死線
今回はそれなりにグロテスクな内容が含まれています。苦手な人は注意してください。
「なんだ、真っ暗だぞ」
「ルーア松明で中央をかざしてくれ」
「よしきた」
ルーアはウォカの指示に従い、松明を広間中央に向けて掲げる。すると中央に巨大な影が浮き上がった。
「なっ」
影はルーアの松明の光に反応し、その場から一歩踏み出すと、その姿勢のまま大きな咆哮を上げた。
「グモオオオオオオオオオオオ」
あまりの音量に思わず耳をふさぐ子供達。そして影は一歩、また一歩と子供たちへと向かって歩いて来ていた。そして影が松明の明かりで正体がはっきりした時、ウォカは驚愕のあまり叫んでいた。
「ミ、ミノタウロス!!」
ルーア、コニー、ガリアも同様に驚く。
「ミノタウロスって街道に出没したら一つの騎士団丸々出撃して倒せるかどうかって相手じゃないか」
「なんでこんな浅い階層に出てくるんだよ」
ウォカとルーアがわめき散らしていると、ミノタウロスから威圧感が放たれる。それをまともに浴びたウォカとルーアはガタガタと足を震わせ、今にもへたり込みそうになっていた。
「か、勝てない。こんな奴は無理だ」
「でも、逃げることだってできないのよ。や、やるしかないでしょ」
ウォカが悲観に暮れているとコニーがその背を叩きしゃんとさせる。しかし叩いた本人も足は震え到底戦える状態ではなかった。
ミノタウロスは凄惨な笑みを浮かべ、弱者をいたぶるように決して急がずに子供達へと近づいていた。そうして子供達との距離が十メートルほどで止まると、再度咆哮を上げた。
「グモオオオオオオオオオオオ」
年長組はそのミノタウロスの大きさに圧倒され、また放射されている威圧感にすでに動くこともままならない状態となっていた。ミノタウロスの大きさは五メートルほどで、持っている戦斧も同じくらいの大きさで重量級の武器としては上等なものであった。
「あ、あああ」
ガリアが恐怖のあまり、声を漏らす。ミノタウロスはそれを耳聡く聞き拾い、凄惨な笑みを濃くしていた。そして斧を振りかぶり、子供達を一撃の下に殺そうとした時であった。
ドガアァァァァァァン
斧が急に爆発した。ミノタウロスは一体何が起こったのか分からず辺りを見回す。
「ウォカさん、ルーアさん。気をしっかり持って下さい。まだ戦ってもいないのに諦めてはだめです」
久斗が後方から魔法を放った姿勢のままウォカとルーアを叱咤する。次いで、コニー達に指示を送る。
「コニーさん、ガリアさん。一旦ウォカさん達を引っ張って下がってください。今リンちゃんが目晦ましをかけます」
久斗の言葉が終わるかどうかというところでミノタウロスの頭が闇に包まれる。それがリンの放った魔法の影響であるとコニーとガリアは瞬時に理解し、コニーがウォカを、ガリアがルーアを引っ張り入口まで後退した。しかし、そこでコニーは久斗とリンがいないことに気付く。
「ちょ、ちょっと! 久斗君にリンちゃん駄目よ。あいつの大きさならこの扉をくぐることは出来ないわ。だからさが……きゃあ」
「ブモオオオオ、ブモオオオオオオ」
コニーが久斗達に下がるよう説得をしているところへ、ミノタウロスから投げ飛ばされた戦斧が飛来する。それはコニー達のすぐ横の壁へと当たり、轟音を立てて壁を破壊していた。
「あ、ああ、あああああ!」
その光景にガリアがルーアを置いて二層への出口へと駆け出していた。
「ガリア! 一人で行くな!」
ウォカが制止するもガリアの姿は既に迷宮の光では捉えられない所へと走り去っており、見失ってしまう。
「そんな、ガリア……」
「コニー、しっかりしろ! 後ろでは久斗とリンが俺達の代わりに足止めしてくれているんだ。とにかく逃げるぞ」
ウォカはそう言うとコニーの手を引っ張り、通路を走る。ルーアも後方をしきりに振り返りながらそれに続く。そうして暫く走ったところで三人は一息つくことにした。
「ここまできたらもう大丈夫だろう。ガリアの姿が見えないってことはまだ先に行ってるんだな」
少し冷静さを取り戻したウォカが通路の先を見ながら呟く。それに反応したコニーが泣きながらウォカとルーアを責め立てた。
「だから、あたし言ったじゃない、ひっく。やめとこうって、ひっく。こんなことになるならもっと止めておけばよかった。うわああああん」
