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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
一章 少年期編
20/69

惨状

「ん? なんだぁ、この瘴気は……。なんで宿屋にこんなもんが出てるんだ」


 「風の旅団」代表として、久斗のギルド登録を終えて戻ってきていたエストと共に街の有力者と会談していたバスカーの宿屋に戻った瞬間の一言であった。


「一体全体どうしたのでしょうか。確か宿にはそれなりに団員もいたはずなのですが……」


 エストも宿屋から漏れ出ている瘴気とも呼ぶべき陰気に眉をひそめていた。


「まぁ、少し、いやかなり嫌だが中に入ってみれば分かるだろ。勿論その前にあそこにいる主人から話を聞いてからだな」


 すでに時間は夕食も終わり家々には灯火の明かりが窓から漏れ出ている時分であった。にもかかわらず、他の宿泊客、つまり団員ではない客の他に宿屋の主人まで外に出て困った顔をしていた。自分たちも止まる宿屋で何が起こったのかは彼に聞けば分かるだろうと二人は宿屋の主人に近づいていった。


「おう、ご主人」

「うひ! ……あぁ、これはバスカー様とエスト様でしたか」


 いきなりの呼びかけに驚いたものの、すぐに「風の旅団」団長と副団長であることに気付き、ほっと胸を撫でおろした。


「一体全体どうしたっていうんだ?」


 バスカーが事情を問うと、彼はひどく弱った顔で事の次第を話し始めた。


「実はですね。そちらの団員である女性方のお部屋からひどく陰気な気配が漂ってきまして……。その後何度か呼びかけたのですが返事もなく、仕舞いにはこの様に陰気が宿屋全体に漂うまでになりまして……」


 それを聞いたバスカーは手で額を叩き申し訳なさそうな顔を見せた。横にいたエストは一つ原因となる出来事に思い当たり、冷や汗が噴き出ていた。宿の主人は気付かなかったが、それを目敏く見咎めたバスカーがこっそりエストに確認する。


「エスト、一体どうしたんだ?」

「団長。これは久斗君関連の問題だと思います」

「久斗関連? 一体どういうことだ?」


 エストの端的な答えに再度首を傾げるバスカーであったが、エストは口を噤んでしまい何も答えることはなかった。仕方なく、バスカーは思い切って宿屋に突入することにした。


「ご主人、どうもうちのもんが迷惑掛けてるみたいで申し訳ない。すぐに治めるからもう暫くここで待っていてもらえないか?」


 バスカーの下手に出た言葉に慌てて頷く宿屋の主人であったが、バスカーはそれを見ることもなく、宿屋に突撃していった。その後ろでは宿屋の主人が他の宿泊客に説明をしだしていた。


 そうして一人で入っていったバスカーはとある部屋で足を止めた。彼が自分たちに割り振られたその部屋で目撃したものは、宿屋の寝台や椅子で燃え尽きたように真っ白になっている女性三人の姿であった。

 バスカーはそのうち一人に見覚えがないことからシーツで縛り上げた上で脇に抱え持ち、その後の残った二人は肩に担いで、宿屋の外で待つエストの元に戻ることにした。

 宿屋からバスカーが出てきたのを見計らってエストは光魔法で宿屋の瘴気とも言うべき陰気を吹き飛ばした。その光景に安堵した宿の主人と宿泊客は各々(おのおの)自分の部屋へと戻っていった。同じく宿の外に避難していた団員もエストに指示され自分たちの部屋へと戻るのであった。

 それら一連の流れが終わってから、バスカーはエストに詰め寄り脇に抱えた人物について問いただした。


「おい、エスト。こいつが誰か知っているか?」


 エストは縛り上げられている女性を見てやっぱりといわんばかりに落胆した顔をした。


「ギルドの職員です。会談に赴く前にご報告いたしましたが、覚えていませんか?」

「あぁ、()()がそうなのか?」

「ええ、本来はすぐに挨拶させるべきだったのですが久斗君から離れられないとのことだったので後回しにしていたのですが……」

「離れられないぃ? なんだそりゃ? まぁそれは置いておいて、それじゃ、なんでまたこんな陰気な空気を撒き散らしながら倒れているんだ?」


 今現在も陰気が漏れ出ている三人に首を捻るバスカー。しかし、それに答えられる者はどこにもいなかった。陰気を振りまく元凶には想像がついてもそうなった原因にはエストも首を傾げるだけであった。もっともエストはある程度何が起こったかを推測していたが、的外れの可能性もあったため口に出すことはなかった。

