二層
「さて、ここが二階層か。まあ一階層とそこまで変わり映えしないのは当たり前か」
ウォカは階段を下りると辺りを見回した。そこには淡い青い光を発している壁と地面という一階層と同じ光景が広がっていた。
「でも、ここの模様は一階層とは微妙に違うっぽいよ」
ルーアが壁を手でなぞりながらウォカの発言に訂正を入れる。そしてそのまま松明を部屋の出口へと向ける。
「あそこが出口みたいだな。コニー、気配はどうだ?」
「ここから感じる分には何もいないみたいね。ていうかさもうあの蟲型いないよね?」
体をぶるぶると震わし、二の腕を擦りながらコニーが答えた。しかし、コニーの問いに答えられるものはおらず、しばし無言となった。
「ね、ねぇ。何でみんな黙ってるの? 何か見つけたの?」
その問いに反応したのは久斗であった。久斗は指を出口に向けながら目を見開く。次いでリンも久斗と同じように指を出口に向け目を見開いた。その二人の反応にコニーが恐る恐る出口へ目を向ける。
しかし、そこには何もいなかった。
「あれ? 何もいないじゃん」
コニーは拍子抜けし、ウォカやルーアに注意してもらおうと二人のほうを向いた。しかし、その二人もまた、指を出口へと向け目を見開いていた。
コニーは自分を含めて六人いるうちの四人が同じ反応をしていることに再度恐怖が背中を走り抜け、体を震わせた。
そして、その肩に手が置かれた瞬間。
「きゃあああああああ」
コニーの絶叫が地下迷宮内に響き渡った。そしてそんなコニーの反応にげらげらと笑いだしたのはウォカとルーアであった。久斗は口を押さえてコニーから顔をそむけ、リンは無表情で一階層への階段を眺めていた。そこでコニーは気付く。
「あ、あなた達。まさか!!」
「おう、騙されるほうが悪いんだよ。ぎゃはははは」
ウォカはコニーの問いかけを肯定する。そしてコニーの怒りが爆発した。
「ゆるさーーーん。あなた達そこに正座しなさい!!」
「まぁまぁコニー先輩。ここでそんな事をしてもしかたごふぅ」
コニーは怒り心頭に発し、ウォカやルーアを追いかけようとしたがガリアに制止される。しかしその制止を振り払うようにガリアの腹に一発重い拳を叩きこんで黙らせた。そしてゆっくりとウォカやルーアに近寄っていく。
その時、久斗が鋭い声を上げた。
「っ! 前より魔物!」
その声にはっとする三人。そして久斗の言うとおり出口へと目を向けるとそこには人型の魔物が三体歩いて来ていた。その魔物にルーアが松明を向ける。
「……ゴブリンか」
ルーアの呟きで久斗は相手の正体を知る。そしてコニーに小さな声で質問した。
「コニーさん。あれがゴブリンなのですか?」
久斗の問いに一瞬怪訝な顔を見せるコニーであったが、あまり気にせずに久斗の質問に答えた。
「そうよ。特徴はあの緑色の体色で服を着ないの。ただ武器を持つ個体もいるし、今回は三体だけど、数が多い時があるから油断できない相手よ」
相手は松明の灯りを認識しており、ルーア目掛けて一直線に近寄っていた。ウォカが小声で指示を出す。
「ルーアはそのまま松明を持って相手を引きつけてくれ。ガリアとコニーは松明の明かりに隠れるようにして敵に接近して一撃離脱を狙ってくれ。残ったのを俺と久斗、リンでたたく」
ウォカの指令に全員が無言でうなずいた時、リンが近くにいた久斗にしか聞こえないような声で詠唱を唱え始めた。それを不思議に思いリンに振り向くが、その時点で詠唱が完成し魔法が解き放たれた。
「……相手の視界を奪いたまえ、ダークネス」
リンから真っ黒な霧が噴き出し、それは中空で留まったかと思うと急速に三体のゴブリンへと流れていった。
「リン!」
ウォカが事態の変化についていけずリンの名前を大声で叫ぶが、当のリンは何事もないように誰にともなく話しかけた。
「あれで敵の目を奪った。後は攻撃するだけ」
そのリンの言葉に真っ先に反応したコニーが一気にゴブリン達へと近づいていった。遅れてガリアも走りだした。そしてウォカが止める間もなく、それぞれ一体ずつ自分の得物で切り裂いていった。
「ぎいいいいい」
