奇襲
ちょっぴり少なめなのと、おっさんたちの会話ばっかです。あれ? 王都編はあともう少しで終わります……多分(汗
「では、打ち合わせの通りに。解散」
エストの号令一下、傭兵団の首領達は自らに割り振られた仕事をこなすために早足で去っていった。そうして殆どの者がいなくなった指令所に残っていた老人がエストに話しかけた。
「エスト、中々どうして見事に取り仕切ったじゃないか。あのひよっこだったお前がそこまで成長していて俺ぁ嬉しいよ」
喜色満面に自分へと近づいてくる老人を、エストは意外な思いで出迎えた。
「これはヴィクトア殿、先程はありがとうございました。あの場の混乱を収められたのもヴィクトア殿のお力があればこそでした」
「ふん、嘘言うな。どうせ後ろにいるバスカーに任せて同じことをしようとしてたくせによ。ほんとお前は昔から変わらんな」
ヴィクトアが顔をしかめたところでバスカーが話に割り込んだ。
「おい、ヴィク爺。なんであんたがこんなところにいるんだ。もっと南の国に行くとか言ってなかったか?」
バスカーの問いかけにニヤリと笑うと、理由を述べだした。
「何、昔の古巣にいた坊主どもがなんだかやんちゃな喧嘩をすると聞いてな。しかも相手は人類の敵たる魔物ときたもんだ。ちょっくらお節介を焼こうかと思って、うちの団長を説得してこっちにきたんだよ」
「団長……ということは貴方が傭兵を率いてきて下さったわけではないのですか?」
指揮所にいたことから、新設した傭兵団を率いて参加したと思っていたエストは意外な思いを抱いた。
「ん? 言ってなかったか。俺は今『驚浪雷奔』にいるんだ」
「なっ! 彼の『雷神』率いる『驚浪雷奔』が来ているというのですか」
「おうよ。これでお前らひよっこであっても勝つことはあっても負けることはないさ。ありがたく思うんだな。がっはっは」
いかにも恩着せがましい喋り方ではあったが、バスカーとエストはその根底に自分たちへの心配があることを感じ取っていた。それ故にヴィクトアに対して深い感謝の念を抱き、つい口にしていた。
「まったくだな。ありがてぇよ」
「本当に、参りますね」
二人の反応が予想外であったヴィクトアは、そわそわと落ち着きを失くしきょろきょろと周りを見回していた。そして、急にエストを指差し大声を上げる。
「ふ、ふん。下手な指揮をとるんじゃねえぞ、いいな!」
それだけを早口に言うとのっしのっしと指揮所の外へと歩いていった。その後ろ姿に二人は苦笑していた。
「相変わらずだな、あの爺さんは」
「ええ、昔から変わらずの照れ屋ですね」
ヴィクトアは「風の旅団」初代団員で実力も折り紙つきで、前団長とのそりが合わずに出ていくまでは他の団員に親身になって世話を焼くことで有名であった。バスカーとエストの二人も例に漏れず、ヴィクトアに色々と親切にされていた。そのために二人は相変わらずの性質に懐かしさを覚えていた。
「しかし、あの方がまさか『驚浪雷奔』に身を寄せているとは思いませんでした」
エストの声には驚きより感嘆の色合いが強かった。
「まあな。なんせ『驚浪雷奔』と言えば俺達傭兵仲間どころか、そこらの子供ですら知っている所だ。しかし、来てくれていたのは嬉しい誤算だ。ヴィク爺の言うとおり負けは無くなったな」
バスカーの声は明るく弾んでいた。エストもその言葉には同意を示した。
「驚浪雷奔」は傭兵世界で初のSSランクの傭兵団として名を馳せていた。また、その強さは古今無双とまで謳われており、あまりの強さに国が召抱える事ができない唯一の傭兵団としても有名であった。一つの所に留まる事を嫌い世界を気紛れに渡り歩いていき、行く先々で争いに参加していく様に、人々は「動く災害」とまで揶揄していた。、
