終息
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「久斗君、君の最後のあの魔術が膨大な魔力を消費させたのよね?」
久斗はターシャの問いかけにこくんと頷いた。
久斗が倒れた後、ターシャ達は一度「風の旅団」の本拠地へと戻って来ていた。そして、エレインの部屋に久斗を運び込み、寝台に寝かしつけたのであった。
その後、久斗の看病にリンを残し、ターシャ達は王都の中での防衛に務めていた。日の出と共に魔物の数が少なくなったこともあり、一度戻ることにしたのであった。その時に様子を窺いに顔を覗かせたのだが、久斗の顔色は倒れた時よりは幾分かマシなものとなっており、一同は胸をホットなでおろした。そうして、久斗の容体がある程度回復したところでの質問であった。
「しかし、久斗様の膨大な魔力量を一瞬で枯渇させるほどの魔術なんて魔法師の一人や二人程度では使いこなすのは無理ですわね」
「それよりも私はどんな属性を使ったのか知りたいわよ。あのグランレオを一撃、しかも遺体すら残らないほどの威力を出していたのだから」
エレインが独り言を呟くと、それに呼応するようにジェシカが呆れた声で呟いた。それを呼び水に、女性達の間で話しに花が咲いた。
「久斗お兄ちゃん、よかった」
「クゥ」
その横ではリンとフォクシが並んで久斗の顔を見つめていた。久斗はずっと見られていることに恥ずかしさを覚え、リンに話に加わるよう勧めてみた。
「ねぇリンちゃん。僕の顔なんて見ていてもつまらないだろうし、ターシャさん達の話しに混ざってきたらどう?」
しかし、その久斗の勧めにリンは視線を全く逸らさずに断る。
「いい、つまらなくないからここにいる」
久斗はその言葉に内心困ったなと呟いていたが、リンの表情が大分ほぐれていることに少しばかりの嬉しさも感じていた。
――もう大分戻ってきたかな。まだ、人見知りはするみたいだけどそんなのはしーちゃんも一緒だったしね。しーちゃん、今は何処で何をしているのかな……。
久斗が思案に耽っていると、コンコンと扉を叩く音が室内に控えめに響いた。しかし、話に花を咲かせている女性たちは気付かず、そのまま話を続けていた。それ故に久斗がリンに指示を出して扉を開けさせた。その動作で女性達も会話を止め、扉に方に目を向けた。
「誰?」
リンが扉越しに問いかけると、リンの聞きなれた声が返ってきた。
「リンちゃん? 戻ってきたんだ。ここに久斗君いるのかな?」
扉越しである故の少しくぐもった声はキーラのものであった。リンはその言葉に一度振り向き、エレインに許可を求めた。
「入れていい?」
「構いませんわよ。ただ男性についてはご遠慮してもらってくださいな」
その言葉に久斗は自分も男性なんだけど、と思いはしたが何も言わなかった。久斗がとりとめのない事を考えている間にリンが扉を開ける。そこにはキーラの他にウォカやルーア、更にはコニーの姿もあった。その四人にリンはエレインから言われたことを正しく伝えた。
「キーラお姉ちゃんとコニーお姉ちゃんはいい。そっちの二人は駄目」
自分達だけ入室禁止と言われたことに、ウォカとルーアが慌てて理由を尋ねた。
「ちょ、ちょっと待ってリンちゃん。何で俺たちだけ駄目なんだ?」
「? エレインお姉ちゃんがそう言ったから」
その返事にウォカとルーアが膝をつき、両手も床について項垂れた。それをキーラは半目で蔑み、コニーはふん、と鼻を鳴らした。
「こっちの男どもは放っておくとして、お邪魔するわね」
