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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
一章 少年期編
28/69

魔術

「ねぇ」


 無言で洗い物をしているところで、久斗は急に呼びかけられたことで作業を一時中断した。


「どうしたの?」


 少女は先程までの無言の空気に耐えきれずつい呼び掛けはしたが、何を言えばいいのか分からず黙ってしまう。そうして暫く洗い物の手も止まった時間が過ぎていく。その場には先程までとは違い居た堪れない雰囲気が漂っていた。

 しかし、またもや沈黙に耐えられなかった少女は再度久斗に呼び掛けた。


「ね、ねぇ」

「ん、どうしたの?」


 少女は久斗の返事に一瞬言い淀むが、今度は黙ることはなかった。


「あなたとフォクシの関係って何?」


 無表情故に興味なさそうに聞こえる声であったが、久斗は気にせずに答えた。


「うーん。関係と言われても……どう言えばいいんだろう?」


 惚けるかのように逆に聞き返してきたことに、少女は苛立つ。そのため、再三口を開いた時には、声に若干の険を孕んでいた。


「何で私が聞いたことの答えを私が答えるの?」


 そう言われ、確かにと思い、頭を捻る久斗。そして、恐る恐る答えを口にした。


「えっと、飼い主とペット?」

「嘘」


 飼い主とペットという答えでは不満であった少女はさらに問い詰める。


「他の団員がショウカンジュウって言ってた。だからペットというのは嘘」


 久斗は召喚獣と分かっているなら聞く必要はないのではと首を傾げる。それを見た少女は馬鹿にされたと感じ目をつり上げる。


「だから、さっさとショウカンジュウとは何か言って」


 その小さい、けれども少量の怒気が籠った声に驚きながら少女の言うことを考える。そして、発音の違いに気づいたときに初めて少女が何を求めているのか、理解が及ぶ。


――ああぁ、そうか。この子、召喚獣のことを知らないのか。てっきりこの世界の人なら皆知っていることだと思ったんだけど違うのかな?


 久斗がそう考えていると、少女は無表情のままに涙を流し出していた。大粒の涙がポロポロと落ちていく。その様子に久斗が絶句していると、少女はさも今気がついたかのように涙をぬぐう。


「教えてくれないならもういい」


 拒絶の言葉を残し、少女は作業に戻ろうとする。久斗は慌てて引き留める。


「ちょ、ちょっと。誰も教えないなんて言ってないよ。ちょっと驚いただけだよ」


 その言葉を聞くと少女の足はぴたっと止まり、そしてクルリと振り向いた。


「なら、早く教えて」


 少女からは早く教えろといわんばかりの圧力が放出されていた。久斗はその不思議な圧力に怖じ気づきながらフォクシとの関係を端的に話す。


「フォクシは召喚獣、つまり僕が魔法で呼んだ魔物なんだよ」


 少女は魔法で呼んだというところで一瞬目を大きく見開いたが、すぐに普段の無表情に戻っていた。


「魔法で呼べたりするの? 私にもできる?」


 淡々と聞いてくる少女に、久斗は彼女の適性を知らなかったので答えられなかった。そのため知っていると思われるエレインに聞くように助言した。


「召喚魔法の属性が使えないと分からないよ。そういうのってエレインさんやジェシカ姉さんが知ってると思うよ」

「うん、わかったわ」


 それきり少女は自分の仕事に戻っていった。久斗はありがとうの一言も言わない愛想の欠片が全くない対応にまたもや絶句していたが、すぐに気を取り直し洗い物に戻った。


 そうして半分ほどの洗い物が終わったところで、桶の水を変えることとなった。洗い物は川の水を用いていたが、川の中ですると下流の者に迷惑がかかる可能性があるとのことで、桶に汲んでそれを使って洗っていた。その水汲み当番は少女になっていたが、一人では無理なのは明らかなため、久斗が手伝うこととなった。


