処遇
その少女の見た目は八、九歳くらいであり、髪は囚われていたためにぼさぼさであったが、汚れを落としたなら綺麗な濃紺であると思わせる色をしていた。顔立ちも汚れこそ目立つものの悪くないものである。子供特有のつぶらな瞳をしており、唇も小さく将来が楽しみになる可能性を秘めている。しかし、その美しい造形で彩られた顔はまさに無表情と言うべきほどに、何の感情も浮かんでいなかった。
「リン、リン・ソルファ」
それだけを喋り、あとは黙ったままの少女にその場にいた全員に困惑の表情が浮かびあがる。宿屋まで連れてきたエストもここまで淡白な挨拶をするとは思っていなかったため慌てて場を取り繕う。
「か、彼女は敵の傭兵団に捕らえられていたのですが、どうも両親は既に亡くなっているようでして、暫く私たち『風の旅団』で預かることになりました」
エストの「両親」という言葉に急に泣き出した少女。周りから白い目で見られたエストがさらに慌てて慰めるが効果は上がらず、頬に小さな雫が幾筋も流れていった。
少女の両親は件の傭兵団が誘拐しようとした時に激しく抵抗したが、その抵抗が仇となり命を落としてしまっていた。少女はその現場にいたため、親が惨殺される場面をまざまざと見せつけられたのである。そして、目の前で起こされた悲劇は幼い少女の心に深い傷を刻んでいた。
そのような事情はまだ聞けていなかったが故に、エストは紹介する時に配慮することが出来ず、心の傷に触れてしまっていたのだった。
ターシャら女性陣は紹介時の文言からなんとなくではあるが、少女がどのような心の傷を抱いているのかを察し、それ故に手を出すことが憚られていた。
その時である。部屋の隅で寝ていたフォクシが不意に少女に近づいていった。フォクシ自身は久斗のところに行こうとしただけであったが、その時たまたま少女の前を通る形になったのである。しかし、少女から見れば仔狐が自分に近づいてきているように見えていた。
「あ……」
少女は泣きやみ、フォクシを見つめた。フォクシも自分が見られていることを敏感に察知し、少女を見つめ返した。少女の顔にはそれでも何の感情も浮かんでいなかったが、暫くの間見つめあった後に小さな声をあげる。
「き、きつねさん?」
恐る恐る手を伸ばそうとする少女にフォクシは久斗を見上げ、次いで少女を見上げ、また久斗を見上げた。
久斗はそれが何がしかの許可を求めていると解釈し、にこっと笑いながら頷いた。
フォクシはそれを見るとまるでため息を吐くかのように少し項垂れてから、久斗ではなく、少女に近づいていく。
少女のほうはそのフォクシの行動に少し怯えながらも手を伸ばし、頭を撫でる。その感触に小さく、ほんの僅かに顔を綻ばせる少女。
その様子を見ていた固唾をのんで見守っていた一同はほっと安堵のため息を漏らした。
――小さくはありますが笑えたということは、まだ感情を失ったわけではないようですね。ということは、今はただ単に心を閉ざしているということみたいですから、回復する望みはありそうですね。しかし、一体どうして? 先ほどの「両親」という言葉に反応していましたからもしかすると……。だとすればこれは迂闊でしたね。ですが、フォクシのおかげで助かりました。次の食事には好物の揚げを用意しますか。
フォクシは一頻り撫でられた後、隙を見て久斗の下に向かっていく。その姿からは既に少女への興味が失せていることを窺わせた。
「あ、き、きつねさん」
少女は伸ばしていた手を宙に置いたまま名残惜しみながらフォクシを見送る。その顔は無表情に戻っていたが、どこか寂しさを感じているようにも見えた。
フォクシは久斗の下まで寄ると先程のことを褒めて褒めてと言わんばかりに尻尾を振って見上げていた。
久斗は苦笑しながらもフォクシを撫でる。すると先程の少女の時とは違い、うっとりとしながら気持ちよさそうにしていた。