「ぐううううう」
二体の断末魔に驚いた最後の一体はしかし、飛んできた矢が頭部へと突き刺さり何が起こったのか分からぬままに絶命した。
その光景を呆気にとられて眺めていたウォカとルーアはすぐに頭を振って気を取り直すと集合の号令をかけた。
「一旦集まれ!」
その呼び声にすっと集まる子供たち。そこでまずルーアが口を開いた。
「今の戦闘で色々言いたいことがある。まずはリンちゃんだ」
リンを一睨みして、注意を述べる。
「魔法を使うなら使うで、事前に俺たちへ言っておいてくれ。いきなりあんな事をされても対処できないからさ」
「わかった」
リンが素直に頷いたのでそれ以上は言うことなく続いて久斗を一睨みした。
「ヒサト、お前さんもリンと同じだ。予定にない事をされても危ないのはこっちなんだからな」
「へ? ヒサト君て何かしたの?」
コニーの素っ頓狂な声にウォカ、それとルーアにガリアもため息を吐いた。
「最後の矢は確実にこいつだろうが。俺らの中で弓矢を持ってるのはこいつだけなんだからさ」
親指で指し示しすウォカ。それにコニーがぽんと手を叩いた。
「あ、あー、なるほど。そういうことね」
「分かればいいんだよ。それで話を戻すけどな。ヒサト、確かにあの時はあれでよかったかも知れんがやっぱり一声こっちに知らせてくれ。そうじゃないと下手すれば味方を誤射していたかもしれないぞ」
「あう。ごめんなさい」
久斗が神妙に謝ると、ルーアは話はここまでとウォカの肩を叩いた。それでウォカも頭を切り替えた。
「はぁ。話しはここまでだ。ここはある意味敵地だしな。もう同じことをするんじゃないぞ」
「はい」
久斗とリンの返事に満足したウォカは探索を続けるため、ルーアに出発を促した。
「じゃあ、ルーア。済まないけどまた先頭を頼む」
「任せろ」
そうしてルーアを先頭に子供たち一行は二階層へと乗りだした。
二階層では一階層への階段がある広間で出会ったゴブリンの他に、一階層でも出会った芋虫型の魔物、さらには狼型の魔物と遭遇していた。
ザシュ
「ふう、狼型がやっぱり厄介だな」
「そうね、素早いし、あの顎で噛みつかれたら危ないもんね」
コニーは狼に刺していた短剣を引き抜くと血糊を拭きとる。コニーの台詞に同意したのはルーアであった。
「全くだね。見てみろよ、俺の盾。端っこのほうは噛みとられて歪になってしまってるぞ」
全員がルーアの盾を見て、狼型の魔物の噛みつかれた時の威力を様々と思い知った。ルーアの盾はただの鉄製ではあるが、その鉄を狼の顎の形そのままに噛み千切られていたのであった。
――鉄でこれなら人なんて簡単に噛み千切られちゃうだろうな。僕はいいけど、リンちゃんは……。
久斗が心配げにリンを見やると無表情は相変わらずであったが、体が少し震えていることに気が付いた。
――やっぱり。ここはウォカさんに頼んで……。
「それじゃあ、狼が出てきたときはコニーとリンは下がっていてくれ。お前達に何かあったら俺たちが申し訳立たん」
久斗がウォカに頼もうとしていた事をウォカ自身が切り出していた。その言葉におけるリンとコニーの反応は真逆のものであった。
「ちょっと、どういうことよ! 女だからって馬鹿にしないでよ。さっきだって止めを刺したのはあたしなのよ」
コニーはいきり立ったが、リンは胸を撫で下ろしていた。そして久斗の傍に無意識に近寄っていた。
「コニー、お前の言い分も分からなくもないがな、単純に短剣で相手をするのは厳しいと言ってるんだ。実際さっきだって久斗のパワーアップがなかったらどう転んでいたか分からなかったじゃないか」
「そ、それはそうだけどさ……」
ウォカの台詞にコニーは言い淀む。そこにガリアがコニーに一つ提案を持ちかけた。
「じゃあコニー先輩には別の魔物の時に頑張ってもらいましょうよ。例えば」
「例えば?」
コニーが興味津々に聞くとガリアがニヤッと顔を歪めた。
「例えば、そう芋虫型の魔物とか」
「い、も、むし?」
「そうです。あの芋虫型の魔物は全てコニー先輩に任せましょう」
そして地下迷宮内に再度コニーの絶叫が響き渡った。
