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異世界流浪譚 ~傭兵と共に~  作者: ガキ坊
一章 少年期編
2/69

出会

 真っ白な光の洪水の中をただ歩いている。どこまでも続いていきそうでありながら、今すぐにも終着点につきそうな光の中を少年はただ足を進めていく。彼はふと、隣にいた少女がいつの間にかいなくなっていることに気が付き、慌てて周りを見渡たが溢れる光が邪魔をして全く少女の姿が見つからなかった。


「しーちゃ――ーん、しーちゃ――ーん」


 そう必死に呼びながらも、ただ前に進んでいく少年はだんだん光が薄くなっているのに気が付かなかった。そして少年が気が付いたときには、光の道ではなく森の中を歩いていた。


――いつの間に森なんかに……。それより洞窟の外に出られたのはいいんだけど、早くしーちゃんを探さなくちゃ。


 少年はそう考えながら、何か手がかりは見つからないかと辺りを見渡した。すると、視界の隅で何か大きな影があることに気付いた。また、その影の主も今気が付きました、と言いたいかのように、きょとんとした目を久斗に向けていた。


――え、おっきい犬……て、いうか、前に図鑑で見た狼のような……


 少年は目の前の光景が夢の中のように見えていたため、現状を全く把握出来ていなかった。しかし、狼のは違い、気配も発さずに自分の横に来た小さな獲物を警戒する。


「グルル」


 咽喉(のど)を唸らせて、少年を威嚇する。だが、少年はまだ認識が追いつかず、何の反応も示さなかった。体格も大きく、全長は二メートルもあろうかという巨体を誇る狼は自分の威嚇に怯えない獲物としてより警戒を深め、しかしゆっくりと少年のほうに近寄っていく。


――え? え? どうして近づいてくるんだろう……。あれ、グルルって唸ってるのかな? ん、唸る?!


 少年は今この時にようやく自分が危険な事態に直面していることに気付いた。そして、狼に気付かれないようにゆっくりと少しずつ後ずさりして、距離を取ろうとする。

 狼のほうは獲物が自分に警戒しだしたことを敏感に察知し、さらに慎重に、しかしより大胆に少年との距離を詰めるよう大きく歩を進めていった。

 そうして、一人と一匹の間に緊張が走るが、先に緊張感に耐えられなくなったのは少年のほうであった。狼を脅かすようにキッと睨むとすぐに狼に背を向け大きな声を上げながら逃げ出した。


「助けてぇー!!」


 狼は少年が背中を見せたことで見出した隙を利用し、一気に少年のほうに駆けていく。その速さは少年の足の速さなど関係ないかのように速く、ぐんぐん少年との距離を詰めていく。そして、少年に追いつき噛み付こうと大きく口を開けた瞬間。

 ザシュという粘っこい音を響かせて、狼の背中に一本の矢が刺さっていた。

 その巨体に比した生命力を持っていた狼は死ぬことこそなかったが、自分が負傷したことを感じ取り動きを止める。そして、目の前の獲物――少年を一先(ひとま)ず見逃して、周りを警戒しようとした。


「甘えよ!!」


 しかし、警戒する(いとま)もなく大きな影が襲いかかり、ドガッと鈍い音を立てながら無骨で大きな剣によって首と胴が分かたれていた。その大剣は斬りつけた勢いのままに地面まで切り裂いていた。

 少年は自分の後ろから物凄い音が聞こえてきたことで余計に恐怖に駆られ、さらに逃げようとしたのだが、その背に野太い声がかけられる。


「おーい、もう大丈夫だぞぅ。もどってこいや坊主」


 その声は大きな音がする前に聞こえた声と同じであったために少年は恐々と振り向いた。するとそこには、先程まで自分に迫っていた狼の死骸が横たわり、その横に大きな剣を持った熊のような男が立っていた。熊男は少年に向かって大きく手を振っていた。

