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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
一章 少年期編
39/69

三層

「あら? 律儀に待ってたんだ」


 ターシャはそう言いながら二層と三層を繋ぐ広間へと入ってきた。後ろにはエレイン、ジェシカ、アルムと、一層で会った時と同じ顔ぶれであった。


「え、いやだって。ターシャさんが待っておけと仰ってたじゃないですか」


 ウォカが突っ込むとコニーとガリアもそうだそうだと同意を示した。それにターシャは誤魔化すように声を荒げて言い返した。


「こんな危険な場所で本当に待ってるなんて思わなかったのよ」


 そんなターシャに突っ込みを入れたのは子供達ではなく、エレインとジェシカであった。


「ターシャさん、そんな適当なことばっかり仰いますなら()()とか()()とか暴露してしまいますわよ」

「エレインの言う通りよ。自分が心配だからって」

「きゃー。ちょっとそんなこと言わなくてもいいでしょ」


 わいわいと女性三人が(かしま)しい中、アルムが子供達に近づき、助け出した女性達についての報告を行った。


「君達が助けた女性達ですが、無事に『風の旅団』の団員に保護されて今王都へと運ばれています。衰弱している者がほとんどですが、命は大丈夫らしいとのことです」


 アルムの言葉に一同にほっとした空気が流れる。その時コニーがアルムにあることを尋ねようとした。


「あの、あの女の人達、その、あの、ゴブリンに」


 ちらちらと久斗とリンのほうを気にしながら言いづらそうにしているコニーに、アルムは一つ頷き、内容をぼかして答えた。


「コニー殿の懸念はもっともですが大丈夫ですよ。そういったことの対処をするのも()()の役目ですから」


 その答えにコニーはホッとする。そして元気よくウォカの背中をたたき、出発を促した。


「よし、じゃあ行きましょうよ」

「痛え。お前何でそんなに元気になってんだよ。さっきまでは幽霊みたいに青い顔をしてたくせによ」


 背中を思いっきり叩かれたウォカがそう文句を垂れていると、ルーアがやれやれとばかりに首をすくめた。そしてウォカの頭を一つ叩く。


「あで。ルーア、お前まで何するんだよ」

「ウォカ、さっきまでコニーが何を気にしていたか分かってるだろ。もう後顧の憂いがなくなったんだから気にするなよ」


 ルーアに諭され、仏頂面になったウォカであったが、両頬をパンと一叩きすると気分を切り替えて出発を告げた。


「よし、皆。三層に行くぞ。これまで以上に危険なところだと思うから気を引き締めていこう」


 ウォカの掛け声に、三人で言い合っていたターシャ達も気付き声をかけた。


「三層に行くのなら気をつけてね。絶対油断したら駄目よ」

「三層は一層、二層とはまた違った形での危険がありますわ。努々(ゆめゆめ)油断なさらないように」

「二人も言ってるけど地下迷宮での油断は命取りだよ。一歩間違えばあの女性達の姿は君らになるんだからね。気をつけて」


 それぞれが似たような注意をして見送っていく。アルムはこっそりと久斗にだけ注意を促した。


「久斗君。いざというときはちゃんと魔術を使ってくださいね。今までがすんなりいけたからといって、これからもそうとは限りませんから」


 久斗はその注意を嬉しく思い、素直に返事した。


「はい、危なくなったらちゃんと使います」

「ん、じゃあ行ってらっしゃい。これは景気付けよ」


 そう言ってアルムは久斗の頬へと口づけをした。それは子供達の年長組には気付かれなかったが、リンだけは見ていた。そして、ターシャ達も気付いており、その心境は穏やかではなかったが、表情は穏やかなまま出立を見送っていた。そして久斗達が見えなくなった後で言い争いが始まっていた。


 三層への階段を下っている途中でリンが久斗へと話しかけた。


「ヒサトお兄ちゃん」


 お兄ちゃんと呼ばれ慣れていない久斗はくすぐったい思いをしながらリン呼び掛けに応えた。


「どうしたの、リンちゃん」


 リンは久斗に尋ねられると、少しだけ頬を膨らましながら思った事を端的に述べた。


「デレデレしすぎ」


 そしてそれだけを言うとすたすたと早足でウォカ達の後を追っていった。


「え、ええ? リンちゃん、それどういうこと」


 混乱しつつも久斗は心の中で嬉しさを感じていた。


――あのリンちゃんがまだまだ微かだけど感情を見せてくれてる。それに僕の事もお兄ちゃんていってくれてるし。このまま良い変化が続けばいいなあ。


 久斗はリンが両親が殺害された場面に居合わせたことで感情を喪失してしまっていることを気に掛けていた。それが少しずつではあるが感情を取り戻している様子に胸が暖かくなっていた。





