検証
その後、バスカー、エストを筆頭に「風の旅団」の団員は古都エルリッシュにおいてギルド支部長から受け取った情報を基にある捜査を始めていた。その合間ではあるが次の目的地である王都に向けての準備も始めていた。食料品や水の買い込み、武具の手入れの依頼など普段の活動をしつつ、店の主人や依頼主に探りもいれていく。そうしてただの聞き込みだけでなく、準備を装いながら着々と捜査を進めていった。
団員が様々な準備を精力的に行う中、ターシャ、エレイン、アルムの三人は件の宿屋にて看板娘の仕事をやらされていた。この時、久斗の面倒を見ていたのは同室のジェシカである。ジェシカ自身弟ができたように感じ、積極的に世話を焼いていた。
「ほら、久斗。また口の周りを汚して……」
「あ、ジェシカ姉さんもう大丈夫だから」
お互いに久斗、ジェシカ姉さんと呼び合い、非常に仲睦まじい様子は周囲から見れば本当の姉弟に見えなくもなかった。しかし、そのようなやり取りをまるで誰かに見せつけるかのように所構わず、頻繁に繰り広げていたため、看板娘となった三人からの嫉妬はすさまじいものとなっていた。
「ジェシカったら上手くやりまして……。なんてうらやま、いえいえ、ずるいのでしょうか。あぁ早くこの仕事終わらないかしら。そしたら……」
エレインは早くも現実逃避を繰り返してしまい、エストから度々注意、説教をされていた。そんな彼女に対してターシャは比較的落ち着いたように見せかけていたが、給仕での失敗から内心の焦りを誤魔化せていなかった。
「や、やばいわ。このままだと……。って、なんであたしまで焦ってるんだろう……。別に、別に久斗君の世話を割り振られただけなんだし……」
また、アルムは自分の境遇に納得のいかなくて、不平不満を事あるごとにまき散らしていた。
「むぅ、なぜ私が宿屋の看板娘をしなくてはならないのでしょうか……。といいますかギルドから振られた仕事を考えたら……」
こうした三者三様の状態であったが看板娘たちは久斗の件以外は特に問題なくエルリッシュでの初日を過ごしていくのであった。
世話役としてバスカーから指名された三人が宿屋での罪滅ぼしをしている間、久斗はジェシカとともにエルリッシュの遺跡へと足を運んでいた。
あの騒動の夜、バスカーから最後のおまけという感じであることが提案されたからである。
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「あぁ、久斗。そういえばお前魔法の検査は終わったんだろ?」
いきなりの話題に一瞬理解が追いつかなかったが、久斗はすぐに返事を返した。
「は、はい」
「どうだったんだ?」
聞いてはいるものの、既にエストから報告を受けていたために答えを知っているバスカー。だが、本人からの確認もきちんとしておくのが団をまとめる者としての責務であった。
「ええっと」
答えるそぶりを見せたが、その後少し言い淀んで、まずエスト、次いでターシャやエレインに目を向ける久斗。その視線に何を考えたのか理解したバスカーは、自分とエストだけを残して他の団員を部屋に戻らせた。アルムですら例外ではなく、ターシャ、エレインとの三人でまたもや言い争いをしながらも追い出されていた。
そうして部屋には三人しかいない状態になって久斗は安心して口を開いた。
「実は……」
久斗はギルドで行った水晶玉による魔法の検査の結果を全て包み隠さずにバスカーに伝えた。彼にとってそれらのことは隠すより伝えるべき事柄であると素直に考ており、また、今ここにエストがいることから、既に情報が伝えられているのでは、とも考えたからである。
そうして久斗からの報告が終わった後、バスカーはエストからの報告と変わらない内容に満足そうにニカっと笑った。そしてきちんと話したことの代わりにエストからの提案を持ちかけた。
「全属性、まぁ使えるかどうかはやってみないと分からないことではあるな。それに、あれだけ魔法に目の色を変えていたんだ。どうだ試してみたくないか?」
すぐに王都に着くまでに魔法が使えると察した久斗は勢いよく頷いた。その食い付きの良さに二人は苦笑する。
「まぁ王都に着いてからでもいいんだが……。お前さんもここエルリッシュには遺跡があるのは知ってるよな?」
「今日、ジェシカ姉さんに入口まで案内してもらいました」
ほう、とバスカーは珍しいことを聞いたかのように意外そうな顔をするも、先ほどまで対応していた事を思い出し納得する。エストも似たようなことを考えたのか驚きから納得の表情をしていた。
「まぁ、その遺跡なら人様に迷惑も掛らんだろう。折角だし、そこで色々試してくるといい」
