負傷
「久斗が魔術ねぇ」
「はい、あの歳で使えるとは思ってもいませんでした。使えると分かっていましたら先に説明しておいたのですが……」
エストは先に教えてなかったことに対して後悔していた。バスカーはそんなエストの心境を慮るが、しかし口から出たのは慰めの言葉をではなかった。
「ふん、今さら言ってもしかたあるまい。それで久斗には釘を刺しておいたんだろ?」
その言葉に、エストは後悔の念を胸の奥にしまい、いつもの毅然とした態度に戻る。
「はい。ですが時間の問題でしかないとは思います」
エストの言葉にバスカーはエルリッシュでの出来事を思い返していた。
――そうだな、あれぐらいの騒動であればまだ自分たちでも対応は出来るんだがな。それ以上になると無理だろう。あの手の奴らは横のつながりも馬鹿にならんし、そもそも久斗に外出させないことなど出来るわけがないんだからそこを狙われたら終わりだしな。うむ。
そう考えると、バスカーは久斗の処遇についての判断を下す。
「とにかく、まず王都に着いたらあいつに連絡を取って少しでも対応してもらおう。王都はエルリッシュより大きい分、その手の奴らも組織だっていて手強いからな。対策はとれるだけとらんとな」
エストはその判断に異を唱えることはしなかった。しかし、追加ですべきことを主張する。
「あの方だけではなく、他の傭兵団にも応援を頼んでみるべきではないかと思いますが」
「応援なぁ」
バスカーは気乗りしない様子でぼやいた。そんな態度であるにも拘らずエストは怒りはしなかった。エストにもバスカーの言いたいことは充分に分かっていたからである。
「エスト、あいつらに隙を見せたらやられるのはこっちになる。味方にしてやられる事ほど情けないことはないぞ」
「それは重々承知の上でこうして具申している次第です」
エストの真剣な表情にバスカーは弛ませていた雰囲気を引き締めて、具体案を求めた。
「なら、何処がいいとかある程度考えてあるんだろうな?」
「勿論です」
エストは自信満々に肯定し、その候補とそこにした根拠を述べていく。
「まずは……」
こうして王都に着いてからも忙しいことが決定しバスカーは内心で大いに嘆くのであった。
久斗が「魔術」を使った日の翌日。
カン、カン、カン
昼食を食べ終わり、旅団所属の馬車の群れが進みだして暫くしたところで、先頭の馬車から魔物襲来を示す三点鐘が鳴らされた。鳴らされた途端、各馬車で昼寝や札遊びなど暇つぶしをしていた団員達の雰囲気が引き締まった。
久斗達も三点鐘聞くやいなや、弓や魔法の準備を整えていた。
「今回は三点鐘……ということは魔物襲来ね」
「ただの三点鐘ならまだ警戒ということだけど、一体どんな奴が来てるのかしら」
「うふふ、全て私が焼き払って差し上げますわ。そして勝利を久斗様に捧げましょう」
「ちょっと、久斗様と言わないでください。あなたのものではありませんよ!」
「はぁ……」
エレインの台詞にアルムは憤慨し噛みついていく。その様子にターシャ、ジェシカは諦めの表情を浮かべ、久斗は頭を抱えるのであった。フォクシはリンに抱っこされていたが、不満げに鼻を鳴らしていた。
周りの団員はそんな彼、彼女たちの様子にある者は呆れ、ある者は腹を抱えて笑っていた。そうして他の馬車とは違い、緊張した雰囲気は一瞬で消え去り弛緩した雰囲気に戻っていた。
そこにエストから指令が下った。
「ターシャ、エレイン、ジェシカ、久斗の四名は今すぐに進行方向右手側より来ます灰色狼の群れを撃退して下さい。繰り返します。ターシャ、エレイン……」
「こちらターシャ、了解しました」
エストの指示に風魔法が使えるターシャが代表して返事を行う。そしてアルムのほうを見る。
「アルム、あなたはどうするの? って言わなくても分かったわ」
どうするかなど決まっていると言わんばかりに闘志を燃やしているアルムの姿を見て、ターシャはかぶりを振る。