少女はそれを見て、久斗に敵意を抱いたが、無表情であったために誰にも悟られることはなかった。
こうして、久斗とリンの出会いは果たされたのであった。
翌日、エストはバスカーと共に傭兵ギルド支部へと顔を出していた。
「おう、マードックの爺を頼む」
支部長を呼び捨てにした挙句、爺と言うバスカーに受付の男性は目を白黒させていた。その時バスカーの頭が急にぐらついた。受付の男性が怪訝に思い、バスカーの後ろをのぞくと、エストがにっこりとしながらかかと落としの体勢で足をバスカーの頭に載せていた。
「バスカー、あなたは仮にも団長ですよね? 今の対応で本当にいいと思っているのですか?」
受付の男性はそのエストの呟きに寒気を感じ、ぶるぶると震えだす。バスカーも同様にぶるぶる震えだしていた。
「あ、あの? エストさん? お、俺が悪かったからその本当に恐ろしい殺気を引っ込めてもらえません?」
恐怖のために口調がおかしくなったバスカーを尻目にエストは先程までの雰囲気を瞬時に消し去り、受付の男性に謝罪する。
「申し訳ありません。こちらの者には後できつく言っておきますので、どうかご容赦いただけないでしょうか?」
非常に丁寧な言いぶりに受付の男性は慌てて頷く。それを見て先程とは違い、ニコリと友愛を感じさせる頬笑みをしながら用件を伝える。
「私達は『風の旅団』のものです。先日そちらの支部長より依頼された件につきまして、ご報告申し上げに参りました」
受付の男性をそれを聞くと、エストに断りを入れて、受付の奥に消えていった。
エストが掲示板で依頼を確認し、バスカーが他の受付嬢と談笑して暫く待っていると、男性が小走りに戻ってきて、奥の支部長室に案内すると告げる。それを受けてエストとバスカーは支部長室へと向かうのであった。
「よう来たのう。まぁそこに座って、ちいとばかり待っとってくれんかの」
部屋へ入るとマードックは仕事をしながらも二人を歓迎した。しかし、マードックは二人の相手より仕事を優先したため、席を立つことはなかった。
仕方なく二人は言われるがままに革張りの椅子に腰かける。しばしの間羊皮紙をめくる音と筆の動く音だけが部屋に響いた。
その間に前回久斗とエストが出向いた時と同じギルドの受付嬢が紅茶とお茶受けを持ってきていたため、二人はそれを味わいながら待つことにした。
そうして全ての仕事が片付くとマードックはバスカー達の正面の椅子に座り捜査の進展を聞いた。
「さて、依頼の件ということじゃったが、どうなったのじゃ?」
バスカーが答えようとするも、明らかに喧嘩腰であったために、エストが手で制した上で注意を先に行った。
「ご老体、せめて待たせたことを詫びるくらいはしておいたほうがいいですよ。こちらの熊は我慢の限界だったようですから」
「ほっほっほ。これくらい、いつものことじゃよ。逆にこれくらいも待てんようじゃと、これから先が思いやられるぞ?」
しかし、その注意も特に堪えた様子はなく、逆にバスカーの態度を咎めた。バスカーは顔を真っ赤にして怒り心頭に発していたが、先程の件もあり、エストに任せる判断を下した。
視線でそれを理解したエストは無駄であろうと思いつつ、注意はほどほどに本題を切り出した。
「ご老体、あまり挑発しないでください。それで、依頼の件なのですが」
バスカーがおもちゃにならないと分かったマードックは面白くない顔を見せたが、エストが本題を切り出した途端に、真剣な顔になっていた。
「どれくらい分かったのじゃ?」
エストはその問いに若干申し訳ない気持ちを持ちつつ結果を報告する。
「実は、すでにどこの傭兵団かを特定。さらには壊滅済みです」
あまりの内容に動きの止まるマードック。そして、次の瞬間には火山が噴火するかのように怒鳴っていた。
「こ、こ、こ、このばっかもーーーん!!」
ギルド中に響いている声量に二人は思わず耳を押さえる。それに構わず、マードックのお叱りは続く。