 丁度そこに、街を一通り見回った久斗とジェシカが戻ってきた。戻ってくる時間としては遅いほうであったが、夕飯を店屋物にしたために遅くなっていただけであった。


「あれ? 団長じゃないですか。こんなところで何を……なんでギルドの職員さんがぐるぐる巻きの目に遭ってるんですか?」


 ジェシカはバスカーが女性を簀巻きにしていることに不審の目を向ける。当人は気付いていなかったが、エストはすぐにその怪しさに気付き苦笑していた。


「んん? あぁジェシカと……そっちにいるのは久斗か。いや何、こいつとそこの二人が瘴気というか陰気というか、そういうのを吐き出していたからとりあえず宿の外に連れ出してきたんだ」


 バスカーは、懐いている二人をほったらかしにしてジェシカと一緒に街の散策に出かけた久斗に意外な思いを抱きつつ現状を説明した。

 それに対して久斗は少々の罪悪感を感じ、説明の間に俯いていた。エストはすでにある程度は予想していたものの、エレイン、ターシャの現状と久斗の反応からある程度自分の考えが正しかったことが分かり、思わずため息をつきそうになっていた。だが、いつもの二人に関してはいい薬だと思いお話(お仕置き)することを決め込んだ。


「瘴気陰気……ですか? まさか、あれだけのことで、そこまで落ちこんじやうなんて思わなかったですね、ねぇ久斗君」


 ジェシカは意外ではあったが三人の想いが理解できたため苦笑する。しかし、同意を求められた久斗はまだ理解していなかった。


「ええっと……。何がどうなったらそうなるんでしょうか?」

「いいのいいの。君は気にしちゃダメよ。どうせその三人は久斗君がいなくなっても気付かなかったんだし、自業自得よ」


 ジェシカは久斗が理解できなかったのは子供でもあるため仕方がないと思い、気にしないように諭した。

 するとその会話が聞こえていたのかのように、エレインやターシャが呻きながらも意識を取り戻した。


「うう、麗しの君の声が聞こえますわ……」

「うーん。気持ち悪い……」


 二人は頭を振りながら周りを見渡し、そしてターシャはすぐに現状を理解し真っ赤になって俯き、エレインは久斗に飛びついていた。


「あ、あの」

「ああーーん。久斗君ですわー。もう寂しかったのでしてよ。今日は一緒に寝ましょうね」


 久斗の頬に頬ずりしながらエレインは周りを気にせず大胆なことを叫ぶ。久斗のほうは普段のきびきびした女性とはかけ離れた姿に大いに戸惑っていた。

 エストとバスカーはそちらに目もくれずにターシャに近寄り肩に手を置く。


「ターシャさん、わかっていますね?」

「ターシャ、わかってるよな?」

「あ、え、え? はっ! 団長! それにエストも! い、いえ、これは違うといいますか……」


 いきなりの団長、副団長の登場に慌てふためくターシャ。それに対して凄く嬉しそうにバスカーは刑を宣告した。


「宿屋に迷惑を掛けたんだ。お前とエレインはこれから晩飯抜きと宿屋の手伝いだ。安心しろ、あと五日はここに逗留することに決まったからその間ずっとだ」


 自分の名前にぴくりと反応するエレインは、ギギギと擬音がつきそうな感じでバスカーのほうを振り向いていた。解放された久斗とその横にいたジェシカは安心ではなく、恐怖でしょ、と心の中で突っ込みを入れていた。エストは宿屋の主人に伝えに行くためにすでに姿は消えていた。

