結成
部屋を出たところで待っていた女性兵士が久斗達に声を掛けた。
「出口まで案内いたします。どうぞこちらへ」
そうして、女性兵士に連れられて出口へと向かうエストと久斗を待っていたのは一人の兵士であった。
「こんにちは~。本日より騎士団から出向いたしますメリルと申します~。どうぞ~よろしく~」
ひどく間延びした声で挨拶をする女性兵士、メリルに案内してきた女性兵士が頭を叩いた。
「こら、あんたはいつもそうやって気を抜いて。出向なんだから粗相のないようにしなさいよ」
「は~い、隊長もお元気で~」
頭を叩かれたことを全然気にせずに、メリルは別れを済ましていた。女性兵士のほうはため息を一つ吐くと、久斗達に振り向き謝罪してきた。
「どうも申し訳ありません。この子も仮にも騎士団に所属している者でございます。若干頼りなく見えますが、実力のほどは申し分ないはずですのでどうかご安心ください」
エストは頬をひくつかせながら、隊長と呼ばれた女性兵士に確認を取った。
「人選は誰がされたのでしょうか?」
「第三騎士団副団長による選出です」
あの糞兄貴め、と一瞬般若の形相となって小さく呟いたエストであったが、すぐにいつもの柔和な笑みを湛えてメリルに話しかけた。
「どうぞ、よろしくお願いします。私は『風の旅団』副団長のエストです」
エストはそう爽やかに言うと、手を差し出した。メリルはその手を両手で包みこんで花のように可愛い笑顔を浮かべながら応えていた。
「あらあら~。副団長さんですか~、よろしくお願いしますです~」
メリルはエストの手をぶんぶんと振って握手に応じると久斗に顔を向ける。それを受けて久斗もエスト同様に挨拶を交わそうとした。
「あの、ヒサト・アンドウです。どうぞよろしくお願いします」
しかし、メリルは久斗を見つめたまま動かなかった。握手したままのエストや女性兵士も不思議に思い、メリルを見やる。
当のメリルは久斗をずっと凝視したまま全く動かなかったが、一分ほど経つと突然空を震わしだした。それにぎょっとし、手を引き抜くエスト。女性兵士も困惑を顕わにしていた。
「か」
「か?」
エストが何を言おうとしているのか聞き返そうと耳を寄せると、メリルは大声で叫んだ。
「かわいいい~。なにこれ~、隊長この子お持ち帰りしていいですか~?」
間延びした調子は変わらずであったが、女性兵士は若干早口になっていることからかなり興奮しているのに気付いた。そして、頭を叩く。
「あいた~」
叩かれた頭を両手で抑えながら、メリルは恨みがましい目を女性兵士に向ける。女性兵士はその視線を無視して叱りつけた。
「この馬鹿もんが! こちらにいらっしゃるのが今回お前が出向する理由だ。粗相のないようにと言ったばかりだろうが。人の話をきちんと聞け!」
女性兵士の豹変ぶりに驚きを隠せないでいる久斗。エストは何事もなかったかのように泰然としていたが、耳元で叫ばれた恨みからメリルを助けることはなくそのまま帰ろうとした。
「では久斗君。あちらは何かと忙しいようですし私達は戻りましょうか」
「え、ええ!? あの、メリルさんはいいのですか?」
エストはこめかみに青筋を立てながら笑顔で頷いた。
「ええ。躾というのは出来る時にやるのが一番ですから、ね」
最後の言葉は女性兵士に向けてのものであり、女性兵士のほうもその同意を求める声に笑みを浮かべていた。久斗はその笑みに背筋が凍る思いをし、体を震わせていた。エストはそんな久斗を落ち着かせるように帰還を促す。
「さぁ、久斗君。ここにいると見てはいけないものまで見えてしまいますからいったん戻りましょう。なに、メリルさんなら後で追いかけてくるみたいですし、仮にも騎士なのですから大丈夫ですよ」
久斗は恐々とメリルに目をやり、そしてエストの言葉に頷いた。
「では帰りましょうか。それでは失礼します」
エストはそう言って久斗を伴い本拠地へと帰還するのであった。
「た~す~け~て~」
二人の後ろからはメリルの悲痛な叫びが木霊していた。
「戻ったか。どうだった?」
本拠地へと帰還し、団長室へと赴いた久斗とエストに掛けられたバスカーの一言にエストがかぶりを振る。
「どうもありませんでした。一応はこちらの意向を伝えてありますので何かあれば連絡が来るとは思います」
「そうか」
バスカーはエストの返事にそれだけを答えて黙り込む。そして暫くしてから別の話をエストに振った。
「そういや、久斗の件はどうなったんだ? 誰も連れてきていないということは、騎士団からの派遣はなかったのか?」
「いいえ、派遣はされたのですが、どうも出る前に揉め事があったみたいで遅くなるとのことです」
その返答に思わず久斗はエストを凝視してしまう。その久斗の反応から大体何があったのかを推察したバスカーは小さく笑う。
「くく、出る前じゃないだろうに……。まぁいい。来たらここに来るように伝えておいてくれ」
