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第一章 その一

 『act.0』


「魔法少女は実在するって言ったら、君は信じるか?」

 目の前の女性はさらりと微笑んで言った。

 彼女の名前は藤見楓(ふじみかえで)。ゆるく巻かれた黒髪に、つり上がった大きな目が印象的な美人だ。

 俺と彼女はファミレスで向かい合って座っていた。窓から射し込む陽光がテーブルを眩しいくらいに照らす。良い天気だ。

 俺はゆっくりと窓の外に目をやると、車道を挟んで向こう側に、犬の散歩をする少女が見えた。不慣れな様子で犬のリードを引く、小学生くらいの少女。その後ろをついて歩く年配の夫婦らしき二人はその子の親だろうか。少女は時々振り返り、何やら夫婦と会話している。少女に無邪気な笑顔が浮かぶ。仲睦まじい親子の、平和な日常。

「聞いているの?」

 鈴の鳴るような澄んだ声で、俺ははっと我に返った。彼女はいつの間にか笑顔をやめ、じっとこちらを見たまま動かない。

 いったいこれはどういう状況だ?

 「魔法少女は実在するか?」なんて……あまりにも人を馬鹿にしてる。魔法少女って、あの魔法少女だろう? しかも何故それを、さっき知り合ったばかりの俺に質問するのか……。

 まぁいいか。考えても分からない。さっさと答えて帰ろう。


 答えは〈イエス〉。 世界レベルの常識だ。


 魔法少女は実在する。



 『act.1』


『「ーーであるからして、『諦めなければ夢は叶う』『人生には無限の可能性がある』なんて言葉はよく耳にするが、なりたいものになるには結局努力するしかない。15世紀の偉人レオナルド・ダ・ヴィンチも20世紀の天才アインシュタインも最初は普通の人間だった。彼らは努力の結果、自らの才を伸ばし、人類史に名を残す偉業を達成したのだよ。有子くん、君は努力しているかね?」

「はぁ。まあ、そこそこは」

 嘘をつくのは心苦しいが、そうでもしないとこの人は帰してくれない。私――天竜崎有子てんりゅうざきゆうこは適当に話を合わせた。

 有子は診療所の一室にいた。白いシーツをかけられたベッドと、天井まで届きそうな背の高い薬品棚がひとつずつ。それと小さな事務机があるだけの、診察室と呼ぶには簡素な部屋だ。今日はよく晴れた日曜日だというのに、窓はいつものごとくベージュのカーテンで全て閉じられている。

 その部屋の中央で、有子はビニールの椅子に座らされていた。目の前には同じく椅子に座り手元のタブレット端末を見つめる、白衣を着た男性。彼の名前は木村孝氏(きむらたかし)。この診療所の医者でカウンセラーだ。

「そこそこ、ね。了解了解」

 何が了解なのか。有子は怪訝そうな目をして木村を見たが、すぐさま自分の嘘の返答が悪かったのだと思い、目をそらした。

 それに気づいていない様子で木村は喋り続ける。

「かくいう僕も若い頃は天才とか神童と呼ばれてた。もう三十年くらい前かな。懐かしいなあ。当時は今よりもずっと人類がいたよ。世界の真理を解き明かしてやる! なんて息巻いていた少年だった。でも〈エヴァー・ストーム〉があって、世界人口の4割が死に絶えて、僕はなぜか生き残ってただのオジサンになってた。40を過ぎてわかったことといえば、腰痛の痛み苦しみくらいかな。存外にちっぽけな真理だ! はっはっは!」

 木村は短く笑ったあと、右手で眼鏡をおさえた。

 中年男性にしては痩せ型の体型に、皺の少ない肌とすっきりとした顔立ち。本人は40歳を過ぎたというが、年齢よりもずっと若く見える。20代というのは多少無理があるが、30代前半なら十分通用する外見だ。性格はやや軽い調子もあるが気さくで明るく、診療を受けに来る患者たちからも信頼されていると聞く。ただ、話が長いのが欠点だった。

