特訓
「お粗末な動きだな」
「……久斗君は積極的に動いていないみたいですね」
「あいつに魔術なんか使わしたら大変なことになるからな、別にいいんじゃないか」
「それもそうですね」
模擬戦を観戦していたバスカーとエストは子供たちの動きに辛辣な評価を下していた。
「俺らだってあいつらの頃はあんなもんだったさ。あれくらいの年齢はすぐに伸びる。今日見たことは明日には既に直ってるさ」
エスト達の評価に異議を唱えながらやってきたのはエリックだった。エストは意外な人物の登場に訝しげな眼を向ける。
「エリック、あなたは何か変な物でも食べましたか?」
「馬鹿言うんじゃない。ただの通行人さ。たまたま見えたからぶらっと寄ってみただけだ」
エリックはそう言いながら、久斗達に目を向ける。その目には万感の思いが宿っており、エストにはエリックが何を考えているのかが全く分からなかった。
「そうか、てっきり久斗を見に来たのかと思ったぞ」
バスカーは茶化すようにエリックに話しかける。エリックはその台詞を鼻で笑い、踵を返した。
「はん、俺があんな坊主を見てどうしろっていうんだ。ほんとに気が向いただけだよ。そう、気がな……」
そのままエリックは建物のほうへと歩いていった。バスカーとエストはそれを苦笑しつつ見送った。
その日の夜、久斗達の寝室にはガリア、コニー、リンも集まり昼間の続きを行っていた。
「だからさ、俺の大剣とお前の斧ならほとんどの敵は潰せるんだからさ……」
「だからと言って守備を疎かには出来ないだろ」
「そうは言うけどよ」
主にウォカとルーアが口論し、それにガリア、コニーが口を挿む形で進んでいっていた。リンは話し合いの内容を殆ど聞いておらず、ずっとフォクシと戯れていた。久斗はそんなリンの世話をしながら話し合いに参加していた。
「じゃあさ、ここはヒサトとリンの意見を聞いてみようぜ」
「そうだな。俺らじゃいつまで経っても埒が明かない。いい案だ」
ウォカとルーアはフォクシを宥めていた久斗に近づき、どちらがいいかを問いかけた。
「ヒサト、お前なら次のうちどっちがいい? 一つは攻撃中心に連携を組み立てる方針、もう一つは防御中心に連携を組み立てる方針だ」
「ちなみに、攻撃中心はウォカとガリア、防御中心は俺とコニーが支持している方針だ。お前はどっちがいいんだ?」
久斗はその時、エレインの自爆といえる怪我を思い出していた。そしてそれが起こった原因がどちらの方針で挑んでいたのかを考え、それを基に考えを述べた。
「僕は、防御中心に連携を考えたいと思います」
その言葉にルーアとコニーの顔が綻んだ。対照的にウォカとガリアの顔は渋くなっていた。そしてガリアが久斗にその理由を聞いた。
「ヒサト君、君はどうしてそう考えたんだい?」
久斗は自分の言いたいことをまとめるために少し黙り込んだ。その様子に気が急いていたガリアは少し苛立っていた。しかし、コニーに肩を抑えられていたため、大人しく久斗の答えを待った。
「……僕はここに来るまでに三度ほど実戦を見てきました」
ウォカ達は自分達から見てまだ幼い久斗が実戦に三度も出ていたことに驚いた。しかし次の一言に更に驚くこととなった。
「その時に一度エレインさんが死にかけました」
あまりのことに絶句してしまう一同。リンも考えの読めない瞳をフォクシから久斗に向けていた。
「その事自体は団長からも他の人たちからもエレインさんの自業自得って言われました。でも、僕はその時に思ったんです。もしきちんと対策をしていたらあんな事にはならなかったんじゃないかって」
そして強い意志を放ちながら久斗は自分の想いを伝えた。
「僕には捜さないといけない人がいます。でもその人が見つかるだけでいいとは思っていません。団長やエストさん、ターシャさんといった僕を助けてくれた人や共に肩を並べている皆さんのこともすごく大事に思います。だから無茶をしなさそうな防御中心を推しました。これでいいですか?」
「あ、ああ。ありがとう」
久斗の気迫に呑まれながらも何とか返事を返すガリア。そして唐突にルーアが拍手を送った。
「ヒサト君の考え方はいいね。それでどうする、ウォカ。これほどの想いをお前はどう判断する?」
ウォカは深く息を吐き出すと自分の判断を告げた。
「そんなの決まってるじゃないか。ここまで考えてくれているとは思わなかったさ」
そしてコニーのほうを見る。コニーが頷きを返すと、ウォカは班の方針を決定した。
「それじゃ、防御中心に連携を詰めていこう。今日教わった形を元に明日も色々と試していこう」
「じゃあ、ここは……」
その後、話し合いの初めの頃と同様にウォカとルーアを中心に話が進んでいく中、久斗は自分の想いがきちんと伝わったことに満足し、終始笑顔になっていた。それをずっと見ていたリンにはついぞ気付くことはなかった。
「じゃあ、また明日な」
「お休みー」