そうキーラが告げ、お邪魔します、と声を出しながら室内に足を踏み入れた。コニーが入った後に閉められた扉の外では二人の慟哭が響いていたが、リンやキーラ、コニーは何も言わずに久斗の元へと移動しようとした。
この時、ターシャ達四人は無機質な目をコニーに向けていた。それを敏感に察知したコニーはぶるっと体を震わせ俯いてしまい、キーラはそんなコニーの肩を抱きながら久斗の元へと連れていった。
「キーラさん、それにコニーさんも……。コニーさん、ガリアさんのこと、ごめんなさい」
久斗はコニーが自分の横に来るとすぐに謝った。その久斗の行動にエレインが暴れようとしていたが、ジェシカやターシャに抑えつけられていた。
キーラは困った顔を見せていたが、久斗に対しては無事でよかった、とだけ言い、他は何も言わなかった。
「何で謝るのよ。ガリアが死んだのは君のせいじゃないじゃない」
「でも」
「いいのよ、あれは勝手に一人で逃げたあいつが悪かったの。それより、あたしの方こそご免なさい」
「え?」
コニーの謝罪に久斗は戸惑いを隠せなかった。王都に着いた時は自分をあれほど憎んでいたのに、という思いがあったからである。コニーは久斗の戸惑った様子に苦笑して話を続ける。
「あの時のあたしはガリアが死んだことを受け入れられなかったのよね。だから当たってしまった。本当に悪いと思うわ」
「そんな……」
久斗がなにか言おうとする前にコニーは遮るように続ける。
「久斗君はあのミノタウロスの時、リンちゃんと一緒に足止めをしてくれていたのにね。本当はあたし達が君達を逃がさないといけなかったのにも構わず」
コニーは自嘲の笑みを浮かべる。そこにコニーの肩を叩くものがいた。
「はいはい、湿っぽくするのは駄目よ。仮にも久斗君は病人なんだからね」
肩を叩いてそう言ったのはキーラであった。キーラは殊更明るい声を出して場の雰囲気を暗くしないように努めた。そして、久斗達の雰囲気が変わったのを察すると久斗に問いかけた。
「君はコニーに腹を立てているわけじゃないでしょ?」
「は、はい」
キーラはにんまりと笑顔を見せて久斗の手とコニーの手を取り強制的に握手させた。
「んじゃ、これで仲直りね。もう二人ともガリアのことをいつまでも引きずったら駄目だよ、いい?」
久斗は握手したままの手を見つめ、次いでコニーの目を不安げに覗き込んだ。コニーはその視線に照れ臭そうに顔を逸らしたが、一度久斗の手をギュっと握り大きく上下に揺らすと手放した。その後に小さく呟く。
「それじゃ、またこれからもよろしくね」
その呟きは久斗の耳に届いていて、久斗はニコッと太陽のように明るい笑顔を浮かべて、大きな声で返事をした。
「はい、よろしくお願いします」
その子供達のやり取りをコニー達の後ろから見守っていたターシャ達であったが、エレインを除く全員が必死になっていた。エレインが、コニーと久斗が手を繋いだところで飛び込みかけたので抑えていたのである。今回はアルムも参加していた。
「あぁ、久斗様のお手が……うらやま、いえいえ、何て羨ましいのですの!」
「エレイン、言い換えられてないよ」
ターシャ達に抑えつけられているエレインの言葉に、疲れた様子でジェシカが突っ込んでいるのであった。
久斗が寝台に寝かされる少し前、バスカー達傭兵軍は空の補助魔法であるスピードアップを多用して王都へと急行していた。
「むぅ」
「バスカー、どうしたんだ?」
バスカーと同じようにとある傭兵団を纏める男が走りながら唸っているバスカーに話しかけた。バスカーは自分が途中で見たものから考えられる推測を伝えた。
「いやなに、そこら中に穴ぼこがあるから、ここらへんで魔物の群れは地上に出たんじゃないだろうかと思ってな」
