復帰
「久斗、少し話がある」
バスカーは夕食の後にそういって焚き火に当たりぼうっとしている久斗を呼んだ。周りにいた者達は久斗に同情的な目を向ける者と非難の目を向ける者と半々いたが、バスカーがぐるりと睨みつけていくとほぼ全員が自分たちに割り当てられたテントへと戻っていった。
「さぁ久斗、流石にここで話すのはまずい。俺のテントに行くぞ」
バスカーも久斗の手を引っ張って自分のテントへと戻っていった。その後ろ姿を心配そうに見つめるのは、バスカーに睨まれても残っていたエスト、ターシャ、アルムであった。ジェシカはリンの昼間できなかった知識の詰め込み講義をするために、夕食を食べ終わるとすぐにテントへと戻っていたため、この場にはいなかった。
「大丈夫かな?」
「もし、ここから捨てられても我々ギルドのほうで対応しますから安心して下さい」
「あなた、冗談でもそんなこと言わないでよ……」
「……ふん、申し訳ありません」
不貞腐れたように謝るアルムにエストは苦笑していたが、ターシャの塞ぎこんだ様子を心配し声を掛ける。
「ターシャ。今回のことはあなたの責任ではありませんよ」
そのエストの言葉に、しかしターシャはかぶりを振る。
「いいえ、あたしがあそこで一匹抜かれてなかったら今頃は……」
「ふん、それは私への当てつけですか?」
少量の怒気を孕ませた声でアルムはターシャの言葉を否定する。
「もし、あなたの言い分が正しいとすれば、それは私も同罪ということです。ですが、私は私に出来る範囲で与えられた仕事をこなしたつもりです。あなたもそうではないのですか?」
アルムに言われターシャは俯いてしまう。そんな二人の様子をエストはため息を吐き、仲裁しようとしたときであった。
「あらあら、泥棒猫が珍しくもしょんぼりしていますわね。とうとう久斗様に捨てられたのですね」
エレインが重体であったとは思えない身軽な足取りで焚き火に当たっていた三人の所へやってきた。ターシャ、アルムはあまりの驚きに絶句してしまっていたが、エストはいつもと変わらぬ笑みを湛えて調子を尋ねた。
「おや、これはエレインさん。具合のほうはどうですか?」
エレインはエスト同様にその美貌が映える顔に笑みを浮かべながら嬉しそうに答えた。
「あら、エストではありませんか。具合のほうは久斗様に癒して頂いたのですからなんの問題もありませんわ。まさに絶好調でしてよ」
今にもおほほほと笑いそうなエレインにエストは内心でほっとしていた。そして、未だに絶句している二人をほったらかして、今回の注意点を述べようと口を開く。
「具合に問題ないようでしたら、副団長としてあなたの今回の行動について言わないといけないことがあります」
「副団長として」の件でエレインの背中を嫌な予感が走りぬけ、体はびくっと一瞬震える。そして用事をでっちあげて退散しようとした。
「わ、私はほら、怪我、そう怪我人ですからテントで養生しないといけませんわね」
しかし、その企みはエストに通じなかった。
「怪我人でしたら私がテントまで付き添いましょう。それで、そこでお話すれば大丈夫ですね」
「ちょ、ちょっと。女性のテントに」
「医療用テントに女性も男性もありませんよ、エレインさん?」
にこやかな笑みを浮かべながらエレインに付き添い医療用テントへと向かい歩いていく。それを唖然として見送るアルムとターシャであった。
バスカーは久斗を連れてテントへと戻るとまず、久斗が座るための敷き布を置き、そこに座らせ自分は寝袋の上に腰かけた。
「何の話は分かってるな?」
こくりと頷く久斗。バスカーはそれを見て続ける。
「それじゃあ、今回のエレインの件についてだがな」
久斗の喉がごくりと鳴る。
「お咎めなしだ」
「え!?」
思ってもみなかった言葉に、久斗は驚きの声をあげ思わず立ち上がっていた。それに対してバスカーは座れと手で合図し、驚きが収まったのを見計らって理由を述べる。
「今回のエレインの件についてだけ言えば、まぁエレイン自身の失敗だ。お前さんがやらかした失敗とはまた別モノ。だからそれについてはだ、もう一度言うがお咎めなしだ」
今一つ理解が及ばない様子の久斗に、バスカーは苦笑しながら丁寧な説明に切り替える。
