離別
魔物による王都襲撃から七日後。都民達の生活が変わることはなかった。しかし、東門から外に一歩出たところは未だに魔物の死体が残されていて、何があったのかは誰の目からも明白であった。
傭兵達の遺体については可能な限り捜索され、見つけられたものは順次火葬されていた。そして、全ての遺灰は共同墓地へと収められ、そこには「王都を守りし英雄ここに眠る」と刻印された石碑が置かれた。また、その横には平原での決戦における騎士団の数少ない戦死者達や付き従った兵士達の墓標も置かれていた。
その日は王国による慰霊式典が執り行われていた。王を始め、数多くの重臣が参列し、王国を護った者達へ哀悼の意を示した。また生き残った傭兵達の多くも参列し、仲間との別れを惜しんだ。
式典は国王の言葉に始まり、厳粛な雰囲気の中、淡々と進められていった。式典の最後は親しき者達への別れを告げる時間であった。
「王国を守護せし英霊たちに、敬礼」
宰相が声を響かせるとその場にいた者達がそれぞれのやり方で敬礼する。そのまま暫くは誰も動くことなく、時間と風だけが流れていった。
式典が終わり王を代表とする国の重臣達が王城に戻ると、戦死した騎士や兵士の身内が次々に花を捧げていく。また、傭兵達も思い思いの品を石碑に捧げていた。
その中にはターシャやエレイン、さらには久斗やリンの姿もあった。各々が世話になった相手への想いを胸に石碑に供えていく。
そうして王国、傭兵共に石碑が献花や献酒、または生前好きだった食べ物など様々な品に囲まれていった。
「王都に来るまでの旅の途中で色々と教えてもらいました」
久斗は花を添えた後にターシャ達に訥々と語り出した。旅の途中での炊事や鍛錬、はたまた馬車の中や夜の野営時での雑談。そういった特別なことなど何もない日々の暮らしの中での出来事。しかし、その中で彼らが自分をどれだけ大切に、どれほど親身になってくれたのか。そういった想いが止めどなく溢れ口にしてしまっていたのであった。
「久斗、もう構わない。構わないから、ね」
ジェシカが久斗の話を遮り、そう諭す。久斗は一瞬きょとんとした顔を見せるも、すぐにその眼に涙を溢れさせていた。久斗はその涙を拭おうと何度も何度もこする。ジェシカはそれを優しく止めて久斗を抱きしめた。
「う、うう、うわああああああああ」
その人肌の温かさに触れ、今まで我慢していたものが決壊したかのように久斗は声を上げて泣いた。あやすようにジェシカは頭をぽんぽんと叩き、抱きしめ続けていた。
またその横では、久斗と同じようにリンもキーラに抱きついて泣いていた。両親が殺されて以降、感情が麻痺したかのように無感動となっていたが、「風の旅団」の団員達は愛想が無い自分に親身になって相手をしてくれていた。そこには第二の両親のように自分を包む温かさがあった。その自分の第二の父、母とも言うべき人達の死に冷え切っていた心が反応し泣きだしていたのであった。
「ほら、リンちゃん。きちんとお別れしよう、ね」
キーラも目を真っ赤にはらしていたが、気丈にもリンを連れて石碑に献花する。リンは涙を流しながらばいばい、と小さく呟き花を手向けた。
「お前達が安心していられるようにあいつらは俺が守る。だから安らかに眠っていてくれ」
「今までお疲れさまでした。どうか向こうでも楽しく過ごしてください」
バスカーは石碑に献酒すると、先に逝った者達に決意を告げる。生前から久斗やリン、更には本拠地にいる子供達を自分の子供のように接していた者も多い。そんな彼らの想いを知るバスカーだからこその言葉であった。
エストは常と変わらない微笑を浮かべ、献酒していた。しかし、その心は悲しみに満ちていた。それでも、別れを告げる彼らにみっともないところは見せられないと考えていたのであった。
各々がそれぞれの気持ちを胸に故人に分かれを告げる式典は終わり、人々はお互いに慰め合いながら家へと帰っていく。その中には「風の旅団」団員の姿もあり、久斗はジェシカに、リンはキーラに抱かれて人々の波に紛れて本拠地へと戻るのであった。
「さて、今回の損害はでかいな」
式典の後、自分の執務室に戻ったバスカーはエストに向けて話しかけた。
