護衛
「では、ここブルーノからサンツブルグ迄の七日間で構いませんか?」
猫耳の女性が尋ねると相対していた男性はにこやかな顔で頷いた。
「ええ、勿論でございます。今回の目的地はサンツブルグですので最後まで護衛をして頂けるのはこちらとしてもありがたいことです」
そこまで話すと、男性は申し訳なさそうな顔で猫耳の女性に確認を取った。
「それで、依頼料なのですが本当にあれで宜しいのでしょうか?」
「はい。その代わりに道中はそちらからも支援していただきますし、何より私どもはまだまだ若手ですので」
猫耳の女性が歯に衣着せぬ言い方で答えると、男性は苦笑を浮かべる。
「若手ばかりと仰いましたが、聞いておりますよ。最近安心して任せられる少人数の傭兵団のことを。噂では若手ばかりとのことですし、報酬も格安で引き受けてくれるとも聞きます。明らかに貴女方のことですな」
男性が探るように情報をぶつけるも、女性は笑みをたたえるだけであった。しかし、逆にその笑みが真実を雄弁に語っていると男性は判断した。
「こちらとしては何一つ不満はありません。どうかよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。女性もかるく頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いしますね。ところで、いつ頃出発なさいますか?」
男性は下げていた頭を上げると少し悩む素振りを見せ、その後すぐに答えた。
「そうですね。仕入れが少し残っておりますので、……二日後になります」
「分かりました。こちらもそれまでに準備を終わらせておきます。では、早速ですが仲間の方に伝えてきますので、失礼します」
そう言うと女性は席を立ち、挨拶もそこそこに建物の外へと出ていった。残される形になった男性もゆっくりと席を立ち、横に控えていた奴隷と共に建物から立ち去った。
「今回は当たりかな。多分道中はそこそこ差し入れが来そうだし」
建物の外に出た女性はそう一人ごちると、背伸びして建物に掲げられている旗を仰ぎ見た。その旗には傭兵を示す模様――中心に金貨を置きそれの上を斜めに横切る剣――が刺繍されていた。女性はそのまま周りを警戒することなく、自分たちが逗留している宿屋へと足を向けるのであった。
「ただいま」
「あら、お早いお帰りですわね。これは空振りだったのかしら」
猫耳の女性がした誰に向けてのものでもない挨拶に妖艶な女性が挨拶を返していた。猫耳の女性は声のした方に得意気な顔を向ける。
「そんなことないわよ。きちんとあの護衛の依頼を取ってきたわよ」
それを聞いた妖艶な女性は意外そうであり残念そうな顔を見せる。
「あら、もう終わりましたの? もっと時間をかけてきて構いませんのに」
「エレイン、その間に久斗君にちょっかい出すつもりだったんでしょ」
「それは……」
ぐっと詰まり目を逸らした妖艶な女性──エレインに猫耳の女性はそれ見たことかとばかりに鼻を鳴らした。その仕草にエレインは開きなおる。
「ええ、ターシャの仰るとおりですわ。ですが逆にお聞きしますが、それの何が悪いのですか?」
エレインの開き直りに猫耳の女性――ターシャはため息を吐く。しかし、次の瞬間には目を尖らせてエレインに食って掛かった。
「何が悪いですって? 全てよ、全て! あなたの接し方はいかがわし過ぎて情操教育に悪いんだから。それに久斗君だって準備があるでしょ」
「そんなことを考えるターシャのほうこそいかがしいのではなくて! 私は別にそんなことをするつもりは全くありませんでしたわ」
「嘘言いなさい! それにあたしはいかがわしくないわよ」
「それこそ嘘おっしゃい! 私の目は誤魔化されませんわよ」
二人は他人から見れば逆に仲が良いなと思えるほどに息の合った言い争いを始める。そこに話の中心であった久斗が顔をのぞかせた。
「あれ? ターシャさん。戻ってたんですか?」
久斗が呼びかけたことでターシャ、エレイン共に言い争いをピタリと止める。今までの剣幕はなりをひそめて顔にはにっこりとした笑みが張り付いていた。そして、二人揃って入り口に立っている久斗の方を向く。
「ただいま、久斗君。君が選んだあの依頼、契約してきたよ」
「ほんとですか! 期限がぎりぎりだったから無理かもと思ってたんですけど」
久斗は顔をほころばせながらターシャ達に近付く。すると、すぐにエレインが久斗に抱きついた。そして、それをすかさずターシャが引き離す。
「えーっと。エレインさん、ちょっと今は鍛錬後で汗臭いので抱きつかないほうが良いですよ。それでターシャさん。どうして依頼を受けることができたんですか?」
エレインが久斗に窘められてがっくりしているのを横目で見ていたターシャであったが、久斗から問いかけられたことで目線を久斗に戻した。
「それがね、あの報酬だと冒険者や傭兵は受けてくれなかったそうよ」
「そんなに低いとは思えないんですけどね」
久斗が苦笑して自分の感想を述べると、ターシャも同意とばかりに頷いた。その横ではエレインも同様の顔で頷いていた。
「実際の報酬額は確かに低いですが、道中の補助が入りますから、結果的には安いどころかおいしい依頼でしたのにね。この街にいる冒険者や傭兵はお馬鹿ばっかりですわ」
エレインの辛辣な意見に苦笑を浮かべる二人。