「そんな変なことじゃないさ。お前さんの失敗は戦場でありながら気を抜いたこと。そしてその結果、お前自身を回避すべき危機に追い込んだんだこと。つまりは自己責任の範疇になる。ただ最初の気を抜いたことについては、周りにいる戦友まで危険に晒す可能性があるから、ちときつめの罰になるぞ」
久斗は自己責任と呟き、疑問に思っていることを口に出す。
「じゃあ、エレインさん自身の失敗ってなんですか? あれは僕を助けてくれるためにしたことじゃありませんか」
「うん? あぁ庇ったことについてはそうだな。お前さんを助けたんだから褒められこそすれど、失敗とは言われんわな」
「だったら!」
「あいつの失敗はその後の対応だ。ナイフを蹴り飛ばされていたというのも情けないが、至近距離で射撃型の攻撃魔法を使うのは馬鹿、死にたがりのすることだ。実際今回は一歩間違えば死んでいたんだからな」
あまりの酷評に何も言えなくなる久斗を尻目に、バスカーは愚痴るように悪態を口にする。
「大体だな、あの場面でなんでフレイムアローなんだよと思わないか? ああいった判断ミスは幼い時から常にやって痛い目を見ているが、未だに治らねぇしよ。毎度毎度心配する身にもなれっていうんだ」
それ以降もずっとぶつぶつと久斗をほっぽって悪態を吐いていくバスカー。久斗はある種の肩身の狭さを感じ取りながら早く終わらないかと祈っていた。
そんな時にエレインを連れたエストがバスカーのテントへとやってきた。
「おや、団長。まだ話は終わってなかったのですか?」
「あぁ、ちょ、ちょっとな」
意外そうな顔をするエスト。対照的にバスカーはひどく焦っていた。エストが久斗との話が終わるであろう時を見計らって戻ってきたことは分かっていただけに、久斗と鉢合わせさせてしまったのは具合が悪かった。
「あ、エレインさん」
久斗がエストの後ろにいたエレインに気付き、名前を呼ぶ。エレインのほうは少し乾いた笑みをずっと貼り付けていただけの虚ろな表情で、久斗には全く気付いていなかった。が、久斗の一言が覚醒を促し、エレインの表情は生き生きとしたものとなった。
「あぁ! 久斗様の声が聞こえますわ。どこ、どこにいらっしゃるの!?」
エレインは輝きだした目でキョロキョロと狭いテントの中を捜す。そして、久斗を見つけるなり抱きついていた。その目には先ほどのとは違う輝きが滲み出ていた。
「あぁ、久斗様。こちらにいらしたのね。ごめんなさい、私のせいで無用な心配をお掛けしてしまいまして。今後はこのようなことがないように致しますわ」
「え、あ、わぷ。エ、エレインさん?」
急に抱きつかれてしまい、目を白黒させてしまう久斗。エレインに会った時は謝ろうと思っていたところに逆に謝られてしまい、どうしたらいいのか混乱してしまう。そして、その場にいた残り二人に助けの視線を送ろうとするが、抱きつかれた際にその豊満な胸に顔を埋めてしまっていたため、それは叶わなかった。
そんな二人の様子にバスカーとエストは空を仰いで深いため息を吐くのであった。
「エレイン、そろそろ落ち着いたか?」
バスカーが呼びかけると、エレインは彼に鬱陶しそうな眼を向けてきていた。
「あら? 誰かと思いましたら団長ではありませんか? 私と久斗様の愛の語らいを邪魔しないでくださいませ」
その発言に頬をひくつかせながら、再度呼びかける。
「エレイン、そろそろ放してやらないと久斗が死ぬぞ」
「えっ?」
バスカーの指摘に、エレインがすっと胸元を見ると久斗がびくんびくんと痙攣しているのが見えた。
「あぁ、大変! エスト、今すぐ治して差し上げて」
エストはバスカー同様に頬をひくつかせながら、久斗に光属性の回復魔法を掛けていく。久斗の顔色は初め少し青かったが、少しすると子供特有の血行の良い顔色に戻っていた。
「さて、エレイン。久斗に会えて嬉しいのは分かるが、そろそろ俺ともお話しようか。エスト、お前さんはそこでのぼせている久斗をテントまで連れて行ってやってくれ。必要最低限は伝えてあるから残りは今度で構わん」
「ええ、分かりました。……さぁ久斗君、そろそろ戻りますよ」
エストはバスカーの指示に従いぐったりした久斗を背負い、テントを出ていく。
パン!