「いやああああああ、ガリア、あんた何言ってるのよ。そんなの出来るわけないじゃない!」
短剣をぶんぶんと振りまわしながらガリアに迫るコニーに、本気で逃げるガリアは自分の主張を言いたてる。
「ほら、コニー先輩自身にだって苦手なものがあるんでしょ。だったら狼型の魔物の件だって同じじゃないですか。得手不得手の問題なんですよ」
そのガリアの言い分に、コニーはピタッと止まる。そしてガリアに一度凄んでからウォカに告げる。
「ウォカ、分かったわよ。あなた達の言うことに従ってあげる。でもヒサト君とリンちゃんが危なくなったら躊躇なく参戦するからね」
「ああ、それで構わない。後ろがお前で助かる」
ウォカが心の底から言ってるのが分かり、照れ隠しにふんと鼻を鳴らすコニー。それに苦笑しながらウォカは出発を告げた。
「時間も大分とられてしまった。でも後もうちょっとで二層の最深部のはずだから、みんな行くぞ!」
子供たちはウォカの号令一下、迷宮の奥へと進んでいくのであった。そして十回ほどの魔物の襲撃を怪我を負うことなく退け、最深部に辿り着いた。
「これはまた」
「一層と同じ装飾か。てことはここが一番奥の広間であっているんだろうな」
子供たちの目の前には一層にあった模様と同じように荘厳でありながら不気味さを感じさせる模様が刻まれていた。リンがその威圧感から久斗の背中へと隠れる。
「今回もコニー、頼んだぞ」
「仕方ないわね。それに今回は芋虫型じゃないでしょうしね」
そう軽く返して扉へと近づいていくコニー。途中で怪訝な顔となり、扉に着くころには嫌悪感丸出しの表情となっていた。そして暫く扉付近で向こう側を窺った後に子供達の元へと戻ってきた。
「おいおい、どうしたんだ? なんだか顔が険しいぞ」
コニーはウォカの軽口には答えず、黙ったままであった。少しは我慢していたウォカであったが、ずっと黙っている状況に耐えられず、コニーに詰め寄った。
「おい、いい加減向こう側に何がいたのか話せよ。一体何の気配を探り当てたんだ?」
コニーはウォカを一瞥したが、それでも無言であった。それに怒るウォカであったが、ガリアが止める。
「ウォカ先輩、少し待って下さい。コニー先輩がこうなった時ってもう絶対喋りませんから」
ガリアの経験に基づいた諌めにウォカは舌打ちして、その場にドスンと座りこんだ。ルーアや久斗、リンはコニーを心配げに見やっていた。そして、約五分後にコニーは口を開いた。
「ふう、怒りを抑えるのも大変よね」
「怒りを抑えるぅ? 一体何の気配を察知したんだよ」
座ったままウォカがコニーに問う。コニーは手をひらひらさせて答えた。
「あぁ、さっきは御免ね。中にはゴブリンの村と思うんだけど、ゴブリンの気配ばっかだったわ。ただ……」
「ただ、なんですか先輩?」
ガリアの促しにコニーは顔を顰めて続きを口にする。
「中には人の気配も数人分あったのよ。多分先に入っていた冒険者か私たちみたいな傭兵の卵だと思うんだけどね」
その言葉に一同に緊張が走った。そしてウォカが勢いよく立ちあがると咆えたてた。
「ならさっさと救出しに行かないと!」
しかし、それはルーアによって止められた。ウォカはルーアを睨んでがなり立てる。
「何で止めるんだよ。ゴブリンの群れに人間の気配の時点で一体何が行われているのか分かりきってるだろ」
「それはそうだが、俺たちは何も態勢を整えていないんだ。今無謀に突っ込んでも俺たちもやられるだけだ。ほら落ち着けって」
ルーアに言い返され、残りの四人の姿が目に入り冷静さを取り戻したウォカはルーアへと謝った。
「す、すまん」
「いいさ、それがお前の持ち味だしな。さ、どう対処していくか皆で決めていこうぜ」
そして子供達は円陣を組み、二層大広間攻略に向けて話し合いを進めていった。
「てことで、いけるか。役割分担も大丈夫だな」
「駄目だったら、一旦何でもいいから上に打ち上げてくれ。それでそこに集合しよう」
ウォカとルーアが中心となり攻略作戦が決まり、準備へと入る子供達。その中で久斗は詠唱を始めていた。