話し合いが終わりそれぞれが各々の部屋へと帰っていく中、リンだけは未だに久斗達の部屋にいた。ウォカとルーアは少し気になっていたが、リンのことは久斗に任せようと何も言わずに決めていたため、特に構うことなく翌日の準備を進めていた。久斗はフォクシと戯れているリンに話しかけた。
「まだ帰らないの?」
「……フォクシといる」
短い返事に笑みをのぞかせながらも、帰るように諭した。
「ほら、明日は準備や訓練で早いんだから今日はもう寝ないと」
「イヤ」
頑なに部屋へ戻るのを拒否するリンに、久斗はどうしようかと悩み、そして再度、帰るよう言い聞かせた。
「ほら、いつまでもここにいたらキーラさんも心配するから。一緒に行くから部屋へ戻ろう」
フォクシは久斗の台詞を受けて、リンの手からすり抜けて自分の寝床へと戻った。それを感情のない目で見つめていたリンはおもむろに立ち上がり久斗に手を突きだした。
「……帰る」
「うん、いこ」
そうして、久斗はリンと手を繋ぎ、彼女の部屋へと連れていった。部屋ではキーラが心配げに立っており、久斗達を見るとホット胸を撫で下ろしていた。そしてリンに声をかける。
「もう、遅くなるならそうと言ってくれないと心配するじゃない。次からは気をつけてね」
リンはその言葉に答えるようにぼそっと呟いた。
「心配する人はもういない」
その言葉はキーラには聞こえなかったが久斗にはばっちりと聞こえており、沈痛な表情を浮かべていた。キーラはその久斗の表情には気付いたが敢えて触れず、リンの手前でしゃがみ込んで目線を合わせた。そして言葉を紡ぐ。
「リンちゃん。私達は同じ部屋の仲間、家族よ。心配するのは当たり前。他の二人なんて今も寮内どころか、敷地内をあっちこっち探しちゃってるんだからね。だから悲しいことは言わないでね」
久斗は、キーラがリンの言葉を聞いていない、それどころか事情も聞いていないはずなのにリンの敏感な言葉を使い窘めていることに驚いた。そんな久斗にキーラはお茶目に片目をつぶりお礼を述べた。
「ここまで送ってくれてありがとうね」
「あの、それは別に構わないんですけど、同室の方にご迷惑をかけたみたいで」
キーラは久斗の言葉にきょとんとするも、手をひらひらさせながら豪快に笑いを見せた。
「あぁあぁ、いいのいいの。あいつらはちょっと過保護なだけだから。そのうち戻ってくるから気にしないで」
「はぁ」
久斗はキーラの対応に気を抜かれてしまう。そんな久斗にリンが挨拶を交わした。
「おやすみ」
その言葉で久斗の顔に笑みが浮かび上がる。そして挨拶を返した。
「うん、おやすみ。キーラさんもお休みなさい。同室の方にはよろしく伝えておいてください」
「はいはいー。お安い御用よ。おやすみ~」
キーラも嬉しそうに挨拶を交わし、リンと共に部屋へと入っていった。それを見送った久斗は自分の部屋へと戻っていった。そして自室ではウォカとルーアに冷やかされることになるのであった。
太陽の光が暖かい、陽気な昼下がり。「風の旅団」の修練場では剣を打ち合う音、魔法を詠唱する声が響いていた。
「ほらほら、そこであなたが休んでいたら敵に攻撃させる余裕を与えるだけですよ」
「詠唱は早く、正確にですから、そんな曖昧な早口言葉では駄目ですわ」
その日はターシャ、エレインが別件でいなかったため、アルム、ジェシカの二人が子供たちの特訓の相手を務めていた。ウォカを代表とする年長組をアルムが、久斗とリンの年少組をジェシカが担当していた。
当初アルムが年少組をやると駄々をこねていたのだが、久斗が特訓が終わった後に街へ繰り出すのに付き合うということで渋々年長組の相手を引き受けていた。しかし、特訓が進むにつれて、アルムは子供たちの才能に気付き、ギルド職員としての義務感から真剣に相手をするようになっていた。
「はぁはぁ、くそ。もう腕が上がらない」
「くそー、あっち、のほう、が、多く動い、ているのに」
「あたし、ゴキ○リと同じだって……」
「もうだめー」
四人の年長組は息も絶え絶えの様子で地面に転がっていた。それを平然と見下ろすアルムは助言を与える。
「皆さん、動きが大きすぎます。ギルド職員の私なんてそれほど実力があるわけではありませんが一対四でこれほど差がついた理由を一時ほど考えてみなさい。それだけでも皆さんの実力は大きく伸びるはずです」
そのアルムの声が聞こえていたジェシカは思わず噴き出していた。久斗とリンが不思議そうな顔を見せるが何でもないと手を振り、詠唱訓練に戻らせた。
――あれほどの実力なんてうちの旅団でも有数のものでしょ。何が「それほど実力があるわけではない」よ。あの子らも可哀相に。実力の物差しが確実に悲惨なことになっているわよ、あれ。
その思いは、しかし口に出すことはなかった。