 少年はその光景に呆気に取られていた。そして、理解が追いつく前に、その熊男の横の茂みからがさがさと音がした。少年はびくっと体を震わせたが、音の発生場所から出てきたのは弓を持った見た目が爽やかな背の高い青年であった。


「団長、いきなり飛び出さないでください! 危うく矢が当たってしまうところだったじゃないですか!」

「まぁまぁ、緊急事態だったんだから仕方ねぇよ。それよりもよ、あそこで坊主が固まってるんだが……」


 熊男はおざなりに青年に謝ると、驚いた顔で立っている少年を指差しながら困惑の表情を見せていた。それに青年は目を吊り上げて叱る。


「当たり前です。いきなり団長みたいな熊が剣を持ってやってきたら誰だって怖がります」

「なんだと! 誰が熊だ! 誰が!」

「貴方以外に誰がいるんですか……。とりあえず団長は黙っていてください。彼が余計に怯えてしまいます」

「む、ぐぅ」


 突然登場してきたその二人を、(ようや)く事態が飲み込めてきた少年はよく観察することにした。そして、二人が革の鎧を着込んでいることに気付いた。少年はその革鎧が日本にいた時に祖父に見せてもらった甲冑に似ていると思ったが、何故そのような物を着込んでいるのか見当もつかず、近付き(がた)くなっていた。また、見た目が日本にいた大人達と全然違うこともあって近寄っていいものか判断が付かなかった。

 しかし、少年は彼らが自分を助けてくれたことに加え、話している内容や雰囲気から悪い人ではないのでは、と判断して思い切って近寄っていくことにした。


「あ、あの」

「おう! 坊主は五体満足か? どこも怪我してないか?」

「ひゃ」

「あー……、団長。ですから、怯えますって。少し黙っててください」


 青年がそう熊男に囁いた。熊男はその場に(うずくま)っていじけてしまうが、青年は全く頓着せずに縮こまっていた少年に向き直った。


「どうか安心してください。自分たちは『ゲイルフォルク』所属の傭兵団『風の旅団』の団員です」


 少年は青年が優しく言ってくれたことは聞き取れたが、その内容については全く理解できなかった。少年の顔を見た青年のほうもそれを敏感に察して、少年に対して微苦笑を見せながらさらに話しかけた。


「巡回中に遠目から君を見つけて急いで助けに来たんですよ。ここはネルバの森の中ですし危険ですからね。とりあえず、私達と一緒にネルバ村まで一緒に行きましょう」


 青年はそう言って手を差し伸べる。

 「ネルバ村」と聞いたこともない地名に混乱しながらも少年は自分が助かり、安全な場所である村まで案内してもらえることに安堵する。

 しかし、助かり安堵したことで狼に襲われるまで自分が捜していた少女のことをすぐさま思い出し、二人に何か知っていないかどうか聞いてみることにした。


「あ、あの……僕のほかに女の子を見かけませんでしたか? 一緒にいたんですけど途中ではぐれてしまいまして」


 少年の問い掛けに、青年は顎に手を当てて考えていたが思い当たる節はなく力なく首を振る。そして、自分が気付いていないだけではと思い、隣で蹲っている熊男に尋ねる。


「団長、見ましたか?」


 いじけていた熊男は青年に問われると少し考える様子を見せたが、首を横に振って答えを示した。


「いや、見なかったな。女の子なんだろ? 見かけていたらすぐさま保護しているな。なんせ、この森には狼や蜘蛛がいるんだ。一人でひょこひょこ歩いてたら喰われちまう」

「ですねぇ。団長、もう少しここら辺りを探索しますか?」

「そりゃ、女の子が絶対いるなら探索するしかないだろう。だがな、ネルバの森は案外広いし、さすがに二人じゃ無理だ。村にいって他のメンバーにも手伝わせることにしよう」


 青年と熊男はそう結論付ける。そして、青年が優しい声で少年に語りかけた。


「君、何はともあれ、今から私達と一緒にネルバ村に行きましょう。大丈夫、女の子は絶対助けますから」

「……わかりました。村までよろしくお願いします。それと遅くなりましたが助けてくれてありがとうございます」


 少年は助けてくれた恩もあり、自分一人だけではさっきと同じことになると思い、多少警戒をしながらも青年の申し出を了承した。そして、助けてくれたことに対して頭を下げた。

