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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
一章 少年期編
42/69

破軍

「敵影未だ見えません」


 物見の報告に騎士団総長のルキウスは鷹揚に頷くと、視界の端に映るガイウスに聞こえるよう大きな声で隣にいた補佐官に話しかけた。


「やはり、魔物の群れといえど高が知れているな。あれから一日経った今ですら影も形も存在せん。どこぞの誰かが大げさに喧伝していたがこれでは例の()()も必要なかったか」

「はっ。閣下の仰る通りでございます。ですが油断は禁物と昔から言われております故、我々がここにいるのだと思われます」

「ふむ、それもそうだな。(いたずら)に王都の民を恐怖に陥れる必要などないからな」


 ガイウスはその会話を聞き流し、澄ました表情で平野を見下ろしていたが、内心不安が渦を巻いていた。


――なぜ、一日空ける。奴らの侵攻速度ならすでに来ていないとおかしい。奴らを操っている者共の狙いは何だ。くそ、情報が足らなさすぎる。


 ガイウスの心配を余所に、平野部の中にある丘の上に設けられた騎士団の仮設指揮所は緊張感の欠けた雰囲気が漂っていた。ガイウスが舌打ちしたその時、小声で話しかけてくる者がいた。


「弛みきっておりますな。本当に貴殿の言うとおりになるのであったらまずい状況になる」

「クゥイント殿……」


 ガイウスは意外な思いで話しかけてきた相手を見つめた。クゥイントは第一王宮騎士団の副団長であり、ガイウスの知る限り騎士団の中でも総長を代表とする騎士団のみで事に当たる強硬派の一員である。それも総長を信奉しているとさえ言われている人物である。そのクゥイントが自分の言葉に耳を傾けていたことに驚きを隠せなかったのである。


「勘違いしないでもらいたいが、私は今でも貴殿の言うことが真実だとは到底信じていない。しかし、先程の総長達が仰っていたように油断は禁物なのは確かなのでな。私は私の信念に従って行動しているだけなのだ」


 ガイウスの表情からクゥイントが話しかけた理由を説明した。それを聞いてもガイウスとしてはまだまだ騎士団幹部の中に柔軟に考えて行動出来る者がいることが嬉しかった。


「いや、それでも構わない。大切なのはこの国を『守る』ことなのだから、な」

「ふん。貴殿も中々分かっているではないか。それなのに総長閣下に噛みついているだけでは守れるものすら守れなくなるぞ」


 クゥイントは思っていた事を口にする。ガイウスはそれに対しては話すことはないと、初めの話題に戻した。


「……魔物の群れについてだがな、俺が知っている情報だと」


 ガイウスの頑固さに呆れ、苦笑するクゥイントは、次のガイウスから(もたら)された情報に目を見開いた。


「相手の数は五万から十万とのことだ」

「なんだと!」


 その声は仮設指令所にいる全員に聞こえるほどの大声であった。そのため、総長を含む指令所にいた全員の視線が二人に注がれる。しかし、クゥイントはその視線を感じとる事が出来ないほど驚いていた。


「それだけの数がいるならば我々だけでは歯が立たないではないか!!」

「だから、俺は傭兵達と共に闘うことを」


 ガイウスがそこまで話したところで、二人は騎士団総長であるルキウスから一喝された。


「貴様ら! ここを何処だと思っている。国を守る要となる場所だぞ。暇ならば貴様らも物見に出るがいい!」


 顔色を青くするクゥイントとは別にガイウスはその総長の言葉に是と返していた。


「了解しました。これより第三王宮騎士団副団長ガイウス・カッシウスは騎士団総長の命に従い物見の任務に行って参ります」


 それだけを言うと唖然としている指揮所内にいる者達を尻目に外へと出ていった。ルキウスも嫌味を言っただけであったが、それを本当に実行するとは思っておらず目を丸くしていた。次いで、怒りを顕わにすると用意されていた簡易設置型の椅子にドカッと座りこんだ。


