会談
コン、コン
受付嬢はギルド支部の奥にある部屋まで久斗達を連れて歩いていくと、その部屋の扉を軽く叩いた。すると部屋の中から声が返ってきた。
「誰だい」
しわがれた声での誰何に、受付嬢は先ほどまでの慌てぶりがまるで嘘であるかのように落ち着いた声で名乗る。
「シンシアです。先ほどご報告しましたギルド登録者、及びその後見人の方をお連れしました」
すると、その後すぐに部屋から先ほどの声と同じしわがれた声が入室を許可した。
「入りなさい」
許可を与えられた受付嬢は扉を開け、エストと久斗の二人を部屋に入るよう促した。そして二人が入室するとそのまま高級感のある革張りの椅子に座るように勧める。エストと久斗は勧められるがままに座り、それを見届けたシンシアと名乗っていたギルドの受付嬢は一礼して部屋の外に出て行った。
久斗は受付嬢の名前を初めて知ったことで名前を聞くのを忘れていたことに気付いた。
――きちんと名乗らないといけないってお爺ちゃんがいってたっけ。あ、でも登録用紙で名前を確認されてたよね。あれ? その場合名前をきちんと言わなくても大丈夫なのかな?
そんなどうでもいい事を考えていると、部屋の中にいた人物がシンシアを見送った後、すぐさま久斗に話しかけた。
「まずは自己紹介をしておこうかの。ワシはこのエルリッシュの傭兵ギルド支部の支部長を務めておるマードックじゃ。よろしくの」
マードックと名乗った老人はそう言いながら手を差し伸べた。しかし、差しのべられた当の本人は別のことに気が取られていたため、最初は何をしているのか分からなかった。が、すぐに握手であると気付き、慌てて名乗りながら握手に応じた。
「安堂久斗です。ええっと、こちらではヒサト=アンドウです。どうぞよろしくお願いします」
きちんと挨拶をし、握手にも応じた久斗にマードックは相好を崩しながら横で緊張のかけらもない自然体でいるエストに話しかけた。
「ほっほっほ。ええ子じゃのう。エストや、お前さんらの傭兵団にしては珍しくないかの?」
「何をおっしゃいますか、ご老体。『風の旅団』は誠実さと質実剛健が売りなのですよ。団員皆彼と同じく礼儀正しく気持ちの良い者ばかりです」
エストはマードックのとぼけた台詞に対して、にこやかに笑いながらもどこか白々しさを感じさせる答えを返していた。
「昔からそのまじめ顔をして平然と嘘をつくのは変わっておらんのう」
マードックはニコニコした顔のまま、面白くないとばかりに呟いた。
そして表情はそのままに雰囲気を一気に引き締めた。目の前の老人の雰囲気にあてられて久斗も姿勢を正してしまっていた。その様子を見てマードックはおもむろに本題を切り出した。
「それでじゃの。久斗君の魔力についてじゃがな」
久斗の咽喉がごくりと鳴る。エストも興味津々なため心なし前のめりになっている。
「黒色の光なんぞ古い文献にも書かれておらなんだ。だからまぁ、はっきりしたことは分からんの。ほっほっほっ」
先ほどまでの相手を緊張させるような厳しい雰囲気はいつの間にか霧散していていた。
溜めてまで引っ張った挙句の「分からない」発言に久斗はおろかエストも脱力してしまい革張りの椅子に身を埋めてしまっていた。そしてその姿勢のままエストはぼやくように声を出した。
「ご老体。ここまで連れてきておいてそれはないでしょう」
エストの言葉に首を振って激しく同意を示す久斗であったが、マードックは何処吹く風といったように話を続けだした。
「なんも出し惜しみしておらんし、正直に話しただけじゃ。しかしのう、わしは『はっきりしたことは』といったんじゃぞ」
その言葉にエストの目が鋭く光る。
「つまりはある程度の推測は出来ている、とそうご老体は仰るのですね?」
「うむ。きちんとそういう微細なところまで読みとらんといけんぞ。それでじゃな、結論だけ述べてもいいのじゃがな、ちとわしの話に付き合ってくれんか?」
コンコン
そうマードックが言ったところでドアが軽く叩かれる。
「入りなさい」
マードックは誰が来たか分かっていたので、すぐに許可を出した。そして、入ってきたのは先ほど出ていったシンシアであった。手にはお盆を持っており、優雅なしぐさでその上に乗っていた湯飲みを久斗とエストの前に置いた。久斗がお礼を述べると少し驚いた顔を見せるものの、どう致しましてといいたげに目礼をし、先程と同様に一礼して退室していった。
「シンシアの入れた紅茶は絶品じゃぞ。まぁそれでも飲みながら聞いてくれ」
マードックは紅茶を勧め、自分の考察を話し始めた。
「元々はの、あの魔力測定器は魔力の属性を色で、魔力の量を光で示すように作られておる。属性であれば火なら赤、水なら青などじゃな。ちなみに量は明るければ明るいほど多いようになっとる。ここまではええかの?」
その説明に久斗は納得し頷く。特に質問がなさそうなのを見たマードックは説明を続ける。