「じゃあ、水を汲みに行こうか」

「うん」


 まるで兄妹のように連れ添ってあるく子供たちを見て、他の担当の団員たちは心を和ませていた。

 しかし、久斗は無言の圧力に耐えかねて心の中で悲鳴を上げているのであった。


――この子、本当に喋らないなぁ。無視されてるわけでもないようだけど、さすがに(だんま)りが続くのは辛い。でも、これといった話題があるわけでもないし……。はぁ、早く水を汲んで戻ろうっと。


 少女のほうも久斗と何も会話がないことには苦痛を感じていた。しかし、彼は好敵手というよりフォクシへの愛を阻害する邪魔者であるため、積極的に語りかけようとは思っていなかった。

 

 そうしてお互いに無言のまま川辺に到着する。そして、淡々と川から水を汲んだものの、あまりに重すぎたため二人の力では持ち上げることは叶わず、立ち往生することとなった。


「重い」

「うん、どうしようか」


 二人して頭を悩ませること一分。少女は良い案が思い浮かんだため、久斗の手を引く。


「良い考えでも思い付いた?」


 少女は一つこくりと頷き自分の閃きを発表する。


「補助魔法を使ったらいい」

「確かに、それ良いね」


 その考えは久斗にとって目から鱗であった。魔法は戦闘に使うものと思い込んでいたために、こういった日常で使うことは思いつかなかったのである。久斗は少女を少し見直していた。そして、発案者である少女に使えるかどうかを聞いてみた。


「これ持っていくのに便利なの使えそう?」


 これと桶を指差し少し期待する久斗へ、しかし、少女の答えは否であった。


「ううん、私、魔法使えない」


 魔法が使えないということに少し驚く久斗。これもまた思い込みであったが、この世界の住人は全員何がしかの魔法を習得していると思っていたのである。久斗は少女おかげで、世界に対する間違った先入観を幾つか捨て去ることができたことに感謝した。


「あー、使えない人もいるんだね」

「というよりほとんどの人が使えない」

「なるほど」


 川辺に来る前よりかは和やかな雰囲気になり、久斗はすこしほっとしていた。そして、彼女が使えない以上自分が使うしかないと思い、少女に提案する。


「じゃあ、僕が補助魔法使うよ。いいかな?」


 少女は久斗が使えるとは思っていなかったため驚いていたが、無表情であったことによりその驚きが相手に伝わることはなかった。少女が驚いていた理由は召喚魔法の使い手ということで、無属性の適性のみの、それも召喚しかできないと思ったからである。


「……」


 そして、少女は適性がないのに補助魔法を使うという久斗の言葉に胡散臭さを感じていた。

 そんなふうに思われているとは露とも知らず、いつもの無言と思い承諾を得たと勘違いして、にこやかに詠唱準備に入る久斗。今回の詠唱ではエレインやジェシカにすら教えていないことをしようとしていた。


「我願うは無限の栄光、彼方に届く其の力、遍く大地を踏みしめる其の体、英知を授けし其の識、今其れ等を我らに与え給わん、オールアップ!」


 青、赤、黄、緑、茶の五色、それぞれ水、火、雷、空、地の属性を示す色が混ざりあい黒い光を発する。

 少女はその光に恐怖を感じたが、足がすくみ動けなかった。なんとか逃げようともがいているうちに魔法は完成し、黒い光が久斗と少女を照らした。少女はこれで死ぬんだと思っていたが、意に反して体からは力が漲ってきていた。


「何これ?」


 呆然として、ただそれだけを口にし、自分の体を見下ろしている少女。今まで感じたことのない感覚に戸惑っていた。

 久斗はその独り言を聞き取り誇らしげに答えた。


「オールアップって言って、五大属性の代表的な補助魔法を詰め込んでみたんだ。効果は分かると思うけど、パワーアップ、インテリジェンスアップ、スピードアップ、テクニカルアップ、スタミナアップを混ぜたものだよ」


