到着
「うわぁ。大きい、大きいですよ!」
王都の外観が見えてくるに従って久斗がもらした感想は初めてみる者のそれであった。その感想にターシャ達久斗の講師陣は苦笑していた。王都を初めてみる者の感想と変わらないことに微笑ましさを感じていたからである。
「いつもは控えめな久斗君でもあの壮大さには興奮するものなのね」
「まぁ、私も初めて見たときは感動したものですから」
「坊主でもやっぱりあの素晴らしさが分かるか」
「おやっさん、あれは素晴らしさに感動してるんじゃないぜ」
他の団員も各々が好き勝手な感想を述べながらその様子にうんうんと頷いている中、いつものようにフォクシを抱いて久斗と共に王都の外観を望んでいたリンもあまりの大きさ、雄大さに目を奪われていた。
「久斗君は当たり前だけど、リンちゃんも王都は初めてなの?」
ジェシカが聞くと、リンは王都に目を向けたまま頷きだけを返した。ジェシカはそこまで王都が珍しいものなのかと不思議に思っていたが、口に出すことはなかった。
「あぁ、久斗様。これから王都でございますが、ご案内はこの私にお任せ下さい。とびきりの穴場をご紹介いたしますわ」
エレインはあの戦いの後に、前よりも久斗にべったりとくっついていた。そして事ある毎に世話を焼こうとしていたため、久斗は少し引き気味であった。そんな久斗を庇い、エレインと真っ向から対抗していたのがアルムであった。
「はぁ、エレインさん。あなたはこの前のことを反省されてないのですか? 彼にもしものことがあれば大変なことになりますから私がギルドで案内の護衛を手配した上で行います」
その言葉に慌てたのはエレインではなく、ターシャであった。
「ちょ、ちょっと。仮にも『風の旅団』所属の団員が護衛をわざわざ傭兵ギルドから雇うなんて恥以外の何物でもないじゃない。絶対やめなさいよね」
しかし、アルムは平然としてターシャに反論する。
「あなた方の面子などよりもこの方の安全のほうが優先されます。ということですので黙っていてください」
「黙ってられるかぁ!」
アルムの台詞にがなりたてるターシャ。そうして二人は両者一歩も引かずに言い争いを始めていった。
と、そんな言い争いを生温かい目で観戦していた他の団員達のもとに、馬車を移ってきたエストから声が掛けられた。
「おや、いつもの口喧嘩ですか? 全く懲りませんねぇ。さぁさぁ、もうすぐ王都に着きますよ。検問もありますからその準備のほうをしておいてください。あぁ、久斗君とリンさんは私と一緒に別のところで手続きをすることになりますから一緒に来てくださいね」
エストの言葉にきょとんとしながら首を傾げる久斗とリン。他の団員達はエストの言葉に疑問を持つことなく準備に移っていった。しかし、一部の団員はぶつくさと文句を垂れる。
「エスト、なぜあなただけがその任に就いたのですか。私のほうが絶対適任でしてよ」
「私はギルド職員なのですから私も付き添ったほうがいいと思うのですが……」
「あたしは……。うーん、付いていきたいんだけど、邪魔になるわよね。でもやっぱり付いていったほうが……」
幾人かがエストに迷惑そうな目を向けるが、エストは全く取り合わなかった。リンはそんな周りの様子は気にせずに淡々と準備を進めていくのであった。
そうして各々が準備をしているうちに外壁門に到着した『風の旅団』一行はエスト、久斗、リンを除いて入門の手続きの列に並ぶ。そして、エスト、久斗、リンの三人はその手続きのための受付とは別の受付の列に並ぶのであった。
「エストさん、何故僕達だけ別のところで受付をするんですか?」
久斗はターシャ達と一緒に入門できるとばかり考えていたため、別のところで手続きすることに疑問を感じていた。
リンのほうは何も疑問を感じていない様子で列に並ぶ。フォクシがその腕に抱かれてすやすやと眠っていた。
「初めて入門する際には別途で手続きをするんですよ。誰でも彼でも何事もなく通してしまいますと、何をするか分からない人達まで入ってしまいますからね。ここで初めての人で、かつ怪しい人物は当局に捕捉されることになります。まぁ治安維持のやり方の一つになりますね」
――もっとも、無断で入るやり方なんて沢山ありますけどね。