 青年はにっこり笑うとこっちですよ、と言い歩き出した。


「では、歩きながら自己紹介でもしましょうか。まずは私からしますね。私は先ほども言いましたが傭兵団『風の旅団』の団員で、副団長を務めているエストといいます」


 青年がにっこりと言うと、続いて熊男が自己紹介を始めた。


「次は俺だな。俺はその『風の旅団』の団長をしているバスカーってもんだ。気軽にバスカーさんとでも呼んでくれや」


 「風の旅団」と名乗る彼らは少年の緊張をほぐすのも兼ねて、自分たちのほうから自己紹介を始めた。

そして、少年は二人が自己紹介を終えてから恐る恐る自分の名前を口にした。


「僕は……安堂久斗といいます。あと、はぐれた女の子は氷野詩音といいます」


 久斗が名乗ると風の旅団の団長、副団長は不思議そうな顔を見せた。それに気付かずに、久斗は自分たちがどうしてこの森にいるのかの顛末を話し出した。


「なるほど。洞窟からねぇ……。しかし、ここら辺に洞窟なんてあったか? 俺の記憶ではなかったんだが」

「はい、私も村の人からもそんな話は聞いたこともないですね。それよりも私が気になりましたのはその鏡に吸い込まれたことや、光の通路を通ったという話です」


 エストが久斗の話に興味を示すと、バスカーは驚き顔でエストを見つめた。


「お前、そんな変な話を信じるって言うのか? さすがにここまで来てしまったら怒られるからな。ただの言い訳、誤魔化しだろう」


 バスカーは久斗の言葉を全くと言えるほどに信じていなかった。しかし、それにエストは反論する。


「それは違うと思います。少し荒唐無稽すぎますが辻褄は合っているみたいですし、こんな少年が危険なネルバの森に自分から入るとは思えません。ネルバ村の者なら大人であれ、子供であれここが危険なのは皆知っていることです。なにより久斗君の名前がネルバ村の子供とはかなり感じが違いますし、服もどこか上等な物のように見えます。それに……」


 そこまでエストは言うと、久斗のほうを向いて問いかけた。


「久斗君、君は自分の出身地が言えますか?」


 エストとバスカーの二人が話しこみだしたので森を見回していた久斗は、いきなりの問いかけに戸惑った。しかし、すぐに自分の出身地である日本S県のことをエストに話し始める。

 それを聞いたエストとバスカーは難しい顔になった。


「どこだそりゃ? にほん? そんな国というか地名は聞いたことがないぞ。俺らはこう見えてもこの大陸を旅する傭兵団だからな。聞いたことがないなんて有り得るとは思えん」

「それはそうなのですが、逆に我々が知らないのであれば、よっぽどの田舎か、もしくは()()とは全く違うところということになります。ですので彼の話は……」


 久斗はその会話から二人ともが日本を知らないことに驚き、思わず二人の顔を凝視してしまう。それに気付いたバスカーはこの話題は後でゆっくりと考えることにした。


「まぁ、この坊主の出身地については今はいい。ネルバ村出身でないことは自己申告ではあるが確認できたんだしな。一応村長に確認することにはなるが、村に着いたら一先(ひとま)ずうちの団員に預けよう」

「ですね。村長への確認は私がしましょう。預けるのは……そうですね、ターシャで大丈夫だと思います」

「まぁターシャなら時期的にも丁度いいか。んじゃ俺は他のメンバーを連れて森に戻るわ。坊主はおとなしく待っとけよ。坊主の友達は必ず助けるからな!」


 それに久斗が頷いたのを確認したバスカーは、久斗の心を(おもんばか)りながら残りの村までの道を出来る限り急ぐのであった。

読んで下さりありがとうございます。

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