ウォカは居た堪れない気持ちで一杯であったが、それでも班長として残った班員を連れて戻るのが責務と、気持ちを切り替える。
「コニー、済まない。確かに俺が悪かった。だけどな、俺たちが倒れたら」
ウォカはコニーに謝り、何とか励まそうとしたところで羽音が聞こえてきた気がして辺りを見回した。そして顔を絶望に染める。
「おい、ウォカ。どうしたんだよ」
広間を気にしながらも心配になったルーアが尋ねると、ウォカは前方、二層への出口に続く道を無言のまま指差した。それに釣られてルーアとコニーが見たものは三層の広間に来るまでにさんざん相手をしてきた蛾型の魔物であった。まだまだ遠いところにいるため、三人に気付いた風ではなかった。
「うそだろ、あれだけの数なんて」
「そんな、あれは久斗君がいないと」
悲嘆しているところで、三人は魔物の一体が足で捕まえている物体に気がついた。
「なあ、あの真ん中あたりの蛾の数匹さ、何か持ってない?」
「ああ、あの大きさの蛾が運ぶものなんて……」
ウォカとルーアの頭に最悪の予想がよぎる。
「ねぇ、あの蛾達こっちに来てない?」
コニーは蛾達の持っているモノを意識的に考えないようにして、蛾達の群れを観察していた。そして気付いたことは、蛾型の魔物の群れが広間へと近づいて来ていることであった。
「あぁ、これは腹を括るしかないか。ルーア、盾と松明で極力あいつらを弾いてくれ。そしてそのまま真っ直ぐに突っ走るんだ」
「お前たちはどうするんだ」
ルーアがウォカの考えに気付いたように険しい顔をする。しかし、ウォカはルーアとの話は終わりとばかりに、コニーへ話しかけた。
「コニー、お前もルーアが切り開いた道を突っ走れ。お前くらい小柄で身軽なら身をかがめて走れば早々捕まらないさ」
「ウォカ、だめ。駄目だよ。それは」
コニーが必死の形相で引き留める。しかしウォカはそれを無視してルーア達の前に立つと、雄叫びを上げる。
「おらああああああ、蟲共こっちだああああああ」
そして、一直線に蛾型の魔物に突っ込んでいった。
「あ、ウォカ!」
「しかたない! いくぞコニー。俺たちだけでも突破してせめてターシャさん達に伝えるんだ!」
続けてルーアも盾と松明を掲げて走っていく。コニーも続こうとして、一度広間の方向へと振りかる。遠くで火属性の魔法による轟音と魔物が立てる轟音が間断なく鳴り響いていた。心配げな顔を見せ、その広間にいるであろう久斗とリンに届かぬ声をかける。
「もうちょっとだけ待ってて。必ず戻ってくるから」
それだけを言い残し、ルーアに続いて蛾型の魔物の群れへ突っ切っていった。
「この、蛾もどきがあ!」
「キュイイイイイイ」
ウォカの振り上げる大剣が魔物を一体切り裂いていく。さらに返す刃でもう一体の魔物を切り裂く。
「はぁはぁ。まだだ、まだ終わらせねえ」
ウォカの見つめる先ではルーアとコニーが蛾を振り切ろうと盾を、松明を、短剣を振りかざして懸命に走っていた。二人のところには魔物の数は少なく、そのうち走り抜けられるのではないかとウォカは考えていた。しかし、二人が急に足を止めたことで必死に叫びだしていた。
「止まるなあああ。さっさとい、けえええええ」
叫びながらもまた一体と魔物を斬り伏せるウォカであったが、それでも二人が動かないことを不審に思い駆け寄ろうとする。が、二人の見ている先のモノが目に入り大剣を握る手がゆるんでしまう。
「う、うそ、だろ。おい、ガリア! 返事しろ」
ウォカが見たモノとはガリアが四肢をもがれて蛾に運ばれる姿であった。その時、ガリアの頭がウォカに向く。そしてウォカは息をつめた。
「うっ。ガリア……」
その顔は無残にも魔物に食いちぎられており、既に絶命しているのがはっきりしていた。ウォカはガリアの死に一瞬体を止めてしまう。その隙を突き、蛾がウォカに体当たりを敢行する。ウォカはその衝撃で吹き飛ばされてしまっていた。その際に大剣を手放してしまい、丸腰となってしまう。さらには自身の体がうまく動かないことに気付いた。
「これは、まさか毒! 麻痺毒を含んだ鱗粉だと。ルーア、コニー!」
ウォカの目の前では自分と同じく麻痺毒に犯されていた二人が蛾にしがみ付かれようとしている光景が広がっていた。ガリアの姿を思いだし、二人の運命に思わず目をつぶる。そこに自身にも蛾の重みが加えられたことによりどうなってしまうのかを理解してしまった。