さらにその団長は個人でもSSランクに名を連ねる一人であり、雷神の異名を持つ偉丈夫であった。武器は拳に付けた鉄甲で、それを用いた格闘術を得意とする格闘家であるが、それ以上に雷属性の魔法に優れており、彼の本気を見たものはいないとさえ言われている。
バスカーとエストが指令所でヴィクトアと「驚浪雷奔」について話していると、一人の傭兵がひどく慌てた様子で駆けこんできた。そして二人を見つけて嬉しそうに表情をくずした後に、すぐさま近寄り慌てていた理由を話しだした。
「エストさん、大変だ。魔物の群れが!!」
魔物という言葉にエストの眉が跳ね上がる。バスカーも顔に緊張の色を漂わせていた。
「魔物がどうしたのですか」
静かに問うエストに、傭兵は緊張した面差しを一変させてニヤッと笑いながら戦勝を報告した。
「王国軍は数万の魔物の群れを撃退。今は掃討しているとのことだ」
悪い報告であると思っていただけにぽかんとする二人。次いでバスカーの雷が傭兵へと落とされた。
「ま、紛らわしい事をするな! 魔物の群れがやってきたのかと思ったじゃないか」
傭兵は申し訳なさそうにしながらも嬉しさを湛えた顔で弁明した。
「い、いや。ついついやっちまうだろ? ほらお茶目だよお茶目」
「男の茶目っ気なぞ、うっとおしいだけだ。次は許さんからな」
バスカーはエストに背中を叩かれたことで怒りを収め、詳しい報告を聞くことにした。
「で、実際どういう感じだったんだ? 空を飛んで見てきたんだろ?」
傭兵はほっとしながら自分達が見てきて纏めた内容を話しだした。
「魔物の群れのところは何て言うかな、地獄とでも言いたいくらいの有様だったよ。まず、大きな穴が十か所、その周りは地面しか見えてなかったよ。他には木々が燃えていたんだが、多分魔物も燃えていたんだと思う。魔物達も逃げる個体もいれば王国軍に突撃している個体もいたりとなんか統率がとれていなかった感じだ」
「ふむ、王国軍がこちらに知らせていなかった何らかの魔術を使ったということでしょうね。……全く何のための連携ですか」
後半の台詞は小さく呟いただけであったため、傭兵は聞きとることができなかった。しかし、エストの雰囲気が剣呑としたものであったことから触らぬ神にたたりなしとばかりに指摘することはなかった。そこにバスカーが気になったことを聞く。
「王国軍はどう動いていたんだ?」
傭兵はびくびくしながらも報告を続けた。
「王国軍は大きく五つの部隊に分かれて、二つが突撃していた。んで、残りの三つなんだが、左右から一つずつ回りこむように動いていて、最後の一つはそのままその場に留まったままだった」
「最後の一つは指令部と第何になるかはわからんが騎士団の一つだろう」
「ええ、それに動きから察しますと王国軍は魔物の群れの殲滅を図っているのでしょうね」
バスカーとエストがお互いに深刻な顔で分析を始めたことに、傭兵は怪訝な顔を見せた。そしてその疑問をそのまま口に出していた。
「なんで、エストさんにバスカーの大将も喜ばないんだ? 戦いには勝ったんだろ?」
エストはその問いに苦笑すると、自分達の考えを伝えた。
「勝ったというのは早計だと思っているんですよ。実際に初めは東にいた魔物の群れが今は南東にいたという時点で不可解です。遠目にみて王国軍の勝ちであってもそれは局所的なもの。例えばここで北東から攻撃されたら我々には対処するすべはありません」
傭兵はエストの言葉に戸惑いを感じていた。では、自分達はどうすれば勝ちになるのか、とそう考えていた。その考えをまるで読みとったかのようにエストは続ける。
「私達が勝利する条件は現状ある意味存在しないのですよ。魔物が来なくなれば勝ちということはできるでしょうが正確な数が分からないことにはどうしようもありません」