「よし、じゃああの時に話した陣形で行くわよ。前衛はあたしとアルム、中衛が久斗君、後衛がエレインにジェシカ。いいわね?」
全員が頷くのを確認するとターシャは馬車から飛び降りた。続いて残りの四人も飛び降りていく。
その様子を馬車から無感動に眺めるリンに、残った団員のうち年配の者が話しかける。
「大丈夫さ、ああ見えてあいつらは団内でもそれなりの腕前を誇ってるんだ。魔物とはいえ、たかがグレイウルフくらいなら怪我ひとつせずに戻ってくるさ」
「そうそう、というかあいつらの場合久斗を取り合って喧嘩して傷ついて帰ってくるんじゃねぇか?」
「あっはっは。それはあり得るな」
そうやって笑いあう年配の団員達。だが、その目には心配の色が混じっていた。しかしリンはそれに気付くことなく、ただ無感動に五人の背中を見つめているのであった。最後にその手で抱かれていたフォクシがついていきたそうに一声張り上げていた。
「コオオオォォォォン」
「あれ? フォクシが鳴いてる? なんだろ?」
その声が微かに聞こえた久斗が後ろを気にするとすぐにジェシカから叱責が飛んできた。
「久斗、戦闘するっていうのによそ見をしない! 今は目の前のことに集中しなさい」
「あ、は、はい」
慌てて灰色狼の群れに目をやる久斗にジェシカは嘆息していた。しかし、すぐに気を取り直し、久斗とエレインに指示を出す。
「久斗、前衛の二人に風、火の補助魔法。エレインはとりこぼした奴らを焼くための範囲魔術を用意」
その指示を聞くなり詠唱に入る二人。ジェシカはそれを確認もせず自身も詠唱に入る。
「……我願うは疾風なりえる速さ、無限の風の力を今ここに呼び寄せん、スピードアップ!
……我願うは無双たりえる力、無限の炎の力を今ここに呼び寄せん、パワーアップ!」
久斗から火と空の補助魔法が放たれターシャ、アルムの速度が跳ね上がる。
「……我願うは全てを滅する炎獄の力、無限の炎の力で敵を滅さん」
「……我願うは全てを閉じ込めし氷獄の力、無限の氷の力で敵を滅ぼさん」
エレインは詠唱の最後を止め、そのまま集中を持続した形で詠唱待機に入る。ジェシカも同様にして詠唱待機に入った。
そうして後衛二人の準備が丁度整ったところで、ターシャ、アルムは灰色狼の群れに接触していた。
ターシャは短剣を、アルムは長剣を上手に駆使して敵を薙ぎ払っていく。二人はお互いに邪魔にならないように、かつお互いの隙を埋めるように回転しながら斬りつける。
数匹の灰色狼が果敢に飛びかかるが、全て短剣もしくは長剣、さらには足技で払いのけられていく。
そんな二人の様子は舞踏のように見え、久斗は弓を構えたまま見惚れてしまっていた。
「っ!! 久斗!!」
一匹の灰色狼がターシャ、アルムを避けるように回り、久斗にとびかかろうとしていた。ジェシカの声ではっとしたが、見惚れていた久斗はすぐに矢を射ることが出来ず、目をギュッと瞑った。しかし、予想された衝撃や痛みがやってこないのに疑問を覚えた久斗は恐る恐る目をあけると、思いもよらない光景が目に飛び込んできた。
「痛いですわね、この犬畜生めが」
そこには身を呈して久斗をかばったエレインの姿があった。エレインは腕に噛みつかれており、顔は苦痛で歪んでいた。だがエレインは諦めずにまず、短剣を取り出そうとした。しかし、腰に提げていた短剣は久斗をかばった際に偶然灰色狼に蹴飛ばされていて数歩離れたところに落ちていた。すぐに短剣を諦めたエレインは噛みついてきたままの状態でいる灰色狼に手をやり、詠唱を始める。
「……我願うは、っ! 我願うは破滅の火炎」
「それは! エレインだめ!」
ジェシカがエレインの詠唱を聞くなり制止の声を掛けるが、エレインは止まらなかった。
「無限の炎の矢で燃やしつくさん、フレイムアロー!」
ゴガァン!
