騒乱
街中で久斗が、団内では仔狐が騒がれだした晩、バスカーは厳しい顔でエストからの報告を受けていた。
「エスト、進捗状況はどうだ?」
「各団員の聞き込み等の地道な捜査で大体のところは絞り込めてきました」
「そうか……。意外と早いな」
思っていた以上に進み具合が早かったため、バスカーはふと疑問を感じた。
「それは、ガセを掴まされてるとかそういうのじゃないのか?」
「いえ、それがどうも様々な方面から同じ情報が上がってきていますのでガセではないかと思われます」
その報告にどうも胡散臭さを感じるバスカー。
「それだと相手の情報の扱いがざるすぎるだろう。さすがに罠かもしれんぞ?」
「ええ、それは私も感じていたことなのですが……」
そこで一つ間を置き、総合された情報から予想される内容を告げる。
「どうも相手方は本日の久斗君の情報で天手古舞いだったようでして、下っ端辺りから情報が漏れているようです」
その言葉により部屋に沈黙が舞い下りた。そしてその次の瞬間には大きな笑い声が響き渡った。
「がっはっはっは。なんだそりゃ。どうも爺から聞いた話と違うじゃないか」
「ええ、あのご老体が警戒していたにしては呆気ない話なのですが……」
「まぁ、いいじゃねぇか。罠でもないとするならこっちとしては大助かりなんだしな」
そこまで話したところで顔つきを真面目なものに戻し、確認をとる。
「じゃあ、あともう少しといったところか?」
「はい、予定していたよりも早く、明後日には特定できそうです」
「そうか。相手に悟られるかどうかが勝負の分かれ目だな」
憎々しげな表情を浮かべながら、バスカーはそう独りごちた。
「それにつきましては久斗君が思った以上に目くらましになっているようですが……」
エストはそう言いながらもどこか浮かない顔をしていた。
バスカーもその心中の思いは理解していたが、事の成否に関わってくるため最低限のことだけを口にした。
「今日だけでここまでの騒ぎになったんだ。明日からは本格的に狙われる可能性がある。ジェシカだけでは心もとない。他に二、三人つけるしかないな」
その対応はエストも必要であると感じていたが、いざその人材についてはいかんともしようがなかった。その旨を正直に告げる。
「しかし、今手すきの団員はおりません。誰を付けるおつもりですか?」
そう言われ、むぅ、と唸ってしまうバスカーであったが、いい案を思いつき、手を叩いて明るい顔を見せた。
「あいつらが残ってるじゃないか」
「あいつらとは? そんな格好の人材がいるとは思えませんが……」
そう問い返しつつも、エストには予想がついていた。しかし彼女たちの場合、騒動を大きくしすぎて逆に問題になりかねないと危惧していたため、はぐらかそうとわざと恍けてみたのであった。
しかし、その想い空しく、バスカーは名案であるとばかりに明るい声で答えていた。
「ターシャとエレインだよ。それに今ならあのギルド嬢も使えるだろう」
想像通りの答えに思わずため息をつくエスト。その様子に不満そうな顔を見せるバスカー。
「なんだ? お前はあいつらじゃ力不足だって言うのか?」
「いえ、そんなことはありません。彼女たちに加えジェシカもいるとするならば相当なことがない限り大丈夫だとは思いますが……」
「が、なんだ?」
「それ以上に別の問題を起こしそうで選びたくないのです」
エストの言い分に思わず納得しかけるバスカー。彼自身そこまでのことは考えていなかったが、言われてみれば前科が前科であるため反論のしようがなかった。今もこの宿屋で奉公させている原因は久斗絡みであることは記憶に新しい。しかし、バスカーは他にいい案も浮かばなかったためごり押しで進めていく。
「それでもやらせるしかないだろう。こちらも選り好みできる状況ではないからな。不安なのは認めるがまぁ、大丈夫だと思っておこう」