「みんな、すまん。すまん」
うわ言のように謝るウォカを襲ったのは蛾の噛みつきではなく、真っ赤な閃光であった。
「ギュピイイイイイイイ」
ウォカが思わず顔を上げると、紅い閃光に頭を貫かれている蛾達の姿が目に飛び込んできた。
「え、どういう……」
目の前の光景に呆けていると、とある女性の声が耳に届いた。
「ほら、これで終わりですわ。フレイムランス!」
その女性の言葉と共に、残っていた数少ない蛾型の魔物も全て頭を赤い閃光に貫かれ命を絶たれていた。
「ウォカ君、大丈夫?」
「ガリア君は……、もう手遅れだね。ごめん」
更に別の女性の声がしたことで、自分達は助かったのだとウォカはようやく理解した。
「ターシャさん、それにジェシカさんも」
「一体何があったの? それに久斗君とリンちゃんの姿が見えないのだけど」
ターシャは周囲を確認し、子供達の中に久斗とリンがいないことに気が付いていた。そしてそれをウォカに尋ねたのであったが、ウォカはそれに答えず、俯いてしまう。その様子に何かあったのだと理解したターシャはウォカを問い詰めた。
「一体何があったのか正直に答えなさい」
黙っていることなど許さないとばかりに詰め寄るターシャにウォカはぽつりぽつりと三層での出来事を語るのであった。
「リンちゃん、もうだめだ。逃げ……」
その言葉が終わらないうちにミノタウロスは纏わりついていた闇を手で払いのけ、怒りの咆哮を上げる。
「ブモオオオオオオオオ」
リンはその咆哮にびくっと体を震わせるも、再度闇魔法を行使しようと詠唱に入る。久斗はその間、ミノタウロスの前面に飛び出し、迫りくる剛腕を必死に避けていた。
「くう、このままだと魔術すら使えない」
久斗が三発目の剛腕を避けたところで、リンの魔法が完成する。そしてリンが放つと同時にミノタウロスの顔面に先程まで纏わりついていた闇が再度纏わりつく。ミノタウロスはあまりのうっとおしさに今までで最大の怒りの咆哮を上げながら腕をがむしゃらに振るった。
「ブウウウウモオオオオオオオオオオ」
「とりあえず、下がろう……」
リンの魔法で出来た時間で、ミノタウロスから離れる久斗。その久斗にリンが駆け寄った。
「ヒサトお兄ちゃん」
「リンちゃん。お願い、もう大丈夫だから下がっていて」
リンの顔色が真っ青であることに気付いた久斗はリンに懇願する。しかし、リンは首を横に振り、強い意志を感じさせる瞳を久斗に向けながら言葉を紡ぐ。
「ヒサトお兄ちゃんを残して帰れない。帰るのは皆一緒」
久斗はリンの頑固さに降参する。
「わかったよ。でも、危ないからあそこの影に隠れていて、ね」
そう言って指差した先は、ミノタウロスが斧を投げ飛ばした時に出来た瓦礫の山であった。リンは一瞬躊躇したが、久斗の指示に素直に従い瓦礫の山へと駆けていった。そして久斗がミノタウロスに振り向いたとき、ミノタウロスは自身に掛けられていた闇を払いのけていた。
「ブモオオオオオオ」
自分の目の前から獲物が消えていたことで戸惑いの声を上げるミノタウロス。久斗はその隙を突いて、魔術の詠唱に入った。
「其は悠久なる調べ、億万年より彼方から滔々と紡がれしもの」
ミノタウロスは周囲を睥睨し、詠唱中の久斗を見つける。そして、獲物が観念していると思い嗜虐の笑みを浮かべて、ゆっくりと歩み寄る。
「其の調べは火に通じ、水に通じ、大地に通じ、大気に通じ、神鳴りに通じるもの」
ミノタウロスは自分が近づくにつれ、魔力が濃くなっていることに気付く。そして慌てて獲物を見下すと、獲物を中心に膨大な魔力が渦巻いていた。その魔力に一瞬慄き、足を一歩後退させていた。それを自覚したミノタウロスは自分を奮起させるために再度咆哮を放った。
「ブモオオオオオオ、グモオオオオオオオオ」
しかし、久斗は聴覚を遮断したように全く咆哮を気にせずに詠唱を続けていた。
「其の調べを以って我の願い、祈りを」
ミノタウロスは詠唱が終わりに近づいたことで危機感を抱き、両手を組み合わせて大きな拳を作ると大きく振り上げた。
そこに久斗の魔術が完成する。
「今ここに叶え給え、インフィニット・ストレイン!!」
リンが瓦礫の影から顔を出して久斗の様子を窺った時にはミノタウロスが両手を振り上げていた。