痛みで一度詠唱を中断してしまうも、すぐに再詠唱に入り魔法を完成させるエレイン。そうして出来た魔法はエレインも巻き込みながら灰色狼を焼き尽くした。
「エレイン!」
ジェシカは慌てて詠唱待機させていた魔法を破棄し、新たな魔法の詠唱に入る。久斗はただ、呆然と立ち尽くすだけであった。
「あっちに行かせてはだめ、アルム行くわよ」
「任せなさい、エレインさんの仇です」
ターシャ、アルムは後方での出来事に気付いていたため、必死に敵を近寄らせまいと、果敢に攻め立てていく。
「我願うは清浄たる水、無限の水を今呼び寄せん、ウォーター!!」
すぐにジェシカの魔法は完成しエレインに向けて水が放たれる。そうして、彼女を燃やしていた炎は全て鎮火された。火が消え、エレインを視認できたが彼女の姿は見るも無残な状態であった。服は所々焼け跡があり、その艶やかな肌は火傷により若干白くなっているところが幾ヶ所も散見された。特にその両腕は火傷していないところがないほどにひどく、ほとんどが炭化している状態であった。
「エレイン、生きていてよ」
ジェシカはショック死していないことを祈りながら回復させようとするもこれほど酷い状態では自分だけでは無理と判断し、すぐに久斗を呼び寄せる。
「久斗、こっちに」
ジェシカに呼ばれるも反応を返さない久斗に再度強く呼び掛けるジェシカ。
「久斗!!」
強く呼ばれたことで、久斗はびくりと反応しジェシカにのろのろと近づいていく。
「早く!!」
再度叱咤されすぐに傍まで近寄って来た久斗にジェシカはすべきことを指示する。
「いい? あなたは水属性にも適性があるんだから回復魔法が使えるはずよ。今から詠唱を教えるからありったけの力で回復しなさい」
それだけ言うと詠唱を始める。
「我願うは再生せし力、無限の水の力で彼の者を癒し給う、リカバー!」
久斗もジェシカに続いて詠唱する。二人の回復魔法にエレインの火傷はみるみると治っていった。
――やはり、この回復の仕方はこの子の力ね。それにしてもエレインは大丈夫かしら。
ジェシカは回復を久斗に任せ、エレインの脈を確認する。
トクン、トクン
脈を感じ取ったジェシカは途端に安堵していた。
――なんとか生きてくれていたわ。よかった。
そして、ターシャ、アルムのほうを向くと二人とも灰色狼を全て仕留めてこちらに駆け寄ってきているところであった。
「ちょっと、エレインは大丈夫なの?」
「この青い光は久斗君ですか?」
二人の問いに頷き返し、ジェシカはほぼ完治した状態でも未だに一生懸命回復魔法を掛けている久斗に近づいた。
「久斗、もういいわ。ここまでくれば後は安静にすればいいから」
久斗の肩に手を置き、治療の終了を告げるジェシカ。その彼女に久斗は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を向けた。
「じぇ、じぇしかねえさん、ぼく、ぼく……」
久斗の様子にジェシカはアルムを呼び、任せるとだけ囁く。囁かれたアルムは一瞬困った顔を見せるも、久斗に近寄り涙を拭きながら馬車のほう連れていった。
ジェシカはターシャと一緒にエレインを抱き上げ、二人の後を付いて戻るのであった。
「おいおい、これは一体どうしたんだ?」
戻ってきた五人の姿に驚きの声を上げるバスカー。エレインはターシャ、ジェシカに抱きかかえれており、久斗はアルムにしがみ付いて泣いている状態であった。
「むぅ、ターシャ、ジェシカ後で詳しいことを教えてくれ」
「はい」