「これが三層」

「なんだか光の関係で気味悪さが増しているな」


 三層に辿り着いた一向は三層の淡く輝く赤い光に出迎えられた。赤い光は一層、二層と同様に壁、地面が光源となって迷宮内を照らしていた。壁の模様も同様であったが、青い光と違い、赤い光になることで不気味さが増していた。


「うわー、なにここ。かなり怖いんだけど」

「影になっているところの赤い色がなんだか血の色に見えてしまいますね」


 コニーとガリアも感想を漏らしたが、ガリアの感想で久斗やリンが嫌な顔をする。


「おい、ガリア。冗談でもそういうことは言うなよ。縁起悪いだろ」


 ウォカも聞き咎めていたのでガリアを(たしな)める。それを見ながらルーアがポツリと王都で収集していた情報を呟いた。


「確か、赤い色なのはそこで死んだ人が多いからだとか。その残念がこの地下迷宮の青い色を赤く染め上げたんだとか」


 その言葉でルーア以外の全員の動きが止まる。そしてウォカがようやっとのことで口を開いた。


「ルーア、お前何怖いこと言ってんだよ。不吉すぎるぞ」


 ルーアは皆の様子がおかしいのが自分の発言であることに気付き、素直に謝罪した。


「すまんすまん、怖がらせる積もりはなかったんだ。ただ王都のとある酒場で聞いた話をふと思い出しただけさ」

「頼むぜほんと。じゃあ先頭を頼むよ」

「ああ、任せてくれ」


 ルーアは胸を叩いて広間の出口へと向かっていった。その後に陣形を崩さずにウォカ達も続いていった。

 そうして広間を出て数分もしないうちに羽音が聞こえてきた。


ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン


 その音が聞こえてきたのでルーアが立ち止まる。そして手で全員に魔物襲来の合図を示した。その合図にそれぞれが臨戦態勢になる中、羽音は複数に増えていき、地下迷宮の通路に鳴り響いていく。


「おいおい、これって絶対一匹じゃないぞ。下手すれば十匹以上いるんじゃないか」


 ウォカが顔を引き()らせて独り言を言うのと同時に、羽音の原因が姿を見せた。


「うう、またきもいー」


 コニーが泣き言を漏らしたが、ウォカ達はその姿に圧倒されていた。羽音を出していたのは蟲型の魔物で、芋虫型ではなく蛾型であった。ウォカは一層の芋虫が羽化したらあれになるのでは、と考えるが真相は分からなかった。蛾の大きさは一メートルほどで高さ二メートル辺りを飛んでいた。移動した後には翅の振動によって落ちた鱗粉が宙を舞っていた。


「ヒサト、火の魔法で撃ち落とせるか?」

「やってみます」


 そう言うと久斗は子供達の前にでて中級魔法の詠唱を開始する。


「……我願うは全てを燃やせし力、炎の精霊たちよ」


 詠唱は続き、久斗が放とうとした時であった。


「きゃあああ」

「リンちゃん!」


 後方からリンの悲鳴が上がる。久斗はその悲鳴に動揺し、魔法が不発してしう。


「く、ヒサト。もう一度やれ! 敵は俺たちが抑える」


 ウォカはそう言うと既に近くまで寄って来ていた一匹に切りかかる。ルーアもそれに続いて松明を掲げ燃やそうと振りまくった。


「でも、リンちゃんが!」

「リンは大丈夫よ。あたしとガリアも付いてるから安心して」


 久斗が迷っているところにコニーの声が届く。久斗が後ろを振り返ると、そこには短剣に紐をくくりつけ器用に魔物へと投げつけているコニーの姿があった。またガリアもリンの近くで近寄ってきた魔物に斧を振りかざしていた。


「ヒサト、早く! 空に浮かれたら俺たちには手も足も出ないんだ」


――今ここで僕がしないとみんな死んじゃう! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!


