逆襲
月が雲に隠れて夜の闇も一層深まった深夜。そこに二十は下らない男女が集まっていた。
「よし、お前ら準備はいいな?」
バスカーの静かな問いかけにその場にいた全員が首肯する。それを見たエストが号令をかける。
「では、作戦開始!!」
久斗への護衛を除いた団員全員が武器を持ってとある傭兵団の拠点に突撃していった。
時は少し遡り、久斗達が襲撃された晩。
「団長、これで敵が確定できましたね」
エストの声にバスカーは頷きを返す。
ーーこれであの敵が捕まえられりゃいいんだが、そうはいかんだろうなぁ。
バスカーとエストは捕虜を尋問した結果、襲撃した者たちの組織の判明に成功していた。また、その組織は別件で依頼されていたことで睨んでいた組織の一つであることも分かり、敵を追い詰めた感触を得ていた。
「エスト、あいつらはまだいると思うか?」
あいつらというぼかした言い方であったが、エストはバスカーの言いたいことは理解していた。それ故に出た答えは否定であった。
「いいえ、彼らの尻尾がこんなに簡単に捕まえることができたならば、その尻尾は既にちぎられた後でしかないと思われます」
「だよなぁ……。まぁそれでもある程度力を削ぐことはできるし、それでよしとするか」
「ええ。最早彼らとはいたちごっこに近い感じになっていますが、『しない』という選択肢はあり得ませんので仕方ないでしょう」
お互いにため息を吐いて諦めの表情を浮かべる二人であったが、いつまでもこうしてはいられないとばかりに話を進めていく。
「それじゃあ、トカゲのしっぽ切りになるのは間違いないだろうが、やはり善は急げだな。今日中にはけりをつけようか」
「既に各団員には準備をするよう指示してあります」
「手回しがいいな」
「本日襲撃してきた相手と教えましたら皆喜んで準備していました」
「まるで物見遊山だな」
嬉々として準備する団員の姿が目に浮かんだのか苦笑しながらも、団員達を頼もしく思うバスカーだった。エストも苦笑していたが襲撃する際の懸念事項をあげる。
「私達とすれ違いでこちらに襲撃が掛けられた時のためにも、久斗君には引き続き、ターシャ、エレイン、ジェシカ、アルム殿を付けておきます。流石にもうしてこないと思いますが念のための配置になります」
「ふむ、二度あることは三度あるとも言われているが……。まぁ今は向こうも二度も失敗したことで慌ててるだろうからそんなことをしている余裕はないだろう。それに、今度はこっちがやり返す番だ。大人しく待っててもらわないとな」
獰猛な笑みを浮かべるバスカーを見て、エストは相手に少し同情してしまっていた。しかし、その思いはおくびにも出さずに次々に作戦の細部を整えていく。そうして、一時間後には後は作戦決行という段階まで話が詰められていった。
「では、団員を集めて今回の作戦の説明を行ってきます」
「おう、俺は久斗のところに少し顔を出してくるが、すぐにそっちに向かう。だからといって、待つ必要はないから先に説明しておいてくれ」
「了解しました」
エストはそう言うなり、一礼してすぐに部屋を出ていった。バスカーもゆっくりと久斗の下へと歩いていくのであった。
バスカーが部屋を訪れようとした時、久斗は女性四人に囲まれて、陣形や連携についての相談をしていた。
「じゃあ、やっぱり前衛があたしとアルム、後衛がエレイン、ジェシカになるわね」
「ええ、中衛と言えるほどの技量はありませんからそれでいくしかないと思いますわ」
エレインの返事にジェシカもその通りと頷く。
「じゃあ、やっぱり久斗君が中衛になりますね」
「一応それが理想かなぁ」
久斗も交えて襲撃された時の展開を基準に話を進めていく五人。久斗の膝の上ではフォクシが気分良さそうに寝ていた。
そんな時に扉が叩かれたのであった。
入った瞬間にバスカーは久斗の凄さに感心していた。
ーー傍から見たらなんだかいちゃついているようにしか見えんのがすごいな。それにしても、あのじゃじゃ馬だったターシャやエレインが五人だけとはいえ、きちんと交流しているのには驚きだな。
二人にとってはとても失礼に当たることを考えながらバスカーは伝達事項を話しだす。