暗い声で答える二人に、バスカーは不安を今回の辞令は失敗だったかと思い、顔を歪めた。エレインは服が所々焼け落ちているだけに安否が気遣われたが、胸が上下しているところをみて生きているのは確認していたため、その場を解散させた。
「エスト、どう思う?」
「何とも言えませんが……、エレインの様子と久斗君の様子を見ると、どうも彼が何か失敗してそれをエレインが手助けするも失敗したというところでしょうか」
「エレインが失敗するとなるとただ事じゃなかったか、久斗絡みで無茶したかだな」
バスカーの見解に妙に納得してしまうエストであった。
アルムは久斗を連れ馬車の中に戻っていた。出迎えた年配の団員は心配して声を掛けるが久斗は泣き疲れたために、返事が返ってくることはなかった。
「アルムさん、久斗どうしたの?」
心配しているのかどうかわからない無表情で聞いてくるリンにアルムは首をすくめる。
「ちょっと、ね。心配することはないからフォクシを連れてちょっと離れてもらえる?」
何故と無言で問いかけるリンであったが、しかしすぐにフォクシを連れ他の団員のところへと去っていった。フォクシは久斗に寄りつき添おうとしていたが、強硬にリンに引っ張られ渋々リンと共に団員のところへと向かっていった。
「とりあえず、今は寝なさい」
アルムはそれだけを言い、久斗に膝枕をしながら頭を優しく撫でていた。
「そうか、そんなことがあったのか」
「はい、今回は無事でしたがやはり子供を魔物との戦いであっても戦場に連れていくのは良くないと思われますが」
灰色狼との戦いで何があったのかを全て聞いたバスカーとエストは時期尚早であったと冷静に判断し、後悔していた。
「あいつは今どうしてる?」
「精神衛生上好ましくない状態であると判断したためアルム殿に頼みまして面倒を見て頂いています」
ジェシカの答えにそうかとだけ呟き、上を仰ぐ。そんなバスカーにターシャが声を掛けた。
「あ、あの。久斗君へはあたしのほうからきつく言って聞かせますので今回は許してやってもらえないでしょうか?」
その懇願に答えたのはバスカーではなくエストであった。
「それは出来ません。私達傭兵団は他の人との協調が何より重視されます。たった一人の身勝手で全滅することすらあるのですから。今回も一つずれていればエレインは亡くなっていたでしょう」
「エスト……」
「次も同じようなことが起こらないとも限りません」
「エスト」
「私のほうからしっかりとした指導を」
「エスト!!」
バスカーの大声に驚くエスト。その目には団を預かる者としての冷徹な光が宿っていた。バスカーは落ち着かせるようにゆっくりと言い聞かせる。
「今回は俺から話す。お前はエレインの容態を確認してこい」
「しかし」
「復唱は?」
エストは尚いい募ろうとするもバスカーに強く言われむっとしながら復唱した。
「エレインの容体の確認に行って参ります」
「久斗のところには行くなよ」
「行きません」
最後の冷やかしにさらにむっとしながら出ていくエスト。そんな二人のやり取りを横で見ていたターシャ、ジェシカ。両名は初め場の雰囲気に居た堪れず、早く退室したい気持ちで一杯であったが、最後のやり取りで脱力してしまっていた。
「団長……子供ですか」
ターシャの呟きにジェシカは全くであると同意していた。バスカーは少しばつの悪そうな顔を見せたが、次の瞬間にはまた真剣な顔に戻っていた。
「お前らも久斗にいらんこと言うなよ。あいつには俺からだけで十分だからな」
そのバスカーの言葉に了解の意を示す二人であった。
読んで下さりありがとうございます。