「……大丈夫とはとても思えませんが、仕方ありません。では明日からの彼女たちは久斗に付けるという形で手配します」
「頼む」
「それに絡みますが、この宿屋に奉公させる件はどう致しましょうか?」
「代理を呼ぶしかあるまい。給金はこちらで支払うと言えば文句も出ないだろう」
「わかりました。そちらのほうもすぐ手配します」
「色々押し付けてすまないが頼んだぞ」
「はい」
その後も、今進めている案件についてバスカーとエストは話を詰めていくのであった。
翌日、ターシャとエレインは上機嫌であった。昨夜のうちにエストから久斗の護衛を申しつけられたからである。
ジェシカや久斗は二人のそんな様子に苦笑をしていた。その横で仔狐はまだすやすやと寝ており、当分起きてくる気配はなかった。
アルムのほうは昨夜久斗と一緒に寝られたためか、非常に機嫌がよく、鼻歌を歌いながら顔を洗いに行ったほどであった。
「それじゃあ、今日は一体何をするつもりなの?」
ターシャは着替えを終えると、これからの予定を久斗に確認した。護衛であるからこそきちんと守れるようにするため、どういう動きをするのか知っておきたかったのである。
「昨日で魔法の適正は確認できましたので、今日は五大属性に慣れていこうかなと思います」
その内容に一体何をするのかと、ターシャは不審そうな眼を向ける。そんな彼女とは対照的にエレインはよく分かってるじゃないとばかりにしきりに頷いていた。自分とは違い理解しているエレインをうっとおしそうに横目で見ながら具体的なことを尋ねる。
「実際には何をするというの?」
「はい、昨日エレインさんやジェシカさんとお話しして決めたんですけど、攻撃魔法と補助魔法を使ってみようと思います」
攻撃魔法というところでぴくっと反応するものの、しようとしていることには納得がいったようであり、一つ頷きを返す。そしてあり得ないとは思いつつも、あることを確認する。
「攻撃魔法を使うなら魔物との交戦も視野に入れている?」
「いえ、魔物と戦うことは無理だと思いますので空撃ち……というんですか? 壁に向かってしようと思います」
魔物との交戦はしないとのことにほっと胸をなでおろす。そんなターシャを白けた目で見つつ、エレインは仔狐の世話をしていた。仔狐はターシャが本日の予定を聞きだしたあたりから起き出していた。
その後、五人と一匹は遅めの朝食を食べて、昨日も使用した遺跡の広間へと出かけていった。
久斗が宿屋を出て街を歩いてると、冒険者や傭兵達がその後ろをついて歩いていた。周りにターシャやエレイン等女性のみしかいないことに気後れして声をかけづらかったのである。そうしてとうとう遺跡まで誰一人として声をかけることはなかった。
遺跡の広間につくとエレインやジェシカが久斗にまず補助魔法を教えだした。エレインは火属性、ジェシカは水属性であったため、それぞれの魔法を練習していく。
火属性と水属性の補助魔法を一通り試してみた時点でお昼となり、ターシャとアルムが作った焼き魚をパンで挟んだサンドイッチを皆で食べることとなった。
「久斗は魔法の習得が早いわよね。あたしが身につけようと師事したときは一日で何個も唱えられることなんてなかったわ」
「ええ、私もそうでしたわ。本当に久斗君には驚かされますわね。もっともそこもいいですけれど……」
最後の部分はぼそっと呟かれていたため、隣にいたターシャ、アルムにしか聞こえなかった。それ故、当人である久斗は気付かなかった。しかし、聞こえてきた両人はエレインを半目で睨みつける。
そんな三人の様子などお構いなしに仔狐、フォクシは一心不乱にご飯を食べていた。フォクシという名前は、旅団の女性団員総出で決められ与えられたものである。本人(本狐?)は嫌がるかと危惧されたが、久斗がその名前を呼ぶと嬉しそうに尻尾を振ってじゃれついてきたため本決まりとなった。