 ウォカの叫びに久斗はリンの事を一旦意識から押しのけ、再度詠唱に入った。


「……我願うは高き炎、鋭き炎」


――おいおい、今久斗が詠唱しているのってさっきの奴と違うぞ。一体何を詠唱しているんだ。


 ルーアが久斗の詠唱を聞き取り困惑するが、すぐに蛾へと意識を向けて松明を振りかざす。その間も詠唱は朗々と続いていった。


「我欲すは炎の追撃、遍く敵を撃ち落とし給え、フレイムランス!!」


 その魔法が発動すると同時に久斗の頭上に炎で出来た槍が出現する。次いで、久斗は手を掲げると一気に振り下ろした。その動作に合わせるように炎の槍が宙をもの凄い速さで突き進んでいく。


「ギュイイイイイイ」


 それは一匹の蛾を貫き、その炎で燃やしていった。そうして一匹の蛾が燃え尽きたところで槍が分化し、それぞれが蛾へと飛んでいき、刺し貫いては燃やしていく。それは後方でコニー、ガリア、リンと戦っていた蛾も例外ではなく炎の槍で刺し貫かれ燃やし尽くされていった。

 そうして蛾型の魔物との戦いは幕を閉じた。


「ヒサト、お前さんの引き出しは幾つあるんだ」


 ウォカがを久斗に戸惑いながら声をかけた。しかし、その声には恐怖が混じっていた。久斗はそれを敏感に察知しウォカを、そして周りの面子を見た。彼らの顔には一様に戸惑いと恐怖が混じった複雑な表情が貼り付けられていた。


「あ、あの……」


 久斗はそれだけを言うも、それ以上に何も言えなかった。相手が自分に恐怖を感じていることに驚き、戸惑っていたからである。

 またウォカを初めとする子供達も、自分達が久斗に恐れを抱いていることが気付かれたのを久斗の表情から察し、どう言えばいいのか困惑していた。

 

 その時であった。


「ヒサトお兄ちゃん、ありがと」


 リンが久斗へと近づき、背中に抱きついたのであった。リンは久斗が孤立しているように見え寂しさを感じ、せめて自分だけでも味方であることを示そうとしたのであった。そしてそのリンの行動でコニー、さらにはルーアが久斗への自分たちの対応が間違っていることに気付き、ばつの悪そうな顔をした。


「あー、そのさ。久斗君ごめんね」

「悪かった。同室のよしみで許してくれないか」


 二人が謝ったことでウォカ、ガリアも自身の過ちに気付き、すっと頭を下げて謝罪した。


「すまんかった。ちょっと驚いただけ、とは言えないよな。ほんとすまん」

「申し訳ない。同じ班員、しかも年下に対して取る態度ではなかったよ」


 久斗は年長組が次々に謝ってくる現状に、先程までとは違う戸惑いが発生し、あたふたしてしまう。


「あああ、あの、その。気にしていませんから、その……」

「ぷ」


 そのあまりの慌て具合にコニーが噴き出す。そして他の年長組も笑いだし、地下迷宮に笑い声が木霊するのであった。




「ははは、いやほんと悪いとは思ってるんだぞ。でもなあの時のあの姿はさすがに、くくく」


 ウォカが笑いながら頭を下げるが()()は機嫌を直さなかった。他の年長組も久斗ではなく、リンに謝るも機嫌が元に戻ることはなく、ずっと久斗に張り付いたままであった。

 あの皆が大笑いをした後に久斗は年長組を許していたのだが、リンは久斗が笑われたことにひどく腹を立てていたのであった。


「ほら、リンちゃん。僕ももう気にしていないのだから機嫌直そうよ」


 久斗がそう語りかけてもリンは久斗の背中で否定を示すように頭を振る。久斗やウォカ達は仕方ないとばかりにお互いに肩を竦めた。そしてウォカが出発を告げる。


「いい加減、ここに留まっているのは得策じゃないな。さっさと三層の深部に行って今回の課題を終わらせよう」


 その言葉に子供達は頷き、装備陣形を整えて出発した。その際、リンは未だに久斗に張り付いたままであったが、誰も注意することはなかった。





「ここが最深部か、やっと着いたな」


 子供達の目の前には模様などと同様で一層、二層で見かけたものと同じであった。


「あの蛾、多すぎだろ。殆どヒサトに頼る形になっちまった」


 子供達が最深部に到着するまでに蛾型の魔物との遭遇が三度あり、そのどれもが十数匹の群れであった。それ故、ウォカやコニーといった近接戦が主体の者は武器を持って飛びかかる形となり疲労困憊となっていた。


