、商人は二人の行動に微苦笑を浮かべた。
「挨拶も済みましたことですし、出発なさいますか?」
気持ちを切り替えたターシャがそう提案すると商人は、よろしくお願いしますと頭を下げた。
その後、すぐに各自の馬車に乗り込み、忙しなく出発した。
まず久斗達の馬車が先頭を進み、その後ろをドゥーオ商会の馬車が進み、殿は馬に乗った団員が担当する形となっていた。昼まで馬に乗るのは久斗とジェシカという段取りになっていたため、ドゥーオ商会から借りた馬に二人はさっさと騎乗した。
「では、出発します」
ターシャが全体に聞こえるよう声を張り上げ、馬に鞭打った。ゆっくりと進みはじめた馬車の列はブルーノの街を後にした。
「しかし、久斗も大分乗馬の腕前は上がったわね」
危なげなく進む様子にジェシカは褒めるように呟いた。
「それは、あの山賊の討伐の時に乗馬の必要性をしみじみと感じましたからね」
「山賊というと……二年前だっけ?」
ジェシカは思い出そうと首を捻りようやっと思い出していた。久斗はそのジェシカの確認に頷きを返した。
「そうですよ。まだゲイルフォルク内で捜していたときです」
「あー……。依頼で山賊を討伐しに行った時だね」
ジェシカはそう言いながら当時のことを思い返した。
二年前、とある山村に立ち寄ったときに山賊の被害に遭っているから何とかならないかと相談を受けたのであった。その村は山賊に若い女性を拐われ、作物も武力を背景に根こそぎ取られているとのことであった。
そうした現状に久斗以上にターシャ達女性陣が憤慨し、速やかに討伐の計画が練られた。
その計画で何の問題もなく壊滅させられる筈であったが、最後の最後で山賊に逃げられてしまったのである。逃げたのは三人。全員馬に乗って逃げていたが、そのうち二人はターシャとウォカの活躍で取り押さえられた。しかし、残りの一人は馬に乗ってさらに空属性で速度を上げていたために逃げ切られてしまう。結局アルムを通して傭兵ギルドに要請し、その山賊は問題を起こす前に引っ捕らえられ処刑された。
最後の山賊を追いかけていたのは久斗であり、本人にとっては忘れ難い過失となっていた。
「でも、馬で逃げるとは思わなかったしね。仕方ないと言えば仕方ないことよ」
しかし、久斗はゆっくりと首を振った。
「いえ、馬を使っているという情報はありましたから想像できました。だから」
「そういう真面目なところは久斗の良いところではあるけれど、少しは肩の力を抜きなさい」
後悔から険しい顔になっていた久斗を、ジェシカは呆れ顔で諭す。久斗は表情を緩め、肩を竦める。
「性分ですから。でも、ジェシカ姉さんの心遣いはありがたく貰っておきますね」
「また、そう言って誤魔化す。本当にいつか命取りになるわよ」
心配からつい怒った表情を見せるジェシカに、久斗はたじたじになるのであった。
久斗とジェシカが殿を務めている時、先頭を進む馬車内では数人がそわそわとして全く落ち着きのない態度を見せていた。
「ああ、久斗様がジェシカの毒牙に掛かっていないか心配ですわ」
「さっきから五月蝿いわよ。少しは落ち着きなさい」
「そういうターシャこそ、先程から尻尾が忙しなく動いていますよ」
「それを言いますならアルムもですわ。何度も後ろを覗き見しても久斗は様は見えませんわよ」
三人はお互いに顔を見合わせ盛大な溜め息を吐いた。その横で平均的な狐の大きさより大分大きくなったフォクシにもたれていたリンが小さく嘲笑した。
「三年も一緒にいるくせに、久斗お兄ちゃんが信じられないんだ。お兄ちゃん可哀想」
その言葉に三人はぎこちなく振り返る。そして、代表としてターシャが聞く。
「リンちゃん、どういう意味かな?」
顔は普段通りだったが、目からは不愉快さがありありと見てとれた。しかし、リンは一度鼻で笑い馬鹿にするような声で答えた。
「そんなことも分からないんだ。私は単に久斗お兄ちゃんは私達の気持ちを裏切る人じゃないのは知ってるでしょ、と言ってるだけだよ」
「あらあら、それはご親切にどうも」
リンの言葉ににっこりと笑みを浮かべ、礼を述べるターシャであったが、次の瞬間に雰囲気が一変する。
「でもね、小さな親切、大きなお世話とも言うわよね。リンちゃんは最近久斗君に優しくされて増長してないかしら?」