心の中で久斗達には明かせないことを付け足すエストに、久斗はなるほどと納得の声を上げていた。リンのほうも目をいつもより少し見開いていた。
そのようにエストが入門時におけるあれこれを話している間に列は進み、久斗達の手続きの番となった。
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。新規入門者の方はこちらの用紙に氏名、所属団体、住所をお書き下さい」
出迎えた兵士は慇懃に挨拶し、パピルスと呼ばれる紙と筆を差し出した。
「はい、こんにちは。今回はこちらの二人が新規入門になります。私は既に登録済みですのが、付き添いで参りました」
エストはそう挨拶し、久斗とリンの二人に用紙を書くように指示する。
「名前と、所属は『風の旅団』ですね。住所は私達と同じところになりますから、今から言いますのでそれを書いてください」
エストは、王都内での拠点の所在地をゆっくりと教え、書きこませた。そして全てを書き終えた用紙を二人から受け取り、兵士へと手渡す。その際に、自分の入門手続きも行った。
「はい、登録のほうは終わりました。ようこそ王都へ。我々はあなた方を歓迎します」
それだけを述べ、門への道を譲る。しかし、その顔には「風の旅団」への親愛の念が浮かんでいた。
それに気付いた久斗はエストにそのことを聞いてみた。
「エストさん、あの兵士さん達、『風の旅団』の名前を聞いた時から対応が柔らかくなったといいますか、あのその……」
「あぁ、それはですね、私達は王都でも有名だからじゃないかと思いますよ」
「有名?」
団員達の実力は折り紙つきであることは知っていたが、まさか王都で有名であるとは思わなかった久斗は首を傾げる。
「ええ、実は三年ほど前だったと思いますが、この王都まで魔物の群れが押し寄せたことがあったのですよ。その魔物の群れを追い返すのに一役買ったのが私達『風の旅団』だったのです」
「知ってる」
エストの説明にリンがぼそりと呟く。エストはリンが知っていたことに驚き、知っていたことに感心してしまう。
「リンさん、よく知っていましたね。あの時はあなただと五歳か六歳くらいではないのですか?」
「お父さんが教えてくれた」
両親のことを思い出させてしまったことに一瞬顔が引きつるエストであったが、当の本人は少し吹っ切れたために動揺することはなくなっていた。
「そ、そうですか。お父さんは物知りだったのですね」
「……一緒に戦ったと言って自慢していただけ」
今度は少し黙りこんでからの返事にエストは冷や汗を流していた。
「そ、そんな時もあるものですよきっと。私でもし、したくなりますからね」
「……お父さん」
涙目になりつつある状態にエストは焦りだして、更に色々とリンに宥めるために話しかけるのであったが、全て逆効果となり、リンは今にも大粒の涙があふれそうになっていた。
久斗は珍しく泥沼に自ら飛び込んでいく様子のエストに同情しながらも苦笑していた。そしてこっそりとフォクシにリンを宥めるように合図を出していた。
フォクシは面倒そうに久斗を見、リンを見、また久斗を見て、そして彼女の頬を舐めて慰めだした。
「クゥゥゥン」
「フォクシぃ、ぐす、うんありがとう」
リンはフォクシの慰めで落ち着きを取り戻した。その様子にエストは久斗とフォクシに感謝し、出発を告げる。
「で、では、私達の本拠地に向かいましょうか。暫く歩きますので、はぐれないようにしてくださいね」
「はい 」
久斗は元気よく、リンは無言のまま頷いて同意し、一同は「風の旅団」の本拠地に向けて歩きだした。
久斗達が本拠地へ向けて歩くこと五分、久斗達の前方より彼らに呼び掛ける声があった。
「おーい、こっちだ。お前らどこまで歩いていくつもりなんだ」
その呼び声はバスカーのものであった。エストは久斗とリンを連れてバスカーが乗っている馬車に近づいていった。
「団長、待っていて下さったのですか?」
「当たり前だ。正門から本拠地までどれくらいあると思ってるんだ。歩いて一時間はかかるぞ」
一時間という時間に驚く久斗とリン。二人ともそこまで遠いとは思わなかったからである。エストに全く気にした様子はなかったが、二人からの視線に内心慌てふためいていた。
「団長が待っているという気が全くしなかったので仕方なく歩こうと思っていたのですよ」
「お前、前のことまだ根に持ってるのか?」