「それでだな、実は明るさはまぁ、これも少々問題と言えばそうなんじゃが、それよりもお前さんの黒という色が問題になっておる。なぜならそんな色に対応する属性は今までに確認されておらんからじゃ。先ほども言ったとおり、古い文献にも書かれておらん。
そこでじゃ、わしはこう推理したんじゃ。絵具などは全ての色を混ぜると黒になってしまう。それと同じで黒とは全ての色が集まってできたのではないか、との」
その最後の発言にエストが普段は滅多に見られない驚きの表情を見せる。
「つまり、ご老体は久斗君が全属性を扱えると、まさかそう仰りたいのですか?」
マードックはその反応を予想していたのか彼の驚きを落ち着かせるかのように答えた。
「そうじゃ。実際に様々な染料を混ぜてしまった場合黒に近い色になるのは周知のとおりじゃ。つまり色についての原理は色を重ねていけば黒くなるというものじゃな。その原理を当てはめれば自然とそういう結論になるはずではないかの?それに、多属性を扱えるものの場合色が混じっていたとの報告もうけておるんじや」
「それはそうですが。いや、でもそれなら……」
久斗は自分が全属性を使えると言われても、どうすごいのか分からず、キョトンとした様子であったが、エストはひどく興奮してぶつぶつと何か呟いていた。そんなエストを横目にマードックは久斗にあることを確認し始めた。
「さて、そこでじゃ……。久斗君、貴重な全属性の使い手であると思われる君自身がこれからどうするかでわしらも対応が変わる。変わってしまう。だからよく考えて答えて欲しいんじゃがの、まず傭兵になって何をしたいのじゃ」
久斗はマードックの言葉の意味がよく分からず、首を傾げた。マードックはそれを見て補足説明を行う。
「つまりはじゃ、お前さんが傭兵になる理由が知りたいんじゃよ。
例えば、傭兵として名を上げたい、財産が欲しい、変なのじゃと強いものと戦いたいなどじゃ。全属性の使い手であるお前さんならどれでも出来そうなんじゃが、モノによっては『風の旅団』ではやりにくいものもあるじゃろう。そうなると別の傭兵団に行くべきじゃし、わし等もお前さんの望みに応じたところを紹介することになる」
なるほど、と久斗がマードックの説明に思わず頷いたところでハッとエストのほうを窺う。するとエストはこめかみをピクピクさせていた。
「ご老体。この『風の旅団』副団長である私を前にして、よくもまぁそんなことが言えますね」
「ふん。全属性使える者なぞ、この広い世を見てもここにしかおらん。つまりは人類の宝じゃ。それを『風の旅団』などという小さな器に入れておくなんぞ勿体ないわい」
マードックは何も気にせずに反論するが、その反論の内容にさらにエストの表情が引きつりだした。
「小さな器? 勿体ない? ご老体、まさか喧嘩売っていますか?」
声の大きさは小さいながらも部屋の温度を二、三度下げられそうな声音に久斗は恐怖し、慌ててエストを止める。
「エ、エストさん。僕はこれからも『風の旅団』に居たいですから! で、ですから、そ、その、お、落ち着きましょう」
エストは久斗の言葉を聞いてもジトっと怒りの原因を睨んでいたが、暫くして渋々ながらも怒気を引っ込めた。マードックはその様子につまらないと言いたげな表情で紅茶を飲んでいた。そして一息つくと話を戻した。
「ふん、つまり久斗君はまだ『風の旅団』に所属すると……。まぁそれはそれで別に構わんが、本題である傭兵になる目的を聞かせてくれんかの? モノによってはギルドのほうでも手助けできよう」
「はい、実は……」
エストやバスカーにも語った目的をマードックにも語ると、マードックはなるほどと何回か頷き、一つ提案を試みた。
「なら、わしらギルドのほうでもそれとなく情報を集めてみよう。勿論その代わりと言っては何じゃがギルドから依頼がいくとは思うが、まあ、持ちつ持たれつというやつじゃ。それと、あまり変な依頼はいかんと思うからその点は安心してほしいの」
マードックのその提案は久斗にとって嬉しいものであった。ギルドからの依頼については内容が全く想像できず、きちんとこなせるかが不安に感じていたが、これで詩音を探しやすくなるというのには変わらず、期待は膨らんでいった。喜びが顔に出ている久斗を一瞥した後にエストは話を終わらせるよう切り出した。
「では、ご老体。今日のところはここらでお暇しようと思います。登録証につきましては後日受け取りで構いませんか?」
「あぁ、まぁそう急ぐ用事があるわけでもないじゃろう? もう少し待ってくれんかの」
「いえ、切実に早く戻らないといけない理由があります」
エストが今までとは違いどこか余裕がなくなった声で答えたが、マードックはそれを無視して部屋に備え付けられていた水晶にボソボソと何か話しかけていた。その後に、エストに暫し待つように告げる。
「すぐ来るじゃろうから、それでも飲んで待っておれ。折角入れてもらったんじゃ。飲まんと失礼じゃぞ?」