「まあそれで僕達が助かっているんですからあまり悪く言わないでおきましょうよ。それで出発は何時頃になりそうなのですか?」
「ん、向こうはまだ仕入れがあるとのことで二日後だってさ。集合場所や期日は依頼書に書いてある通りだって」
ターシャは依頼を受諾する時に確認したことを述べていく。それを久斗は真面目な顔で聞いていたが、横にいたエレインはつまらなさそうにしていた。そして、突然悪戯を思いついた顔で久斗の後ろに回る。
「分かりました。じゃあそれに向けてのじゅ、うひゃ」
「うひゃ?」
ターシャは久斗が奇声を上げたことで久斗の背後にエレインがいることにようやっと気付いた。
「ちょっと、エレインあなた何してるのよ。今は大事な話をしているのよ」
久斗の耳を舐めていたエレインはターシャの言葉を無視する。そしてそのまま耳をねっとりと舐めまわした。
「あ、ひう、え、エレイ、さん。やめ、ひゃあ」
久斗が変な声を上げると、エレインはうっとりとした表情でより丹念に舐めまわす。しかし、その頭にターシャの拳骨が落とされ、ゴチンと鈍い音が宿屋の入り口に響いた。
「ったいですわね。何をしますの」
エレインが久斗の耳から口を放し涙目でターシャを睨むが、般若の形相になっているターシャを見て少しずつ後ずさりしていく。
「ま、まあ。今回は私が悪かったですわ。ひ、久斗様。また後で」
「逃がすと思わないことね」
エレインがさっと宿屋を出ていき、それを追いかけてターシャがエレイン以上の速さで宿屋の外へと駆けていった。久斗は顔を真っ赤にして舐られた耳を両手で抑えながらそれを見送っていた。暫くそのままの姿勢で立っていると、宿屋に戻ってきたリンが怪訝な顔を見せた。
「お兄ちゃん、何をしてるの?」
足元にいるフォクシもリン同様に訝しむように鼻をひくひくさせていた。久斗はその声でようやく頭が回転しだしてリンの質問に答えた。
「いや、エレインさんにちょっと、ね」
「またぁ? 嫌なら嫌ってちゃんと言わないとあの人いつまでもちょっかい掛けてくるよ。……全くお兄ちゃんは私のなのに」
「そうなんだけどね。ところでリンちゃん最後何言ったの?」
エレインに抱き付かれたりするのが気持ち良いとは口が裂けても言えない久斗は誤魔化すように聞く。リンの最後の言葉は小さく呟かれたためにフォクシしか聞いている者がいなかった。
「な、なんでもないの!」
リンが声を荒げて首をふった時、フォクシがリンを敵視するように小さく唸り声を上げる。
「こら、フォクシ。リンちゃんに唸ったらだめだよ。というか、最近仲が良いのに、なんでいきなり喧嘩腰になるかな」
フォクシの喉を撫でて宥める久斗は理解できないとばかりに首を捻った。しかし、リンはフォクシが唸る理由を既に察していたため、逆にそういった言動を止めることはなかった。
「お、久斗。なんだ? またリンとフォクシが喧嘩しているのか?」
「いつも仲が良いのにお前さんが関係するとすぐそうなるよな。なんでだろ」
鍛錬を終えて宿屋に戻ってきたウォカやルーアは目の前に広がる光景にそう言った。それに対し、同じく鍛錬を終えて戻って来ていたコニーやキーラが二人を白い目で見る。
「これだから男子は……。二人とも久斗君が大好きなだけよね」
「そうそう、傍から見てればすぐにわかりそうなのにね。だからあの二人もてないのよ」
女性二人の言葉に項垂れるウォカとルーア。
「あの、お二人ともかっこいいですし、すぐに良い人が見つかると」
「うおお、お前がいうなああああああ」
「くそー、勝ち組なんか死んでまえええええ」
久斗が慌てて二人を慰めるも、久斗の立場からは逆効果にしかならず二人は泣きながら部屋へと走っていくのであった。
久斗達がバスカーら「風の旅団」の団員に見送られ、詩音を捜すたびに出て既に三年が経過していた。久斗の身長も一六七センチと大きく伸び、体格も立派になって来ていた。顔つきも少し大人びてきており、ターシャやエレイン、アルムの視線が最近怪しくなってきていた。
またリンも身長は一四九センチと伸びていて、槍の腕前もメキメキとあげていた。他にも三年前には子供であったウォカ、ルーア、コニー、キーラもそれぞれ一回り大きく成長し旅の仲間として欠かすことのできない存在となっていた。
久斗達は王都を出てからゲイルフォルク内を二年かけて回り、国中をくまなく捜索したが詩音に関する手掛かりは何一つ得られなかった。そこで一度王都へ戻りバスカー、エストに相談し、その結果ゲイルフォルク王国を出て、他国で捜索することとなったのであった。
現在はゲイルフォルク王国から北に位置するグロウドルン王国を巡っている最中である。そして、既にグロウドルン内を一年かけて半分巡ったが、それでも詩音に関する情報は得られていなかった。
一時は旅の仲間であるウォカやルーアから年月がたち過ぎていて諦めたほうが良いのでは、という意見も出ていたが久斗は頑なに詩音を探す旅を続けた。
――しーちゃんは生きている。僕を待っているんだ。必ず見つける、必ず……。
その想いを胸に久斗は次なる目的地、サンツブルグを目指すのであった。
読んで下さりありがとうございます。
二章は作中にも書きましたが一章から三年後のお話です。
プロローグ的な話で短めですが、次回からはいつも通りの量でお届けしたいと思っています。