「ええ、おかげさまで重い荷物まで持って本拠地まで歩かされましたからね。あれで恨んでいないというのでしたらその方は聖人君子か何かだと思いますよ」
エストの言葉にうっと唸るバスカーを余所にエストは久斗とリンを馬車に乗せた。
「エストさん、前のことって?」
久斗はバスカーとエストの間に何があったのか気になり訊ねていた。
「いえいえ、ただ今回と同じように新人を連れて王都に戻った時に馬車が私達を待ってくれず、さっさと戻っただけの話ですよ」
リンもその話は横で聞いていたため、無表情ながらにどこか呆れを感じさせる顔になっていた。二人はエストを疑ったことを心の中で詫び、代わりにバスカーへと白い目を向けるのであった。
分が悪くなったバスカーは、エストに早く乗車するよう言い、そそくさと馬車の奥に逃げ込んでいた。エスト、久斗、リンの三人はその様子に互い顔を見合わせた後、久斗、エストはクスクスと笑い、リンも笑顔と言えるほどには表情を崩していた。
馬車内で久斗とリンが熟練の傭兵達と戦い方や、魔法の使い方を軽く教わっているところで、御者から到着の知らせが告げられた。
「そろそろ着くぞ、はは子供達もお待ちかねだな」
子供達? と顔を見合わせる久斗とリン。そんな二人を団員達は気にせず、誰も彼もが戻ってきたことへの喜びを近くにいた者達と分かち合っていた。
「そら、到着だ」
その言葉と共に馬車が止まり、幌が開けられる。既に子供たちの声があちこちから聞こえていたが、幌が開けられたことで子供たちが降り口に殺到してきた。
「バスカー団長、お土産頂戴!」
「えすとにーちゃん、お話きかせてー」
「おっちゃん、今度こそ俺と勝負しろよ」
久斗とリンはその子供たちの群れに圧倒され、馬車を降りるに降りられなかった。その時、一人の子供が馬車にいた二人に気付いた。
「あれ? そこにいるの誰?」
その一言を皮切りに子供たちは久斗とリンに注目し始めた。
「え、だれだれ?」
「もしかしてエレインさんの子供!?」
「いやいや、そんなのありえねーよ」
「でもでも、もしかしたら……キャーエッチー」
誰が何を喋っているのかも分からないほどに場は混沌とし始めていた。その騒がしい子供たちの様子にリンは反射的に久斗の後ろに隠れてしまう。それを見咎めた子供の一人が囃したてる。
「おいおい、あれみろよー。二人はらぶらぶだぜー」
「らぶらぶ?」
「らぶらぶー? なにそれー」
「キャア、あの子かわいい!!」
更に激しくなる場の様子にリンはすっかり縮こまってしまっていた。久斗も動くに動けず後ろ手でフォクシにリンを慰めてもらうよう指示することしかできなかった。その時である。
パンパン
よく響く拍手に子供たちはピタッと止まりその音の発生源に目を向けた。そこにはエストが悠然と立っており、子供たちが自分に注目したところで言葉を放った。
「みんな、元気だったのはよく分かりましたが、頼んでいた日課のほうは終わりましたか? ここで時間を潰しているということは終わってると思うのですが……」
その顔には爽やかな笑顔が貼り付けられていたが、その迫力に子供達は脂汗を掻き始め、何人かがそそくさと場を後にした。そしてその何人かが切っ掛けとなり子供たちは蜘蛛の子を散らすようにあっという間に戻っていくのであった。
「大丈夫ですか、リンさん?」
エストは心配そうに久斗の後ろに隠れたリンを見ていた。久斗も心配して後ろを振り返った。そこには涙をいっぱいに溜めた少女の姿があった。久斗は慌ててその涙を拭きとり、リンの手を引いて馬車を降りた。
「久斗、今日はもうこのまま宿舎には入っとけ。エストこっちはやっておくからその二人を案内してやってくれ」
バスカーが気を利かしてエストに指示し、二人は本拠地の宿舎に手を繋いで入っていった。
「それでは、今日からここが久斗君の部屋になりますね。あいにく一人一部屋とまではいきませんので、四人での相部屋となります」
久斗は自分が共に過ごす相手を思い、扉をあけるのを躊躇っていた。すると、エストは久斗を引っ張りそのまま歩きだした。久斗はつんのめるものの、なんとか姿勢を正し、エストについていく。
「ちょ、ちょっと。エストさん、どうしたんですか?」
久斗の問いかけに不思議そうな顔をするエストは、そのまま久斗の後ろを指差した。