そんな女性陣と一匹の様子を血涙を流しながら観察していたのは街からついて来ていた冒険者や傭兵達であった。相手はまだ子供であるが、それでもそれほど女っ気があるわけでもないため、羨ましいのであった。
そんな嫉妬の炎が燃え上がっていることはとんと知らずに昼食を食べ終えた久斗は、同じく昼食を食べ終えていたフォクシと共に補助魔法を用いた追いかけっこを始めていた。風の補助魔法を用いた久斗の足の速さは特筆すべきものがあったが、それに負けず劣らずフォクシの足も速かった。
「まてええええ」
「クゥゥゥ!」
砂塵を巻き上げながらの追いかけっこはしかし、突然途中で終了することとなった。まだ昼食を食べていたターシャとアルムが、食事中にも拘らず砂塵を巻き上げられたことに怒って二人をあっという間に捕まえたからである。そして、そのまま説教という名の愛の鞭が与えられていた。
「全くもう、ああいうところは年齢相応よね」
「当り前ですわ。それよりもターシャは少し怒りすぎではありませんか?」
久斗がしょぼんとして反省している姿を見て、つい口を出してしまったエレインであったが、ターシャはとりつく島もなかった。
「何言ってんのよ。駄目なことは駄目ときつく叱っておかないと! それに人様の迷惑になるようなことが駄目なのはどんな子供でも同じよ」
そう言いきりながら当たり前という態度を崩さないターシャ。そんな態度に残った一同は苦笑を浮かべるばかりであった。
その時、ドガァァァンと壁が爆発した。
そんなほのぼのとした一時は突如発生した爆音によりとりさらわれてしまった。周りから観察していた冒険者や傭兵達がいる入り口とは反対側の壁からもうもうと粉塵が舞いあがる。
すぐさま、久斗を中心に防衛陣形を組む四人。久斗自身は状況に追いつけず、驚きの表情を浮かべていたが、周りの女性たちの様子から緊急事態であることを察し、慌ててフォクシと共に身構えた。入り口側の冒険者や傭兵達も浮足立っている。そんな緊張感が漂う中、粉塵から五つの人影が飛び出してきた。
「く、問答無用とはいい性格してるじゃない」
「ターシャ、無駄口を叩く前に射落としなさい!」
「わかってるわよ」
人影に対して真っ先に行動に出たターシャ。護衛するということで持ってきていた短剣には触れず、背負っていた自前の複合弓を構え、いつかの時と同様に射かけていく。しかし、その矢は、あるものは斬り落とされ、あるものは外套ではじかれていた。
「死ね!」
その対処法に驚く前に、今度は相手側からナイフが飛んでくる。
「甘いですよ。ハァ!」
しかし、それら全てを剣を構えていたアルムが打ち払っていく。
「矢では駄目でしたらこれはどうかしら、それ」
「無駄口叩かないの、てい」
お返しとばかりにエレインとジェシカは火と水の攻撃魔法が放つ。
だが、彼我の距離は既に十メートルもなく、味方を巻き込まないためにも効果的な魔法を飛ばすことは叶わなかった。
そうしてエレイン、ジェシカが懸念していた通りに単純で威力も控えめにされていた攻撃魔法は相手のアミュレットによって完全に無効化されてしまう。
「チィ、近接戦闘で仕留めるしかありませんわ!」
エレインは舌打ちしながらも護身用の短剣を手に取る。ジェシカも同様に短剣を抜き放っていた。
「少しでも長く耐えてね、すぐ応援に向かうから!」
そうエレインとジェシカに言い残しターシャは相手側の先頭にいた者と切り結んでいく。続いてアルムも二人を相手に打ち合っていく。
エレインとジェシカには一人ずつ向かって来ていた。
「何とか良いところを御見せしますわ」
「必ず守るから安心してね」
顔をひくつかせながらも、自身を奮い立たせて短剣を構える二人。相手は目出し帽であったため、口元はわからなかったが、目つきは弱いものをいたぶる者特有の嫌悪感を引き起こす嫌らしいものになっていた。