「なんで、一回こちらに相談せんかった?! お前らが失敗すれば下手すればこの街自体が危険に晒されるんじゃぞ!! こら聞いておるんか?!」
この後、五分はマードックの怒鳴り声は止まず、今までたかが支部長と見下していた者が職員含め全員震撼たらしめられていたのは職員の間での笑い話となる。
「で、でもよう爺。久斗が二回も狙われたんだから早急に対処しとかねぇと危なかったんだよ」
マードックはバスカーの言葉遣いに眦を吊り上げるも、言った内容が気になったために腰を落ち着かせて話を促した。
「ふん、一体どういうことじゃ?」
「私のほうから説明します」
ここでもエストがバスカーを制し、事の顛末を話しだした。一度目の襲撃については伝聞であり、二度目の時は自身含め、旅団全体が襲われたということも付け加えて話していく。
全てを聞き終えたマードックはひどく申し訳なさそうに謝罪する。
「そうか、それはすまんかったの。久斗君はもとよりお前さん達も無事じゃったか?」
「はい、怪我をした者は数名いましたが、それも直に治るということですのでご安心ください」
「そうか。……まぁそういうことじゃったら仕方ないとしか言えんのう。こちらに連絡して筒抜けになりましたというのも困るしの」
暗にギルド内にまだその手に携わっている者がいると仄めかすマードックの台詞に、バスカー、エストの両名は面倒臭そうにため息を吐いていた。
「やはり連絡はなしにして正解だったようですね」
「そうじゃの。まぁ盗み聞きしていたとしても向こうに連絡が行く頃には終わってたかも知れんがのう。それで収穫のほうはどうじゃったんじゃ?」
「そちらについて少しご相談があります」
相談と言われ首を傾げるマードック。
「相談とは?」
「はい、傭兵団を襲撃した際に、何人かの行方不明者と思しき人達を発見したのですが、一名引き取り手のいない子供がおりまして……」
「なんじゃ? つまりはその子を引き取るというのか?」
子供に引き取り手がいないということに、マードックはその子がどんな状況になっているのかを察する。そして察した上での問いかけであった。
「それは本人次第となりますが、こちらで預かることも視野に入れて頂ければと思います」
「それは構わんが……、お前さんらいつまでこの街にいるんじゃ?」
「ご依頼されていたことは終わりましたので出立の準備が整い次第ですね」
「ということは遅くとも明後日か。その子が幾つかしらんが酷じゃないのか?」
後二日、下手をすれば一日しかない中で今後の人生を左右する大事なことを、心に傷を負った状態で考えろというエストの言に苦い顔をする。
エストのほうも心苦しいといった体ではあった。しかし、ネルバ村の護衛に関しての報告もあるため、急いで王都へと向かう必要があった。それを鑑みて心を鬼にしていたのだった。
「ふむ、お前さんらにも立場はあるか。ではここに残るというのじゃったら後見人にはわしがなっておく故、安心して王都までいくがよい」
「ご温情ありがとうございます」
「ふん、わしからの依頼じゃからの。最後くらいは手助けくらいしてやるわい」
エストの礼にそっぽを向いてしまうマードックであった。
「それではご老体。ここらでお暇させて頂きます。どうかお元気で」
「おう、爺! まだまだくたばるんじゃないぞ」
「うむ、達者での。それとバスカー貴様こそくたばるんじゃないぞ」
最後までバスカーとマードックは互いに憎まれ口を利くのであった
その日の晩。宿屋にてエストは少女、リンに今後の選択肢を示した。その結果、リンは王都まで一緒に行くこととなった。その背景には多分にフォクシが関係していたことは宿での視線の向かう先からほとんどの団員が知るところであった。
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