「これからリンさんを部屋に案内しますからそれまできちんとエスコートしてあげてくださいね」
思いがけない言葉に目を大きく見開いた久斗は、エストの手を外して後ろを見た。そこではリンが顔を真っ赤にして俯いていた。
「いい、別にいらない」
それだけを小声で言うと久斗を追い抜きエストの後ろにつく。しかし、フォクシが付いてこなかったために、すぐに久斗を振りむいて声を掛けた。
「やっぱり一緒に来て」
耳まで真っ赤にしながらそう呼びかけるリンにエストは苦笑し、久斗は戸惑っていた。しかし、リンに強引に手を掴まれ、引っ張られるがままについていった。それを追うようにフォクシもついてくるのを確認したリンは満足した顔で久斗の手を引きながらエストの後についていくのであった。
「ここがリンさんの部屋ですね。リンさんも久斗君同様に一人で使えるわけではなく、四人で使ってもらうことになります」
エストはそう言うと扉をコンコンと軽く叩く。すると中から快活な声の返事が返ってきた。
「はーい、どちらさまですかー?」
「エストです。こちらの部屋に一人増えますので、その子を連れてきました」
エストが返事をすると中からどたばたと音がして、すぐに扉が開かれた。出てきたのは久斗から見て、十三、四歳だと思われる女の子であった。彼女の尻尾のように後ろでまとめられた薄茶色の髪が急いで出てきたことを示すようにゆらゆらと揺れていた。そんな彼女の目線はエストにのみ焦点があてられており、誰を目当てに急いで出てきたのかはリンや久斗にも丸わかりであった。
「エストさん、こんにちは!」
「はい、こんにちは。キーラさんはいつも元気ですね」
「えへへ。それだけが取り柄ですから!」
少女はエストに挨拶を返され、褒められると顔を綻ばせていた。しかし、エストは彼女のそんな様子に頓着することなく、リンの紹介を始めた。
「キーラさん、こちらが新しく同居人となるリンさんです。ほらリンさん、挨拶を」
「リン、リン・ソルファ」
「ぷ」
エストに背を押され渋々挨拶をするリン。その挨拶は出会った時と同じものであったため、久斗はついつい噴出していた。しかし、すぐに無感情な目を向けられた久斗は、慌てて口を押さえ黙り込んだ。
そんな二人の様子を観察していたキーラはにまにました笑みを浮かべてながらリンに手を差し出した。
「何?」
「ん? 握手よ、あ・く・しゅ。これからよろしくねってこと」
キーラにそう言われおずおずと握手を交わすリン。そんな二人の様子を微笑みながら見守っていたエストであったが、問題がないと判断して帰ることにした。
「キーラさん、リンさんを頼みますね。私はそろそろ戻りますから後はお願いします」
「はい、任せてくださいエストさん!」
元気のいいキーラの声を背に受けながらエストは自室に戻っていった。残った久斗も特にすることもなかったため戻ることにしたが、そこをキーラに引き留められた。
「あ、そこの君。折角なんだし、もうちょっといようよ。あ、あたしはキーラ・ノマーシュ。気軽にキーラと呼んでね」
キーラは太陽のように輝く笑顔を浮かべて自己紹介をした。久斗はその笑顔にすこし見とれていたが、キーラの後ろから刺さるような視線を感じ、すぐに挨拶を返した。
「あ、ヒサト・アンドウといいます。こちらはフォクシです。よろしくお願いします」
フォクシは名前を呼ばれたことで久斗を見上げて何かをねだる目を向けていたが、久斗は気付かなかった。
「ヒサト君に、フォクシちゃんだね。よろしく」
そうして握手を交わすと、いきなりキーラが久斗の耳元に口を寄せて小声で囁いた。
「ヒサト君ってリンちゃんとお付き合いしてるとか?」
いきなりの質問に絶句しているとキーラをリンが引っ張った。
「早く入ろう」
キーラはその無表情の奥に潜む感情に気付きにんまりと口を歪めると、久斗のほうを見て、引き留めたことを謝った。
「引き留めてごめんね、ヒサト君。またね」
「あ、はい。それでは失礼します。ほらいくよフォクシ」
「フォクシちゃんもばいばーい」
立ち去る久斗とフォクシに手を振っていたキーラは姿が見えなくなるのを見計らってリンを部屋に連れ込み、久斗との関係やエストとの関係を根掘り葉掘り聞くのであった。
読んで下さりありがとうございます。




