散策
「さて、お前さんに伝えることはもうないが、聞きたいことがある」
バスカーの言葉に久斗は思わずターシャ達と顔を見合わせた。
「いやなに、さっきの話とは関係のないことなんだかな。久斗、お前さんなぜ逃げなかった?」
端的な問いかけであったが、久斗は何を聞かれているのかをすぐに悟る。そして、束の間自分の言葉を纏めるために考える仕草を見せた。バスカーはなにも言うことなく、久斗の回答を待った。その横ではターシャ達がハラハラした表情で二人、主に久斗を見ていた。
「えっと、逃げなかった理由なんですけど」
久斗が話し出したことでバスカーは全てを見通すかのようにじっと見つめる。
「僕はしーちゃんを助けるためにここに来ました。でも、だからと言って他の困っている人を助けないのは間違っています。だから逃げませんでした。いけなかったですか?」
久斗が自分なりの言葉できちんと理由を話したことに、バスカーは満足していた。そして、最後の問いかけににやっとしながら答える。
「いやいや。いけないことはないさ。団員が旅団に害のある行為をするのとは違うのだしな。俺は単にお前さんの望みを叶えさせてやるために逃げろと言っただけだしよ。お前さん自身がきちんと考えてやったのなら別に構まん」
そのバスカーの答えにホット胸を撫で下ろしたのは久斗ではなく、ターシャ達であった。そんなターシャ達の様子を半目で見ていたエストだったが、久斗に視線を戻すと笑顔になって追加で言葉をかけた。
「実は式典の前に、少年に守ってもらったからお礼をしたい、との問い合わせがありまして。出発する前にぜひ面会してあげてください」
エストの言葉に久斗は顔を綻ばせて、はい、と嬉しそうに答えるのであった。
「確認したかったことはもうないんだかな。久斗、恩賞はどう使うつもりなんだ?」
そのバスカーの一言により、一瞬で部屋が沈黙に包まれる。バスカーはその急激な変化に戸惑いの様子を見せた。そのバスカーをエストはなぜ聞いたと言わんばかりの形相で睨み付ける。
「そういえば、まだ決まりきった訳じゃなかったわね」
ボソリとターシャが呟くと、エレインやアルムの雰囲気が一変する。エストはその緊迫していく状況に諦めの表情を浮かべ、当の久斗はおろおろと全員の顔を見回していた。一人リンだけがどうでも良いとフォクシと戯れていた。
「恩賞が結構な額でしたのは覚えていますが、ここにいる全員分となると些か心許ない額ですわ」
「ということはつまり、彼の寵愛を賜るのは限られる、と言いたいのですね」
「だからと言って指をくわえて待っていたら埒が明かない」
エレインが小声で、しかし全員に聞こえるようはっきりと言ったのを皮切りに、アルム、ターシャと続く。既に三人の目は獲物を狩り取る猟師のそれと化していて、久斗はぞくりと背に走る悪寒に体を震わせる。
「あー、なんだ。あまり久斗を……」
あまりに可哀想と助け船を出そうとしたバスカーであったが、尋常ではない目付きで睨まれる。それにより額に冷や汗が吹き出、王都防衛時ですら感じなかった恐怖を感じ取っていた。結果、日和った。
「……取り敢えず、自分達の部屋でやってくれ。まだ仕事が残ってるんでな」
そのバスカーの言葉に、エストは安堵感からよく言ったと言いたげに何度も頷く。対照的に久斗はより増大した危機感から悲壮な表情になっていた。
「確かに、ここですることではないわね」
ターシャが納得し、他の女性陣も同意する。そこに、エストが一つ提案する。
「彼にとって有益なものを買ってきてそれで順番を決めてもらってはどうです?」
何の、という言葉はなかったがそれでターシャ、エレイン、アルムの三人は全てを理解し、お互いを牽制しあう。その現状にジェシカがさらに悪乗りをした。
「久斗君は何か欲しいものでもある?」
突然の問いかけに思わず素直に応える久斗。
「あ、あの。服とか旅の道具とか……」
その答えを聞くとにんまりと笑みを浮かべてジェシカは三人に振り向いた。