愕然とする傭兵にバスカーは肩を叩いて慰めた。
「あまり気にすんな。こういう考え方は上がすればいいんだからな。お前さん達は良くやってくれているよ。さ、報告も済んだことだし持ち場に戻るんだ」
「あ、あのよ」
バスカーが戻るように指示をしたところで、傭兵がおずおずと確認を取った。
「王国軍の勝利って口外するのは禁止か?」
バスカーはぷっと噴き出すと破顔して、傭兵の背中をばしばしと叩きながら答えた。
「構わねぇよ。士気も上がるだろうし、じゃんじゃん伝えてくれ。ただ、ついでにこれで終わりじゃないかもというのも喧伝していってくれ」
「ああ、わかった」
傭兵は真面目な顔で頷くと、指揮所の外へと去っていった。その背中を見送りながらバスカーは隣にいたエストにぼやいた。
「ありゃ、既に他の奴がそこら中で喧伝してたな」
「そうですね。ですが、それは仕方のない事ですよ。数万の魔物の群れを打ち破ることは奇跡に近いですから」
エストはバスカーのぼやきにしょうがないと肩を竦めて答えた。バスカーもそれは理解していたのでとやかく言うことはなかったが、頭の痛いことではあったためぼやいたのであった。
「情報の重要性を理解しとらんのが気になっただけだ」
「そうですか」
エストが返事をしたところで先程とは別の傭兵が駆けこんできた。
「バスカー、大変だ」
「おいおい、今度は何だよ。まさか王国軍が負けたとかじゃないだろうな」
バスカーが不吉なことを口にしたことで横にいたエストが足を思いっきり踏みつけた。バスカーはあまりの痛さに思わずしゃがみ込んでしまっていた。その様子を駆けこんできた傭兵が白い目で見ていたが、見なかったことにしてエストに報告をし始めた。
「エスト、実はだな。王国の騎士団の」
そこまで言ったところで指令所に大声が響き渡る。
「ええい、邪魔だ。この紋章を見ればわかるだろう! 通せ、今は急いでいるんだ」
その大声に聞き覚えのあるエストは何があったのかを理解し、目の前の傭兵に問題の人物を通すよう伝えた。
「はあ。あの人はいつも強引ですね。通して頂いて構いません。……あとで被害のほうだけ報告してくださいね」
傭兵は苦笑しながらも、了解、と返事をして指令所の外へと出ていった。そしてすぐに件の人物が怒鳴りこんできた。
「エスト、王国騎士の紋章を見せたのに通じなかったぞ! きちんと伝えておけ!」
「ガイウス、貴方のその態度がその紋章に信憑性を持たせなかったのですよ。もう少し分別を付けて行動してください」
「うるさい。今は緊急事態なんだ。形振りに構っていられるか!」
緊急事態という言葉にバスカーががばっと起き上がり、ガイウスへと問いかけた。
「おいおい、緊急事態ってなんだよ。王国軍は勝ちそうなんだろ?」
「王国軍側にいる魔物にはな……」
その言葉で二人の顔に緊張が走る。
「どういうことですか?」
「時間がないが、一から説明する。王国軍は迫って来ていた数万の魔物に対して三百人掛かりで魔術を使用。それで壊滅に近い状態まで追い込んでから掃討戦に入った。俺たちは後方警戒の人を任されたんだ」
バスカーがその説明に首を傾げながら自分の疑問を口にした。
「後方警戒なのになんでここにいるんだよ」
ガイウスはバスカーを睨みつけると、エストに向かって目で合図を送る。すぐにエストは応じてバスカーの先程踏み抜いてないほうの足をガスッと踏みつけた。足に走る激痛にバスカーは苦悶の表情を浮かべて再度しゃがみ込んでいた。それを見下しながらガイウスは話を続けた。
「後方警戒とはいえ、あまりにも手応えが無さ過ぎたから、こちらに合流しようと急いできたんだがそこで思わぬものを部下が発見してな」
「それは?」
エストが問いかけるとガイウスは深刻な表情で答えた。
「穴だ」
「穴、ですか?」