「今日の深夜、お前らを襲った相手に逆襲をかける。今エストが団員に作戦を伝えているところだ」
その最後の伝えているという内容で自分たちが蚊帳の外にいることに気付き、ターシャやエレインは目を吊り上げる。ジェシカとアルムはあまり気にしていなかったが、その目は事情説明を求めていた。
「まぁまぁ落ち着け、お前ら」
バスカーは手を前に出しながら特にターシャ、エレインの二人を宥めにかかる。しかし、それは逆効果にしかならなかった。更に怒気を孕んだ目で見下してくる二人に襲撃者にすら掻かなかった冷や汗を垂らしながら、理由を簡潔に述べる。
「お前らが行くのはまぁ問題ないが、その場合久斗はどうなると思う? 連れていくことなぞできんぞ」
言われたことにあっと声をあげる、詰め寄っていた二人。そんな二人を余所に久斗は自身の疑問を口に出した。
「僕は行ってはいけないのですか?」
珍しく戦闘に自ら飛び込むようなことを言い出した久斗をバスカーはまじまじと見つめる。そして久斗の疑問の答えを言い渡す。
「だめだな」
間髪いれずにその訳を問う声が飛び出してくる。
「どうしてですか?」
さらに珍しく食い下がる久斗にバスカーは不思議な思いを抱くが顔には出さずに淡々と理由を述べる。
「久斗、今のお前さんじゃさすがに足手まといだ。それが一番の理由だ」
「足手まとい」という言葉に久斗はつい唇を噛んで下を向いていた。ターシャやエレインら四人は掛ける言葉も見つからず、ただ黙っているだけであった。
「見たところ、今日襲撃されたことから反省を活かそうと連携の確認なんかをしてたんだろ?」
黙って首肯する久斗にバスカーはゆっくりと教え導くように語りかける。
「今のお前さんでは、出来ることなんてほんとに限られている。だからこそ、今きちんとできることを考えるのは無駄じゃない。それどころかそれはお前さんの一生の宝ものになる。焦るな、焦ったらお前の望みも叶わなくなるかも知れんぞ」
バスカーは自身にも覚えのある無力感を久斗が感じていることは分かっていた。だが、その無力感から無理をしたとしても必ず何かしらの代償を支払うことになることも分かっていた。それ故の厳しい言葉であった。
周りにいた四人も、自分も同じように通って来た道であっただけに、そのことをよく分かっていた。分かっていたからこそ誰一人慰めの言葉をかける者はいなかった。
そして久斗は「望み」という言葉から詩音のことを思い浮かべた。
「しーちゃん……」
「そうだ、お前さんの望みはそんなに簡単に叶うものじゃないだろう? だったら今焦って取り返しのつかないことになるのだけは避けろ。とにかく、今日の逆襲についてはここで待っていろ」
久斗はこくりと、不満たらたらなのは誰が見ても見て分かるものの、しっかりと頷いた。それを見たバスカーはニカっといつもの男くさい笑みを浮かべて久斗の頭をわしわしと乱暴になでた。
「よし、それじゃあ俺らはいってくるからよ。留守番頼んだぞ」
「了解」
四人が唱和した声を背に受けながらバスカーは部屋を後にした。
「全く、団長ったら今仰らなくてもいいでしょうに」
エレインがぶつぶつと文句を垂れているとターシャがその頭を小突いた。
「今日初めて真っ向から戦闘して、役にも立ったからこそ釘を刺しに来たんでしょう。今だからこそ言うのよ」
「あいた。もう、泥棒猫は黙ってなさい」
「誰が泥棒猫よ! このショタ娘!」
また始まった、と残った三人はげんなりしていた。先ほどまでの真面目な雰囲気はそこにはすでになかった。しかし、エレインが食って掛かるだろうという予想は大きく外れ、彼女はその豊かな胸をそらして勝ち誇った態度を取りだした。
「ふふん」
「な、なによ」
エレインのいつもとは違う態度に怪訝な表情をするターシャ。そんな彼女にエレインは指を突きつけ、高らかに宣言した。
「私はもう隠すことは止めましたわ。これからは久斗君への愛を貫いてみせましょう」
「ええええええ」
その宣言にその場にいた全員が驚いていた。宣言されたターシャも驚いていたが、一番驚いていたのは久斗であった。