「ふん。あの若造め。宰相からの推薦で採り立ててやった恩も忘れおってからに」


 ぶつぶつと文句を垂れ流すルキウスにクゥイントが恐る恐る声をかけた。


「あの、総長。そのガイウスの言っていたことなのですが……」

「なんだ? あの若造の言うことで気になることがあるとでも言うのか!?」


 その剣幕にクゥイントは一瞬身を竦ませるも、はっきりした口調で先程の話を伝えた。


「ガイウスが申すには魔物の数は五万から十万と……」


 その言葉が発せられたとき、仮設指揮所の中は沈黙に包まれた。そして次の瞬間全員が大笑いをしていた。


「ぐわっはっはっは。なんだそれは。クゥイント、貴様は奴に担がれているだけだぞ」


 しかし、クゥイントは馬鹿にされても尚、可能性があることを伝えようとしたが、ルキウスは取り合わなかった。そして指揮所内には笑いの後の弛緩した空気しか残らなかった。





 ガイウスは大股に自分の陣地へ戻ると、マルクを呼びだした。


「マルク。今すぐ出発するぞ」


 呼ばれたマルクは指揮所に詰めているはずの副団長がいることに吃驚した。そしてまた前日と同じことがあったのではと推測し、溜め息を吐いた。


「はぁ。副団長。私達はどちらに行くので?」


 マルクの少し馬鹿にした態度に目を細めるも、総長から与えられた任務について告げる。


「総長から直々に任命されてな。俺たちも物見に出るぞ」

「副団長、馬鹿を言わないでください。もし今出ている物見が重要な情報を持ち帰ったとしても我々だけ知ることができないじゃないですか。大人しくこちらでお待ち下さい」


 マルクは脱力しながらそう言うと、簡易設置型の椅子を指差した。ガイウスがそれでも行こうと強く主張しようとしたところで騎士が飛び込んできた。


「副団長大変です。至急指令所までお越しください」


 その騎士のあまりの慌てようにガイウスはとうとう来たのだと直感した。そして獰猛な笑みを見せると、マルクを置いて足早に仮設指令所へと戻るのであった。




「遅い!」


 ガイウスが戻るとルキウスが怒声を浴びせた。しかしガイウスは平然とした態度で用件を尋ねた。


「総長、今から物見に出るところでしたが、一体何がありましたか?」


 ガイウスの態度に青筋を立てるも、今は場合が場合と自分で自分を宥め、横にいる補佐官に手を挙げた。


「実は、先程物見の第一陣が戻って参りまして、報告を受けたのですが……」


 そこで言い詰まるとガイウスが後を引き継いだ。


「魔物の数は膨大。仮に算定しても五万は下らないということですか」


 その言葉に歯噛みするルキウス。自分達が笑った内容が事実そのものであったことに、そしてガイウスの言う通りであったことに忌々しさを感じていたのであった。


「ふん、奴らは()から攻めてくるそうだ。そこでだ、貴様には後詰をしてもらう、拒否は許さん」


 ガイウスはむっとしながらも内心では悪くないと考え、異を唱えることなく承諾した。


「謹んで拝命いたします」


 ルキウスは殊勝な態度に疑いの目を向けるが、すぐにそれどころではないと気付き、ガイウスに手で下がるように指示した。素直に引き下がったガイウスに第三騎士団団長が近寄る。


「ガイウス、いつもあれくらい素直に従ったらどうだ?」

「団長……、別に反抗したくてやっている訳ではないのですが」


 少し困った顔のガイウスの肩をポンポンと叩き、部隊の編成について話し合う。


「お前が後詰に回ってくれるとのことだが、我らが部隊もそこまで人数がいるわけでもない上に、流石に前線にでるのだからこっちに多く人を回してもらうことになる」

「構いません。後詰の人数が多いと変に疑われるだけですし」

「そう言ってくれると助かるよ。人選は任せる。お前が欲しい人材を持っていけ」


 ガイウスは第三騎士団団長の言葉に自分への信頼を感じ取り、感謝の念を込めて頭を下げる。団長は気にするなと言いたげに肩を一つ叩き、ルキウスの所へと戻る。ガイウスは心の中に巣くう不安を押し殺して、その後ろ姿を見送った。