エストは意味が良く分からずに聞き返していた。ガイウスはどう説明したらいいか考え、あるがままを答えることにした。
「そうだ、直径二十メートルはあろうかという大穴だ。それが地面にぽっかりと開いていた」
「その大きさですと自然にできたものではなさそうですね」
「そうだ。そこで我々も少し調査をしたのだがな、その時に穴の中に幾つかの魔物の死骸が転がっていたのを発見した」
それを聞いたエストの顔は真っ青になっていた。それを見てガイウスは、エストが自分と同じ考えに至ったことを見取り、その考えを口にした。
「そうだ。お前の考えている通り、敵は地下を通って王都に近づいている。あの数万の魔物は本当に囮だったんだよ」
「それは認めざるを得ませんが、不可解なのは何故そんなところに大穴が開けられていたのかということですね」
「それは向こうに戻ってから考えればいいさ。とにかく俺達第三騎士団の一部は王都へと急行する。お前達も準備ができたところから王都へ急いで欲しい」
ガイウスが真摯に頼みごとをすると、エストは笑い声を抑える事が出来なかった。
「ふふ、あははは」
ガイウスはエストの笑い声にカッとなり、掴みかかろうとした。しかし、その前にエストは笑うのを止め、ガイウスに不敵な笑みを見せた。
「何故笑う。今がどういった状況かが分かっているのだろう!」
「ああ、いえ。ガイウスに笑ったのではないのですよ。ただあまりにも幸運だったのでついつい笑いを抑える事が出来なかっただけです」
「幸運だと?」
ガイウスが訝しむようにエストに聞き返すと、答えは別の所、足元からやってきた。
「お前さんらの盛大な魔術で今傭兵団は戦闘準備をしてたんだよ。さらにはお前さんらの勝ちが揺るがないというのも合わせて広まっているから士気も上がっている。つまりは、やる気に満ちた馬鹿の集まりは今すぐにでも動けるということだ」
「おまけに、我々の中には彼の『驚浪雷奔』が駆け付けてくれています」
「っ!!」
エストの言葉に驚きで声すらでないガイウス。それをにやにやと笑いながらバスカーは肩を叩いて気軽に遠足に行くかのように誘った。
「んじゃ、ちょっくら王都を救いに行きますか。腕が鳴るねえ」
そして、そのままガイウスを引っ張りながら指令所の外へと向かう。エストはそれを見送りながら、戻った後の事を考えていた。
――地下を通っているということですが、いつ地上に現れるかですね。王都の真下にはあれがありますから通れないでしょうし、やはり王都のすぐそばでしょうか。となれば、陣営は……。
「おい、エスト。いつまでそこでぼーっとしてるんだ。行くぞ!」
「ぐずぐずするな。今は一分一秒が惜しい。さっさと来い」
バスカーに呼ばれガイウスに注意されて、エストは自分の考えから抜け出ると足早に二人を追いかけた。
――ここで考えても仕方ありませんね。とにかく今は王都へと急ぎましょうか。
そうして、「風の旅団」を筆頭に、「驚浪雷奔」や他にも有名な傭兵団を含めた一団は一斉に王都へと引き返していくのであった。
「! 主様。傭兵達が動きました」
「感づいたか」
「はい、傭兵全てが急行していますので間違いないかと思われます」
女性が答えると、主と呼ばれた男はすぅっと目を細めると、ある少女を見つめた。その少女の歳は十歳辺りでひどく怯えた様子で男と視線を合わせないようにしようと俯いていた。
「まぁいい」
男は少女へと命令する。
「王都を蹂躙しろ」
「は、はい」
少女は怯えながらも命令を素直に受け入れた。すると男はもう用はないとばかりに目を瞑り、無言となった。
――怖い。ひーちゃん、助けて、助けてよう。
その少女の求めが『ひーちゃん』へと届くことはなかった。
読んで下さりありがとうございます。