その推測に先程の男とは別の男が同じく走りながら話しかけた。
「てことはなんだ? もう既に王都を襲撃している可能性が高いってことじゃないか。ち、もっと急ぐか」
「そうは言っても、空魔法師はほとんどの者が俺たちの移動のために魔力を振り絞ってくれて青息吐息だ。これ以上早くは……」
その時、バスカーの横を走っていたヴィクトアと彼の所属する「驚浪雷奔」の団長がバスカーへと話しかける。
「ふん、これ以上ちんたら走っていられん。先に行く」
「お前達が来るころには獲物がいなくなっているかも知れんが文句を言うなよ」
「雷神! それにヴィク爺も! お前らちょっとま」
「じゃあな」
バスカーが止める暇もなく、ヴィクトアと「驚浪雷奔」の団長は更に加速して傭兵軍をあっという間に置き去りにしていった。更にはばらばらに傭兵軍の中に紛れていた他の「驚浪雷奔」の団員も追いかけるように加速し、またたく間に駆け抜けていった。
バスカーは走りながらも呆気にとられていたが、気を取り直すとまだ魔力の残っている空魔法師に頼み拡声魔法を使い、全軍を奮起した。
「今駆け抜けていったのは『驚浪雷奔』の団員たちだ。その団長である『雷神』からの伝言だ。俺たちが行く頃には獲物がいなくなってるだとさ。お前らあいつらに俺たちだってやれるところを見せてやるぞ! 更に全力で王都へ向かうんだ!!」
「応!!」
疾走する傭兵軍から一斉に了承の意が返される。そうして更に速度を上げて傭兵軍は王都へと向かっていった。
「団長、見えてきましたね」
「どうも東門にいる数が少ないように思えるが、構わん。狩るぞ」
「驚浪雷奔」の団長の指示に団員達は声を上げることなく、魔物に突撃していった。
ミノタウロスやグランレオ等の上位の魔物達がひしめき合う魔物の群れに突撃していった団員達は三人一組になり、各個撃破の形で数々の魔物を討ち取っていった。
「おらああああ」
一人の団員が大剣を鋭く振り抜きミノタウロスの足を斬り飛ばす。
「ブモオオオウ」
ミノタウロスは突然のことに咆哮を上げるが、体は地面へと倒れていく。
「もらった」
そこに斧を担いだ団員が腕を断ち切り、そして止めに弓を携えた団員がミノタウロスの頭を通常の十倍は太い矢で貫いていた。
「おうおう、狩り甲斐のありそうな奴じゃねえか。いっちょやってやるぜ」
団員が戦っている横でヴィクトアは不敵に笑うと、自分の何倍もある大きさの竜型の魔物へ果敢に斬りかかっていった。その手には片刃の流麗な対となる細工を施された直刀がそれぞれ握られていた。その直刀を両方振り上げて、竜型の魔物が気付く前に一気に振り下ろした。
竜型の魔物の皮膚は非常に硬質で、その皮をなめした革で作られた鎧は傭兵だけでなく、正規軍の騎士達ですら手に入れようと躍起になるほどのものとなる。それほどまでに硬さに定評のある竜型の魔物の皮膚をヴィクトアは易々と切り裂いていた。
「グウギャアアアアア」
横腹を切り裂かれた魔物の叫びに、その周りにいた魔物や「驚浪雷奔」の団員の動きが一瞬止まる。しかし、「驚浪雷奔」の団員はヴィクトアが相手をしているのを知ると、すぐに他の魔物の掃討に移っていった。
「おら来い、トカゲ野郎。すぐにばらばらにしてやる」
ヴィクトアは両手に持った直刀を構えて竜型の魔物に叫ぶ。その声に反応した竜型の魔物は怒りの炎を宿した瞳でヴィクトアを睨むと、胸を反らして大きく息を吸った。その行動にヴィクトアはすぐに反応し、大声を張り上げる。
「ブレスがくるぞおおお、総員退避!」
その声に「驚浪雷奔」の団員は慌てて竜型の魔物から距離を取った。しかし、当の注意を呼び掛けたヴィクトアは不敵な笑みを浮かべたまま、ブレスが来るのを待ち受けていた。