 しばらくすると宿屋のほうから主人が慌てた様子でバスカーに近づいてきた。


「あ、あのバスカー様? エスト様よりお聞きしましたが、お手伝いといいますのは一体?」

「おぉ、ご主人。わざわざこっちに来なくても、こちらから出向いたものを。いや何、この二人はそちらに迷惑を掛けたんだからあと五日、弁償ではないがこき使ってやってもらえないか? 見た目は……うむ、まぁまぁいけるほうだから臨時看板娘だな。ぐわっはっはっは」


 ターシャはそれを聞いて顔面蒼白になり、エレインのほうは現実逃避に久斗の頬に頬ずりしだしていた。ターシャはむかっときてその頭をはたいた。


「いた、何をいたしますの?!」

「あんた、もうちょい現状を認識しなさいよ」

「はて? 現状と言いますと……」

「あんたのせいであたしまでとばっちりを喰らったでしょうが」

「なんですって! 根も葉もないことを仰らないでください。といいますか、あなたがあそこで裏切るから悪いのでしょう!」

「言うに事を欠いて裏切るとは聞き捨てならないわね!」


 まだ飽きないのか、とさらにギャースカギャースカやりあう二人に呆れた目を向けるバスカーやエスト。その場に集まっていた周囲の野次馬もさすがに呆れたり、すでに興味をなくしたりで三々五々離れていった。そしてそのまま二分、三分とやりあう二人にバスカーの雷が落ちるのであった。


「あーーもう! お前らこれ以上『風の旅団』の恥を晒すな!! ほれ行くぞ。……久斗とジェシカも一緒についてこい。あぁ、ついでにそこの簀巻き職員も引きずってでもいいから連れてきてくれ」


 バスカーは恥ずかしさからそう言い残し自分たちの部屋に逃げ込むのであった。

 そうして、バスカーに宛がわれた部屋に事件関係者が集まった。


「で、一体全体何があったんだ? 正直に話すんだ」


 バスカーの詰問にうっと唸るターシャとエレイン。ジェシカと久斗は呆れた目を二人に向けるものの、いつ自分たちにとばっちりが来るか分からず、特に何も言わなかった。そんな四人を冷静に見つめているエストは元凶の二人が話さないので、仕方なく残った二人に水を向けた。


「団長、そちらの二人(ターシャとエレイン)はどうも喋らないようですので、残った二人(ジェシカと久斗)に聞いてみてはいかがでしょうか?」


 そのエストの発言にジェシカは裏切り者ときつい視線をエストに送ったが、バスカーの言葉ですぐにそれどころではなくなった。


「そういやお前さんらは同室だったな……。部屋を出かけるまででいいから何があったか白状しろ」


 そのあまりの迫力に、もう逃げられないと観念したジェシカは事の始まりから丁寧に説明していった。そして、聞いているうちにバスカーとエストの顔はどんどんしかめっ面に変わっていくのであった。


「てことは、なんだ。もともとは話が何とかまとまってたところにこの嬢ちゃんが乱入したことで場が荒れたと? その後は三人を放っぽって二人で散策に出かけたから分からないと?」


 疑わしげな眼を向けてくるバスカーに戦々恐々としながらも正直に頷きを返す。


「はい。戻ってくるまでこの騒動のことはどこからも聞いておりませんでした」


 ジェシカの言葉にバスカーは内心安堵の溜息をついていた。ジェシカの「この騒動のことは()()()()()聞いておりません」という発言が意味することを正確に読み取ったからである。


ーーなんとか三代続いている「風の旅団」の名誉を傷つけることを避けることができたようだな。てことは、とりあえずは最悪の場面を逃れられたということか。もしこんなことで看板に傷をつけるようなことになっていたら後を任せてくれた先代、先々代に顔が立たねぇからな。


 ふと、バスカーがエストのほうを見てみると自分同様に顔には出してはいないが内心安堵していることが読み取れた。長い付き合いからお互い何を考えているのか理解できたのであった。