そう言われて久斗は非常に嬉しそうな顔を見せたが、それもほんの少しの間で、すぐに曇った表情でエストの顔色を窺いだした。エストが一つ頷きを返すとまた嬉しそうな顔に戻っていた。
それを見たバスカーは少し複雑そうな顔をするも、気にしないことにして追加で久斗にやって欲しいことを伝えていく。
「試すにあたって、ちいと条件がある。まずきちんと確認してきてもらいたいことだが全属性を使えるかどうかだ」
そこまで言うと懐から一冊の本を取り出した。
「ここに全属性の魔法の詠唱、まぁほとんどが生活魔法なんだが、それが載っている魔導書があるから自由に使ってこい」
そう言って、久斗へ魔導書を手渡した。そのやり取りが終わった時に、続けてエストも条件を追加していく。
「それと、試す場所ですが、遺跡の既に探索済みのところしか認められません。さらに、さすがに探索済みであっても奥まで行くのは危険ですから入口付近で行ってください」
「それで、お前に付き添ってくれる奴だが、あ……」
さらに条件を追加しようとしたところで「あ」と言って止まったバスカーに一体どうしたのかと困惑してしまう二人だったが、エストはバスカーが何を言おうとしているかが分かると同じように「あ」と同じく一言こぼしてしまうのであった。
コントのようなことをした二人に久斗は怪訝な顔を見せる。そして、付添人についての話だったため、誰が来るのか考えたところで、いつもの担当者が無理であることに思い至った。
「そういえば、エレインに任せるつもりだったな。ふむ、どうしたものかな」
考え込むバスカーに彼の頼れる参謀が代理案を捻りだした。
「それでは、同室のジェシカはどうでしょうか? 彼女はエレインほどではないですが、魔法の腕前もそれなりのはずです」
「そういえば、今日も一緒に街を散策してたらしいな。確かにあいつなら面倒見もいいから問題なさそうだが、いけるのか?」
「例の件については他の団員でも融通はききます。ここは彼のほうを優先しても構わないかと」
例のこと? と首を傾げる久斗を無視して二人は話を詰めていく。
「お前がそう言うなら大丈夫なんだろう。まぁ確かに一人くらい減ってもそこまで問題はないか」
「ええ。それにもしかしたらそちらから思わぬ情報が来る可能性もあり得なくはないですから」
そこまで話したところでバスカーは数秒考え込んだ。そして結論が出たのか、久斗のほうを見て告げた。
「よし、久斗。ぐだぐだになっちまったが、もう一度修練について言うぞ?
一つ、全属性が使えるか確認してくること。
一つ、遺跡の探索済みの部分、特に入口付近で行うこと。
一つ、必ずジェシカとともに行うこと。
以上だが、何か聞きたいことがあるか?」
三つの条件に特に問題はないと思い、首を振る久斗。
「よし、それじゃあ、善は急げだ。明日から早速遺跡にいってこい。あぁ別に隠す必要はないから派手にして構わんからな」
最後の言葉にまたもや首を傾げるものの、ニヤニヤ笑うバスカーから真意を読み取れるはずもなく、素直に退室していった。
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遺跡の入り口まで来た久斗とジェシカの二人は魔法を使うのによさげな場所を探していた。出かけにエレインが言っていた注意を思い出す。
「魔法を使うならば人様に迷惑をかけないようにするためにある程度広い場所ですること」
その言いつけをきちんと守るために、修練場所を探し歩くこと数分。ジェシカが道から外れた少し広めの部屋を見つけた。中には人はおらず、二人は丁度いいということでその部屋を修練に使うことに決めた。そして、まずは生活魔法から順に試していくことにした。
「じゃあ久斗、今日は属性の確認をすることにしましょ。まずは五大属性から確認ね」
「はい、ジェシカ姉さん」
ジェシカからの指示に素直に従った久斗は背負ってきた背嚢からバスカーより渡されていた魔導書を取り出した。エレイン曰く、その魔導書は生活魔法とはいえ、全属性が記載されているということで非常に高価なものであるらしく、絶対に失くすなとのことであった。そういうことを聞かされていたため、久斗は恐る恐る書を紐解き読み始めた。
ジェシカはそのおっかなびっくりの様子に苦笑しながら一心に魔導書を読む久斗を見守るのであった。
「五大属性の生活魔法って凄い便利なんですね。驚きました」
五大属性の部分を読み終えた久斗はそう感想をこぼした。自身が思っていた以上に使い勝手のありそうな魔法ばかりだったのである。しかし、ジェシカは久斗の思い違いをすぐに嗅ぎとり、そこをつつく。
「久斗は何か勘違いしているね。五大属性全て使えたら便利なのは確かよ。でもね、普通は一人一属性、たまに二属性、三属性の人もいるけど久斗みたいに全属性ってのはいないのよ」