ターシャに皮肉を返されたリンもムッとした表情になり、ターシャを黙ったまま睨み付ける。
そんな息も詰まる雰囲気の中、ウォカとコニーは怯えきって端の方で肩を寄せあって震えてい。
「リンちゃんも挑発しないでほしいな。というか、さっさと御者や見張りに逃げた二人が心底恨めしい」
「ほんと、ほんと。でもさ、ウォカ」
「なんだよ」
「ここで、上手く仲裁したら女性陣から感謝されて株が上がるわよ」
コニーの提案にウォカは勢いよく首を振った。
「無理無理。絶対無理だから。あの間に割って入れるのはヒサトだけだよ」
コニーはウォカのことを情けないと、声を上げて嘆いた。それでもウォカは頑なに動こうとはしなかった。
「なんとでも言え。とにかく、俺は仲裁なんか死んでも嫌だからな。馬に蹴られて死にたくないんだよ」
ウォカはコニーからもそっぽを向くと、そのまま見張り台のほうへと歩き出した。コニーはウォカの後ろ姿とリン達の様子を交互に見て、結局ウォカの後に付いていくことを選んだ。そうした二人の行動は、しかしリン、ターシャ達に気付かれることはなかった。
「おいおい、交代の時間までまだあるぞ」
見張り台でのんびりしていたルーアが登ってきたウォカとコニーを見て、呆れるように声をかけた。
「いや、それがさ」
「リンちゃんがターシャさん達に喧嘩売っちゃってもう居心地の悪い事悪い事。あれならまだこっちで見張っているほうがいいわよ」
「そ、そうか」
ウォカが説明しようとすると、その隣にいたコニーが吐き捨てるように端的に答えた。その剣幕に恐れを抱いたルーアは特に何か言うことなくコニー達を受け入れた。
辺りは平原が広がっていて左手には川が流れていた。しかし、前方の右手側には森が少しずつ見え始めていた。遠くには山影も見えていて、三人は魔物や賊の警戒に努めた。
「大体、なんであんな子供がいいのかしら。ターシャさん達は尊敬できるけれど、あれだけは見習えないわ」
しかし、警戒の中でもコニーは憤懣やる方ないのか、未だに悪態を吐き続けていた。そこにルーアが茶々を入れる。
「そんなこと言ってよ。コニーだって久斗のことが気になってるんじゃないのか?」
「はぁ? あんたの目は節穴なの? そんなことばっかり言ってるからもてないんだってどうして分からないの? この際はっきり言っておくけど、久斗君に気がないからってあんた達に気があると思わないでよ」
しかし、茶々を入れた瞬間にコニーから白い目で見られ、更に罵声を浴びせかけられた。ルーアはしょぼんと肩を落とし、とばっちりを喰らったウォカは苦笑するほかなかった。
と、その時、ウォカが前方で光るものを見つけた。
「おい、ルーア、コニー。冗談の言い合いはお仕舞いの時間ぽいぞ」
ウォカが真剣な声で言うと、ルーア、コニー共に先程までのやり取りが嘘であるかのようにキリッとした顔で前方を見つめた。
「ウォカ、俺には何も見えないがどうしたんだ?」
「ううん、ルーア。あたしには見えたわ。ずっと前のほうで光るものがある。確かにあれの正体が何であれ、警戒するに越したことはないわね」
「だろ? ということで、だ。ルーア、下にいるターシャさん達にも伝えてきてくれるか? 骨折り損でもくたびれ儲けにはならないはずだ。俺たちは前方を警戒しておくから頼んだぞ」
ルーアはその指示を疑問に思うことなく、見張り台から馬車の中へと降りていった。そして、数瞬後、彼の絶叫が響き渡った。
「ウォカ、あなたも大概ひどいわよね。親友じゃないの?」
「親友だからこそ頼めることもあるもんだよ」
二人は前方を警戒しながらも、そう暗い感情を湛えた顔で言い合うのであった。
「くそ、ここにきて山賊に襲われるなんてついてない」
「愚痴ってないでさっさと応戦しろ」
男が剣を手にぼやいていると、その横で弓に矢を番えていた男が怒鳴る。すでに馬車の周りでは山賊とそれに応戦する冒険者たちが戦っていた。足元には数人の遺体も転がっている。
「おらおら、野郎ども、ここが踏ん張りどころだぞ。敵は強くもないし、数も少ない。後少しだ。さっさと潰しちまえ」
山賊の中でも一際体格の大きな男が片刃の曲剣を掲げて手下たちを鼓舞する。自分達の大将の言うことに従っていて今までおいしい思いをしていた子分達は、皆死ぬことなど何も考えずに突撃して行っていた。
「くそ、しつこいな。最初に魔法師がやられたのが痛い」