「ガアアアアアア」
そして放たれたブレスは火属性を備えており、周囲にいた魔物達を全て焼き尽くしていく。しかし、ヴィクトアはその炎を両手の直刀で切り裂き、炎に付随する高温には水の魔法を使うことで対処していた。
「ふーあっちいな。もう春も終わって初夏に差し掛かってるというのに、さらに暑くするなよ」
竜型の魔物は自慢のブレスを耐えきっていたヴィクトアに少しばかりの恐怖を抱き、一歩後退していた。その動きにヴィクトアは白けた表情を見せた。
竜型の魔物による火属性のブレスで辺り一面焼け野原となり、その炎による明るさは夜にもかかわらず遠く先まで望めそうなほどであった。
その中を悠然と歩を進めるヴィクトアは一度立ち止まると、一気に魔物へと詰め寄った。
「それじゃあ明かり役ご苦労さん」
そう言って竜型の魔物の首を斬り飛ばす。切り飛ばされた魔物は頭部を失くしたことでその巨体をふらふらと揺らし、そして地面へと倒れこんだ。倒れたときに重苦しい音と共に土煙が舞う。
「おーおー、結構な数の魔物が死んで、ん?」
土煙などないかのようにヴィクトアが周囲の惨状を確認していると、一人の男が近づいて来ていた。その男は竜型の魔物と戦った時にはいなかったはず、とヴィクトアは警戒する。しかし、男のほうは緊張感の欠片もない弛んだ表情に友好的な態度でヴィクトアに話しかけた。
「やーやー、そこのご老人がこの大層な竜を退治されたのですか?」
「そうだが、お前さんは何者だい?」
「見ての通り怪しいものでは……ありますよねぇ。こんな戦場の真っただ中にいきなりいるんですから」
男は小粋な冗談でお茶を濁そうとしたが、ヴィクトアの敵か味方か探る視線に両手を上げて敵意がない事を示す。しかし、ヴィクトアは男が変なことをしたらすぐに斬りかかれるよう体勢を整えた。
「おお、怖い。そんな竜ですらたやすく切断する直刀なんかに斬られたら私死んじゃいますよ」
「減らず口だけは達者だな。言え、お前さんは何処の所属だ」
男は一瞬困った表情を見せるもすぐにもとの弛んだ表情に戻すと、すすっとヴィクトアに近付いた。ヴィクトアは一瞬警戒を強めるも男が近付くのを許容する。そして、男はヴィクトアの耳元で囁くように自分の所属を明かした。
「実はわたしは王国軍所属なんですよ」
ヴィクトアは怪訝な顔で男同様囁き声で自分の疑問をぶつける。
「王国軍は平原にでばってるんだろ? なんでこんなところにいるんだ」
男は恥ずかしげに頭を掻き、その疑問に答えた。
「実はですね。わたし、こう見えて王国軍の秘密部隊所属なんですよ。それで王都防衛に駆り出されたのですけど、担当がここにいる竜型の魔物だったのですよ」
「ほう」
ヴィクトアが目を細めるが、男は気にすることなく喋り続ける。
「それで、急いでここに来たら、あら不思議。なんと貴方が竜を退治していたじゃありませんか。なのでご挨拶だけ伺おうと思って出てきた次第なのです」
「ふん、そんだけか。まぁ嘘は言っとらんようだな。それじゃ、ほらさっさと王都の中でも守っとけ」
ヴィクトアが鼻を鳴らして興味を失くしたかのように視線を外した。男は話している間、緩んだ表情は変わらなかったが、その額には脂汗が浮かんでいた。しかし、視線が外れたことで大げさに胸を撫で下ろしていた。
「そんな小芝居なんぞせんでも見逃してやると言ってるんだ。だからさっさと中に戻れ。ここはあいつらがはしゃぐからもう大丈夫だ」
そう言って指差した先には無数の松明の明かりが見えていた。それに男も傭兵軍が戻ってきたことに気付いた。