太陽の日差しが厳しくなってきた頃に、特訓は終了となった。終了した理由である年長組は消耗の度合いが酷く昼飯も口にできないほどで、お互いに支え合いながら仮眠室へと移動していった。残った久斗とリンであったが、この時、思いもよらない人物より声が掛けられることになった。
「おう、坊主。元気にやってるじゃないか。がっはっは」
団長であるバスカーの登場にアルムとジェシカは一体何の用なのか図り切れず、胡散臭そうに見やるのであった。そんな二人の様子を気に掛けず、久斗を捕まえると耳元でぼそぼそと囁いた。
「この後の時間に魔術を見せてもらいたい。いけるか?」
その問いに久斗が小さく頷くと、バスカーは豪快な笑いと共にその場にいた全員を食事に誘った。
「がっはっは。そりゃそうだわな。じゃあ、ここにいる皆で飯でも行こうか」
久斗に何を囁いたのか気になっていたアルムであったが、久斗、リンが行きたそうに見詰めてきたために追及を諦めた。そしてジェシカと共にお守役として付いていくのであった。
昼食を食べた後、久斗はバスカーから指定された場所へと足を運んでいた。付添はエストで、場所は傭兵ギルドの特殊訓練場である。そこでは通常の訓練場で行うには不都合な内容の訓練が行われるときに貸し出される場所であった。久斗がエストと共に到着した時点でバスカー、そして第三王宮騎士団副団長、さらには久斗が会ったこともない四十代の男性の三人がその場で待っていた。
バスカーのみだと思っていたために三人の姿に驚いていると、その中からガイウスが歩み寄ってきた。
「また会ったな、ヒサト。今回は前とは違う魔術を見せてもらえるらしいな。楽しみにしている」
それだけを言うと、元の位置に戻っていった。そして入れ替わりに四十代の男性が近づいて来ていた。
「こんにちは。こうして会うのは初めてだが、君のことはマードックから聞いている。私はこの国の傭兵ギルドの長を務めているレオス・グレッグだ。よろしく頼む」
レオスが手を差し伸べてきたことで久斗は反射的に握手を交わしていた。
――うわ。すごく大きい手。それにこれだけ近くで見るとすごく背が高い。でもなんだか父さんと同じ雰囲気をしている……。
レオスの身長は二メートル近くもあり、その場にいた大人の中でも一番大きかった。しかし、その雰囲気は戦うもののように猛々しくなく、終始穏やかな印象を与えるようなものであった。
「久斗、何を呆けているんだ? この二人にはお前さんがどういうことができるか知っておいて貰わないといけないから連れて来たんだ。ここなら余計な邪魔も入らんし、他の誰にもばれんから思う存分やってみるがいい」
バスカーはそう声をかけて、残り三人を連れて壁際へと寄っていった。久斗は訓練場の真ん中に一人だけとなり、目を閉じて精神集中をしていた。バスカーの言葉に気合いを漲らせた久斗はまず、一番自信を持って放てる攻撃魔術を選んだ。
「……この世のあらゆるモノを司る力よ、今我が声に応え、我が求めに応じ、我が力と成りて全ての敵を葬り給え、イノセント・ゼロ」
その後、久斗の魔術は合計五つお披露目を迎え、バスカー以下三名の度肝を抜いていた。
「いやはや。全属性の魔術があれほど恐ろしいものとはな」
「ヒサト。こんなちんけな傭兵団なぞ辞めて我が騎士団に来ないか? 今は年齢的に無理だが必ず団長辺りと同じ階位にすることを約束するぞ」
ガイウスはその後も熱心に久斗を勧誘したが、エストを初めとして、傭兵側からそれとなく邪魔をされ、その成果が実ることはなかった。そして、その場はお開きとなり、バスカー、エストと共に久斗は本拠地へと戻るのであった。
その道中でバスカーは久斗に魔術のことで話しかけた。
「久斗。今回のその五つの魔術なんだがな」
「はい」
「地下迷宮探索で本当にどうしようもなくなった時は使って構わない」
「え!?」
久斗はバスカーの思いも寄らない言葉につい声をあげてしまっていた。
「驚くことじゃないさ。今回の迷宮探索はそれほど危険はないはずなんだが、何が起こるか分からないのが人生だ。それはお前さんもこの前のエレインの件で学んだだろ?」
エレインの件と言われハッとなる久斗。そこにエストが次の言葉を引き継いだ。
「ターシャやエレイン達も同道しますので本当に滅多な事は起きないと思いますが、迷宮は本当に怖いところです。ですから、いざというときはその力の全てを開放してもらいたいのです、皆を守るために」
バスカー、そしてエストの最後の言葉に自分の決意を鮮明に蘇らせる。そして、力強く首を振った。それを見て、バスカーは嬉しそうに顔を歪めて頭を手荒に撫でた。そして万感の思いを込めて言葉を贈った。
「頼んだぞ」
本拠地に戻った久斗は約束通りアルムと共に王都を散策しに出かけていった。しかし、予定とは違い、そこにはリンと仕事を終えたエレインの姿もあり、散策は騒がしくも賑やかに行われ、久斗の心を潤すのであった。
翌日、地下迷宮探索の日を迎えた。
読んで下さりありがとうございます。