それを名残惜しげに眺めていたエレインであったが、バスカーの拍手の音でびくっとして視線を戻した。
「さぁ、エレイン。あいつからも大分絞られたろうが自業自得だからな。今から俺に付きあってもらおうか。あぁ後で一応言い分は聞いてやるから安心しろ」
何も安心できないと思わせる笑みを浮かべて、エレインを先程まで久斗が座っていた敷き布に座らせるバスカー。その夜にはバスカーのテントからエレインの泣き声が頻繁に響いていた。
「久斗君。団長から聞いたと思いますがエレインさんについては何も気に病まないでくださいね。彼女のあの姿を見たから分かると思いますけど、結構ぴんぴんしていますし、彼女自身負い目を感じているようですし、ね」
背中で小さく返事があったことに小さな笑みを浮かべてエストは久斗のテントまでの短い道のりを歩いていく。
「ですが、これも団長は多分仰ったとは思いますが、戦場で気を抜くのは以ての外です。自分だけでなく味方まで危険にさらすのは傭兵として一番してはいけないことです。それだけは覚えておいてくださいね」
またもや背中で小さく返事をする久斗にエストは家族愛に似た気持ちを抱いていた。
--ふふ、今回のことは結果だけ見ればエレインさんが少し痛い目を見るだけで済みましたし、いい経験になったと思いますね。この子は今後必ず世界に関わってくるはずです。その時に私達がいないこともありますから、こういった糧を得ていくことは彼の将来に必ず活きてくるでしょう。
その後、久斗はテントまでエストに背負われながら戻ると肉体的にも精神的にも疲労していたため、すぐに寝袋に潜り込んでいた。その横にはフォクシが心配そうに付き添っている。
「クゥン」
「うん、ありがとうフォクシ。もう大丈夫だよ」
久斗が頭を撫でると、フォクシは気持ちよさ気に目を細めていた。同じテントにいた他の男性団員はその交流を暖かな目で見守るのであった。
翌日、久斗が起きだしてテントの外に出ると、げっそりとしたエレインが通りかかった。
「あ、エレインさん。おはようございます」
「おはようございます、久斗様。本当ならこのままお世話するのですが、申し訳ありませんが少し休ませていただけませんか?」
げっそりとして顔色も青いエレインを見て、昨日のバスカーの説教が効きすぎたのだと苦笑してしまう久斗であったが、そこであるものを見て凍りついてしまう。
「あら? 久斗様、どうなさいましたか?」
エレインは何に驚いているのか全く気付かずに問いかけると、久斗は指を震わせながら彼女の肌の一点を指差す。
「ん? あぁこれですか? 久斗様にお見せするのは心苦しいのですがどうかご容赦くださいな」
そう言って、自分の腕にある爛れた肌を服で隠すように覆う。久斗はその爛れた肌が一体どうして付いたのか一瞬で理解し暗い顔で俯いた。
「久斗様、どうか顔を上げてくださいな」
そう言われエレインの顔を見つめる久斗。その表情は痛々しいものがあった。エレインはその頬に手を当て、慈しむように撫でる。
「この怪我は久斗様とは無関係のものですわ。ですから全く気に病む必要はありません。それどころか傷がこれだけで済んでいるのは久斗様のお陰と聞いていますわ。だから、胸を張ってください。ありがとう私の王子様」
そう言って、久斗に軽い口づけを交わすエレイン。その顔は真っ赤になっていたが、久斗も真っ赤になっていた。そして、その場にたまたまやって来ていたアルムやジェシカ、ターシャにリンも若干顔を赤くしながらやっかみを送る。
「ちょっと、エレイン。あなた何をしているのですか。離れなさい、即刻離れなさい」
「あらまぁ、エレインもいつの間にか大胆になってしまったわね」
「もうちょい人目の少ないところでやればいいのに……。あたしもしようかな」
「フォクシ、おいで。あっちにいると変になるよ」
四人に冷やかされ更に顔を赤くする久斗に、エレインは優しげな表情で微笑むのであった。
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