「買ってくる物はわかったわよね。それじゃ、魔法なし、恨みっこなしの競走よ。位置について、よーい……ドン!!」
ジェシカの合図と同時に扉が三人によって破壊され、木っ端みじんになっていた。バスカーやエスト、久斗は驚きの表情でそれを見つめ、ジェシカは腹を抱えて大笑いをしていた。そして、あっという間に三人の姿が消えるとバスカーが一つ咳払いをしてエストに命令する。
「あの扉の修繕費、あいつらの恩賞から差っ引いといてくれ」
「了解です。全く、訓練などもあれぐらい熱心ならいいのですけどね。それはそうと、久斗君」
「はい」
エストに呼ばれ背筋を正す久斗に、エストは苦笑を浮かべる。そして、幾らかのお金を渡し、久斗に囁いた。
「このお金で今からリンちゃんと街に遊びに行ってください。彼女達のことは放っておいて構いませんから」
「でも」
「自分が護った街を見るのは楽しいものです。それに今まで殆ど遊びに出かけてないということですし丁度いい機会ですよ、ね」
久斗はリンのほうをちらりと見やる。その視線に気付いたリンは何と言いたげに首を傾げた。
「さ、いってらっしゃい」
エストに軽く背を押された久斗はすこしどぎまぎしながらリンに話しかけた。
「リンちゃん、あのさ」
久斗が話しかけると、リンは首を傾げたままじっと久斗を見つめていた。
「あの、その」
久斗がうまく言葉にできない様子に残りの大人たちは微笑ましい気持ちで眺めていた。
「私達もあんなときがあったのでしょうか」
「エストの場合、気障な台詞をなんの躊躇いもなく言ってのけてそうなんだけど」
「ジェシカ、それで合ってるぞ。こいつは昔から地味に女たらしなんだよ」
ワイワイと談笑している大人たちを尻目に久斗はようやっとのことで誘いの言葉を口にした。
「リンちゃん。い、一緒に王都を回ろう」
リンは一瞬何を言われたのか分からない様子で目を白黒させていたが、理解するに従い微かに笑顔を見せた。
「うん、行く」
そう返事をするとフォクシを降ろして久斗の手を握り締めた。久斗はリンの手の柔らかさにドキドキし、顔を真っ赤にしながらバスカー達にいってきます、とだけ告げた。その後にはリンもいってきます、と若干嬉しそうな声で遊びに行くことを告げた。
「はい、行ってらっしゃい。王都はなるべく大通りで遊んで来て下さいね。さすがに裏路地はお勧めしません」
「わかりました」
エストの忠告に返事をして、久斗とリンはお互いにはにかみ合うと手を繋いだまま仲良く部屋を後にした。その後ろにはフォクシがとことこと付いていっているのが微笑ましさをより醸し出していた。そして二人の足音も遠ざかったところでエストがジェシカに告げる。
「彼をこっそり警護しておいてください。大丈夫だとは思いますが、いつ誘拐されるかわかりません。用心に用心を重ねておくべきでしょう」
「だと思ったわよ。全く、何が悲しくてあんなに仲睦まじい姿を覗き見しないといけないのよ」
「まぁまぁ。その分次回の給金をはずみますので」
「ふん。今回はそれでいいわ。可愛い弟分に妹分なんですもの。その代わりターシャ達も連れていくわよ」
そのジェシカの提案にエストは顔を曇らせる。それにジェシカは眉を顰めた。
「何か問題があるの?」
ジェシカの尋ねにエストは違う違うと手を振り、自身の懸念を口にする。
「いえ、単に彼女たちがまだ残っているのか気になりまして。あの様子でしたからもう街に出ているのではないでしょうか?」
「あー……」
ジェシカは思わず唸り声を上げてしまっていた。しかし、気を取り直すとエストに新たに提案する。
「じゃあ、別の人間を何人か連れていくけど構わないわよね?」
「ええ、どうぞ。最低でも前後から守れる人数にしておいてくださいね」
「分かっているわよ。それじゃ失礼するわね」
エストの了承を得たことでジェシカは早速、任務の相棒を探すために部屋を出ていった。その後、バスカーはポツリと呟いた。
「じゃあ、扉直すか」