「我願うは無双たりえる力、無限の炎の力を今ここに呼び寄せん、パワーアップ!」
その魔法で久斗含め六人に火の補助魔法が掛けられる。他にもウォカのスピードアップ、リンのスタミナアップ等も掛けれていった。
「よし、ルーア頼む」
「おうよ」
ウォカの願いに応え、ルーアが扉を開けていく。そうして広がった光景はコニーの言う通りでゴブリン達の村であった。ルーアは右奥から女性の艶やかな声が微かに聞こえてきているのを敏感に察知し指差す。
「よし、あっちだ、いけ。後は作戦通りに」
「そっちも失敗すんなよ」
ルーアはウォカ達から離れゴブリンの村にまっすぐ突っ走っていく。
「おらあああ」
村の中ほどまで突っ切ったところでのルーアの咆哮にゴブリン達の視線がルーアへと注がれる。その間に残りの五人がゴブリンの村へと散っていった。
久斗、リンの年少組は村の粗末な家とも言えない掘立小屋に火をつけていく。その際、リンは闇魔法で自分たちの姿を闇に溶かし、ゴブリンから見えなくさせていた。
ウォカとコニー、ガリアの三人は女性の声が響いてきた方向へと走っていっていた。途中で出くわしたゴブリンはそれぞれ魔法や自身の獲物で屠っていく。
パチパチパチ
火が燃え広がる音がしていくに従い、その場にいたゴブリン達の混乱はどんどん加速していった。しかし、村の中央ではルーアがゴブリンの攻撃を壁を背にしながら必死に防いでいた。
「ぐぎゅぎゅあー」
一体のゴブリンが筋肉の発達した腕で殴りかかる。それをルーアは盾で上手く横に受け流していく。
「く、もういい加減腕がしびれてきやがった。早くウォカ達来てくれねぇかな」
ぼやいても仕方がないと次々に襲いかかってくるゴブリンをその手に構えた盾で捌き、叩き、弾きいていく。しかし、圧倒的物量はそれを覆そうと躍起になって襲いかかっていく。
「くそ、もう、無理だ、ぞ。はあはあ」
ゴブリン一体一体は小柄で大きいものでも百二十センチメートルくらいであったが、その数は何十体と見えていた。そしてルーアは身長百七十センチメートルと大柄であったが、その数に圧倒され盾も所々凹んでいた。
「ぐぎゃああああ」
「ぎゅおおおおお」
その時、ゴブリン達の群れの後ろで叫び声が続々と上がっていった。
「や、やっとかよ。助かった」
ゴブリン達に襲いかかっていたのはウォカやコニー、ガリアであった。それぞれが得物を以ってゴブリン達を惨殺していく。さらには別方向からもゴブリン達の悲鳴が上がった。
「あれ? あっちは……。久斗達か、無茶しやがる」
リンの闇魔法を隠れ蓑にして、久斗が魔術を行使しゴブリン達を焼き払っていたのであった。魔術はウォカ達を助けるという前提で使用することは事前に許可されていた他、気付かれないということも相まって積極的に使用していた。
そうしてゴブリンの悲鳴が途絶えた頃には生きている者は子供達しかいなかった。
「ウォカ、もう少し早く助けに来られなかったのか?」
「そう言うなよ。実は女性が五人もいてな。あそこでターシャさん達が来てくれなかったら、助けられなかったかもしれねぇ」
五人という数に驚きの表情を見せるルーアであったが、ウォカの台詞で他の部分に引っ掛かりを覚え確認をとった。
「ウォカさ、今ターシャさん達って言わなかった?」
「言ったよ。呆けんなよ」
「マ、マジで? こっちに来るのかな?」
久斗もターシャの名前を聞いたことで会えるかもと期待したが、コニーが否定した。
「それがさ、女性達を一旦地上に送り届けるからあたし達はここで待機だってさ」
その言葉にルーアは疑問を呈した。
「それって女性達、無事に街まで戻れるのか?」
それに対してコニーが答えようとしたところで、ウォカが面白くなさそうに呟いた。
「なんでも、別行動でこっちに来ている旅団員がいるんだとさ。過保護になってんのかよ……」
その言葉でウォカの心中を察し、自らの顔も面白くなさそうになってるんだろうなと思うルーアであった。
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