「ええ、戦死した者の中には皆から頼りにされていた古参の者もいます。こればかりは仕方のないことですがやりきれませんね」
「そうだが、今は死した者より生きている者について決めんとな」
バスカーは暫く椅子の背もたれにもたれ掛かり天井を仰ぎ見た。エストは黙ってバスカーの案を待ち続けた。
「団員の補充に、クトゥーフの捜索。後は久斗の友達を捜すことか……」
上を向いたままバスカーは呟いたが、その後はなにも言わなかった。そして、暫くした後に起き上がりエストに尋ねた。
「国からの報奨金はいくらだったんだ?」
「そうですね、今回の戦に参加した者達への十分な恩賞を考えても、補充するための資金はいくらか残りますね。逆に言えば、その二点を行いますと殆ど残らないということです」
「そうか」
バスカーは一度目を閉じると自分の考えを纏めた。そして、再度目を開けるとエストに通達していく。
「まず、生き残った者への恩賞はお前の裁量で与えておいてくれ」
「分かりました」
「それとだな、団員の補充については王都で募集するのと同時に、各地を巡ろうと思う」
バスカーの言葉にエストは顔をしかめた。
「青田買いですか? しかし、それまで行いますと予算に足が出ると思われますが」
「構わんさ。各地を巡るやつにはその土地土地での依頼をこなしてもらうしな」
「しかし……」
それでも難色を示すエストにバスカーは自分の考えを押し通した。
「今回はこれでいく。なあに、王都防衛で名声を得ているんだ。依頼はドカンと来るさ」
楽観的なバスカーにエストは呆れ、溜め息を吐きながらもその案を受け入れた。
「はあ、仕方ありませんね。その代わり人選等の詳しい部分はこちらで詰めますからね」
「はは、よろしく頼む」
嬉しそうに笑い声をあげて了承するバスカーをエストは白い目で見ながら最後の案件を尋ねた。
「それで、久斗君のことについてはどうするのですか?」
そう尋ねられた途端に嬉しそうな顔は悪戯小僧のそれとなりエストは悪い予感を覚えた。
「それなんだかな……」
そうして語られたバスカーの考えにエストは大いに呆れ果てるのであった。
慰霊式典から三日後、防衛における恩賞を手にした団員達は互いの使い道で嬉しそうに盛り上がっていた。堅実に貯金する者、酒場でパーっと使いきる者、武器を新調する者、女に貢ぐ者と様々であった。
そんな中、初めての恩賞という名の給金を手にした久斗は自室にて、その使い道に迷わさせられていた。
「絶対に魔法士用の杖ですわ」
「分かっていないわね、服よ服」
「それよりも何があるか分からないのですから貯金に回すべきです」
久斗の給金に対してターシャ、エレイン、アルムの三人が言い合いをしていたのであった。その横ではジェシカが他人事のようににやにやとしていた。
「人のお金によくそこまで盛り上がれるもんだよね」
「ジェシカ姉さん。面白がってないで止めて下さいよ」
久斗がジェシカに泣きつくと、彼女は不思議そうな顔を見せた。
「なんで?」
「なんでって、それは……」
ジェシカとしては喧嘩している訳でもなく、結局久斗本人が決めることであるために止める理由がなかった。久斗は頼りにならないと悟ると、他に誰かいないか見回した。しかし、その場にいたのはいつもの無表情で三人の言い争いを見つめるリンと餌入れの器を咥えて久斗につぶらな瞳を見せるフォクシだけであった。久斗はガックリと項垂れるが、ふとフォクシの行動に目が留まる。
「もしかして、ご飯がほしいの?」
フォクシは主の問いかけに器をくわえたまま首を振る。それに久斗は頭を捻ったが答えはでなかった。そこに三人を見つめていたリンがフォクシに視線を向けて呟いた。
「新しい餌がほしい?」
その言葉に耳をピコっと立てて尻尾を激しく振る。その動きに久斗は愕然となった。
「あらあら、フォクシまで久斗のお給料の使い先を決めちやったわね」
ジェシカのからかいも久斗の耳には届かなかった。しかし、その言葉は言い争っていた三人には聞こえていた。
「ちょっとフォクシ! 勝手に割り込むんじゃないの」
「全くですわ。やはりここは私の意見を採用して」
「なぜ、貴方の意見なのですか。勝手に決めないでください」