「んじゃ、この馬鹿二人(ターシャとエレイン)の処罰についてはさっき言い渡したから……あとはこの嬢ちゃんか」


 そう言いながらバスカーは簀巻きにしたまま寝台の上に放置したギルド嬢に目を向けた。釣られたかのようにその場にいた久斗やジェシカ、エストも目を向けた。


「なぁ、久斗。こいつはどうしろって言われてたんだ?」

「えっと、ギルド支部長が言うには僕の世話役にすると……」


 世話役という言葉にピクリと眉を跳ね上げるバスカー。


「ええ、団長。私もそれで伺っています」


 久斗の言を証明するかのようなエストの言葉にバスカーは首をがっくりと垂れるしかなかった。


「なんでまたこんな面倒な奴をよこすかねぇ」

「支部長も案外困っていたとかではないでしょうか?」


 さらっと毒を吐いた腹黒(エスト)にはだれも触れず、久斗やジェシカはバスカーとアルムを交互に見やっていた。バスカーは諦めたように久斗を見つめ返し、処遇を決める。


「久斗。世話役なんだからきちんと面倒を見ろよ」


 それは投げやり気味に久斗へ全てを押し付けることであった。いきなりのことに、久斗は大混乱に陥っていた。


「え、え、ええ?! 僕の世話役なのに僕が面倒を見るんですか?! 世話役ってそういうものなんですか?!」

「当たり前だ。もともとはこの『風の旅団』とは関係な……ごめんなさいもう言いませんからそんな目で見ないでください」


 久斗に対して途中まで強気でいたバスカーがであったが、エスト以下一同から軽蔑の目を向けられてすぐさまへりくだっていた。すぐに軽蔑の視線は呆れの視線に変化したが、今度は久斗から汚いものを見る目を向けられて体裁を取り繕った。


「ん、うぉっほん。か、関係なくはないが多分こっちの指示には従わないところもあるだろうし、どうも話を聞くとお前さんにぞっこんらしいじゃないか。よ、もてるね色男」

 

 最後のからかいに一同はまたも屑を見る目を向けたが、そこで異議ありとばかりに直談判を行った者がいた。


「ちょっと団長! ふざけてる場合ではありませんわ。そもそも世話役は(わたくし)とターシャの二人、いえ私一人で充分ではありませんか!!」


 バスカーのおちゃらけた発言に異論を唱えたのはエレインであった。それに対してはバスカーではなくエストが答えた。


「……元々世話役はターシャさんだけのはずでしたが? 一体いつからエレインさんも指名されたのですか?」


 その冷ややかな声とともに強烈な威圧感を放出され全身が震えだすエレイン。しかし、エストはすぐに脱力するかのように威圧感を収めた。


「まぁあなた()には何を言っても無駄でしょうし、これからはアルム殿も含めて三人で久斗君の面倒を見てください」


 もう本当に面倒であるとばかりに団長を差し置いて決定を下すエスト。しかし、他の面子はもとより団長であるバスカーまでもが一切気にせずに決定を受けれいた。そのため誰からも反論がないことを確認したエストはまとめに入った。


「では、まずアルム殿を起こしましょうか。……そこの二人、簀巻きを外して起こしてください」


 その指示に嫌々ながらもターシャとエレインが動く。久斗は指示されなかったこともあるが、さすがに女性に無遠慮に触るのは問題だと思い傍観していた。巻いていた敷き布が取り除かれ、頬をペチペチと叩かれる。


「ん、んん、ふあ。よく寝ました。……あれ? ここはどこですか?」


 そうしてようやくアルムは目を覚ましたのであった。起き抜けで頭が回らずに辺りを見回す。それでも、あまり状況が飲み込めずにいたが、そこにすかさずエストが説明を行い、決定事項も伝えていく。アルムは最後に、さすがに従わない場合はギルドにつき返すと言われたため大人しく決定を受け入れていた。最後に問題となった部屋割りであったが、バスカーがいい加減に決めてしまった。


「そんなの久斗はまだまだ小さいんだし、お前さんらも体格はそこまででかくないんだから誰かと一緒に寝ればいいんだよ。ん? 誰と寝るか? んー、ターシャから順番でいいんじゃないか?」


 その鶴の一声を最後に、その日における話し合いは終了した。その陰で久斗がすごく嫌そうにしていたのがエストには印象的であった。

読んで下さりありがとうございます。


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