「了解しました」
バスカーの反応を無視してエストが慇懃に答える。
「あぁ、そうだ。エスト、ターシャ達と例の子供たちを呼んで来てくれ」
バスカーの指令にハッとなるエスト。その様子に久斗は一体何があるのかと思っていると、バスカーから声が掛けられた。
「久斗は済まないが、しばらくここにいてくれ。エスト大至急とは言わないがなるべく急いで呼んで来てくれ」
「……ではターシャを捕まえるのが早そうですね。彼女でしたら風の生活魔法を使って遠隔会話ができますので」
エストの考えを受けてバスカーはターシャ達の居場所を告げる。
「ターシャなら、確かエレイン達と一緒に自棄酒飲みに行くとか言ってたぞ。だから多分いつもの酒場じゃないか?」
その言葉にエストの額に青筋が浮かぶ。久斗はそれを見て急に寒くなったような気がした。そして、その直後にエストの声とは思えない地獄の底から響いてくるような低音の声が聞こえてきた。
「真昼間から酒ですか……。これは少しお仕置きしないといけませんね」
久斗はあまりの恐さにバスカーの後ろに逃げ込んだ。バスカーも口を引き攣らせていたが、ようよう声を掛けた。
「あ~あまり厳しくしてやるなよ」
「ふふふ、人が嫌な奴と会ってる間に……絶対許しません」
「だ、駄目だこりゃ」
エストはバスカーに挨拶もせずブツブツと呟きながら退室していった。そして、扉が閉まる音でいなくなったのが分かった久斗はいそいそとバスカーの背中から応接用の長椅子に戻っていった。
「久斗、俺の背中に逃げ込むのは構わんが、とばっちりは御免だぞ」
バスカーは呆れた様子で久斗に釘を刺す。久斗はばつの悪い思いをしていたが、正直な気持ちを打ち明ける。
「でも、あのエストさんかなり怖いですよ。お爺ちゃんが怒ったときと同じ感じがしました」
「あれと同じとは……、お前さんの爺さんも中々に怖い人だな」
二人して苦笑いを浮かべていたが、バスカーが気になっていたことを口にする。
「それはそうと、お前さんはここの子供とは仲良くできたか?」
久斗はその質問に少しの間、考え込んだ。そしてゆっくりと自分が思ったことを話しだした。
「えっと、同室のウォカやルーアとは仲良くなったと言えなくもないんですけど、よく分かりません。それとリンちゃんを部屋まで送った時に会ったキーラさんともよく分かりません」
「そうか。まぁこちらに来てからまだ翌日だからな。そりゃ仲良くなったかどうかは分からんわな」
バスカーはそう言って、すまんすまんと手を振った。久斗は友好関係を尋ねられたことが気になり、何故そんなことを尋ねたのか聞いてみた。
「あの、団長。何でそんなこと聞くんですか?」
「ん? あぁそりゃ気になるわな。まぁ今言ってもいいんだが、後の楽しみにとっておけ」
バスカーが答えをはぐらかせたことに不満は感じたが、後で教えてもらえるのならとそれ以上聞くことはしなかった。
「じゃあ、魔術のほうはどうだ? この前のオールアップだったか、あれ以外で使えるものは増えたのか?」
「あ、はい。いろいろ組み合わせてみたんですけど面白そうなのが幾つかできました」
バスカーは久斗が黙ったことで別の話を振ると、目を輝かせながら嬉しそうに報告されたことで逆に怖さを感じていた。
――おいおい。魔術なんて複数属性を持つ上級の魔法師ですら使えないのがざらなのに、すでに幾つか使えるようになっただと。どんな魔術か分からんのは困るから後で確認しておくか。
「じゃあ、また今度見せてもらって構わないか? 俺もお前さんの魔術には興味津々でな」
「あ、はい。ぜひお願いします!」
コンコン
久斗が嬉しそうに返事をすると同時に部屋が軽く叩かれた。久斗とバスカーは顔を見合わせて体を強張らせた。
「だれだ」
バスカーが少し音を高くしながら誰何するとエストの声で返事があった。
「エストです。ターシャ達一同をお連れ致しました」
「思ったよりも早いな。入れ!」
バスカーの入室許可を得て、エストから順にターシャ、エレイン、ジェシカ、アルム、ウォカ、ルーア、リン、そして久斗は知らない子供二名が入室してきた。
ターシャ達は壁際へ順に並び、久斗もウォカ、ルーアに呼ばれその列に加わった。エストはそのまま奥へと歩いていき、バスカーの後ろに立った。この時、久斗にしか分からなかったがバスカーはびくっと体を震わせていた。しかし、次に発した声にはそういった情けなさはなく、威厳のみが込められていた。
「急な呼び出しで済まんな。ウォカやルーア、それにガリアにコニーもよく来てくれた」
バスカーの呼びかけにウォカが代表して返事をする。
「はっ! ありがたきお言葉であります」
「あぁ、そんな堅苦しい話じゃない。楽にしてくれ」
バスカーは堅苦しくするのが嫌なためにそう言ったのであったが、子供たちは普段会うこともない旅団の最高幹部を前に緊張しっぱなしであった。それ故、久斗とリンを除く全員が“休め”の姿勢をとっていた。