「おお、ではここは彼らにお任せしますね。それでは竜退治ありがとうございました」
お礼を言うやいなや、男の姿は掻き消えていた。ヴィクトアは、自分が男の移動を察知できなかったことに悔しさを感じていた。そして、気分転換に傭兵軍を眺めると、幾つかの松明の明かりが自分に向かってやってきているのに気付いた。
「ふん、やっと到着か。のんびりしすぎだ」
「ヴィク爺、年寄りの冷や水はよくねえぞ。とりあえず、後は俺たちにまかしておいてくれ」
バスカーは到着するなり嫌味を言われたことでげんなりとしていた。しかし、ここで弱みを見せるわけにはいかないと軽口を返していた。その軽口にヴィクトアはニヤっと笑った。
「そうだな。こいつを叩き斬ったら疲れてしまったからな。ここは総大将のお言葉に甘えて休むとしようかね」
こいつと言いながら竜型の魔物を蹴りあげたことにバスカー以外の幾人が一歩後ずさった。ヴィクトアは全く気にせずに、手にしていた直刀の血払いをして鞘に収めた。そしてそのまま転がっている竜型の魔物の死骸にどかっともたれかかった。
「ほらほら、ここでのんびりしてないで、さっさといけよ。王都の中は中で残った王国軍が粘っているらしいから早く助けてやりな」
バスカーも含め、その場にいた傭兵達はお互いに驚きから顔を見合わせた後、緊張感を漂わせて頷き合った。そしてバスカーが代表して空属性の伝達魔法をかけてもらい戦場にいる傭兵軍に通達する。
「いいか、よく聞け。露払いは『驚浪雷奔』の方々がしてくれたみたいだ。残るは掃討戦だ。各自持てる力を振り絞って王都に群がる魔物どもをぶったおせ!」
その台詞が発せられた直後、戦場のあちこちで歓声が上がった。バスカーも背にしていた大剣を持つと、エストとエリックに声をかけて戦場に出ていった。
「おらおら、歯ごたえが無さ過ぎるぞ。もっと活きのいいのはいねえのか!」
「バスカー、九時の方向から新手が二体」
「二時のやつは俺が潰してといてやるよ」
バスカー達三人は傭兵軍の中でも最前線に位置する場所で戦っていた。バスカーがその大剣を振るうたびに魔物の肉片が辺りに散らばる。また、バスカーに背後などの別方向から襲いかかってくる魔物にはエリックの放つ矢やエストの放つ魔法で迎え撃っていた。
「く、バスカー。そろそろ引かないとこれ以上は持ちません」
エストがせまって来ていた魔物に光属性の攻撃魔法であるレイを叩きこむとそう怒鳴る。エリックも矢が残り数本にまで減っているので短剣に持ち替えて魔物を捌いていた。
「く、おらあ! これ以上は無理か。あと少しで東門だったというのに」
切り結んでいた魔物を一刀両断したバスカーは周りに付き従ってくれていた傭兵達と共に戦場の後方へと下がろうとした。その時、雷が横方向に飛来し、その場にいた魔物達を全て絶命させていた。
「な」
突き従っている傭兵のうちの一人が驚きの声を上げる。そして全員が雷が飛来した方向を見ると、戦場に轟くような大声が響き渡った。
「下がるな! 王都まではもうすぐだ。気力を振り絞れ、力を捻りだせ、人類の敵対者たる魔物を叩き潰せ!」
そこには鋼鉄の手甲をはめた、大柄な男が立っていた。その額には鬼族であることを示す角が三本立っていた。両側と比べ、中央のそれは特に大きかった。その出で立ちを含め、武器、魔法と全てが有名すぎる男がそこにいた。
「雷神」
一人がぼそりと呟く。鬼族の男は呆然とする傭兵達に再度喝を入れる。
「もう一度言うぞ。やつら魔物を叩きつぶす。俺に続け!」
そして、そのまま拳に雷を纏わせて魔物の群れへと突っ込んでいく。その突撃ぶりに呆気にとられていたバスカーが叱咤する。