相手方の五人はまず護衛の四人を処理してから久斗を捕まえようとしていたため、久斗に襲いかかることはなかった。しかし、もし久斗がそのまま逃げた場合、別口の者が襲いかかる段取りになっていた。
久斗達はそういった事情は知らなかったが、逃げた時に相手がいた場合対処できないということで、久斗はそのまま留まっておくように、と事前に言い含められていた。そのため、久斗が逃げることはなかった。
そういった事情から、四人対五人が演じられている後ろで、久斗は自分にも何かできないかと状況を冷静に見つめていた。
「ヤアァァァ」
「くそ、この女」
「さっさと斬られなさい」
「化け物め、ぐ、がは」
ターシャとアルムは相手方を追い詰めているところであった。特にアルムは二人を相手にして追い詰めているということから凄腕なのは間違いなかった。久斗からみて現状、あの二人に対して支援する必要性は感じなかった。
「この。……キャァ」
「こいつら、手強い……」
逆に追い詰められていたのはエレインとジェシカであった。二人とも遠距離での魔法が主な攻撃手段なために近接された場合にどうしても対応が遅れがちになっていた。それを察した久斗はエレインとジェシカの二人への助勢を考えた。そして思い浮かんだのは二人への補助魔法であった。
「エレインさん、ジェシカ姉さん、今から補助魔法をかけます。なんとか耐えて下さい。もうすぐターシャさんとアルムさんが助勢に来てくれます」
その声に反応したのは相手方の二人であった。声の内容から危険と判断したのか、二人を置いて久斗に向かっていく。
「行かせませんわよ」
「通さないわよ」
しかし、久斗への手出しを邪魔しようと今度はエレイン、ジェシカが懸命に進路を阻む。
「……我願うは無双たりえる力、無限の炎の力を今ここに呼び寄せん、パワーアップ!」
その魔法が届くと同時に腕力で負けていた二人は力を頼みに相手を斬りつける。しかし、その腕前はお世辞にも上級とは言えず、全部防がれていく。するとまたもや詠唱が広間に響きわたる。
「……我願うは疾風なりえる速さ、無限の風の力を今ここに呼び寄せん、スピードアップ!」
力だけでなく、その速さまで強化されたことにより、相手方は二人の攻撃を防ぎきれなくなっていく。じりじりと追い込まれていく相手方に更に追い打ちが掛かる。ターシャとエレインの二人が既に相手方を切り捨ててきたのである。
「チッ! 退くぞ」
そうして四人に追い込まれた相手方は小さく舌打ちすると自分たちが崩した壁のほうへと逃げていった。一瞬追いかけようとしたターシャ達であったが、護衛という本分を思い出し、敢えて見逃すことにした。そんな四人に声が掛かる。
「追いかけなくてもいいんですか?」
疑問を素直に口にする久斗。そんな彼にターシャは優しく微笑みかけながら頭を撫でる。
「いいのよ。あたし達の仕事はあなたの護衛。あいつらは多分旅団の仲間が追いかけているわ」
その言葉に驚きを隠せない久斗であったが、エストならしているかもしれないとすぐに思い直す。すると別方向から声が掛けられた。
「ターシャの言うとおりですわ。それと、補助魔法助かりましたわ」
「そうそう、久斗が掛けてくれなかったら結構危なかったわ」
そうお礼を述べてくる二人に照れる久斗。
「しかし、これではもう今日は修練どころではありませんわね。一度戻って報告もするべきでしょうし」
「そうね、アルムもそれでいいかしら?」
「私は久斗君の世話役ですから彼の行くところについていくだけです」
そんな台詞に苦笑しながらジェシカは久斗に耳打ちした。
「まだ入り口は騒がしいし昨日みたいにお願いね」
顔を少し赤くしながらも頷く久斗。そんな様子にエレインとターシャが噛みつこうとするも久斗に宥められて帰途につくのであった。
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