バスカーはそんな子供たちの様子に苦笑していたが、いつまでもそのままでは可哀相と思い、用件を切り出した。
「ここに呼んだ理由は簡単でな。お前たち四人にそこにいる久斗とリンの六人で班を作って欲しいんだ」
子供たちはその言葉に顔を見合わせる。そして再度代表としてウォカが手を挙げる。
「ん、どうした?」
「はい、班を組むのは分かりますが、何か依頼でも受けるのでしょうか?」
その問いにはバスカーではなく、エストが答えた。
「いえ、君たちはまだ正式団員ではありませんから依頼などを受けること自体ができません。今回班を組んでもらう理由は簡単です」
次の言葉に子供たちは驚きのあまり、叫んでいた。
「君達で地下迷宮に挑んでもらいます」
「えええぇぇぇぇぇぇ!!」
あまりの声に耳を塞ぐターシャ達。しかし、エストはそれら驚きの声を意に介さずに粛々と話を進めていった。
「まずは、ここの近くにあります新緑の地下迷宮に挑んでもらいます。班長や副班長については自分たちで話しあって決めてください。あぁ勿論魔物も出ますから死なないよう気を付けてくださいね」
その軽い言い様に何も言えず固まってしまう子供たち。見かねたターシャが抗議しようとしたところで、エストのほうから指令が下された。
「ターシャ達は彼らの支援をお願いしますね。具体的には地下迷宮まで付き添いをしてもらいます。ただし、手を出してはいけません。どうしても彼らでは対応できない相手、罠が登場したときのみ手助けをしてあげて下さい」
ターシャは自分が抗議しようとしたところでの指令に、すぐには返事ができなかった。その場にいたジェシカ、エレインも同様であった。しかしアルムは毅然とした態度で反論を開始した。
「エスト殿、私はここの団員ではありませんのでその指令に従う必要性を感じません。よって、私は私の判断で動きますが構わないですね?」
だが、エストはその反論を予期していたために爽やかな笑顔と共に却下した。
「いいえ、駄目です。あなた一人が動いた場合、彼らの間での連携も取れなくなってしまうでしょう。そうなると危ないのは彼ら自身です。あなたは自身の判断で彼らを死地に追いやるつもりですか?」
そこまで言われ、アルムは唇を噛みながらエストを睨みつける。場には緊迫した雰囲気が流れたが、そこでバスカーが宥めるように口を開く。
「まぁ新緑の地下迷宮はそこまで凶悪な魔物がいるわけでもない。お前さんらでも何とか出来るだろう。そんなに気を張る必要もないさ」
「……まぁいいでしょう。今回はそちらに従います」
「済まんな」
「いえ、それが任務ですから」
アルムの雰囲気が和らいだところでエストが続きを話し出す。
「こほん、今回は最下層まで行く必要はありません。とりあえず三層までとします。その階層程度でしたらどれほどかかっても一日で終わりますから。出発は二日後、その間に準備はきちんと済ませておいてください。あぁターシャさん達は求められたら助言をして構いませんが自分たちからはしないでくださいね」
最後の言葉に、準備に手を出そうと狙っていたエレイン、アルムから舌打ちが漏れた。そんな二人をジェシカが宥めていると、エストは話を終わらせにかかった。
「私からは以上です。何か質問はありますか?」
「あの、一ついいですか?」
そう言って手を挙げたのはガリアと呼ばれた少年であった。
「はい、何でしょうか?」
「ここにいる六人で班を組むということですが、連携も何もない状態で地下迷宮探索は無理だと思うのですが」
ガリアの質問にコニーと呼ばれた少女も頷いていた。
「傭兵になったら見ず知らずの人と組むことなどよくある話です。今からそれの練習だと思って頑張ってください」
質問に対するエストの答えに二人は絶句していた。エストはその二人を無視して他に質問がないか尋ねる。
「他に質問はありませんか?」
今度は誰も手を挙げなかった。それ確認したエストは質問を打ち切った。
「では準備に移ってください。時間は限られていますから速やかに動いてくださいね。そうそう、作戦準備室の使用許可は出してありますので自由に使ってください」
その言葉を受けて久斗以下の子供たちは作戦準備室へと早足に駈けていく。その後をターシャ達が追いかけていった。そうして団長室にはバスカーとエストの二人しか残らなかった。
「これで少しは安心だな」
「そうですね。ちょうど反対側ですし、彼らが潜り終わったときには、全てが終わっていると思います」
「しかし、急な話だ。こういうことはこれっきりにして欲しいぜ」
「ええ、全くです。次に会うときはお灸を据えておきます」
「ははは。さて、俺らも準備するか」
「はい」
そしてバスカーは立ち上がり、エストと共にこれからのことで必要なものを確認しに行くのであった。
読んで下さりありがとうございます。




