騎士団
「では、行きましょうか」
「はい」
王都に着いた次の日、エストは久斗を伴い騎士団の詰所へと向かった。
「あの、エストさん」
「はい、なんですか?」
久斗の呼び掛けにエストは爽やかな笑みを湛えながら返事をした。
「どこに向かってるんですか?」
「おや、私としたことが、行き先を伝えてませんでしたか。これは申し訳ありません」
エストの謝りに久斗は気にしていないと手を振って示し、再度行き先を尋ねた。
「いえ、それは別に構わないのですけど、向かう先がちょっと気になっただけでして」
久斗の言葉に少しほっとしたエストは久斗に目的地を告げる。
「今向かっているところは王宮騎士団の本拠地とも呼ぶべきところです」
迂遠な言い方に考え込む久斗であったが、すぐに音を上げてエストに答えを尋ねていた。
「……うう、わかりません。王宮騎士団の本拠地ってどこなんですか?」
「うーん。分かってもらえませんでしたか。多分この王都で誰もが知っているところですよ」
エストはすぐには答えを示さず、手掛かりのみだけを答えていた。その手掛かりに更に頭を悩ませた久斗であったが、不意に脳内に閃いた答えを述べる。
「もしかして……お城ですか?」
久斗のその答えににっこりと笑うエストに、久斗は自分の答えが正しいことを理解した。そして理解できたことで驚きの声を上げていた。
「お城かぁ……って、えぇぇぇ!」
久斗の大声にエストは思わず耳を塞ぐのであったが、久斗はエストに詰め寄り理由を求めた。
「な、なんでお城に行くんですか? もしかしてエストさんて、王子様とかだったりするんですか?!」
久斗の突拍子もない言いがかりにエストは思わずぷっと笑ってしまう。その笑いに眉を吊り上げてる久斗を見てエストは理由を明かした。
「ははは、私は王子ではありませんよ。実はですね。一番の理由はネルバ村でのことを報告するためなのですよ」
久斗はその一見大事そうな用事にふと気付いたことを口走った。
「じゃあなんで団長がいないのですか?」
エストはその質問に唐突に立ち止まった。周りにいた通行人も突然立ち止まったエストに困惑しながら横に逸れて通っていく。そして久斗は周りの通行人にぺこぺこと頭を下げた後に、エストを揺さぶった。
「エストさん。ここで立ち止まると他の人に迷惑ですよ」
それでも反応がなかったため、仕方なしに道の端までエストを引っ張った。そして、端に辿り着いたところでエストの意識が戻ってきた。
「はっ!! おや、ここは……。あの腐れ外道はどこに行きましたか」
エストは場所が変わっていたことに少し驚き、次いで、久斗も聞いたことのない暴言を口にしていた。その暴言に少し怯えながら、久斗がエストの腕を引っ張った。
「あ、あの」
「あぁ、久斗君。……ということはここは王都の往来ですか。はて……あぁ思い出しました。今は王城に向かっているのでしたね。それでは久斗君行きましょうか」
久斗がいることで現状を思い出していたエストは何事もなかったかのように歩きだした。しかし、そのエストに久斗からの突っ込みが入った。
「エストさんしっかりして下さい。ここは通りの端っこですよ。王城に向かうのでしたらあっちじゃないんですか?」
久斗が指示した方向に王城が見えていた。エストはその場で優雅に振り向くと、王城に向かって歩き出した。
「さて、どこまでお話しましたか?」
久斗は同じことにならないようにするために、聞きたいことを変えて答えた。
「なぜ、ネルバ村でのことを報告するのに僕も連れていくのですか?」
「良い質問ですね。久斗君を連れていくのは単純です」
「単純、ですか?」
エストの言葉に久斗は首を傾げる。
「ええ、久斗君は史上初とも言える魔法の使い手ですからね。王宮に報告しておけば色々と対応できますし、なにより君の幼馴染の件もありますしね」
エストの言葉が久斗は嬉しかった。全属性の使い手と言えば聞こえがいいが、ただの一団員でしかない自分にエスト、ひいてはバスカー達がそこまで配慮してくれるとは思っていなかったからであった。
「あの、ありがとうございます」
「いえいえ、団員への援助は惜しんではならないというのが我が旅団の掟ですから気にする必要はありませんよ。それに他の人が困った時は久斗君には当然手伝ってもらいますしね」
「はい、勿論です!」
エストは久斗の返事に嬉しさを感じながら王城へと向かうのであった。
王城の城門には門番として兵士が片側に一人ずつ立っていた。エストはそのうちの一人に近寄り話しかけた。
「こんにちは」
「えぇ、こんにちは。もしかして王城への見学の方ですか? それでしたら日を改めて、まずは観光所へ……」
「いえ、私達は見学ではありません。申し訳ありませんが、第三王宮騎士団副隊長にお取次ぎ願えますか?」
エストは門番の台詞を遮り、自分の用件を伝えた。その要件に門番は険しい顔で理由を問う。
「何の御用でしょうか?」