「ちょ、ちょっとエレイン! あんた何言ってるか分かってるの!?」
「勿論ですことよ」
そこまで言うと、エレインはくるりと久斗のほうを向き、目をキラキラさせながら声を上げる。
「さぁ、久斗君、いえ久斗様! 私と一緒に桃源郷を築きましょう!!」
言い終わるなり久斗に抱きつこうとしたが、進路をアルムが阻む。
「邪魔ですわ。おどきなさい」
「あなたに久斗君は渡せません」
頬を引くつかせながらエレインはその理由を問う。
「ほう、それはどうしてですの?」
「簡単なことです。彼は人類の宝ですから。あなたは相応しくありません」
「あなたに決められる謂れはありませんわ!!」
珍しく、エレインとアルムが言い争っている状況に理解が追いつかない残り三人であったが、真っ先に正気に戻ったのはジェシカであった。
「ちょ、ちょっと! あなたたち、今そんなことをしている状況じゃないでしょ! 団長たちが出かけるんだから何かあった時のための備えを……」
そう制止するも、鼻息を荒げてお互いにいがみ合う二人。ジェシカは同族嫌悪をという言葉が頭に浮かんできたために、手の施しようがないかもと諦めかけていた。
その時、場を治める一声が久斗から放たれた。
「あ、あのエレインさん、流石にそんなことを言われても困りますよ……」
その一言はエレインへ突き刺さり、彼女は項垂れてしまっていた。
「そ、そんな……」
ターシャとアルムは何故か勝ち誇った顔をしていた。ジェシカは困った娘たちとため息をつき、久斗はおろおろとしだしていた。
フォクシはそんな五人を欠伸をしながら、他人事のように眺めているのであった。
時は戻り、バスカー達はある傭兵団に強襲をかけていた。
エルリッシュでは誘拐が多発しており、実際に行方不明者が増加の一途を辿っているとの情報をマードックから受け取っていたバスカーとエストは、ギルドからの依頼という形でその対策を引き受けていたのである。
そうして候補として挙げられていた傭兵団の一つがそこであった。その傭兵団は裏社会の者との繋がりがあり、時には護衛などの表の仕事も引き受けていたが、ほとんどは裏で誘拐や奴隷輸送などの依頼を受けているところなのであった。
相手に悟られては意味がないため、目くらましとして久斗の修練を利用したのであった。まさかそれで本命が釣れるとはバスカーもエストも思っていなかったが、相手が分かれば遠慮は無用とばかりに旅団全員で仕掛けたのであった。
『こちら第一班、第一目標沈黙! 引き続き、対象を攻撃します』
『こちら第三班、目標撃破! ……隠し通路を発見しましたので探索します』
『こちら第二班、標的見つかりません。引き続き探索を続けます』
続々と空属性の補助魔法による報告を受け取るバスカーとエスト。しかし、その情報の中には本命となる相手の情報は未だなかった。
「やはり、すでに引き揚げた後のようですね」
「そうだな、トカゲのしっぽ切りになってしまったか。まぁこれでこの街での誘拐事件はほとんどなくなるだろう」
「ええ」
少し落胆した顔を見せながらも、順調に進んでいることには安堵していた。そして、次の一言が飛び込んできたことで今回の作戦の成功を確信した。
『攫われた人たちを保護しました。男二人、女性八人、子供一人です』
バスカーとエストはお互いに頷き合い、指示を飛ばす。
「よし、よくやった。そのまま護衛しつつ戻ってこい。手は足りてるか?」
『ほとんどの者は衰弱はしていますが歩けるようです。子供だけは歩けなさそうですので我々が連れていきます』
「わかった。じゃあ頼んだぞ」
『はっ!』
こうして、襲撃は無事に成功し、怪我をした者はいたが、いずれも軽傷で大事はなかった。誘拐された人たちについてはほとんどの者は無事に家に戻ることができた。
ただ一人戻れなかったのは一人だけいた子供であり、バスカーとエストは仕方なく旅団が逗留している宿屋に連れていくことにした。
これが久斗と運命の子供との出会いであった。
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