その声には疲れが染み込んでいていた。
「じゃあ、リンちゃん。まずあの屋台がいっぱいある通りにいこ」
「うん」
久斗とリンはバスカーの部屋を出る時からずっと仲良く手を繋いでいた。更にその足元ではフォクシがじゃれついていた。それは、本拠地で出くわした人だけでなく大通りですれ違う通行人にも微笑ましく見え、彼らから温かな眼差し向けられることとなった。しかし、そのような視線に気付くことなく久斗達は楽しそうに露店を覘き、屋台を覘き、各店舗を見て回っていった。
「リンちゃん。実はエストさんからお金もらってるんだよ。何か欲しいものあった?」
「……うん、あれ」
リンが指差したのは林檎を小さく切ったものに水飴をかけて作られた林檎飴を売っている屋台であった。飴、つまりは砂糖を使っているため値段は相応のものであったが、エストからのお小遣いで充分足りていた。そのため、久斗は一つ頷くとリンとフォクシと一緒に林檎飴の屋台へと近づいていった。
「へい、らっしゃい。お、こりゃまた可愛くてお似合いのお二人さんじゃないか。どうだい、うちの林檎飴は? 甘くておいしくてはまっちゃうぜ」
四十代で体格も大柄な男性が威勢のいい声を響かせて久斗達に声をかけた。一瞬リンがびくっとなるもお世辞の言葉に嬉しそうに唇の端を持ち上げていた。久斗はそれに気付かずに店主に林檎飴を注文する。
「はい、二つください」
「おうおう、二つとはまた気風の良い事だがお金は足りてるかい? お小遣いで買うには少し割高だぞ」
「大丈夫です。ほら」
そう言って久斗がお金を見せると、店主は人懐っこい笑みを浮かべる。
「頑張って貯めたんだな。仕方ねぇ、ここは一個分にまけといてやるぜ。その代わり宣伝よろしく頼むぞ」
冗談っぽく言って店主は久斗の手のひらから一個分の代金を受け取った。そしてお金を小銭入れに入れてから、林檎飴を二つ手にして久斗に差し出した。
「ほら、落とさないように気をつけてな。ゆっくり食べたいならあっちに公園があるからそこにするといい。それとそっちのおちびちゃんにはこれだ」
そう言って懐から出したのは小さく切られていた林檎であった。
「これは材料で余った部分なんだ。水飴はまぶしてないが、おちびちゃんには丁度いいだろう」
「ありがとうおじさん」
久斗が林檎飴と林檎の切れ端を受け取りながらお礼を述べる。すると、店主は人懐っこい笑みのまま小さく手を振った。
「おう、兄妹仲良くな。それと美味かったらまた来てくれよ」
兄妹という言葉にリンが小さく舌を出す。それは通行人達に久斗達を更に微笑ましく見せるだけであったが、リンは気付かなかった。そして久斗が林檎飴を差し出したことで、大人しく一つ受け取り顔を綻ばせた。フォクシも林檎を楽しみにしてご機嫌に尻尾を振っていた。
その後、リンは久斗にゆっくりと手を引かれ、食べたそうな顔をしたままフォクシと共に公園へと付いていくのであった。
その久斗達を見守る影があった。
「また、リンちゃんが可愛らしい反応しているわね。フォクシもあんなに喜んで」
「ジェシカさん、なんだか趣旨が変わっていませんか?」
ジェシカが一人ごちると、その横にいた団員が呆れ声で突っ込んだ。
「こんな任務、何かしらの楽しみがないとやってられないわよ」
ジェシカが怒った声でそう答えると、横にいた団員は久斗達を指差した。
「ああ、ほら公園に行くみたいですよ。追いかけましょう」
「はあ、公園に着いたら少し休憩ね」
ジェシカはため息を吐くと真面目に警護してくれている同僚に休憩を指示する。
――あんな姿、ターシャ達には見せられないわね。連れてこれなくて逆に良かったわ。しかし、ターシャ達は今どこにいるのかしら。うっかり鉢合わせしないようにしないと、ね。
内心でそう考えながらジェシカも久斗の後を付いていくのであった。