フォクシを巻き込んで更にかしましくなった三人にリンが一つ意見をのべた。
「お兄ちゃんのお金で逢引」
その瞬間、部屋の音は一切が消えていた。そこにジェシカが多分にからかいを含んだ声音で三人に提案する。
「あなた達が言っていたことは自分のお金でして逢引のお金は久斗が出すといいんじゃないかしら」
ジェシカの提案に久斗は絶句してしまったが、リンを除く残りの三人は目を光らせた。
――逢引……ああなんて素敵な響きなのでしょう。私と久斗様の逢瀬にふさわしい響きですわ。
――ひ、久斗君と逢引……。え、エレインじゃないんだからそんなの、いいかも。
――今こそ彼と親睦を深める時ですね。私のお金は貯金ではなく彼に何か買うために使いましょう。
久斗はフフフ、と薄気味悪い笑みを浮かべだす三人に危機感を抱き、ジェシカに本気で泣き付いた。
「ジェシカ姉さん。あれはまずい、まずいですよ。というかなんで僕のお金で逢引するんですか」
「もてる男の甲斐性ってやつじゃないかな? それにほら、リンちゃんだって連れていって欲しそうな顔をしてるよ」
ジェシカに指摘された久斗は恐る恐るリンの顔を窺った。リンはいつもの無表情であったが、その瞳には期待の色が見て取れた。その反応に久斗は膝をつくのであった。
女性達が争いを止め、不気味に笑いながら妄想しているところにエストが現れた。
「久斗君いますか? と、これは一体どういう状況でしょうか?」
エストはターシャ達の様子に少し引きながら久斗に尋ねた。しかし、当の久斗は項垂れたまま反応することはなかった。エストが首を傾げていると、そこにジェシカが状況の説明をしだした。
「あれら三人は久斗のお金で逢引しようって話になってから妄想の世界に旅立っているわ。それで、久斗は味方が誰もいないことで呆けているのね」
ジェシカの端的な説明になるほど、と頷いたエストであったが、すぐに自分が久斗の部屋を訪ねた理由を思い出した。そしてジェシカに久斗を連れてバスカーの執務室にくるように伝えると、とばっちりがこないようにそそくさと部屋を後にした。
久斗はエストの退室後にジェシカに肩を叩かれて気を取り戻した。そして、そこでエストからの伝言を聞くと首を傾げた。
「久斗も呼ばれた理由には思い当たることはないんだ?」
「はい、一体なんでしょうね」
二人は呼ばれた理由に付いてあれやこれやと推測を立てるも、現状ではこれといった決め手もなく頭を悩ませた。悩んでいても仕方ないと久斗とジェシカはバスカーの執務室に行くことにしたのであった。
「じゃあ、ちょっと行ってくるけどリンちゃんは来なくてもいいんだよ?」
「いい、一緒に行く」
いつものようにフォクシを抱き上げて付いていくことを主張するリンに久斗は不思議に思ったが、本人のさせたいようにしようと一緒に行くことにした。そうして部屋には不気味に笑いながら妄想する三人が残されるのであった。
「団長、ジェシカです。久斗を連れてまいりました」
「おお、入ってくれ」
入室の許可をもらったジェシカが扉を開けると、盤面を睨みつけるバスカーと涼やかな顔のエストが対面に座って戦戯盤をしていた。その二人にジェシカは少し怒った声で咎める。
「人を呼びつけておいて遊びに興じるとは団長様も副団長様も大分偉くなったものですね」
その言葉と共に室温がすっと下がったのを久斗は感じ取っていた。またそれはバスカーやエストも感じ取っており、二人はびくっと肩を震わせるとさっと戦戯盤を片した。
「いやいや、もう少し後に来ると思ってたんだよ。別にお前さんらに見せようと思ってたわけじゃないんだ」
「そうですよ。あのターシャさん達の様子から時間がかかると思っただけですから」
必死になって弁解する二人にジェシカは大きく息を吐くと、左手は腰に右手は人差し指を立てて注意を促す。
「はあ、いいですか! 仮にも団の代表者であるのですから……」
その後、五分間ジェシカの説教が加えられ、バスカー、エストだけでなく久斗やリンまでぐったりとしていた。
「わかったわかった。ジェシカ、もういいだろ」
「良くありません! 大体団長は」