――南というのが気になるな。団長どうか無事でいてください。


 そしてガイウスは人選のために第三騎士団の陣地へと戻るのであった。





 太陽が沈みかけ、夕陽により辺りが橙色に染まっていた。魔物の群れが既に目の前にある光景に、騎士たちはその色が帰宅を促し一日の終わりを告げる色ではなく、何か悪い事が起こる前兆のような不安を催す不吉な色に感じられた。


「目の前が全て魔物に埋め尽くされるなぞ、在ってはならぬ光景だな」

「ええ、しかし丁度いい具合に展開しております故、あの魔術で一網打尽にすることができましょう」

「うむ、では発動準備にかかれ」

「はっ!」


 ルキウスが命令したことにより陣地の真ん中で準備をしていた二百人の騎士達が詠唱を開始した。


「我願うは天の槌たる石」

「其の意志を示したる力に依り」

「地に這いずる生物に」

「遍く等しき死を与え給わん」


 朗々と続いていく詠唱と共に夕日が映える大地に大きな影が落ちる。その影は初め一つだけであったが、詠唱が続いていくうちに二つ、三つと増えていった。そうして影が十個になったところで魔術が放たれた。


「メテオレイン!!」


 その後の光景は騎士達にとって衝撃的なものであった。天より飛来する直径百メートルはあると思われる巨大な岩が真っ赤に燃えあがったまま次々と魔物の群れに突き刺さり、爆発していく。

 夕日が沈みかけ薄暗くなっていた風景は一変し、視界は白く染められる。聞こえてくるのは岩が地面に衝突した時の爆音と魔物の悲鳴。

 白く染まっていた視界は暫くすると赤色に染め直されていた。所々に残っていた木々は燃え上がり、魔物ですら燃え上がっていた。

 

「す、げぇ」


 一人の騎士が呟いたその言葉は騎士達に共通する思いであった。誰も口を開かない状況の中、騎士団総長であるルキウスが確認を求めた。


「魔物どもはどうしている?」


 ハッとなった騎士たちのうち空属性の使い手が空へと舞い上がり、目の前に広がる風景を俯瞰する。

 そこには、岩が直撃し圧死する、爆発の衝撃で四肢が千切れ飛び絶命する、四方八方にはじけ飛んだ岩石に殴打され命を落とす、そういった数々の原因により数千にまで減っていた魔物の群れがあった。

 また、率いていた《おさ》長が死亡したことで群れとしての機能は無くなっており、生き残った魔物達はお互いに争うものや逃げるものなど様々な動きを見せていた。

 

 俯瞰していた数名の騎士はお互いに頷くとルキウスの元へと戻った。そして見てきたことをそのまま報告する。


「ご報告します。魔物の群れは既に二千、多くても三千といった数となっておりました。またその生き残った魔物も統率がとれておらず、仲間割れも多数発生致しておりました」


 その報告にルキウスの周りにいた騎士達から歓声が沸いた。騎士達は万歳する者、お互いに抱きあうもの、肩をたたき合うものなど様々であったが、顔には一様にして喜びが彩られていた。ルキウスはその心情を理解しながら浮かれた気分に喝を入れる。


「ばかもん! まだ戦いは始まったばかりだ。魔法師達のおかげで敵の数は激減したが、未だに二千ないし三千は残っとる。向こうは混乱しておるのだ。こちらから仕掛けて奴らを殲滅するぞ」


 ルキウスの言葉が行き渡ると、今度は気合いを乗せた叫びが沸き起こった。そして騎士達は各陣地に駆け込んでいった。

 その後、各陣地から伝令の魔法により、準備完了の旨が伝えられた。それを受けルキウスが号令をかける。


「第一騎士団、第二騎士団突撃!」


ガァン、ガァン、ガァァァン


 その声が空属性の魔法により伝えられると同時に銅鑼が三回鳴らされ、騎士団の各陣地に響き渡った。そして第一、第二騎士団から雄叫びが上がり、馬を駆り突撃していった。


「第四騎士団は右手から、第五騎士団は左手から敵を殲滅せよ」


ガァン、ガァン、ガァァァン


 再度空属性の魔法によりルキウスの言葉が伝えられると同時に銅鑼が三回鳴らされる。そして第四、第五騎士団より雄叫びが轟き、第一、第二を迂回する形で魔物の群れへと突撃していった。