久斗は門番の剣呑な雰囲気に怯えるも、エストは意に介さずに自分達の所属と面会の目的を告げる。
「あぁ、これは失礼しました。私は『風の旅団』副団長をしておりますエスト・ロズベルグと申します。ネルバ村における任務が終了いたしましたため、その後報告に参りました」
兵士はエストの慇懃な態度に驚き、そして面会の目的を聞くと慌ててもう一人の兵士に指示を出した。指示を聞いた兵士は急ぎ足で王城の中へと入っていった。
「ただいま、第三王宮騎士団副団長を呼びにいかせております。暫くお待ちください」
恐縮した様子でそれだけを言い、兵士は持ち場に戻っていった。エストと久斗が城門の前で他愛もない話をして時間を潰していると、王城の中へ入っていった兵士と共に、見事な装飾をつけた三十歳ほどの男性が二人の元へとやってきた。その男性はエストを見るなり微笑み、話しかけてきた。
「エスト、よく無事に戻ったな。てっきり魔物にやられたとばかり思ったぞ」
「ええ、あなたの面を見るまでは死んでも死にきれませんからね。こうして戻ってきた次第ですよ」
普段のエストとは違って相手へ暴言を吐く様子に、久斗は驚いていた。そんな久斗をちらりと見た後に、男性は自室へと招待した。
「立ち話もなんだな。詳しいことも聞きたい。とりあえず俺の執務室に行こう」
そう言ってエスト達に確認することなく歩き始めた。エストはやれやれと言いたそうに首を振り、久斗を招いて男の後について歩いていくのであった。
二人が男に案内された場所は装飾品もほとんどない、少し殺風景な部屋であった。男に備え付けられていた革張りの高級な長椅子に座るよう勧められ腰を下ろすと、相手も対面の革張りの椅子に腰かけていた。
「何もない部屋ではあるが、まぁ寛いでくれ。お茶のほうも今用意させているところだ」
その言葉が終わると同時に部屋がとんとんと叩かれ、男が許可を出すと、女性兵士が紅茶とお茶菓子を持って入ってきた。そして、男、エスト、久斗の順に置いていった後、一礼をして退室していった。
男はその紅茶に口をつけながら、エストに話しかけた。
「で、首尾のほうはどうだったんだ?」
エストも男と同じように紅茶に口をつけながら答える。
「どうにも尻尾が掴めないところですね。とりあえずネルバ村につきましては彼らの関与はありませんでしたから虚報でした」
男はエストの言葉にむぅ、と唸ると黙り込んだ。そんな男にエストは別の話を振る。
「それはそうと、こちらの団員を紹介していませんでしたね」
「……そんな子供が団員だというのか」
「勿論です。彼は立派に団員ですよ。それもとびきり優秀な、ね」
エストの言に男は久斗の全てを見透かそうと鋭い目を向けた。その目に若干腰が引けながらも、久斗は男を見返していた。そうして見つめ合うこと数拍、男はふっと息を吐いて視線をエストに戻した。
「子供ながらになかなか優秀みたいじゃないか。どこで拾ったんだ」
「だから言ったじゃないですか。彼と出会ったのはネルバの森ですよ。そこで魔物に襲われているところを保護したのです」
男の目がピクリと跳ね上がる。
「魔物に襲われていたとはな、偶然にしては出来すぎではないか?」
「私も一時期はそう思ったのですが、彼のその後の行動でそれは否定できます」
「何をした?」
男は声音も一段低くして、エストを問い詰める。しかし、エストは飄々と受け流し、話を戻した。
「それは後ほどお話しますよ。まずは彼の紹介です」
「……ふん。子供に先に名乗らせるなぞ騎士の名折れよ。まずは俺から名乗ろう。俺の名前はガイウス・カッシウスだ。第三王宮騎士団副団長をしている」
不機嫌な顔で久斗に名乗り上げるガイウスに、久斗はエストから小声で囁かられた。
「久斗君、ガイウスは不機嫌そうに言っていますが、本当は恥ずかしさで一杯なだけですから気にしないでいいですよ」
「エスト、貴様!」
立ち上がりかけるガイウスにエストはまぁまぁと手で抑える。そして久斗の紹介を始めた。
「こちらは、ヒサト・アンドウ君です」
「あまり聞かない名前だな。どちらかというと……そう東方の国の名前に似ているな」
「ええ、そうですね。ですが、彼は東方の国出身ではありませんよ」
エストの説明に眉を顰めるガイウス。そして次の説明に驚くこととなった。
「彼は東方どころか、この世界出身ではありません。異世界出身者です」
「なにぃぃぃ!!」
あまりの驚きに立ち上がり、久斗を驚愕の顔で見つめる。しかし、久斗からはガイウスに睨まれているとしか思えず、萎縮してしまった。エストは横からそれを指摘し、座らせる。
「ガイウス、久斗君が怯えていますから、まずは座ってください。こんなことで驚いていては次からは驚きすぎて死んでしまいますよ」
「何だそれは。ったく、貴様はここに来るたびに変なことばかり持ちこんでくれる。少しは自重しろ」
エストは笑みを絶やさずにガイウスのぼやきに反論する。
「別に好きで持ち込んでいる訳ではありませんから自重のしようもありませんよ。それよりも、彼についてですが」