 少女は久斗の誇らしげな顔に訳もなく水を掛けたくなったが、もう一度汲み直すのを面倒に思い、何もしなかった。

 そして二人で水が入った桶を持って戻ろうとしたところで、一緒に洗い物をしていた団員が二人に向かって走ってきていた。


「おい、お前ら無事か!?」


 二人に近づくなり慌てた声で安否を問うてくる団員に、二人は思わず顔を見合わせた。


「こっちのほうから黒い光が見えてな。何か不吉な予感がしたから急いでこちらに来たんだ。お前らは光の原因について何か見てないか?」


 そう言われ、久斗は思わず顔を伏せてしまっていた。団員はその様子を不審に思うものの、二人が何も言わなかったため宿泊地に戻るのを優先し二人を急がせた。


「こちらの桶の水はいったん破棄しよう。さすがにこの重さでは早く戻れないからな」


 団員は桶を持ち上げて重さを確かめてからそう言い、水を一気にその場に流した。それを少女は無感動に、久斗は申し訳なさそうに見ていた。


 そうして、団員は二人を連れて急いで宿泊地に戻ったのであった。その団員はそのままエストの下に向かい、事情を報告する。エストは「黒い光」というところで眉を少し動かしていたが、団員は気付かずに報告を続けていた。


 その団員が去って行ったあとにエストは久斗を呼び寄せた。


「失礼します。エストさん、何でしょうか?」


 久斗は後ろめたいところがあるために、エストに挨拶もせず用事を確認した。そんないつもの礼儀正しさを欠いた久斗の行動に、エストは予想が的中していたことを悟る。そして用件を伝える。


「いえ、先程、久斗君達を引率していたセリオスから報告がありましてね。なんでも黒い光を見たとのことでして……。久斗君達はどうも現場にいたそうですから何か知っているのではないかと思いましてこうしてお呼びしたのです」


 明らかに自分の仕業であることがばれている、と思った久斗はすぐにエストに向かって謝っていた。


「ご、ごめんなさい」


 エストはいきなり謝ってきた久斗に苦笑しながら顔を上げさせた。


「いきなり謝られても困りますよ? 一体何があったんですか?」

「はい、実は……」


 そして、久斗は川辺で行ったことをエストに伝えた。エストの表情は久斗の話をきいているうちに段々と険しさを増していく。そして全てを聞き終えた後に、普段とは違う非常に低い声で久斗に問いかけた。


「久斗君。君はその魔法を今でも使えますか?」


 エストが何を気にしているのか分からず、びくびくしながら首を縦に振って肯定を示す久斗。


「では、今私に使ってもらえませんか?」


 一体何をそこまで気にしているのか考えながら、久斗は川辺で行った詠唱を再度披露した。


「我願うは無限の栄光、彼方に届く其の力、遍く大地を踏みしめる其の体、英知を授けし其の識、今其れ等を彼の者に与え給わん、オールアップ!」


 久斗から黒い光が輝きだし、エストを照らした。エストはその光を身に浴びると体の奥から活力がどんどん湧いてくるのを感じていた。そして思わず声が漏れる。


「すごいな……」


 普段の口調が取り払われた素の口調が出るほどにエストは感動していた。そしていきなり久斗の肩を掴むと真剣な声で確認を取った。


「久斗君。この魔法を見せたのは私とリンさん以外で他は誰がいますか?!」


 未だにエストの気にしていることが分からず、戦々恐々としていた久斗は素直に答えていた。


「え、えっと。エストさんとリンちゃん以外は誰にも見せてないです」

「それはエレインやターシャ、ジェシカにアルム殿にもですか?!」


 間髪いれずより具体的に聞いてくるエストに肯定を返す久斗。


「はい、驚かそうと思ってこっそり練習していたので皆さんにも伝えていません」

「そうですか……」


 それだけを言い、黙りこみ下を向くエスト。肩を掴まれたままで身動きが取れない久斗は居心地の悪さを感じていた。そして、黙ること一分、エストは再び真剣な目で久斗を見つめると久斗にとって残念なことを命じた。