「あわわわ。は、早くおっぱらってくれ。高い金を出したんだぞ、いつまでかかってるんだ!」
冒険者の中での司令塔役を務める男が泣き言を漏らす横で、馬車の持ち主である商人はその太った体を震わして司令塔の男に高圧的に命令する。しかし、男はその命令を聞き流し、冷静に戦局を見極めることに集中した。
――こちらの人数は……五人、俺を含めても六人か。それに対して相手方は……最低でも十人以上いるな。こちら側が熟練の戦士でなければもう終わっている状態だな。くそ、どうにか逆転の一手がないものか。
心の中で既に趨勢を見きってしまった男は自分に斬りかかってきた相手を逆に斬り飛ばす。首を一閃したが故に、血が大きく吹きあげる。男はその山賊の血を浴びながら、これで怯えてくれることを願った。しかし、既に血に酔っている山賊達を止められるものではなく、逆にその味方だった男の体を盾にして近づいて来ていた。
「くそ、本当に山賊かこいつら。狂信者じゃないのか」
悲鳴があまり聞こえなくなったことで男は素早く首を巡らして、味方の数を確認する。味方は五人から二人へと減っていた。その事に舌打ちしつつ、残った味方に指示を出す。
「下がれ、依頼人だけでも死守するぞ」
その指示を聞いた味方は手にしていた剣や槍を振りまわして相手を牽制しながら後退してきた。それを見た商人が怒声を放った。
「おい、こら。積み荷を守れ! 積み荷が守れなかったらお終いじゃないか」
しかし、司令塔の男は鬼気迫る表情で承認を見つめ静かに言い放った。
「積み荷を守ろうとした場合、貴方を守ることができませんが、それでよろしいですか?」
「だから両方守れと言っておるんだ。早く行け!」
二人のやり取りを応戦しながらも聞いていた残りの二人が舌打ちする。
「だったら自分でいけばいいじゃないか。明らかに俺たちだって死ぬかもしれないってのによ」
「そうぼやくな。金払いの良い依頼ってのは大概こうなるんだよ」
そうして、山賊が三人(と商人)を追い詰め、後少しで全滅させられるといったところで、横合いから炎の矢が飛んできた。
「ぎゃあああああああ」
「炎の矢だと! まさか、魔法師を隠していたというのか!」
山賊達は混乱に陥り、各々が自分の推測を口にする。その時、山賊の頭が一喝した。
「静まれええええい。高が一発の魔法の矢なんぞ恐れるに足らん。一気に仕留」
しかし、その鼓舞の途中で自分達の頭の声が途絶えた。それを不思議に思い数人の山賊が振り返ると、そこには頭に矢を三本生やした頭の姿があった。
「う、うわああああああ。頭がやられてる!」
「に、逃げろ! やられる前に逃げろおおおお」
山賊達の混乱はさらにひどくなり、馬車を置いて蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げていった。その内の数人には魔法や矢が降り注ぎ、逃げることが叶うことはなかった。
その光景を呆然と見ていた司令塔の男は魔法や矢が飛んできた方角にゆっくりと振り向いた。そこには三台の馬車の姿があった。商人もそれが見えたために、緊張の糸が切れて崩れ落ちた。
「た、助かったのか」
「まだ、分かりませんよ。ただ山賊を追い払っただけなのですから」
司令塔の男が緊張感を維持したまま厳しい目を向けていると、近づいてきた馬車の横に並走していた馬から降りた少年と馬車から下りた女性が歩いて寄ってきた。
「大丈夫ですか? 一応敵は追い払ったつもりですが」
小首を傾げて聞いてくる少年に男は頷いた。
「ああ、助かった。それは感謝しよう。だが君達は何者なのだい? まさか、新手の盗賊とかじゃないよな?」
「なんですって! 助けてもらっておいてその言い方はないでしょ!」
少年の横にいた女性が激しく憤るが、すぐに横にいた少年に宥められていた。
「ええっと、ターシャさん落ち着いてください。僕たちは傭兵団『彷徨い人の泊まり木』です。護衛の依頼でここを通りかかったのですが、襲われているのが見えたので援護に来ました」
少年――久斗がそう言うと、司令塔の男は息を大きく吐いて、緊張の糸を解いた。
「そうか、前言は詫びよう。すまなかった。それと助けてくれて本当に感謝する。ありがとう」
そう言って頭を下げたのであった。
読んで下さりありがとうございます。