「おら、行くぞ! 『驚浪雷奔』だけに任せていると自分たちの名が泣くぞ」
バスカー達傭兵軍も気力を奮い起こして各々が武器を握りしめ魔物達へと突撃していった。
そうして戦い続けた結果、王都の東門に押し寄せていた魔物の群れは殆どが掃討されたのであった。傭兵達の被害も甚大ではあったが、生き残った者はただ終わったことを喜んだ。
バスカー達「風の旅団」の面々も半数近くは重軽傷を負い、参戦した人数のうち五分の一ほどは戦死していた。しかし、バスカーは仲間の死亡に感傷を抱くことなく、あの激戦を生き残ったことをただ噛み締めていた。そして疲れ果てていたために、地面に大の字になって転がっていた。そこにヴィクトアが姿を現した。
「何してんだ。お前」
「みりゃ分かるだろ。疲れてんだよ。てか、ヴィク爺元気だな……」
バスカーは答えるのも億劫といった様子でヴィクトアに言葉を返していた。しかし、その様子にヴィクトアは肩を竦めて、やれやれと言いたそうに首を振る。
「これくらいで倒れておるようでは駄目だな。もっと鍛えろ。仮にも『風の旅団』の名を継いだんだ。名を貶すようなことはするな」
「分かってるよ」
バスカーは悪態を吐こうとしたが、その元気もなくぼーっと空を見上げていた。
既に夜の闇は太陽の光で払われつつあり、空は白み始めていた。辺りが明るくなったことで凄惨な戦場の姿が顕わとなり、激戦であったことを物語っていた。
「おい、小僧」
その時、「驚浪雷奔」の団長である鬼族の男がバスカーに声をかけた。バスカーは流石に寝転んだままでは失礼であると思い、ようやっとのことで起き上がると男性を見上げ、改まった口調で尋ねた。
「何でしょうか?」
「戦は終わった。俺たちはまた移動する。後のことは任せたぞ」
言葉少なに言い終わると、そのまま振り返ることなく立ち去っていった。ヴィクトアも一度バスカー達に手を振るとそのまま振り返ることなく、雷神の後に付いていった。バスカーとエスト、さらにはエリックの三人はその姿を無言で見送ると、お互いに顔を見合わせて小さく笑った。
「エスト、エリックを連れて魔法師を見つけて、とりあえず全軍に休むよう伝えておいてくれ。俺は本拠地にいったん戻る」
その笑いの後にバスカーは重い体を引き摺りながら王都の東門へと歩いていく。エストは一度背伸びをすると、エリックと共に専属の空魔法師を捕まえに戦場を捜し歩いていった。
同時刻、とある場所。
「主様、魔物の群れは壊滅したようです」
配下の声に主と呼ばれた男は閉じていた目をぴくっと震わせた。その反応に男の横にいた首輪と鎖で繋がれた少女が怯えだす。
「壊滅か」
「はい、特に大型の反応は全てありません」
「些か時間が早くはありませんか?」
男に答えていたのとは別の配下の女性が聞く。それに男は無言で頷いた。その動きに更にびくっと体を震わせる首輪の少女であったが、その反応を女性に見咎められていた。
「貴様、何か知っているのではあるまいな」
「あ、ああ。知りません、知りません」
少女は壊れた再生機のようにブツブツと知りませんと連呼した。その様子に女性は平手打ちをしようとするが、男に止められる。
「ほおっておけ」
女性は振り上げた手をすっと下ろすと男に理由を問うた。
「何故でございましょうか?」
しかし、男がその疑問に答える事はなかった。女性はため息を一つ吐くと少女を睨みつけ、精一杯脅しをかけて持ち場へと戻った。
――ひーちゃん。元気そうだった。会いたい、会いたいよう。
少女の願いはしかし今は叶えられることはなかった。
読んで下さりありがとうございます。




