屋上。
百合は、何事も無かったかのような
平常心さで、
顔を赤らめたままの男子に
そっと微笑んで見せた。
「…おはよ。長瀬君。」
「おっおはようございます!
白井瀬先輩っ!」
"長瀬 柘"
百合の一個下の学年でバスケ部だ。
「…こんな所で何してるの?」
「白井瀬先輩を待ってたっす!」
「私を?」
「はいっ!」
長瀬は、照れ隠しからか、
腕を自分の首の後ろに回し
少し伸ばした襟足を遊ばせた。
茶髪の髪が、
日射しで余計に明るく見える。
「待ってたって……授業は?」
「ズル休みっす♪」
長瀬は当然かのように、
悪戯っぽく笑って見せた。
百合は呆れたものの、
どこか真っ直ぐで素直に見える
そんな彼の姿を羨ましくも思える。
どんなに上手く笑顔を作った所で、
彼のようには笑えないのだから…
それと同時に、
予想外のこの場所での誰かと遭遇に
少しガッカリもした。
何も言わずに彼から目を離し、
フェンス越しに
広がる世界に視界を向ける。
「……あのぉ…先輩?
俺、邪魔っすよね?」
視線だけを彼に向け、
「…そうね。
でも何か用があったんでしょ?何?」
冷たい言葉とは裏腹に
百合は微笑みながら返した。
「……いやっその…」
「何?」
「いやっ
いつも白井瀬先輩が屋上にいるの
見てたんで…それに…先輩
今日で卒業するんで…」
困った表情で話す長瀬に
百合は少し考えた。
"私のような人間の言葉で…
長瀬君は、困まってる。"
「…いつから待ってたの?」
「一時間前くらいっすかね?」
「…そう……」
百合は、彼の方へ向かって歩き
そっと手に触れた。
「…えっ?……」
「手、やっぱり冷たい…。」
「あのっ……」
「こんな私を待っててくれたのね…
春って言ってもまだ寒かったでしょ?
ごめんなさい。」
「いやっ!
俺が勝手にしたことで…っ」
「…ありがとう。」
百合は冷たい彼の手に触れながら
微笑んだ。
長瀬は息を飲む。
憧れの先輩の手は、予想以上に
柔らかくて優しい体温だった。
だが…百合の微笑む姿に
"本当に切ない程、
哀しい笑顔をする人だ。"
と言う印象に胸がトキメクよりも
強く胸が締め付けられた。
すっと長瀬の手を離し、
「特に用が無いのなら
早く授業に戻りなさい。
単位落としちゃうよ?」
「……いやっ!俺……」
「?」
何も言わず見つめる百合に
長瀬は言葉が出せなくなる。
それに直視するには距離が近い…。
頬の赤らみを増す姿に、気にも止めず
百合はスタスタと歩き
"お気に入り"に腰掛けた。
「………俺…戻ります…」
邪魔者なんだと肩を落とす長瀬に、
「…黙ってるならいてもいいかな。」
フェンス超しの世界に
視線を向けたまま、
百合は小さく答えた。