「あぁ、なんだ」
「実は彼、全属性の使い手なんですよ」
エストのしれっとした言い方に、ガイウスは初めどうでもいいことのように聞こえていた。しかし、時が経つにつれ、内容を理解すると同時に顔色がどんどん変化していった。
「ガイウス、あなたの百面相は面白くないですから止めておいたほうがいいですよ」
エストの指摘にガイウスは怒りを顕わにした。
「き、貴様、下らんことを言うな!! 全属性だと、そんなのあり得ないだろうが!」
「それがあり得るんですよ。そうですね、久斗君、例の魔術をお願いできますか?」
久斗は急に言われて戸惑い、使っていいのかとエストに目で訴えた。それに対してエストは頷きをもって許可を出した。それを見て久斗は恐る恐る詠唱を唱え始めた。
「我願うは無限の栄光、彼方に届く其の力、遍く大地を踏みしめる其の体、英知を授けし其の識、今其れ等を我らに与え給わん、オールアップ!」
詠唱が終わると同時にガイウスは黒い光に照らされる。その光に目を見開いたガイウスは光をまともに浴びてしまい、慌てて自身の体に異常がないか確認した。しかし、異常はなかったが、異状な状態であることに気がついた。
「なんだこれは、力が湧きあがってくる」
ガイウスは立ち上がり、壁に掛けられていた長剣を手に取ると数回素振りを行った。そして、自身に何が起こったのかを理解した。
「まさか、これはパワーアップやスピードアップが重ねられているのか」
「ついでですが、インテリジェンスアップにスタミナアップ、テクニカルアップもついていますよ」
エストの訂正に驚きすぎて、逆に冷静になったガイウスは剣を再度壁にかけてから革椅子に座り込んだ。
「つまり、最低でも五大属性は扱えるということか。全属性でなくても充分価値のあることだ」
そこまで言うとガイウスはエストを鋭く睨みつけた。
「ここまで手札を見せたんだ。貴様の、いや貴様らの要求は何だ?」
エストはにっこりといつもの爽やかな笑みを浮かべるとガイウスに要求を突き付けた。
「私たちからの要求は二つあります」
「言ってみろ」
「一つは、彼が今後王都にいる間で構いませんので、なるべく便宜を図って頂きたいのです」
ガイウスは探るようにエストを見つめる。
「具体的には?」
「そうですね、例えば護衛、というよりは連絡役ですね。そちらから一人派遣して頂けませんか?」
「後で適任を向かわせる」
ガイウスがエストの要求を即座に受け入れたことに対して久斗は驚いていたが、二人は予定調和であるかのように話を進めていく。
「もう一つは何だ?」
「もう一つも彼についてなのですが、実は……」
エストはそこで久斗の境遇、そして幼馴染を捜していることを告げ、その手伝いを要求した。
「ふん、なるほどな。それならば国を挙げて捜したほうが効率はいいか。しかし、この国にいるとは限らんぞ」
「その時はその時です。私達は傭兵団なのですから」
エストの言にガイウスは内心で舌打ちをする。この国に留まる理由はなく、いつでも出ていくことを示唆されたからであった。
――「風の旅団」でさえ、出ていかれたら困るのに、世界で唯一ともいえる宝が出ていくのはまずい。しかし、彼の望みを聞いた今となっては引き留めることは逆効果になりかねん。ままならんとは正にこのことか。
ガイウスは出来る限りこの国に引き留めるために、独断で国中を探索することを約束した。
「ヒサト、お前の大切な人は必ず見つけよう」
久斗の顔が明るくなったのにほっとしつつ、ガイウスはエストに今後のことを確認した。
「それで、今後の貴様らの活動はどうするんだ?」
「それにつきましては、彼らを追おうと思っています」
「何故だ?」
エスト達が追おうとしている相手は一筋縄ではいかず、下手をすれば返り討ちにあう可能性もあることを知っているガイウスは「風の旅団」の方針に疑問を抱いた。そして、聞いてみたものの、決して話すことはないと思っていた。しかし、エストは隠すことなく理由を述べた。
「ここに来る前にエルリッシュに立ち寄ったのですが」
「あん?」
「そこで彼らに久斗君が狙われたのですよ」
ガタッ
ガイウスは勢いよく立ちあがり、エストの胸倉を掴み上げる。
「貴様、何故それを早く言わん。今すぐ討伐隊を……」
しかし、エストは感情を灯さない瞳でガイウスを見つめながら答えた。
「もうすでにトカゲの尻尾切りは済んでいます。私達は久斗君を狙うついでに強襲されまして、その報復で下部組織を一つ壊滅させたのですよ」
エストがそこまで話すとガイウスは手を離し、革椅子にもたれ込んだ。そしてぽつりと言う。
「だからか?」
「はい」
エストも短く答えていた。その後はガイウスは言葉少なにエストと話し、この会合を終わらせた。そして部屋から出ていくエストに声を掛けた。
「無事でいろよ。貴様の顔でもないよりはましだ」
「わかっていますよ、兄さん」
読んで下さりありがとうございます。