その後、ターシャ達に出くわすことなくリンとの王都散策は終了し、久斗達は満足げに本拠地へと戻って来ていた。王都散策中に買ったものは林檎飴などのお菓子の他、質素な指輪と簡素な腕輪であった。その二つは意匠が対となっている物で、リンがどうしてもと欲したものであった。久斗は貰ったお小遣いでは足りなかったために恩賞の一部を使い購入した。そして、指輪をリンが、腕輪を久斗が付けていた。
「それじゃ、リンちゃん。またね」
「また」
指輪を見ながらリンが小さく手を振る。そして自室へと引き上げていった。リンを見送った後に久斗もフォクシと共に自室へと戻った。
「ただいま」
久斗がそう声を上げるが返事が来ることはなかった。
「ウォカさんもルーアさんも鍛錬しているのかな?」
そう考えて部屋に散らかっていた服などを片付けていると、扉の開く音がした。反射的に振り返るとそこにはくたくたになっているウォカとルーアの姿があった。
「おう、久斗。ただいま」
「今戻った。あーこらウォカ、そのまま寝台に潜り込むな。着替えろ」
ウォカがそのまま寝台に飛び込もうとしていたところを、ルーアが首をひっ捕まえて止める。ぐぇ、とウォカの口から奇声が漏れる。苦悶の表情を浮かべ、恨みがましい眼をルーアに向けるが、ルーアは全く動じずさっさと着替え出していた。その姿にウォカもしぶしぶ着替え始める。
「あの、一体どうしたんですか?」
二人の普段とは違うくたびれ果てた姿に久斗はつい尋ねてしまっていた。
「ん、別にたいしたことじゃないんだがな。お前さんに付いていくなら今のうちに出来る限り鍛えておかないといけないと思ってさ」
「前のミノタウロスの時のような失態を演じないためにも鍛え直さないとな」
ウォカが恥ずかしげに言うとルーアも同意を示すように頷いていた。その内容に久斗は驚き、まじまじと二人を見つめた。
「そんな、吃驚するなよ。あの後とかずっと悪いと思ってたんだ」
「こんなことで返せるとは思ってないけど何もしないよりかは、ね」
二人がそう言うと、久斗は自然と涙が出てきていた。
「うわ、おい。泣くなよ。こんなところをターシャさん達に見つかったら」
「そうね、お仕置きだけじゃ済まないかもね」
自分の声に続くように発せられた女性らしい少し高めの声にウォカの顔から血の気が引いていた。ルーアも同様に血の気を引かせ徐に入口を振り返った。そこにはターシャとエレイン、それにアルムの三人が荷物を抱えて不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「た、ターシャさん。待って下さい。これは違うんですよ」
「そそそ、そうですよ。エレインさんも不穏な雰囲気をしまってください」
二人が慌ててターシャ達に弁解を言うが、彼女達は聞く耳を持っていなかった。
「どういう理由であろうと年下の子を泣かしたのは間違いないでしょう?」
「ターシャの言うとおりですわ。さあ大人しくその身に罰を浴びなさい」
ターシャとエレインがウォカ達に裁きを下そうとした時、久斗から待ったの声が掛かった。
「待って下さい。ウォカさん達は悪くありませんから」
久斗の声に一瞬動きを止める二人。そして、ゆっくりと久斗に視線を移すと真意を測るかのように尋ねる。
「本当に? 庇う必要はないのよ」
「本当ですから。庇ってもいません」
久斗が必死にとりなしたために、ターシャ達はいったん矛を収めた。そして、疑わしげに二人を眺めていたが、二人があまりに怯えていたので話しを切り替えることにした。
「まあ、いいわ。それより久斗君。あたし達のこれ、どれがいいか順番を決めてね」
そう言って、ターシャ、エレイン、アルムの三人は女神の如き笑みで久斗に迫るのであった。
仕事が立て込んでいて、執筆の時間がとれずお待たせいたしてしまいました。申し訳ありません。
GWも終わりでまたいつもの時間に戻れそうですのでこれからはまたいつも通り二日、もしくは三日での更新を目指していこうと思います。
尚この後書きは次回投稿時に削除します。
最後に読んで下さりありがとうございます。