「ヒサトお兄ちゃん」
リンの叫びが広間に木霊した瞬間、久斗から放たれた魔術がミノタウロスを襲った。
その魔術は無音の調べであった。広間に静寂が訪れる。しかし、それを聞いたミノタウロスはかたく握りしめて振り上げていた拳をほどき、頭を抱え込みだした。そして、一秒も経たずに目や耳、鼻といった顔の主要な器官から血を噴き出して、後ろへと倒れ込んだ。
ズウウゥゥゥゥゥゥン
地響きを立てて倒れ込んだミノタウロスはピクリとも動かなかった。地響きに驚いていたリンははっとすると久斗へと駆け寄った。
「ヒサトお兄ちゃん、大丈夫?」
久斗は魔法を放った後、そのまま地面に座り込んでいた。そんな久斗を心配して声をかけたリンであったが、久斗がニコリと微笑んだことで久斗に抱き付いてしまっていた。
「うう、ヒサトお兄ちゃんが死んじゃうと思った」
鼻声で喋るリンに久斗は安心させるように頭を何度も撫でていた。そうして暫くの間二人がそうしていると、倒れていたミノタウロスが咆えだした。
「ブウゥゥモオオォォォォォォ」
久斗とリンはびくりとして立ちあがるとそのまま入口まで走りだした。ミノタウロスは未だに倒れたままであったが、二人は急いで入口に向かっていった。そして、入口に辿り着いたところで扉に隠れて広間の様子を窺った。
「あれで生きてるってあのミノタウロスとかいう魔物、しつこすぎる」
「うう、もう動けない」
二人は息も絶え絶えの様子で隠れて窺っていた。中のミノタウロスは倒れたままであったが、腕は上空へと振り上げられており、一体何が起こるのかと心配であった。そこに声が掛けられる。
「久斗君、リンちゃん。無事!? 無事なのね」
そう言いながら近づいて来ていたのはターシャ達であった。ガリアの姿が見えず、コニーとルーアが互いに支え合っているのに疑問を抱いたが、安心感のほうが勝っていた。
「久斗様ぁぁぁ。ご無事ですか? ご無事ですのね」
そう叫びながら抱きついてきたのはエレインであった。エレインはそのまま久斗の頬をすりすりしながら、久斗を堪能していた。すかさずジェシカが頭を叩く。
「あう、痛いですわよ。一体何をするんですの」
「嬉しいのは分かるけど、久斗が迷惑してるでしょ。放しなさい」
ジェシカの背後ではアルムが目を吊り上げていた。リンも小さな声で「バカ」と呟いていた。
エレインが渋々久斗から離れるのを見計らって、ターシャが一体どうしたのかと問いかけた。
「久斗君、ここにいるってことは無事にミノタウロスから逃げられたの? それともやっつけちゃった?」
後半の言葉にウォカ達が驚くも、久斗は気付かずに何があったのかゆっくりと話し始めた。
「……ということでして、今はここに逃げ込んだところです」
話が終わり、ターシャが中の様子を窺う。
「広間がひどく明るいけど、久斗君ライトの魔法を使った?」
ターシャが何気なく久斗に問うと、子供達に動揺が走った。さらに、久斗が頷いたことでウォカが掴み掛ろうとするがアルムに止められる。
「後にしなさい。今はあのミノタウロスがどうなっているかです」
ターシャは倒れているミノタウロスを見つけると、一体どういう状況なのかを一瞬で悟った。そして子供達に振りかえり結論を告げた。
「あのミノタウロスなんだけど」
子供達の喉がごくっと鳴る。エレイン達も緊張に身を固くする。
「あれ、寝てるわよ」
その言葉にエレインが確認をする。
「あら、ほんと。寝てるわね」
子供達はあまりのことに驚き、声を失っていた。特に久斗は頼みの綱の魔術を放ったのに倒せていないことに自信も失っていた。そこにターシャの拍手を打つ音が響く。
「はいはい、何はともあれ、あのミノタウロスは貴方達を見失ったら広間から出ることはないでしょうし一旦地上に戻るわよ」
そう言って久斗を背負う。ジェシカもリンを背負いあげ、嫉妬を燃やしているエレイン、アルムへと声をかける。
「ほらほら、そこのお二人さんは敵が出たら活躍して褒めてもらえばいいでしょ。だから先を歩いていってね」
ジェシカの言葉に二人は周囲を警戒しながら不承不承歩きだす。それにウォカ達年長組が続き、ターシャ、ジェシカと歩きだした。そうして一行は地下迷宮を脱出していった。
読んで下さりありがとうございます。