「言い足りないことも分かったけどよ、お前さんの後ろにいる子供達まで巻き込むな」
「え? あ、ごめん。久斗にリンちゃん。……今回だけですからね」
最後の言葉を一際低い声にしてバスカー達に忠告する。それにこくこくと頷くバスカーをジェシカは胡散臭そうに見詰めていたが、ふんと鼻を鳴らして久斗の後ろに下がった。
そこで、バスカーはほっと胸を撫で下ろしたが、再びジェシカの鋭い視線を感じ取り、体裁を誤魔化すように一度咳をする。そして、きりっとした表情にしてから本題に入った。
「ん、ごほん。あー、それでだな。久斗に来てもらったのは少しお前さんにお願いがあるからだ」
「お願いですか?」
久斗が思わずといった体で尋ねるとエストが肯定を返した。
「ええ、そうです。実はですね、今回の王都襲撃のせいで、団員の欠番が出ましてその補充を行わないといけないのです。それで新人の育成に励まないといけないのですが」
「そこで問題になるのがお前さんの要望だ」
エストの言葉を引き継いで、バスカーが久斗の目を射抜くように見つめる。
「お前さんの要望はこっちに一緒に飛ばされたと思わしき友達を捜すことだ。それは変わらんな?」
こくりと無言で頷く久斗に、バスカーは続ける。
「だが、今の『風の旅団』では、先程の理由からお前さんの要望に応えることができん」
「そんな!」
「まぁ、待て。話しは最後まで聞け」
バスカーの言葉にいきおい文句を言おうとしたところで、バスカーが手を前に突きだし止める。久斗はその動作と言葉に一先ず言葉を呑みこんだ。
「だからといって、俺らもお前の要望を叶えられんとは言えないからな。エストと話して折衷案とも言うべき案を考えたんだ」
「それはなんですか」
久斗が勢い込んで尋ねると、バスカーではなくエストが答えた。
「はい、久斗君には自力で各地を巡ってもらおうと思います」
「それは、折衷案じゃないんじゃないの?」
ジェシカの厳しい批判にエストはたじろぐことなく続ける。
「勿論、私達『風の旅団』での支援は行いますよ。具体的にはまず馬車と路銀は与えますし、更には希望制という形で旅の仲間を募って頂いて構いません」
「要は人手は少し貸すから自力で探してねってことだ」
バスカーが最後に茶化して結論を言うとエスト、ジェシカから鋭い視線を浴びることとなった。身を縮ませるバスカーを余所に久斗はどうすればいいのか全く分からないでいた。
「お兄ちゃん……」
「ちなみにですが、これはお願いであって命令ではありません。ですから、拒否することもできます」
リンが呟くも、すぐにエストが言葉を被せたことで久斗の耳に届くことはなかった。その時、扉が音を立てて豪快に開けられる。
「話は聞いたわ。団長の案に乗るべきよ、久斗君。あたし達が付いていくんだから何も問題はないわ」
「その通りですわ、久斗様。この泥棒猫如きと同じ意見になるのは癪ですが、団長の案に乗りましょう」
「私はどこまでも君についていくだけです。それにここが嫌なら他を探しますからいつでも仰ってください」
そこにはターシャ、エレイン、アルムの三人が立っており、次々に自分の意見を述べていった。その登場に呆気に取られていた久斗であったが、理解が追いつくにつれ三人の言葉を頼もしく思えた。そして、またもやかしましくなっている三人の横でじっくりと考えた。バスカーやエスト、ジェシカ、リンも騒ぐ三人を無視して久斗を注視する。その中で久斗が出した結論はバスカーの提案を受け入れることであった。
「分かりました。団長の提案に従います」
「そうか、すまんな、本当はきちんと捜してやりたかったんだが」
バスカーは心の底から申し訳なさそうにして言った。それに久斗は首を振る。
「いいえ、今まで僕を助けてくれたのは団長やこの『風の旅団』の皆さんです。本当に感謝しています。ですから気にしないでください」
「そう言ってくれると助かる。出発はいつでも構わんが、行くときは事前に人員なども含めて教えてくれ」
「はい」
バスカーの申し訳なさとは対照的に久斗は明るい声で答えるのであった。
読んで下さりありがとうございます。
それと評価の方本当にありがとうございます。家で見たときは泣いて喜びましたとも!!