「それにしても、ヒサトは魔力量が尋常じゃないですね」


 ガリアが感心したように呟いた。その声音にはもう恐怖は微塵もなかった。


「それを言うならリンもだろ。この二人、なんであんなに魔法をぶっ放していて平気なんだ」


 リンは一回目の蛾型の魔物との遭遇では何も出来ず怯えていただけであったが、二度目からは闇属性の魔法を使った奇襲を軸に戦闘に貢献していた。


「なんでと言われても、分からないですよ」

「そりゃそうだろうな」


 久斗が返答に困っていると、ルーアが話を切り替えた。


「ヒサト達が魔法の使い過ぎによる魔力枯渇に陥るよりよっぽどいいさ。それより俺は、今回は何が待ち伏せているのかが凄く気になる」


 その言葉に全員の視線が扉へと向けられる。そして、次いでコニーへと向けられた。


「はいはい、あたしの出番ってことよね」


 コニーは皆の視線の意味を理解し、片手を上げながら扉へと近づいていった。扉の近くまでいくと二層同様に怪訝な顔を見せ、そして驚愕に(おのの)いた。そんなコニーの様子を不思議に思い、ガリアが声をかける。


「コニー先輩、どうしましたか?」


 コニーはガリアの呼びかけで、ゆっくりと扉から後ずさり、子供達のいる場所へと戻った。


「お前があんなに驚くなんて珍しいな」

「全くだ。今日の晩飯はきっと変なものが入ってるぜ」


 ウォカとルーアが戻ってきたコニーを冷やかした。しかし、コニーは怒ることなく、真剣な顔でウォカに提案した。


「……ねぇウォカ、ここらで戻るのってできないかな?」

「は?」


 ウォカは何を言われたのか理解できずに動きが止まる。ウォカだけでなく、ルーアやガリアも言われたことが理解できずにいた。コニーはそんな二人を全く気に掛けず、再度ウォカに提案する。


「ねぇ、戻ろうよ。団長に怒られるのは一緒してあげるから、ね」


 その焦りも含んだ様子に久斗が理由を問うた。


「コニーさん、一体何を感じたのですか?」


 コニーは久斗の問いに一瞬顔がゆがむも、大きく息を吐いてから答え出した。


「あたしが感じた数はたったの一体」

「一体だったら余計戻ることないだろ。ここで終わりなんだぜ」


 ウォカが拗ねたように口を開くがそれはルーアの合図で止められる。それに感謝しながらコニーは続けた。


「でもね、あたしの感知が間違っていなければ奥にいるのはあたしたちでは絶対勝てないわ」

「勝てないって、そんなのやってみなけりゃ分からないだろ」


 ウォカが反論するとコニーは顔を青くしながら理由を述べた。


「あの扉に近づいた時にね、奥からいきなり威圧感を感じたの。それもとびきりのよ。あたしが近づいたことなんて簡単に分かるほど気配察知に長けていて、更にあれほどの威圧感を出せるなんてよっぽどの敵よ。お願い、ここは引きましょう」


 最後に懇願をしてコニーは俯いた。コニーをのぞく視線がウォカに集まる。ウォカはその視線を感じながら、心の中で迷っていた。


――コニーの言う通りなら、ここで下がってももしかしたら大丈夫なのかもしれない。それは多分自分たちの力量を分からせるということなんだろうしな。でも、俺は試したい。ここまで来て尻尾を巻いて逃げたくない。


 ウォカは自身で出した答えを全員に告げる。


「それなら、俺はウォカに一票かな。俺だってここまで来たんだ。最後までやり通したい」

「僕も、コニー先輩の懸念も分かりますがやっぱりウォカ先輩に従います」


 コニーは年長組の答えに落胆し、次いで久斗達に水を向ける。


「あなたたちはどう? 今は一対三でほぼ行くことが決まってるけど」


 久斗はリンと顔を見合わせた後に自分の考えを述べた。


「僕は正直どっちがいいのかは分かりません。ただ全員が死なない選択を選べればと思います。これはリンちゃんも同じ気持ちのはずです」


 リンに、そうだよね、と顔を向けると頷かれる。そしてその答えを聞いたウォカは最終判断を下した。


「一度だけ挑んでみよう。もしだめならリンの闇魔法を使って撤退する。それでどうだ?」


 コニーはウォカの判断では不十分だと感じながらも、決定に従った。その後、持って来ていた携帯食料や飲料水を口にし、万全の態勢を整えた。


「よし、それじゃあ準備はいいな。いくぞ!」


 そして扉はウォカとルーアによりゆっくりと開かれていった。

 

読んで下さりありがとうございます。


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