エストは接待側とは思えない発言を残してまったりしているマードックを睨んでいたが言われた通りに紅茶に口をつける。
しばらくして、部屋がノックされた。先程と同じくマードックはすぐさま許可をだした。すると、先ほどの受付嬢とは別のギルド職員である女性が入ってきた。
「支部長、お呼びとのことですが如何なさいましたか?」
その女性の発言のあとにマードックはこの会談における最後の爆弾発言(?)を放った。
「あぁ、よう来たのアルム。いきなりですまんのじゃが、これからお前さんには『風の旅団』に出向してもらうことになった。エスト、そういうわけじゃから一人増えるがよろしく頼んじゃぞ」
その発言が終わり、次の瞬間。
「えええええええええええええ」
アルムとエストの驚きの声が執務室に響き渡った。久斗も驚いてはいたが旅団の運営には関わっておらず、またギルドについても全く何も知らないためどういう状況なのか理解できずにいた。
「し、支部長。なぜあたしが出向しなければいけないのですか?」
「ご、ご老体、いきなり何を言い出すのですか?!」
アルムと呼ばれた女性のほうは純粋な驚きであったが、エストのほうは何故か驚きよりも多分に焦りを含んでいる様子であった。
二人から同時に聞かれた、しかし真意は別の質問にマードックは耳を手で塞ぎやり過ごしていた。とても五月蠅いと感じていたため顔もしかめている。
尚、文句を言おうとマードックに詰め寄る二人にたしなめの言葉が飛んできた。
「お前さんら、どっちか片方ずつ聞いてくれんかの? わしゃ老人じゃぞ。聞き分けることなんぞできるはずがなかろうが」
そんなマードックの言に顔を見合わせた二人であったが、すぐさまエストが切り出した。
「ご老体。なぜそちらのギルド嬢を出向させるのですか? 我々には出向される謂れは無いと思いますが!!」
「そんなの決まっとるじゃろうが。そこにおる久斗君を補佐するために出向させるのじゃ」
いきなり名前を出された久斗はきょとんとした顔をしていた。アルムのほうも今一つ話についていけていなかったが無視してマードックは話を続けた。
「傭兵ギルドの宝、ひいては全人類の宝ともいえるであろう久斗君にギルドからいつでも手助けできるようにしておかんといけんじゃろ。お前さんらだけでは安心できんしの。じゃから、彼女はきちんと久斗君と同じ配置にしておくように、の」
エストは少し苦虫を噛み潰したような顔しか覗かせなかったが、その内心は先ほどよりも非常に焦っていた。
ーーただでさえターシャさんとエレインさんからきつい突き上げが来ているというのに、さらに追加でこんなお目付け役がついてしまったら、彼を巡っての争いが確実に燃え広がるじゃないですか! あぁどうすればいいんだ。
エストが黙り込んだことで彼との話は終わりとでも言いたげなマードックに対して、アルムは冷たい目を向けながら、次は私の番とばかりに切り出した。
「支部長。もう一度お聞きしますが、何故あたしが出向しなければいけないのですか?」
「ん、それはじゃの。お前さんはギルド職員の中でもそれなりの実力があるじゃろ。それにあまりごついのをつけると久斗君が嫌がるかもしれんじゃろ。後は年齢もそれなりに近いじゃろ。確かお前さん十八かなにかじゃったよな? あぁ、これはついでじゃがお前さん子供好きじゃなかったかの。しかも病的な感じでの」
マードックのはじめの言葉に口をパクパクさせていたところに自分の性癖を暴露するという所業にアルムは声にならない悲鳴を上げた。
根本的に何故ギルド職員がつかないといけないのかを説明しないマードックの嫌らしさにエストはうんざりしていた。
久斗は最後の言葉にいまいち理解が及ばなかったものの、確かにごついおじさんに四六時中張り付かれるのは勘弁してほしいと思っていたため、特に何も言わなかった。
声にならない悲鳴を上げ続けていたアルムは不意に横目で久斗を眺めた。
――確かに自分の好みにぴたりと当てはまるわね。彼に貼り付けられるのは嬉しいのだけど、こんな左遷扱いの出向じゃたまったものじゃないわ。もうこうなったら彼と愛の巣を築いて癒しを求めるしかないわね。
アルムの視線に悪寒を感じ、ぶるっと一度だけ体を震わせる久斗。そして、エレインからたまに感じるのと同じものを感じ取ったことに首を捻っていた。マードックはその様子を見ていないのか話はここまでとばかりに切り上げた。
「それじゃあ、今日のところの話はここまでじゃ。お疲れさん。気を付けて帰るんじゃぞ。そうそう、アルムは他の担当の者に引継ぎを行い、それが済み次第『風の旅団』に合流するように。向こうに出向く上で必要なもので買う必要があるものは経理のものに頼んでおくのじゃぞ」
そのマードックの言葉を最後にエスト、久斗、アルムは三者三様の表情を浮かべながらそれぞれ一礼して退室していった。
読んで下さりありがとうございます。