「第三騎士団、本陣はここにて別命あるまで待機。皆の健闘を祈る」


 それだけを言うと、ルキウスはガイウスを呼びだした。数分後、ガイウスがやってくるとルキウスは後詰ではなく後方への警戒を命じた。


「あの様子では後詰は必要ないだろう。よって貴殿には後方への警戒を任せたい。構わんな?」


 確認をとりながら実質命令であることを理解していたガイウスは素直に聞き入れた。


「了解しました。我が隊は後方への警戒任務に当たります」

「ふん、頼んだぞ」


――あのメテオレインは凄まじい威力であったが、あれだけとは到底思えん。後方への警戒とされているが、ここは元の東を見張っておいたほうが賢明か……。


 ガイウスはそう考え、既に東の方角を警戒していた傭兵団に合流すべく第三騎士団陣地へと足早に移動していった。






 少し時間が遡り、王都より東にある平野部。そこには「風の旅団」を筆頭とした王都中の傭兵達が集まり、陣を組んでいた。


「南のほうは王国軍だろ。大丈夫さ」

「俺だって心配なんぞしてないさ。それより南に出たんならこっちにはこねぇんじゃないか?」

「俺たちゃ命を顧みない傭兵ではあるが、命あっての物種なんだし別にいいじゃねぇか」

「そりゃそうだけどよ」


 傭兵達が気ままに陣の中で寛いでいるところをエストはゆっくりと歩いていた。


――皆、南に魔物の群れが現れたということで気が抜けていますね。さすがに武器を身近に置いておくほどの感覚は残しているみたいですが、これで王国軍が負けるとなったら士気はどうなるでしょうか。


 そうして傭兵達の様子を確認していたエストは突然南方から尋常ではない魔力量を感知した。同様に魔法を主軸に戦う魔法師達も顔を上げる。その様子に他の傭兵も次々と空を見上げていく。その時、南方の空が赤く染まり、巨大な岩石が落下しているのをエスト達は目撃した。


「おい、あれはなんだ!?」

「まさか、魔物の攻撃か。あんなのいくらなんでも防げないぞ」

「いや、あれは王国軍の魔術に違いない!」


 真偽の定かでない情報が錯綜し、(にわ)かに傭兵達の陣地が騒がしくなる。エストは足を速めて指令部へと駆けこんだ。その指令部でも南方の異変について浮足立っていた。


「おい、物見はまだか!?」

「お前らのところならすぐに調べられるだろ。さっさと行って来い」

「何を言う。情報収集なら任せろと豪語していたのはどっちだ」


 エストは喧々囂々の場の中、どっしりと腕を組んで簡易型椅子に座っているバスカーに話しかけた。


「団長、あの異変について指令部ではどう動いているのですか?」

「ん? エストか、戻っていたのか。別に動いちゃいないさ。あれは好き勝手に物見役を擦りつけ合っているだけさ」


 バスカーの軽い物言いに頭が痛くなる思いであったが、いつまでもこのままでは拙いと判断し、場を纏めるようバスカーに進言した。


「団長。流石に統率がとれない今の状況は危険です。ここは一喝して……」


 エストの言葉が終わる前にバスカーがとある人物を指差した。エストがその人物に目をやると指令所に大声が轟いた。


「てめえら。オロオロするんじゃねぇ! 上の俺らがオタオタしてたら何も始まらんぞ。ほれ、エスト。これからどうするか仕切りな」


 名指しを受けたエストに視線が集まる。エストは自分を名指しした相手に驚きながらこれからどうするかを示した。


「コホン。指名されたからにはやらないといけないでしょうね。皆さんまずは深呼吸をしましょう。南方の異変は現状我々に影響は出ていませんが、実態を把握しないことにはどうなるのか分かりません。であるならば落ち着いて行動することが必要ではないでしょうか」


 エストがそう伝えると、何人かがばつの悪そうな顔をした。そうして騒然としていた場は落ち着きを取り戻し、エスト主導の下、どう動くかが決められていった。

読んで下さりありがとうございます。


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