「さてと――もうこんな時間か。今日はここまでにしておこうか」

 壁にかけられた時計を見て木村は言った。もうすぐ正午になるところだ。有子が来てからかれこれ一時間近くここにいたことになる。

 有子は頷いて立ち上がり、部屋を出ようとする。扉に手をかけた時、木村が「あ、最後に」と言って有子を呼び止めた。

「なんですか?」

「いや、その……君と僕が出会ってから、もう5年だ。君もこのカウンセリングには飽き飽きしてると思うが、これも必要なことだ。わかってくれるね?」

 いつにない調子で木村に話しかけられ少し戸惑ったが、カウンセリングの必要性については理解しているし、今さら拒否する気もない。

 有子は木村を見て「はい」とだけ答えると、部屋を出た。


 天竜崎有子。16歳。高校一年。彼女には5年前より昔の記憶がない。

 ある日、浜辺で釣りをしていた男性から、砂浜に少女が倒れていると通報があった。少女は衣服を身につけておらず、当然身元を証明するような所持品も無い。その頃の世界情勢との兼ね合いから、警察では様々な噂が流れたが、少女は意識を失っていたのみで怪我や乱暴された形跡もなく、命に別状はないため、回復を待って警察が事情を聞くことになった。しかし、少女が覚えていたのは、天竜崎有子という名前だけ。住所も親の名前も思い出せないという。捜索願も出されていないため、警察では少女になんらかの障害があるのではと医師の検査を受けさせることになった。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)による記憶喪失。そう診断されたのは、彼女が警察に保護されて三日後のことだった。

 それ以来、月に一度のカウンセリングのため、有子はこの診療所に通っている。

 今は「保護プログラム」が適用され、有子は里親のもとで支障なく生活しているが、両親の名前も、自分がどこで生まれたかも思い出せないのは5年前と変わらなかった。

 有子の過去に何があったのか。どうして記憶をなくしたのか。それは本人にもわからない。何らかの事件に巻き込まれたのか。もしかしたら酷い境遇にあったのかもしれない。口に出すことも憚られるような恐ろしい体験をしてきたのかもしれない。

 だが、命があったことに感謝しなければならない。有子はこの5年で何度も人にそう言われた。

 なぜなら有子が発見された当時、人類は謎の現象〈エヴァー・ストーム〉によって滅亡の危機に瀕していたのだから。

 そしてそれを救ったのが、魔法少女と呼ばれる存在だったことを、彼女はまだ知らない……』


「――ふんふん……で、続きは?」

「ああ、それはな……って、ええええ!? 瑞樹みずき!? な、なんで!?」

「なによ。あたしがいちゃいけないの? それにしても、机に向かって熱心に何をやっているのかと思えば、小説? あんた作家にでもなる気?」

「う、うるさいな。別にいいだろう。お前には関係ねえよ」

 俺はとっさに書きかけの小説を後ろに隠すが、一瞬早く瑞樹の手が伸び、原稿を奪い取った。

「ふーん。――あ、天竜崎ってもしかして隣のクラスの可愛い子?」

「やめろおおおお読むなああああああ」

 そう、俺の名前は素川有一もとかわゆういち。天竜崎有子は俺が書いているミステリ小説「魔法少女館の殺人」の主人公、つまりはフィクションだ。

 そして今、なぜか俺の部屋に上がり込み後ろから忍び寄り、俺の汗と涙とクリエイティブ魂の結晶を勝手に奪い取って読んでいるのが、細田瑞樹ほそだみずき。彼女はうちのいわゆるお隣さんで、俺と同じ高校一年だ。

「そもそも人の家にどうやって勝手に上がり込んだんだ、瑞樹。はっ。まさかお前、量子テレポーテーションをついに会得――」

「そんなわけないでしょバカ。有一のおばさんに頼まれたのよ。今日から出張でいないっていうから、有一の面倒見てやってくれって。それで鍵借りてたの」

 そういえば今朝確かにそんなことを言っていた。しかし俺は高校生だぞ。子守が必要な年じゃないんだが。

 なんてことを考えているうちに、瑞樹は小説を読み進めていた。

「えーなになに、設定メモ? ――『実は木村は数千年前から生きる不死身のヴァンパイア! 密室トリックを暴いた主人公は究極生物アルティメット・シングとなった木村を倒すため最後の闘いに身を投じるのだ!』――有一、ヴァンパイアって。究極生物アルティメット・シングって。」

「瑞樹さん……そろそろ返してください……」

 原稿と一緒に置いていた中二設定メモを呆れ顔の女子高生に読み上げられる羞恥プレイなう。は、恥ずかしい! 顔が熱い!

 そんな俺をよそに瑞樹は原稿を机に置くと、口を開いた。

「ていうか、この記憶喪失とか魔法少女って……」

「あー、うん。まあ、それは、そういうことだ」

 俺が書いていた小説の設定――ヴァンパイアや密室トリック以外――は、ほぼリアル。有子=俺の記憶喪失も、5年前に人類が滅亡しかけたことも、現実の出来事。


 そして魔法少女の存在も、現実だ。


 

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