そうジェシカに指摘されハッとする久斗。自分を基準にしてはいけないと学んだ瞬間であった。
「だからこそ、傭兵でも冒険者でも集団で活動するのよ。それも五人から十人くらいは当たり前。まぁ魔法のことだけじゃなくて、数は力とも言うように少人数だと対処できないことも多いから当然と言えば当然なんだけどね」
久斗は実際に冒険者というものは見たことがないためによく分からなかったが、傭兵は確かにギルドでも必ず数人で固まっていたのを思い出していた。そして、生活魔法だけではないとはいえ、人数を決める一要素であることに生活魔法の凄さを思い知っていた。
「んじゃ、そろそろ確認していこっか。ただね、全属性というのは支部長の推測なんだから、実際には使えませんでした、となっても誰も責めはしないし、安心してやっていけばいいわ」
見事に内心の不安を見抜かれていたことに驚く久斗であったが、その言葉は彼に安心も齎していた。そして元気いっぱいに返事をする。
「はい!」
ジェシカはその元気いっぱいの返事に満足しつつ、最後の確認をとった。
「あぁ、そうそう。もしかして、詠唱忘れたとかないでしょうね? 最初から無詠唱とか無理なんだからきちんと確認しておきなさいよ」
冗談であることは顔が笑っていることから分かってはいたものの、少し不安になり、再度確認をする久斗であった。そうしてきちんと詠唱も確認し、ジェシカにも了承を取った上で前回の反省を活かして魔力量は少なめにして詠唱を始めた。
「我願うは灯明たる炎、無限の炎を今呼び寄せん、ファイア!!」
火属性の魔法を詠唱し終えた途端に焚き火に使えるほどの大きさの火が目の前で発火した。それを見てジェシカはできると思っていながらも驚きを隠せなかった。
「うわぁ、凄いね久斗。まさか一発で成功するなんて」
火を出した本人はその言い回しにどこか引っかかりを感じながらも、褒められたことで照れてしまっていた。
「それじゃ、その火を消すために今度は水属性を使ってみようか」
「はい!」
またもや元気よく返事をし、今度は水属性の生活魔法の詠唱を始めた。
「我願うは清浄たる水、無限の水を今呼び寄せん、ウォーター!!」
水属性の魔法の詠唱が終わると、目の前に水の塊が浮いていた。久斗はそこで今までとは違って、ただ浮いているという状況に戸惑っていた。
そこにジェシカからの助言が飛んでくる。
「久斗、その水を火にかけるように念じてみなさい」
言われた通りに行うと、目の前の水球とも言うべき水の塊はゆっくりと火に近づいていった。そして、そのまま火に覆いかぶさるように落下させ、鎮火に成功した。その光景にジェシカは自分で指示していながら感心していた。なぜなら彼女はここまで見事に成功するとは思っていなかったからである。
「はぁ、いくら生活魔法とはいえ、これはちょっと自信なくしちゃう光景だわ。全く、あの三人にはもったいないぐらいの逸材よね」
そう独りごちるが、すぐに気持ちを切り替えて、次の属性を指示した。
「じゃあ、次は……」
そうして、五大属性のうち宿泊地で試していた風を除いた全てを確認することができた。
「よし、五大属性については大丈夫みたいね。魔力量はどう?」
「?? 特に問題はないですけど?」
不思議そうに聞き返してくる久斗に、あまりの規格外な能力だと呆れてしまうジェシカ。そして、それならと特殊属性の確認を指示しようとした。
「じゃあ、次は……」
そこまで言って少し考えだす。その時、すでにジェシカは人の気配を感じとっており、周りが慌てている気配も確認していた。そして、実際に広間への入り口に目をやると幾らかの影を見て取ることができた。そこで、彼らに時間を与えるという目的で久斗に休憩を提案することにした。
「次なんだけどね、五大属性はきちんと確認できたんだし、ここらでお昼にしましょうか。それが終わってから特殊属性の確認に移りましょうか」
久斗はその提案を聞くなり、おなかの音を盛大に鳴らした。その音に赤面してしまい、ただ黙って頷くことしかできなかった。
ジェシカのほうは思わず笑いかけたが、なんとか我慢に成功し、背嚢から昼食用に用意していたサンドイッチを取り出した。
そんなほのぼのとした二人とは違い、周りから窺っていた数人は食べ終わった後の特殊属性の確認という台詞に大慌てで他の人を呼びに出掛けていった。
――ん、きちんと引っ掛かってくれたわね。これで副団長から命令されたことは果たせたかしら? まぁまだ特殊属性も残ってるんだし、もう少しいけるかな。
そんなことを考えながらジェシカは生活魔法についての蘊蓄を話しながら久斗とご飯を平らげていくのであった。
読んで下さりありがとうございます。