「久斗君、これからその魔法は使用禁止です」


 いきなりの禁止令に戸惑いを隠せない久斗は、すぐに理由を聞く。


「ど、どうしてですか?」

「それはですね……」


 エストはどう伝えるべきなのか、何を伝えるべきなのか少し考える。そして、考えがまとまったエストは口を開く。


「いいですか、久斗君。今君がしたことは『魔法』ではありません」


 予想外の言葉に理解が追いつかない久斗は、では一体何なのかを目で問いかける。エストは肩を掴んでいた手を離すと自分の椅子に腰かける。そして深く息を吐いてから久斗を見上げ、話しだした。


「久斗君。まず魔法については勉強しましたよね?」

「はい」

「では魔法に属性があることも学びましたね?」

「はい」

「それでは今君が用いた『魔法』もどきと言っておきましょうか。その『魔法』もどきは何属性になりますか?」


 そこまで言われて、属性のことを考えるも答えは出なかった。それを予想していたかのようにエストは話を続ける。


「いいですか。今君が用いたものは『魔術』と呼ばれる複数属性を組み合わせた、魔法とは全く別次元の『技術』です」

「魔術?」


 理解が追いつかない久斗は、ついエストの言ったことをオウム返しに言ってしまうほどに混乱していた。しかしエストはその混乱している様子を全く気に留めず説明を続けていく。


「魔術は世間でもほとんど確認されていない高等技術です。複数属性を扱える者は滅多にいませんから仕方ないところではありますが、たとえ複数属性を扱えたとしてもただそれだけでは魔術は使えません」

「修練が必要なのですか?」

「ええ、あなたもそれを使えるようになるまで失敗をかなりしたのではありませんか? それほど魔術は難しいのです」


 自身が体験したことを振りかえり、エストの言う通りであった、と久斗はこくこくと頷いた。


「かくいう私も魔術の一つや二つは使えます。ですがそのために私の名前は傭兵の中でもそこそこ知られたものになっています。これがどういう意味を持つか分かりますか?」


 少し考えるもあまり分からず、すぐに首を振る。


「いえ、一体どういうことなんですか?」

「つまりは、君自身が有名になってしまうということです。それだけなら構わないとは思うのですが、その結果他の傭兵団からの勧誘や下手をすれば誘拐される可能性が出てします」


 エストの言うことにそこまでは……と思う久斗。しかし、その心中の思いを見透かしたようにエストは続ける。


「これは全くの冗談ではなく、過去に何度もそういったことはこの『風の旅団』でも行われました。数は少ないですが、その時に命を落とした者もいます。今の君では自分の身を自分だけで守れている訳ではありません。ですから無用の騒動を起こさないためにも今は使用を我慢してもらえますか?」


 久斗は全てを聞き終えて、神妙に頷いていた。その様子に満足そうなエストは、そこで規制の手を緩めた。


「ですが、全く使わないというのはもったいない話ですし、久斗君なら様々な魔術を開発できるはずです。ですので王都に戻ってからその辺りに配慮したいと思います。私からは以上です」


 最後ににっこりと微笑むエストに明るい顔を見せた久斗は、そのまま礼をして部屋を出ていった。エストはその後ろ姿を見送りながら今後のことを考える。


――まさか自力で魔術に辿り着けるとは思っていませんでしたね。これはバスカーにも報告して相談しましょう。王都についたらエルリッシュ以上の騒動にならなければいいのですが……。まぁここで考えても如何(どう)しようもありません。とにかく今はバスカーの下に出向きましょう。


 そして、エストはバスカーのテントへ赴き、久斗のことで相談するのであった。

読んで下さりありがとうございます。


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